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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第一章 異世界からの訪問者
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第一章 異世界からの訪問者 【8】

 気絶した兄を慌てて介抱し始めたのはモンテ=インコだ。ナギルの立場からすれば、どうすればいいのかわからないので助かった。

「と、とりあえずそちらの長椅子を使わせてもらってもよろしいですかな?」

 ソファに運ぼうとするモンテを誰も手助けしない。仕方ないのでモンテは細身の第一王子をソファの上に転がす。これが精一杯だ。魔道士は基本、筋肉があまりない。

「ううむ、事情が見えませんがどうすればいいのですか、美和さん」

 梅沢の言葉に美和は「んん?」と面倒そうな声を出す。

 たった今、第五王子暗殺という大事件をあっさりと……本当にあっさりと言い当てた探偵は「そうだねえ」と首を傾げた。

「とりあえずそこの男、うちにあるもので縛り上げられるかい?」

「? できますが」

 説明を求めたのに無視された。だが梅沢はあまり気にせずに荷物を縛る紐を持ってきて、器用に第一王子の両腕を背中に回して拘束していた。

 坊主頭のほうはすることがないようで不満げだ。

「なになに。亜矢ちゃんと由希がピンチなのけ?」

「まあね。こっちの外人さんのお国に、無理に連れてかれちゃってるのさ」

 一色円、由希の呼び方ならば「まどかちゃん」は、ナギルを初めてまじまじと見て、

「ほおぉ~。すげぇ美形だ。由希とは違うエキゾチックな色気があるお兄さんだなぁ」

「亜矢を嫁にするとか勝手に言ってるバカだ。気にするんじゃない」

 美和の手厳しい言葉にナギルが「うぐっ」と洩らす。一時的とはいえ、勢いで亜矢に愛を誓った身としては、前向きに考えるのを阻害されるのは困るものだ。

「えええー! あの亜矢ちゃんを嫁さんにするってか? 勇気あるなあ。すごいね、若さって偉大」

 三姉弟の中でも比較的まともに見える亜矢をここまで言う円に、ナギルは少し興味が出た。

 そういえば、美和も由希も、亜矢をか弱い被害者として扱うことが一度もない。トラブルメーカーと何度か口にしていたが……。

「こんな阿呆にうちの妹をやれるもんかい。そうしないと都合が悪いっていうから、仕方なく承諾してるに過ぎないよ」

 阿呆……あほうって……。

 ナギルはひどい言われようにまた呻いた。プライドなどすでに粉々だ。矜持云々の話はここでは通じない。

 プライドをここで保っていては、まず飢え死にするだろう。餓死されても放置されそうだ、木暮家では。

 ナギルも最初は抵抗しようとした。これでも王子の位を持つ者だ。平民に対しての示しもつかない。

 だがここではそれが通用しないのだ。それが最初にわかった。木暮美和には通用しないのだ。

 プライドを保ち、彼らの世話を拒否すればまず間違いなく…………本当に餓死するだろう。亜矢も由希も、なんだかんだ言っても美和の言うことは絶対に守っているのだ。

 とりあえずアルバートが起きるまでは放置と言い放って、美和は眠るために二階の自室へと戻ってしまった。

 残された男たちだけのむさくるしい空間にナギルは顔をしかめる。……なんだこれは。

「なあなあ、よくわかんねーわけさね。事情を教えてくれねーかなぁ」

 坊主頭の男をナギルは睨む。なんでこんなに馴れ馴れしくされなければならないのだ?

「そなたは何者だ?」

「何者って、一色円だよ。戦うお坊さんだよん」

「???」

 翻訳アイテムを使っても、意味がさっぱりわからない。由希と同じような人種かとナギルは一瞬で判断した。

「オレはナギルという。ウルド国の第七王子。この家に世話になっている者だ」

「どこそれ? アマゾン奥地の辺境?」

「…………」

「いやいや、待って待って。ちょい、ケータイ使ってサクッと検索すっからさ」

 携帯電話を取り出して何か操作し始める戦う坊主の前で、つい小さく溜息を吐いてしまう。

 美和の言っていたことが気になっていた。

 人前では温厚で、いつも優しかった兄が実は王宮そのものを嫌っていたとは思いもよらなかった。

 優れた人で、王位につくならこの人がいいなと本気で思っていたというのに。

 しかも第二王子であるフレイドが彼を慕っていたとは……。いつも悪態をつき、無視をしていたのを何度も見ているのにまんまと騙された。

「検索引っかからないんだけどー」

 文句を言われた。

 溜息をつきつつ、ナギルは円に向き直る。色の入った眼鏡……こちらではサングラスというものをしている彼は、にやにやしている。

 ……とりあえずこいつらも普通の神経をしていない、ということはわかった。

 モンテの姿を見て卒倒しかけた亜矢とは違い、この状況にも動揺すらみせていない。どうなっているんだこの世界は。

 由希でもここにいれば、簡略的に、しかも的確に状況を説明してくれるだろうに……。

 ナギルは面倒で仕方ない。妙な連中との付き合いもほどほどにしたい。

「オレはラウールという大陸にある一国、ウルドという国に住んでいる。

 コグレの家には事情があって厄介になっている身だ。アヤとは婚約関係になる」

 最後のは付け足すように、だ。

 騎士風の男が明らかに美和に執着しているのがわかっていたので、絡まれるのを避けるためだった。

「よっく亜矢ちゃんが許したな~。木暮はあんまりあんたを認めてないみたいだけどよ」

「…………アヤアヤと、馴れ馴れしいな」

 苦い声でつい言ってしまい、ナギルは驚いてしまう。べつにあんな娘、そこまで気にかけるほどではないというのに。

「馴れ馴れしいに決まってるっつーの。あの子がちっちゃい頃から知ってる身としては、おれっちも、あんたの人となりに興味はあるねぇ」

 観察するような目に切り替わったのを、ナギルは見逃さない。この男、見かけと違って…………できる。

「事情があって、一時的に、だ」

「その事情ってのが知りたいさねぇ」

「お家騒動というやつだ」

「あらぁ。亜矢ちゃんってまた事件を引き寄せちゃったのか~」

 呆れたような円の言葉にムッとしてしまう。なぜ腹が立つのかナギルにはわからない。

「ところで、こいつは誰だ?」

 騎士風の男・梅沢が立ち上がってアルバートを示す。ナギルは嘆息した。

「オレの一番上の兄だ。ミワ殿の話が事実なら、オレの五番目の兄を殺害した犯人ということだ」

「なにー! こいつ、犯人なのか!」

 癖なのか、手錠を探す梅沢だったが、非番の今日は持っていないらしくて非常に悔しそうな顔をしていた。

「こんな綺麗な顔して殺人者とは……!」

「あーあー、梅沢のにーさん落ち着いて。木暮が戻ってくるまで放っておくって決めたじゃん」

「うぐ。そ、そうだった……」

 梅沢はふとそこで、介抱しているモンテに気づく。

「…………なぜあの男は被り物をしているんだ……?」

「いいじゃないさね。趣味はひとそれぞれだ」

 疑わしそうに目を細めている梅沢と違い、円のほうはどうでもいいとばかりに言い放つ。亜矢のような反応をしないのもどうかとナギルは思った。

 どうやらこちらの世界はほとんど人間が支配しており、モンテのような種族は存在しない。だからこそ、亜矢が卒倒しかけたのである。

 梅沢がハッとして円のほうを見る。

「わかった。あの男、変態か!」

「なんでそうなるんさ?」

「では……芸人か?」

「むむ。そっちのほうが可能性高いね。まあまあ、あんまり考え過ぎるとろくなことにならねぇし」

 どうどう、と円が梅沢の思考をおし留めようとした。梅沢のほうは考えると突っ走りそうな危うさがある。

 ナギルは二人の男たちを見比べ、不思議そうにした。

 宮廷では、ナギルの地位のせいかこんな気安そうに話しかけてくる男たちはいなかった。

 モンテでさえ、友とは言い難い。しょせんは、王宮つきの魔道士だ。

 ……だが、梅沢も円も、どちらかというと……友にはしたくないタイプだった。強いて選ぶなら、梅沢だろうか。

 視線をアルバートに戻す。

 アルバートが王宮を嫌っていることすら気づけなかったなんて、なんてニブいのだろうか。それとも、兄の演技が上手すぎたのだろうか?

 第二王子でさえ、アルバートとの不仲を演じている。……考えれば考えるほど、宮廷が魔窟に思えた。

 信用していた第一王子でさえ自分を裏切っていた。ショックは大きいが、やはり王子という身分と教育のせいか、それも仕方ないと思う自分がいる。それがまた、たまらなく嫌だった。

 自分たち兄弟と違い、木暮三姉弟は仲がいい。長女に下の二人は逆らうこともないし、常に頼っている。

 姉のほうも、妹と弟をあれでも可愛がり、常に目をかけているのだろう。信じられない話だ。

 王宮内でも、例え兄弟でも、ナギルたちはそれほど顔を合わせることができない。目通りするにはそれなりの作法にのっとらなければならないからだ。

(兄上……)

 起きた時、どう声をかければいいのかまだ考えあぐねている。

 第五王子は毒殺された。毒見役がいたにも関わらず。

 その謎は解明されていないが、王宮内が騒然となったのも確かだ。そして……真っ先に疑われたのが自分の母親だった。

 異国のスタグという小さな国の第三王女だった母親。肌の色の違いから、文化の違いから、母はどうやっても宮廷内では「浮き」がちだった。

 陰口で「魔女」と言われたことすらある。だから、なんらかの方法で第五王子を毒殺したという嫌疑が一番最初にかかったのだ。

 しかし母にはそれができない理由があることも、ナギルはわかっていた。母親は精神を患い、宮廷内には居ないからだ。

 もしもはるか遠くから呪いの雷でも落とせるのなら、とうの昔に今の国王に罰として下していたに違いないだろう。

 ナギルの母はただの人だ。ただの、無力な姫だったのだ。

(………………)

 もしかして、美和は見抜いているのかもしれない。もしも本当に亜矢が自分と結婚したら、ナギルの母の二の舞になるのではと。

 王位の継承権はそれほど高い位置にはない。むしろ後ろから数えたほうが早いナギルだったが、王位を継げない可能性はゼロではない。

 自分も、今のままでいいと思っている。王位につけば、自由が利かなくなるし、窮屈な生活が強いられる。



 どれくらいの時間が経ったのか……。

 ソファの上に転がされていたアルバートが目を覚まし、そっと周囲をうかがう。

 べつのソファに並んで座っているのは派手なシャツの男と、騎士風の男だった。並んで何かを見ている。

 こちらの世界では「テレビ」というのだが、存在を知らないアルバートは奇妙な絵が動いている程度にしか認識しなかった。

 弟は一人用のソファに腰掛け、物思いにふけるように頬杖をついている。

「おお、アルバート様!」

 耳元のモンテの声にぎょっとしてしまう。視線をそちらにやればかなりの至近距離でモンテの顔が見えた。

(ひっ!)

 いくらなんでも心の準備ができていなかったため、冷汗が流れた。

 背後に両腕を回され、縛り上げられていることに気づき、アルバートは冷静になる。

 脱出方法はなさそうだ。モンテをこちら側に引き込めば……いや、ダメだ。こちらの世界からの移動は封鎖されている。

「兄上」

 気づいたらしきナギルが声をかけてくる。

「リュウエンを殺したというのは本当か?」

 第五王子を呼び捨てにするとは珍しい。

 アルバートは怯えたように首を緩く振る。

「そんなこと、あるわけないだろう?」

「そうかね」

 ぎくっとしたのは、女の声が聞こえたからだ。

 室内の入り口に、眠そうに瞼を擦っている地味な女が立っている。自分を殴った女だった。そういえば頬が腫れている気がする。

 女は欠伸までして、ナギルにどけるように無言で指示をした。ナギルが素直に従い、二人の男の座る場所に無理やり押し入った。

「さっきはまともに話してくれそうになかったからね」

 にやっと女が笑った。どっと冷汗が出るのはなぜなのか。

「お、おまえは何者だ……?」

「美和さんは探偵です!」

 騎士風の男がすかさず口を挟んでくるが、女が素早く何かを投げつけた。額にぶつかった何かに、男が「ぐはぁ」とうめく。

「あたしゃただの学生で、そんなもんした覚えがないね。嘘をつかないで欲しいもんだよ」

「も、申し訳ありません……」

 額をおさえて「うぅ」と痛みを堪えている男が、なんだか不憫になった。

「タンテイ?」

「学生だって言っただろ?」

「ガクセイ……」

 うまく翻訳されないので、アルバートは戸惑った。

「学問を学ぶ生徒だよ。その一番年上ってところかね」

 面倒そうに言う女は、アルバートをじっと眼鏡の奥から見据えていた。その目は案外鋭い。

「あんたがなにをしようが関係ないんだがね、うちの妹と弟を巻き込まないでくれるかい?」

「……は?」

「さっき言ったと思うけど、そこの第七王子さんの婚約者だよ。妹なんだ」

 背筋を悪寒が走った。

 ナギルは何を考えて、こんな女の妹と婚約したのだろう?

 異界に逃亡したナギルが、そこである女と婚約したという情報を、自分の持つ特別なルートで手に入れて不思議に思い、恐怖した。

 異界というからには、そしてナギルがこんなに急いで婚約を進めたということはなんんらかの事情があるはず。

 なんとしてもナギルに優位に立たれてはとこちらの魔道士を使って召喚したというのに、失敗した。だが現れたのは弟のなりたての婚約者だというではないか。

 自分の世界とは違う様相に、アルバートは確信し、保護することに決めた。いや、人質としてナギルを呼び寄せようとしたのだ。

 丸め込める自信はあった。聞けば庶民の娘だという。それに、不可思議な力を持っていてもこちらには魔道士もいる。用心はしておくが、油断はしてしまった。

 美和はアルバートの恐怖を真っ直ぐに見つめていた。

 恐ろしい娘だとアルバートは思う。観念すべきか? それとも、みっともなく足掻くか?

 どちらにせよ、ナギルはこの女の言うことを信じ、自分をもう信頼していない。ここに味方はいないのだ。

 まさに孤立無援。

「兄上、兄上の希望はわかりました。この件はあちらに戻ってから対処しましょう。私も微力ながらお手伝いします」

 ナギルが小さくそう申し出るのをアルバートは不思議そうに聞いていた。そして片眉をあげる。

「私はおまえを殺そうとしたんだぞ?」

「……兄上にかかっていた重圧は私にははかり知れません。ですが罪は罪。王族として恥じないように行動するべきかと存じます」

「首を刎ねられておしまいだ」

 あっさりとアルバートが言い放つとナギルが口ごもる。まさにその通りだ。

 アルバートが罪を白状すれば、宮廷内は一気に騒乱になるだろうが……結局彼は処刑されてしまうだろう。

「まあ、殺すまではいかないまでも本当は身体が動かなくなれば良かったと思ってたんだろ、一番上のおにーさん」

 突然割り込んできた美和の声に反射的にビクッとするが、アルバートは観念して「ああ」と頷いた。

「まさか殺すとは思ってもみなかった。だが、結果は結果だ」

 第二王子の過激ぶりに驚いたが、それがどうしたと思う自分も確かにいたのだ。

 そわそわと落ち着かないモンテが、美和の衣服の袖を掴む。

「ミワ殿、どうにかなりませんかの」

「…………あのねぇ、あたしゃ万能じゃないって何度言やぁわかるんだい。

 だいたい自分の家や、身内のことは自分たちで解決しな。あたしゃ、亜矢と由希を帰してくれるならそれでいいんだからさ」

「そんなあ! 自分たちさえ良ければいいとでもおっしゃるんですか?」

 泣きそうな声だが、べつに涙ぐんではいない。モンテの表情は本当にわかりにくかった。

 だが美和にはすぐにわかったようで、顔をしかめる。

「巻き込んでおいて図々しいこと言うねぇ、あんた。どうするか決めるのは自分の意志だろ。知ったこっちゃないよ」

「ミワ殿の言うとおりだ。モンテ、兄上の犯した罪に関しては、こちらで決めるしかない」

 なにより、兄上が決めなければ……。

 ナギルとしては、できれば兄の希望を叶えてやりたいのだろう。このままでは処遇は、良くて敵対国に一番近くの領土へ左遷、となる。


 王族としての責任はナギルにもあるが、もっと気楽なものだった。なんだか……兄の姿が一回り小さく見えた。憐れだった。

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