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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第一章 異世界からの訪問者
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第一章 異世界からの訪問者 【7】

 油断というものはどこにでも、必ず生まれるものである。

 油断が常にない人間というものは、そもそも息をするのを必死に止めているだけだ。溺れている人間、という表現がぴったりだろう。

 ドアを開けたと思ったのに、見知った部屋ではなく見知らぬ人間たちがぞろりと揃った場所に現れた第一王子アルバートは、「は」と小さく声を洩らした。

 このドアの先には第7王子の婚約者になったばかりという平民の娘がいるはずだった。

 そのはずなのに。

「兄上……」

 どこか哀れな声音がして目を向けると、そこには懐かしい第七王子・ナギルの姿があった。

 いつもの豪奢な、景色が透けて見える布の重ね着はしておらず、奇妙な衣服姿だった。洋服の一種ではあるだろうが貧相、という言葉がぴったりだった。あの優雅な異国の衣服はいずこへ?

 きょとんとしていると、一人しかいないであろう女……たぶん女だろう。彼女が前に出てこちらに向き合った。

 貴重な眼鏡をかけているということは、それなりの階級なのだろうか? そう思ってしまう前に。

 ……ぐーで殴られた。

 ソファに背中をぶつけて混乱中の頭をなんとかしようとしていたら、いきなり目の前に腕組みした、国の騎士なみの男と、ヘンテコな格好の男が立っていた。

「こいつが不審者ですか、美和さん。確かに不審そのものですね。今日は非番なので逮捕できませんが、交番に連れていきましょうか!」

「うわぁ、なよっちぃ男だなあ。おれっちの出番は梅沢のにーさんに譲るだね」

 ???

 アルバートはとにかく、事態を把握するのに精一杯だった。

 狭い室内には見たことのないものが多い。自分の持っている武器は隠してあるナイフくらいだ。

 で、いきなり殴られた。変な女に。

「ナギル?」

 とりあえず弟に助けを求める声を向けると、弟は渋い表情でそこから動こうとしない。傍には弟のお抱え魔道士がそわそわしながらこちらをうかがっている。

 男が4人。女が1人。つまり5人に視線を向けられているわけなのだが……何事だろうか?

「……いま、ナギルの婚約者殿に会うところだったはずなのだが……」

 はて……?

「なんだって?」

 女の声がとても低い。しかしこんなに色気のない平民の娘と会うのは初めてだ。

「兄上、アヤに会うところだったとは、どういうことですか?」

 いつものように接してくるが、弟の声はかなり硬い。緊張しているのだろうか? いや、この場面で緊張???

「不審な衣服を身につけていた二人組が捕縛されたのだ。インコからの報告を受けていたので、もしやと思って確認したら、おまえの婚約者とわかって保護しようと……」

「そうじゃないだろ」

 ぴしゃりと言い放った女が、眼鏡をくいっと人差し指で押し上げる。

「ナギルを召喚しようとしたが、間違って違うもんが来ちまった。咄嗟に不審者ってことにして捕まえて、保護って名目で人質にでもしようとするつもりだったんだろ?」

 断定した女の言葉にナギルが呻いた。苦い呻きだ。

「本人じゃないけど、婚約者だからね。しかもなりたてホヤホヤのだ。使えないことはないってお考えだったんだろ、王子様?」

 女が淡々と言う。なんだか怖くなった。

(な、なんだこの女は……)

「しかも異世界の娘だ。なんとでも丸め込めると思ったんじゃないかね?」

 ぎくりとしてしまう。

 温厚で真面目で通っているアルバートは、内心の黒さを暴露されて心の中で絶叫しかけた。

「……そうなのですか、兄上」

 ナギルがどこか疲れたように問いかけてくる。

「まさか! おまえまでなんてことを言うのだ。どうしたのだ、ナギル?」

「ここじゃ、嘘は通じないよ王子さん」

 女はきっぱりと言い放つ。もしやこちらの世界の魔道士なのだろうか? 心を読むとかそういう類いの。

 そんなものが存在しているとすればややこしいことになるが……。

「……木暮、話が読めねーぞ」

 坊主がそう訴えたが、女は無視した。

 じぃっとこちらを見てくる。見透かしてくるようで恐ろしくなった。

「…………あんたは王位を継ぎたくないわけだ」

「っ」

 アルバートは息を呑んだ。

「第二王子とは非常に仲がいい。あっちにひどく慕われているが、表上は嫌っている素振りをされている。お互いについている勢力のことを考えて」

 まるで予言者のように女が言い続ける。

「第五王子は一番聡明で、野心が強い。自分を押し退けるためには手段を選ばないから、始末した」

「………………」

「第二王子はそそのかされた。あんたの弱った演技に騙されたんだね」

「……お、おまえは……な、なん……」

「あんたは第七王子を排除しようとした。第二王子に嫌われている第七王子は、宮廷内にとって異分子。やはり排除しておいて損はない」

「……っ」

「もとより、第二王子をいい手駒にするには第七王子を消すほうがいいと考えた。そのほうが第二王子はあんたを強く信頼するからね」

 いい手下になるだろうよ、と締めくくってから、女は肩をすくめた。

「なんでこんな簡単なこともわかんないのかねぇ」

「なんだかよくわかりませんが、美和さんが謎解きをすべておこなったのを初めて拝見して、いたく感動しました!」

 騎士みたいな男が感動して、なぜか目尻に涙を浮かべている。

 女の言うことは間違っていない。

 アルバートは窮屈な王宮が大嫌いだ。だが、背後につく勢力がそれを許さない。

 だから温厚で通しているし、第二王子とも表では険悪な仲と設定している。王位に着くのはおそらく、何事もなければ第三王子のはずだ。

 表に滅多に出てこないうえに、病弱で、人形にしやすい。自分のことも悪いようにはしないだろうと見込んだのだ。

 第五王子はとにかく野心がむき出しで、兄弟の中で一番危険分子だった。

 第六王子は論外。女好きでただのバカだ。

 第七王子はなかなかに頭が回るが、直情的で、扱い易い。ただし、母親が異国民だったせいか、宮廷内では彼につく人間がほとんどいない。いてもいなくてもあんまり関係ない。だが、彼の母親の祖国との関係を考えると、あまりひどい待遇にするとまずい。

 第八王子、第九王子はまだ幼いので、背後の勢力を無視すればいい。王位についてもどうせ操り人形だ。

「そんなに簡単に言うな。色々と複雑なのだ、王宮というものは」

「あんたバカかい。どこの世界の人間だって、複雑にできてんだよ」

「……すみません」

 素直に謝る弟の姿にアルバートは唖然とした。あのプライドの高いナギルが頭を下げるなど……想像もできなかったのに。

 まあ、と言ってから、女はアルバートを見遣った。

「つまり、第一王子さんは、平穏な生活を望んでるってだけの話だね」

 …………っ、怖い!

 アルバートは心底恐怖した。面倒な人付き合いもほどほどがいいし、適当に生きていける環境をなにより求めていただけに。

「以上、第五王子暗殺事件、解決だね」

 女の言葉に騎士風の男が盛大に拍手した。……拍手しているのは彼だけだが。

 インコがぷるぷる震えつつ、「え? なに、ほんとに?」と何度か同じセリフを繰り返していた。

 弟のナギルは頭痛がするのか額を右手でおさえている。

「ミワ殿、兄上のしたことは実証できるのか?」

「できないだろうね。第二王子も馬鹿じゃないだろう」

「お、おまえは何者だ!」

 たまりかねてアルバートは叫んだ。恐怖心が全てを上回った瞬間だった。

 指差された女は目を細め、それから何かを投げつけてきた。避ける暇もなく、額にごつんと当たる。

「木暮美和。あんたが人質にしようとした亜矢の姉だよ」

 嘘だぁ、とアルバートはひっくり返りながら気を失った。

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