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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第三章 魔法の鏡の向こう側
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第三章 魔法の鏡の向こう側 【9】 

 大きな大きな、そして透明な盤。……ごめん。私、チェスとか本気でできないんだよね。

 あとあれもだ。囲碁とか将棋も。盤上遊戯は基本的にやらない。

 ナギルが、座る私の横に立って、ルールを説明してくれる。

「いやいや、不必要だと思うわけ。かわいこちゃんの思うようにやっちゃえばー?」

 無責任なミラの言葉に、思わず私は思いっきり睨みつけた。ミラが「こわいなー」とスススと距離をとる。

 そりゃそうでしょうよ!

 だって、だってこのゲーム、絶対に勝たなきゃならない! お姉ちゃんのためにも! 私たちのためにも!

 私が勝って、そしたらまたナギルに迷惑がかかるのはわかってる。でもそれは、ナギルは気にするなと言ってくれた。

 私たち姉弟が無事に元の世界に戻ることがまず第一なのだと、彼は言う。

 なら……その言葉を信じるしかない。信じるしかないじゃない!

「うぐぅ」

 おなかいたい……緊張し過ぎて。

 途中でトイレ行きたいとか、ありなのかな……これ。

 いや、ダメよね。受験とか試験中もトイレは基本的にダメだし……。

「アヤ、大丈夫だ」

 しっかりと私の左手を握って、ナギルが覗き込んでくる。ぎゃああ! やめてよ! 美形って余計に心身に悪いんだから!

「落ち着け。とりあえず相手の駒をとることだけに集中するんだ」

「コマ?」

「盤上に並べてある、兵士の形をした模型だ」

 ああ、あれか。まるで戦争ゲームみたい……。

 こういうのは由希のほうが絶対に得意なのに……。

 私は大きく息を吐いて、頷く。やるしかない。それに、迷惑ばっかりかけてた私に、できることが少しでもあるなら。

「こちらが先制をかけて相手を負かせば駒がとれる。簡単だ」

 なんじゃその説明はー! 説明になってないでしょうが!

 顔を引きつらせ「わかった」と、とりあえず頷く。これ以上説明を聞いてもたぶん、私には理解できない。

 私は姿の見えない相手を見遣る。正確に言うと、イスがある場所を、だ。

<王の妹>

<王ほどかしら>

 くすくす笑ってんの聞こえてるんですけど! なによ!

 イライラしてきた私が、

「勝負!」

 と大声をあげて、先手をうった。


 ルールがわからないまま適当にやっているのはナギルから見てもわかることだったらしく、彼は懸命にアドバイスをしてきた。

 いやでも……そのアドバイスが私にはわからない。つまり、なにが「わからない」のかが「わからない」のだから、アドバイスは意味がない。

 とにかく駒の一つ一つをとることだけを考える……。多く駒をとったほうが勝ち、かぁ。

 …………戦局はどう見ても私のほうが不利。

 負けてるのは私。

「…………」

 負けるわけにはいかないのよ。

 無言で虚空を睨んでいると、とうとう最終局面にきてしまった。ここで一気に逆転しないと勝てない。

<あらあら>

<今までで最弱ではないの?>

 ムッキー! 悪かったわね、最弱で! わけのわかんない存在のあんたたちに言われたくないわよ!

「……さぁてと、そろそろ発動するんじゃないかなぁ」

 なんてミラの小さな声が聞こえた気がする。

 私は焦る。焦るしかない。どうすれば勝てる?

 脂汗がにじみ、手が震えた。

 とにかく前に進むしかない。手前の駒を前に進める。

 一個ずつ、前に進めていく。

<うふふ>

<弱い弱い>

 楽しそうな妖精たちの声。私は彼女たちからすればもっともみじめに見えていることだろう。

 無力さを味わうのは今回が初めてじゃない。だから。でも。

 諦めないけど、この戦局をひっくり返す方法がわからない。

 わからないから、とにかく。

<えっ?>

 妖精たちの声色が変わった。

 手持ちの駒をすべて前進させた私は、盤上を見る。

<うそ!>

 甲高い否定の声が聞こえた。

「やったぞアヤ! こちらの勝ちだ!」

 ナギルの歓喜の声にも怪訝そうにするしかない。なにが? え? どうなってんの?

 不審そうにしていると、ミラが近寄ってきて耳打ちした。

「今ので形勢逆転したんだよ」

「? どうやって?」

「相手の油断が招いた、ってのが正解。さすがかわいこちゃんだねぇ」

 はああ????

 わかっていない本人は完全においてけぼりだ。

 盤上にあった駒が全部こちらに追いやられる。うそ……。

 逆転満塁サヨナラホームラン、とまではいかないけど、すごいことやっちゃった!?

「どうやって勝ったの、ナギル!」

 興味津々に訊いてみると、彼はちょっと無言になった。ミラも無言だ。

 ……え? なに? なんかよっぽどひどいことしちゃったの私?

 ちょ、ちょっとなんで黙ってるのよ二人とも!

<王になるべき人物がまた……>

<でも反則的な勝ち方だったわ>

 え? はんそくてき?

 よくわからなくてきょろきょろしてしまう私。

<でも勝ちは勝ち。王位継承権はあなたのものよ、第七王子の婚約者殿>

 …………なんか、すごい嫌そうなのは気のせいじゃないわよね……?



「いやー、でもよかった。ほら言ったでしょー? かわいこちゃんの、不運パワーはすごいって」

「…………あんたね」

 半眼で中空を睨むとミラがふいふいと先へと飛んでいって逃げてしまう。

 ……なんか本当に聞きづらい状態というか……。背後のナギルに聞くのもためらわれた。

 どういう方法で私が勝ったのか……。絶対、いい勝ち方じゃない。

 でもこれで事態はさらにまた変わってきた。お姉ちゃんに由希を助ける算段を考えないと。

「ミラ」

 馬を操っていたナギルがふいにミラの名を呼ぶ。珍しいこともあるものだ。

 ミラはふよふよと漂ってこちらに戻って来た。

「ほいほーい」

「鏡を使って、ミワ殿とユキをこちらに助け出せないか」

「可能だねぇ」

 にやにや笑うミラは「待ってました」とばかりに自信満々だ。

「あの小部屋の精霊の鏡から返すのが確実だね。番人でもあるぼくちんの能力で、やつらをあの世界へ行かせるのは止めてみせよう」

 ええええー! そんなことできるのミラってば!

 実はすごい精霊なの……?

 ナギルがこちらのほうへ視線をやった。私は肩越しに後ろを見遣る。

「方法は一つだ。おそらく、どちらの兄上もミワ殿もユキも解放はしない」

「えっ」

「王位継承権がオレに移っても、変わらないだろうな。人質や、色んな用途で使える」

「そんな!」

 せっかく勝ったのにそんなのってない!

 訴える私は上半身を捻って背後のナギルにすがりつく。こ、腰がいたい。

「だから、こちらもかっさらうんだ」

 ……それって……。拉致るってことなんじゃ……。

 いやでも! しょうがないわよね、そこは!

 私は頷く。

「ミラ! 協力してもらうわよ!」

「あいあいー! やるなら急いだほうがいいよ。早くしないと、あの二人の命も危ないかもだしね」

 不吉なことを笑顔で言うなー!!!



 計画としてはこうだ。……実行するのはナギルとミラ。私は、小部屋で待機。

 これは、私のトラブルメーカーの体質に問題があるので、ここで大人しく待っておけってことらしい。

 小さな部屋で待つ私は、精霊の鏡を見る。宿主がいないことで、鏡は鏡として機能していない。姿を映してくれないのだ。

 膝を抱えて体育座りをする私。

 待っていることしかできない私。

 結局、少しは役に立てただろうか?

 なんか……納得いかない感じではあるけど。

 待っていると、さびしくなってきた。

 鏡の中に入ったときにナギルが「頼れ」と言ってきたことを思い出す。

 ぶんぶんと頭を横に振って、あの時の行動を追い払った。あ、あれは気弱になっていただけ! それだけなの!

 小部屋にある、等身大の大きな鏡。そこに光が宿った。

 あっと思って立ち上がった私は、目の前にミラと一緒に立つ由希とインコの姿が見えた。

「由希!」

 声をかけると同時に彼らが鏡をどんっ、と渡ってこっちに来る。すぐさま床に崩れ落ちたように二人は倒れ、ぜぇぜぇと荒い息を発した。

「だ、大丈夫、由希?」

 恐る恐る声をかけるとインコが白目を向いていたので……近づかないことにした。怖い……じゃん。ていうか、気持ち悪い。

 ミラは「ばいばい」と手を振るとすぐにまた姿が消えた。

 今度は美和お姉ちゃんを連れに行ったに違いない。

 ごろりと半回転して、仰向けになった由希がこちらを見た。

「亜矢姉、あのミラっての鏡の精霊ってマジ?」

「大マジよ。私の守護精霊なのよ」

 胸を張って言うと、由希は頭を抱えた。

「亜矢姉は変なキャラにモテるんだな……知らなかった」

 ……変なキャラってなによ。失礼なやつね、ほんと!

 次は亜矢姉なわけだけど……エルイス王子をひきつけるっていうナギルたちを信じるしかない。

 私はひたすら祈った。誰にでもなく。ただ、無事と成功を。

 するとまた鏡に何かが映る。

「お姉ちゃん!」

 男装姿のお姉ちゃんが面倒そうな顔をしたけど、すぐにこっちに小さく笑ってくれた。

 ぴょんと境界線を越えて、こちらに飛び出してくる。

「お姉ちゃん! 無事で良かった!」

「大げさだねえ」

 嘆息するお姉ちゃんの足元で、「俺の時とえらい違う」と由希がぶつくさ文句を言っていた。

 鏡からミラが出てくる。

「アルバートとナギルの足止めももう限界だ。ほら、さっさと元の世界に帰るよ!」

 ミラの手を私は握る。お姉ちゃんと由希が、残った片方の手を握った。

「なんかすごい急展開じゃない?」

「ゆっくり帰りを惜しむのは物語だけ! 実際は急ぐしかないんだからほら!」

 由希を叱りつけ、私たちは鏡の世界へと足を踏み入れた。

「アヤ」

 駆けつけてくれたらしいナギルの声が聞こえて私は振り向く。

 ……言われてみれば、彼にお礼らしいことを何も言っていない。今回だって。

 ナギルが見送ってくれる。

「ナギル、ありがとう!」

 私の精一杯の声が届いたのか、彼は笑ってくれた。

 彼はこれからもっと大変な立場になる。それなのに。

「またなにかあったらこっちに来ていいから! お姉ちゃんも、私も、由希も協力する! 助けてくれてありがとう!」

「おいおい亜矢姉、勝手に俺たちのこと決めないでよ」

 横でぼやく由希は無視することにした。

 暗闇を通り抜けると、細くて四角い明るい出口が見えた。

 きっとあそこだ!

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