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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第三章 魔法の鏡の向こう側
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第三章 魔法の鏡の向こう側 【8】 

 アルバートさんのいる部屋に戻り、作戦会議、なわけだけど……。まぁ私はあんまり参加できないから、見てるだけなのよね。

 小説とかマンガとかだと、ヒロインはどかどかと割り込んでいったりして、重要なポジションにおさまっちゃったりするわけだけど……。

 残念ながら、現実はそうはいかない。私はこちらの世界の知識もないし、政治に関しても、人物関係もまったくわからないのだから。

 いきなりやってきた異世界のこと。よく知らない世界。これはたぶん、地球でも同じことが言える。日本から出たら、やっぱり勝手が違って大変だと思うしね。

 でもなんとなく知ってる世界と、まったく知らない世界は違う。

 ここは「まったく知らない世界」だ。

 私は読書も好きなほうじゃないし、由希みたいにこの世界を理解できるような頭はない。柔軟さが、たぶん足りないのよね。

 慣れていけば、わかるようになるのかな……?

 不安になって、話し合う二人の会話から意識が逸れる。

 梅沢さんや、自称・戦う坊主の一色さん。常識から大きく外れた人たちだけど……この世界からすれば「まとも」に思えてしまう。

 魔法が当たり前に存在してるし、わけわかんないこと多いし……。

 ………………考えすぎて、気分が悪くなってきた。

 簡単に享受できるような出来事でもない。私はただ、周囲の人たちの出来事に流されてるだけで、自分で何も決めてない。

 どきり、としてしまう。

 私が不運体質だって、人間じゃないミラが断言した。それって、それって……マジなのかしら。

 かんがえちゃ、いけないのに。

「………………」

 緩む涙腺に、私は懸命に堪える。

 だって…………私のせいでお姉ちゃんや由希が巻き込まれたんだもの。

 お姉ちゃんがさらわれることになったのも、由希が第二王子さんに捕まっちゃったのも、私の「せい」だとしたら?

「アヤ!」

 怒鳴り声に近いそれに、私はハッとして、いつの間にか俯かせていた顔をあげた。

 テーブルを挟んでこちらを心配そうにうかがってくるのはアルバートさん。横をそっと見ると、ナギルが激怒した表情で私を睨んでいた。

 ……こ、こわい……。なんで怒ってるの?

 あ、そ、そうか。話をちゃんと聞いてないから……?

 ごめんって謝ろう。ごめんって、すぐに。

「あの、ナギルごめ……」

「なにを泣きそうになっているんだ、おまえは!」

 へ?

 きょとんとすると、私の肩を掴んで、ゆっくりと覗き込んでくる。

 ああ、本当にこの人、美形だなあ。何回繰り返しても、やっぱりそう思う。

「後で今のは問い詰めるぞ!

 どうせ話も聞いていまい!」

「う、は、はい」

「ミワ殿はしばらく安全だろうから、ユキ殿を救出することを先決にしようと結論がでた」

 え? 由希を先に助けるの?

「あのさー!」

「きゃーっっっ!」

 上から降ってきた声に私は悲鳴をあげて立ち上がった。突然のことに驚くアルバートさんは瞬きを繰り返している。

 み、ミラ! なんで部屋に入ってきて……!

「いやいや、なんかかわいこちゃん、泣きそうで不運とか不幸オーラがばっしばし出てたからちょいと覗いちゃった~」

 へらへら笑って私の横に立つミラを、ナギルが睨みつけた。

「ああ、ぼくちんの声は第一王子には聞こえないから安心してよ、殿下」

 ぎり、とナギルが歯軋りをしたのがわかる。う、うわぁ……本気で怒ってない?

「アヤ殿……?」

「はあ! ご、ごめんなさい! ちょ、ちょっとあの、び、びっくりして。いや、あることを思い出して。あの、すみません」

 しどろもどろに言い訳をしてイスに座り直すと、不審そうにアルバートさんが見てきた。そりゃ、そうよね。うぅ、恥ずかしい。

「そのままでいいから聞いて。まずはかわいこちゃんのおとーとくんだけど、完全に脅されてるね。殿下の魔道士が人質にとられてるみたい」

 ぎょっとしたようにナギルが身をすくませたけど、すぐに元の体勢に戻って、何事もなかったかのようにアルバートさんに話しかけた。

 ミラの話に私は驚くしかない。モンテさんが人質って、どういうこと?

「ま、おとーとくんは殿下の魔道士の命なんてどうでもいいみたいだけど、本人も監視をつけられてるし、逆にこの機会を利用しようとしてるみたいだね」

 ど、どういうこと?

「本人から直接聞いたから、間違いないと思うよ。ま、いわゆる潜入調査ってやつ。

 おとーとくんは、おとーとくんで、かわいこちゃんのおねーさんを助ける手立てを考え中ってことだね」

 そ、そうなんだ……。

 あえて敵陣に乗り込むというか……虎穴になんとかってやつ? いや、違うか……。

 大胆な由希なら、やりそうかも。そういうの得意だしね。

「第二王子さんのほうも見てきたけど、ありゃ手強いね~。殿下より強いっしょ、実際」

「黙れ」

 低く小さな声で、ガンを飛ばすナギルにミラはにやにやしっぱなしだ。

 ちょっとミラ! 失礼でしょう!

「ま、第一王子さんと戦えば殿下のほうが強いのはわかってるけどね。第二王子さんは、ありゃ猛獣に近いっていうか、本能で動いてる?」

 え? なにそれ? どういう人なの? っていうか、そもそも人間なの?

 私があまりにきょどっているので、アルバートさんが本気で不審そうに見てきた。ああもうダメだ! 隠し通せない!

「ミラ! あんた姿を現せるならアルバートさんにも見せてあげて! なんか話がややこしくなってきたから!」

「えー? ま、ある程度の事情は伏せるから安心してよ殿下。睨まないでよ、かわいこちゃんのお願いなんだから」

 そう言うなり、ミラはぼんっ、と音をたてて「実体化」した。

 驚愕したアルバートさんは最初は口をぽかんと開けていたけど、次の瞬間はイスから転げ落ちて、あわあわと唸っていた。

 あー……そりゃ、こういう反応になるわよねー……。

 ミラは丁寧にお辞儀をして、にこっと、なんだかキツネに似た笑顔を浮かべた。……ズル賢そう……。

「初めまして、第一王子。ぼくちん、『精霊の鏡』の精霊にして、かわいこちゃんの守護精霊・ミラどえす!」

 …………「どえす」って最後につける意味、あるのかしら……。

 呆然と自己紹介を聞いていると、アルバートさんがナギルに助けを請うような目をしていた。

「ちなみにー、本体が鏡なもんで、映せる姿しかとれないので、死んじゃってる第五王子の姿とってまぁ~す! 驚かないでね。腰抜けてるみたいだから、遅いかもだけど」

 遅いわよ!

 ナギルは不憫そうな目でお兄さんを見返し、嘆息した。

 なんだか彼は最近溜息をつく数が増えてて、説明役になってるわね。おかしい。最初はそんなキャラじゃなかったはずなのに。

 こう、もっと偉そうっていうか……。変ね?

「ミラの言っていることは本当です、兄上」

「ゆ、幽霊じゃないのか、ナギル」

「違うんです。本当に精霊なんです。ただ、ものすごくうるさい精霊で」

「あー! ひどいひどい! 殿下ってばひどいんだー!」

 ぶーぶー文句を言うミラにびっくりしてアルバートさんは「ヒッ」と小さく洩らした。

 そりゃそうか。第五王子の姿で「ぶーぶー」とか言う変な人、いないもんね……ふつう。

「ほんとのほんと! こっちのかわいこちゃんの守護精霊やってるわけ。で、普段は目に見えないからよろしくぅ!」

「や、やはりゆうれいでは……」

 再度の眼差しにナギルは否定するように首を横に振った。……事実は変えられないものだものね。

 アルバートさん、頑張ってるなあ……! 本当なら気絶してもおかしくない状況なのに! やっぱり第一王子なだけあるってことね! 根性ある!

 ……というわけで、仕切りなおし。

 ミラも交えて話が進められた。ミラは私の背後に立って、にやにやと状況を見守り、時々口を挟んでいた。

 第三王子のエルイスさんには、お姉ちゃんをさらう相応の理由があること。由希は半分脅し、半分は自らの意志でアチラ側についていること。

 なんだかややこしいことになってるけど……。

「つまり、お姉ちゃんが関わってるから大変なことになっちゃってる、ってことよね?」

 要約すれば、そういうこと。

 ティアズゲームの勝者のお姉ちゃんをどいつもこいつも利用しようとしてるわけ。

 ナギルの意見にはアルバートさんも同意してた。利用する気がない人たちはこぞってお姉ちゃんを殺そうとするってこと。

 ナギル、つまり、私たちの陣営がお姉ちゃんを無事に取り戻さない限り、やっぱりお姉ちゃんも由希も安全にはならない。

 それに……お姉ちゃんは私のためとはいえ、妖精との勝負に勝った。そして、王に選ばれてしまった。嘘でも偽の死体を用意し、早々に元の世界に戻ってもらうことが良策ということだ。

 偽の死体かぁ。なんだかそういうの聞くと、普通じゃないんだなあって感じてしまう。

 どちらにせよ、私には何もできない。聞くことくらいしかね。……むなしい。

 ミラがこそこそと寄ってきて、私に耳打ちする。

「ねえねえ、かわいこちゃん」

「なによミラ」

「なんなら、かわいこちゃんが精霊どもと勝負するってのどう?」

 ハァ!?

 顔をしかめてミラを見遣ると、彼は吊り目の瞳を楽しそうに歪ませていた。

「お姉ちゃんじゃないのよ! 勝てるわけないじゃない!」

「いいや、勝てるね」

 はっきりとそう言われて、そこに居た全員がしん、と静まり返った。

「かわいこちゃんてば、元々不幸を吸引しちゃう体質なわけだから、それを逆手にとるわけよ」

「ど、どゆこと?」

 わけがわからなくて、疑問符を頭の上に舞い躍らせる。

 そもそも誰が不幸吸引体質だっての!

「妖精どもも例にもれないと思うわけなんだよねー。だからさぁ、やつらの勝運を」

「アヤが、下げるとでも?」

 ナギルが信じられないというように私を見てる。いや、あの、私も本当に意味わかんないからね?

「かわいこちゃんが勝てば、王位継承権はかわいこちゃんに移動しちゃうし、ナギル殿下の婚約者だから必然とナギル殿下が王位につくじゃない?」

 つくじゃない? じゃないわよ!

 なに言ってんだこの精霊!

 ナギルはミラを睨む。

「確かに……できなくはない手だ。やる価値はある」

 どっしぇー! なに言ってんだこいつ!

「……確かに、その後のごたごたはまた片付ければいい話だ。当面は、ミワ殿をどうやって助けるか、王位継承権を剥奪するかだからな」

 アルバートさんんんんん!?

 男性陣がなにやら考え込んでいる。ちょ、ほんと? 本気?

 私が、私が精霊と戦う? ティアズゲームとかいう、ワケのわかんないゲームで?



 挑め! なんて言ってくれたナギルの部屋の寝室を私は使わせてもらっていた。

 あっという間の出来事だ……。

 なんなの……このハイスピード・ジェットコースターみたいな出来事。めまぐるしいにもほどがあるじゃん。

 私は結局、精霊に挑むことになった。ナギルの婚約者であることが、やっぱりそこでも優位に働くみたい。

 夜が明ければ……。


 とか思ってたら徹夜をしてしまった。

 ぎんぎんに痛い目のまま、私は馬に乗せられて精霊の森とかいう場所に向かう。

 ナギルに乗せられて、二人で一緒に、だ。……なにこの恥ずかしいポーズ。やだなぁ……。

 私は身軽な衣服に着替えていて、ナギルも同様だ。ミラなんて、ふわふわと宙を浮いてついて来ている。

 勝算はあるよとミラは言う。でもそれってさ……なんか、複雑。

 私、そんなに不幸を撒き散らしてる? ほかの人の幸運吸収しちゃってる?

 えええええ。そんなのやだぁぁぁ。

 ひととしてサイテーじゃないの。うわぁ、落ち込む本気で。

 ぐったりしていると、いつの間にか寝てしまっていた。そして……とうとうそこに着いてしまう。


 森の中を進み、神殿へと向かう。

 ざわつく森の中で、ナギルは堂々と言い放った。

「ティアズゲームを申し込む! 挑むのは、我が婚約者、アヤだ!」

 ぎゃああああああああああああ! なにその恥ずかしいセリフ!

 真っ赤になって俯く私を見て、ミラがくすくすと笑っていた。

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