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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第一章 異世界からの訪問者
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第一章 異世界からの訪問者 【2】

 奇妙な空間に私は緊張しっぱなしだった。ソファに並んで座ってテレビを観る姉と弟。その図は、ある意味家族団らんみたいで、正しい。

 でも、そこに異物が混じっている。

 床に、と言ってもカーペットの敷かれた床にでんと偉そうに腰を落ち着かせている泥棒も、一緒にテレビを観ている。

 …………なにこれ。気色悪い。

 緊張して汗をかいていると、由希が「ぶふっ」と横で吹き出した。

 え? なんか面白いシーンだったかしら?

「ぶくく……。亜矢姉、すげぇ顔してる……!」

 こ、こいつ……! 横目で見てたなこっちを!

 思わず拳を作って殴りつけてやると、由希がゲラゲラと笑い出した。

 二階から「うるさい!」とお姉ちゃんの怒鳴り声が響いてきたので、由希は黙った。……なんで美和お姉ちゃんにだけそんなに忠実なのよ?

「不公平だわ。美和お姉ちゃんだと、言うこときくなんて」

「そんなの亜矢姉もだろ?

 あの直感だぜ? なに考えてたって見抜かれてるって」

 う。そ、それもそうかも。

 隠し事とか、小さい頃から全然できなかったもんなー……。

 由希がちら、と泥棒を見た。

「しっかしどこの国の人だろうな。美形で、色黒で、目なんて赤色だぜ? すげー」

「……きっとマハラジャよ」

「亜矢姉って、発想が貧困だよなー……」

 悪かったわね! だってこういう南国系の人に対する知識なんて、普通はないわよ!

「本物のマハラジャなら、慰謝料もらおうぜ」

「…………あんた、どうしてそういうことばっかり……」

 お金に無頓着な美和お姉ちゃんと違って、由希はかなり執着するタイプだ。

 前なんて、お姉ちゃんが解決した事件の依頼主に平然と謝礼をもらおうとしていた。…………お姉ちゃんにバレてグーで殴られてたけど。

 テレビの画像がチラつくので、私は「む」と顔をしかめる。

「え? なに? ちょっといきなり映像悪くなったけど」

「アンテナにカラスでもいるんじゃないかー?」

「そうなの?」

「可能性の一つ。なんなら、美和姉に訊いてみたら? すぐに教えてくれるぜ?」

 そんな怖いことできないわよ!

 絶対に寝てるもん、今! 安眠妨害したら、殺されそうよ。怒ったあとは、特に。

 押し黙ると、由希も黙った。……さすが姉弟。美和お姉ちゃんの怖さはよくわかっているってことね。

 その時。

 いきなりパッとテレビの映像が切り替わった。

「えーっ!」

 絶叫を上げる私はリモコンのボタンを必死に押す。

 ちょうどいいところだったのに! 今、男優がまさに女優に告白しかけたいいシーンだったのに!

「っっ!」

 背後で大声があがったのでビクッと身を竦ませる。

 泥棒が立ち上がり、テレビを指差していた。

 視線をテレビに戻すと、いかにも金持ちが好みそうな港が映っていた。あぁ、なんかすごいな。ヨーロッパ旅行みたい。

 あれ? ていうか、チャンネル変えてないんですけど?

「っ!」

 喚きたてるので、二階から再びお姉ちゃんが「うるさいっ!」と怒鳴ってきた。

 泥棒もびっくりして停止してる。……ああ、もう可哀想だなこの人。一生、美和お姉ちゃんに逆らえないわよ、もう。

 テレビのほうへ近づき、彼は画面と自身を指差す。

「……その映ってる場所から来たってことかな?」

 由希、バカにしてるの? さすがに私にだって今のジェスチャーはわかるわよ。

 二人揃って頷いてみせると、泥棒が胸を撫で下ろした。なんで安堵するのかは、よくわかんないけど。

 だから? という顔を平然とする由希に、彼は驚愕したようだ。

「………………っ!」

 立ち上がり、偉そうにふんぞり返る。なにか言いながら。

 でも言葉が通じないとあれね。本当、宇宙語にしか思えないわ。

「亜矢姉、やっぱりこの人、金持ちかもしれないぜ。なんかそういう感じしない?」

 なんていやらしい顔つきしてんのよ、この子は! 美少年なのが台無しだわ! 情けないわよ、おねえちゃんは。

「だからなんなのよ? 私は忘れてないのよ? ついさっきされたこと」

「いいじゃんべつに。根に持つのやめようぜ。慰謝料もらうって方向でまとまっとこうよ。

 どうせ襲われてもさ、手ぇ出されたわけじゃないんだろー?」

「下品なこと言わないでよ!」

「亜矢姉ってさ、潔癖だよなー……。いや、うちの女はみんなそうか」

 お母さんのことまで思い浮かべてるのか、由希は溜息をついた。なんていう失礼な弟だろう!

 無視された泥棒がまた大声で言うので、由希が「はいはい」と軽く応じている。

 私は必死にチャンネルのボタンを押しているのに、映像は戻らない。ムッキー! どうなってるのよ! 修理屋呼ばないといけないじゃない!

 と、画面からにょき、と腕が生えてきた。

「ぎえーっっ!」

 絶叫をあげて由希に抱きつく私。

 さ、最悪! ま、ままままた腕が生えたー!

 どうなってるのようちのテレビ! 買い替え時って言いたいわけ? そんな主張はいらないわ!

「うわ、すげー。手品か」

 なんでそんな笑ってんのよ由希ってば! そこは笑うところじゃない、驚くところよ! 怖がるところなんだってば!

 そういえばこの子、お姉ちゃんと事件現場に居てもへらへらしてたっけ。サイテーじゃないの!

「ちょっと失礼」

 腕を振りながら、見知らぬ声がテレビからした。そしてこちらにずいっ、と出てくる。

 ぎゃーあああああああああああ!

「………………」

 あまりのことに失神しかけた私を、由希が支えた。

 と、と、ととと鳥の頭が……人間の言葉を…………!

「あ、すいません。うちの王子が迷惑かけてるみたいで」

 しゃ、しゃ、しゃべ……???

 くらり、と目眩がして項垂れる私を由希が揺らす。

「気絶してる場合じゃないって、亜矢姉。これはあれだ。ファンタジー世界だぜ。

 ぶはっ! 亜矢姉の事件引き寄せ体質もここまでくればすごくね?」

 ……なに笑ってんのこのコ……。さいあくだわ……。

 上半身だけテレビから出てきている状態の鳥……の頭をした人間? のようなものが、言う。

「あ、初めまして。モンテと言います。一応、宮廷で魔道士なんかしてるんですけど」

「マドーシだって。ジョブからして、すでにファンタジーの匂いがムンムンするな」

 ……あの、なに楽しそうにしてんの由希?

「言葉が通じなくてさぞかし困ってらっしゃるかと思いまして、抜け出してきたんですけどこれが限界ですな」

「どうでもいいけどさー。うちの姉ちゃんを襲ったんだぜ、そこの人」

 由希は堂々と泥棒を指差す。

 すると鳥頭はぺこぺこと頭を下げた。

「それは大変申し訳ないことをしました。ご婦人にそのような乱暴をなさるとは。

 幸い、ナギル王子には婚約者もいませんし、責任をとらせましょう」

「そうそう、責任問題って大事よー?」

 由希のやり取りに頭痛がしてきた。

 なにこれ。こういうの、夢の中とか、小説とか、マンガとかでやってくれる? お願いだから私のいないところでやってよ……。

「王子、このイヤリングをおつけください。言葉が通じますぞ」

 おじいさん言葉で喋ってるけど、声は若い。なにこれ……ほんとなにこれ。

 イヤリングを受け取る泥棒とは違い、由希はそのまままじまじと眺めている。

「すっげーな……。あれ、首から上だけインコだぜ?」

「いや……インコとかそういう問題じゃなくて……」

 なぜに鳥人間がいるのかとか、どうしてテレビからそんなのが出没してるとか……。考えること、たくさんあると思うんだけど。

 ていうか、日本語で通じてるの? なにかの魔法かなんか? いやいや、ファンタジーだからって魔法とかそんなまさかね。

 イヤリングを耳につけた泥棒が口を開く。

「よくやった、モンテ」

 げぇえええええええ!

 日本語に変換されてる! なにそれ!

「いえいえ、王子こそご苦労ですね。しかし王宮内では現在不穏な動きが続いております。

 しばらくここに潜伏することをおすすめしますぞ」

「そのようにしよう」

「冗談じゃないわ!」

 なにが「そのようにしよう」よ! ふざけないで!

 私は立ち上がって泥棒に指を突きつけた。

「あんたみたいな野蛮人、うちに置けるもんですか! 一色さんに預かってもらうわ!」

「はて、困りましたなぁ。ココが一番繋がりやすいので、ここに王子の滞在を願いたいのですが」

 上半身だけで懇願するのやめてよ! 気味悪いわ!

「嫌よ! お姉ちゃんと由希がいいって言っても、私は嫌!

 この人はね、私をいきなり押さえつけて縛ったのよ! 人の家にあがり込んでおいて、なんて人なの!」

 ていうか、帰れ!

 インコ頭は困ったように頭を掻く。

「あらぁ。王子、本当にそうされたんですか? そこの坊ちゃんのたわ言ではなく?」

「だからそう言ってんじゃん。責任問題だぜ?」

 由希がしれっとして言うものだから、泥棒が顔色を変えた。

「そ、そこまでこの世界では重大な問題……なのか?」

「問題問題。大問題よ。

 未婚の女性にいきなり襲いかかるとかありえないね。こっちじゃ捕まって警察行くだけで済めばいいけど、下手すりゃネットに顔写真でまくるし、大変だぜ~?」

 楽しそうに言う由希の言葉に、私もつられて青ざめる。

 な、なんかおかしなくらい肥大しちゃってない? 私に起こった出来事が。

 泥棒が考え込み、それからインコ頭を見遣った。

「確かに正妃の座は空いている。この娘にその位を与えるのはモンテとしてどう思う?」

 はいいいいいぃぃ???

「ま、そのへんは王子のお好きにすればよろしいでしょうな。血筋のいい娘は第二、第三妃に置いても文句は出ますまい」

「ふむ」

 ふむ、じゃないわああああぁぁ!

「な、なんの話ししてんのよ、あんたたち!」

 思わず横の由希をぐらぐらと力強く揺さぶりながら、私は言う。

 正妃? 第二、第三妃?

「なにって、責任の話ですが」

 このインコ! なにが責任か!

「ばっかだなぁ。こっちの世界では、そういうのは責任取るって言わないんだよ。お金だよ、宝石とか」

 けろっとした顔で言い放つ由希の頭を発作的に殴る。あ、しまった。

「なんと。そのようなもので責任を取るのですかな、こちらの世界は。

 困りましたな。王子の所持しているものでは、国宝の『リィエンの華』しかないと思われますが」

「……それは正妃が所持するものだから、差し出すわけにはいかぬ」

「へえ。じゃあ責任逃れするってわけ? やだねえ、責任感のない男って」

 肩をすくめて由希が挑発するものだから、泥棒がムッとして眉を跳ね上げた。

「では正妃の身分と、その国宝を差し出そう! それならば文句はあるまい!」

「いやああああああああああ! 美和おねえちゃぁぁぁんっっ」

 とうとう私が絶叫をあげて助けを求めた。

 おお、ここに救世主よ舞い降りたまえーっっ!

 二階からドアが開く音がして、由希が「ゲッ」と呻く。お姉ちゃんに殴られればいいんだわ、こんな変態!

 階段をとんとんと降りてくる音に、なぜか泥棒も静かに緊張している。

 リビングのドアを開けて入ってきた美和お姉ちゃんは、寝起きなのがわかるほど、髪が乱れていた。でも私には後光がさしているのがみえるくらい素敵な天使に映っている。

「……うるさいって言ってんだろ。静かにできないのかい、あんたたちは」

「お姉ちゃん!」

 涙声で訴えると、お姉ちゃんはこちらを見て、メガネの奥の目を細めた。

「なんでインコが居るんだい。邪魔だよ、消えな」

 インコとかじゃなくて! ていうか、こんなでっかいインコいないから!

 私は立ち上がってばたばたと右手を振る。

「この人たち、変な話してるのよ! 由希が変なこと言うから!」

「べつに変な話じゃないと思うけどなー」

 視線を逸らしつつ言う由希は、明らかにお姉ちゃんからの睨みが怖いからだろう。声が若干小さい。

「そこの娘に無体なことをしたと言われたので、責任を取ろうとしたまでだ」

 尊大に言い放つ泥棒。なんて偉そうな態度なのかしら!

「それで?」

「正妃と、正妃に送るオレが持つ国宝の一つ、『リィエンの華』を差し出すと言ったら、そこの娘が騒ぎ出したのだ」

 お姉ちゃんの威圧に負けまいとしているのが……バレバレなんですけど。そんなに怖かったか……美和お姉ちゃんが。

 お姉ちゃんは鼻を鳴らし、「それで?」と私を見る。

「勝手に話を進めてんのよ! 確かに許せないけど、すっごく不愉快だけど、なんで結婚話までいくのかわかんないの!」

「確かにね。

 ちょいとそこの異国の人、うちの妹は結婚するなんて言ってないんだがね」

「し、しかし……オレの責任問題だと……」

「じゃ、あんたのお国で一番の謝罪をしな」

 あっさりとお姉ちゃんが言い放つ。日本で言うなら「土下座」なみってことね。さすがお姉ちゃん!

 うんうんと頷いて泥棒たちのほうを見ると、彼らは揃って押し黙っている。

 しばらくして、インコのほうが「えー……」と低く切り出した。

「それは、首を刎ねるということでしょうか」

「はあ?」

「我が国では、最上級の謝罪は己の首を差し出すことになるのですが……」

 …………重い。

 なにこの重い話。

 鎖国時代のにっぽんだわ。

 切腹だわ。お侍さんの話だわ。

 意識がまた飛びかけるけど、お姉ちゃんの凛とした声でそうはならなくてすんだ。

「バカ言ってんじゃないよ。命差し出すのが最上級の謝罪だって? それでうちの妹が納得するとか本気で思ってんのかい!」

 そうそう、もっと言ってやって!

「確かに、命とかいらないね。生首とか、あっても困るだけだし」

 由希は余計なこと言わないで!

 泥棒がこちらを見る。うっ。な、なによその目。

「…………モンテ。平民の娘の納得する謝罪はなんだ?」

「やはり爵位などかと思うのですが……」

「だがそれでは納得しそうにないぞ」

「価値観の違いですな」

 そこでバシッとインコの頭にリモコンがぶつけられた。けぺっ、とインコが痛みに声を洩らす。

 投げたのはお姉ちゃんだ。いつの間に私の手から取ったんだろ。……で、横に来たんだろ?

「じゃあ謝り方を学ぶんだね。そこの坊ちゃんがどんな身分で、どこのどいつだろうが、木暮家に居る以上、従ってもらうよ」

 有無を言わせない迫力満点の声に由希まで青ざめてる。「これだから怒らせると……」とかぶつぶつ言ってるのが耳に入った。

 インコは器用に腕組みし、唸ってから頷いた。

「一理ありますな。こちらの世界でご厄介になる以上、王子もこちらの慣習に倣うべきかと思われますぞ」

「なっ……モンテ!」

「では時間がないのでこれで失礼。あ、また近況に変化があれば来ますので」

 ずいっと再びテレビの中に戻ってしまったインコは…………明らかに「逃げた」としか見えなかった。

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