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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第三章 魔法の鏡の向こう側
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第三章 魔法の鏡の向こう側 【3】 

「王子ぃぃぃぃっ!」

 鏡の向こう側から消えたナギルたちの姿に悲鳴をあげるモンテは、鏡にへばりつく。

 だが、鏡の向こう側へは行けない。鏡の中に入れるのは妖精に招かれた者か、もしくは王族に縁のある者かだ。

 どうしよう! どうしよう??

「あ、インコさ~ん。ちょっと訊きたいことあるんだけどさー」

 無礼なメイドが入ってきたのでモンテはギッと睨みつけたが、相手がすぐに由希だとわかってすがりついた。

「お、おいおい、なにすんの。俺、男なんですけど。キショいんですけど」

「ユキ殿ぉ~! 王子とアヤ様が精霊の鏡に入ってしまわれたのですぅぅぅぅ!」

 涙をたっぷり流すモンテの姿に由希は怪訝そうにする。

 一通り説明を受けて、鏡に近づき、見遣った。

 映っているのは暗闇だけだ。

「でも入った王族は一人残らず出てきてるわけでしょ? だったら大丈夫じゃないの?」

「しかし……」

「あー、でも亜矢姉がいるんじゃ心配だよなぁ」

 歩く災難の別名詞だ。

 そもそも今回のことも亜矢が原因らしい。

「美和姉も亜矢姉も、どうしてこう次から次へと色々起こしてくれるかねぇ」

 はああ、と由希は大きく深い溜息をついた。

 見事に別人に化けている由希は誰から見ても美貌のメイドのため、モンテと一緒にいる兵士たちはその態度に戸惑っているようだ。

「とりあえずなんとかできそうなほうからやろうじゃん」

「なんとかできるのですか?」

「美和姉は第三王子の魔道士と一緒に居たんだろう? じゃ、そっちに当たってみよう」

「ぎゃあああああああああ!」

 悲鳴をあげるモンテの奇声に近い音に由希は平然として少し顔をのけぞらせた。

「ななななにを言うのですか! 第三王子の魔道士とわたくしでは、その力量に差があり過ぎますぞ」

「誰が戦えなんて言ってんだよ……。そりゃ、なんとな~くレベルの差が開いてるのはわかってるし」

 パラメーターや、会話ウィンドウなどがあれば一目瞭然だぜ、なんてことを由希は心の中で思っていた。

 おそらくそこにはぞろぞろと使える魔法の呪文が連なっており、モンテは数でも魔力でも負けているに違いない。

 第七王子についている以上、強力な魔道士ではないのはわかりきっていたことだ。王族の魔道士でも恥ずかしくはないが、厄介なことは起こさない程度。そういうレベルの魔道士だろう。

(アシャーテさんとインコの差は雲泥とはいかないまでも、かなりと見た)

 戦えと言っても全滅するだけだ、こちらのパーティが。

(いや、待てよ)

 美和があちらについている理由がわからない。

 由希は顔をしかめ、うーんと唸る。

(マジ、イヤな予感がする……。そもそもなんで美和姉を使うんだ? なんでまたティアズゲーム?)

 王の選定をするための遊戯をまたするなんて……その理由が何かさえわかれば……。

 だが、ここにはヒントも何もない。

(うわー、なにこれ。指針がないRPGみたい……)

 いや、指し示す方向はあるんだけど。

 溜息ばかりが口から出る。

 必要なアイテムや戦力が圧倒的に足りない。

「あのぉ……」

 そこへ、か細い声が乱入してきた。

 長く細い銀色の髪を腰まで伸ばした、色白の二十代後半の青年がそっとこの小部屋を覗きこんでいる。

 美形、と言えないこともない……というか、だれ?

「…………なにしてるんですか、イシュパ様」

「ひゃっ」

 まるで乙女のようなリアクションをして顔を引っ込める男の態度に由希とモンテが「ウゼぇ」などと思ってしまった。

「だれ、インコさん」

「……あー、第二王子の魔道士、イシュパ=ウルイエ様です」

 またヒトガタ。っていうか、第二王子って。

 ひょこりと顔を覗かせたイシュパは微かに微笑む。

「は、はじめまして……。殿下から……その、手伝えと命じられました。あなたの姉君を探す手伝いを」

 うっそぉ……。

 半眼になったのはなにも由希だけではない。モンテもだ。

 第七王子と敵対している第二王子の魔道士がなぜ?

「お、お疑いになるのも当然です……よね。第一王子が助力を請われたので……と言えばおわかりですか?」

「…………マジで?」

「まじ?」

 言葉の意味がわからないようできょとんとするイシュパは、見た目よりも若く見えるようだ。細目が愛らしい。

「ミワ殿でした……か? 殿下も会いたいと申しております」

 頬を染めて微笑むイシュパに、どう反応すればいいのかわからず、由希とモンテは目を合わせる。

(美和姉……なんでこんないきなりモテモテに……?)

 梅沢のところになら嫁にやってもいいけど、他はお断りだ。堅実な相手じゃないと、美和の将来が不安すぎる。

 そそっと体を小部屋に滑り込ませ、イシュパは少女のように微笑んだ。

「お、お手伝い、させてください。僕、頑張りますので」

 謙虚すぎて、きもちわるっ。

 こふっ、とその時「彼」が咳をした。軽く吐血しているのを見て由希がふいっと目を逸らす。

(ああー、なるほど。虚弱キャラなわけね。もうね、どんと来いってんだよ)

 パーティに仲間が入りました。虚弱な魔道士が1名追加されました。

 なんて文字が脳内にてらてらと流れていく由希である。

 とにもかくにも、先行き不安だらけなのはやっぱり変わらない……。



(しっかしなんでヒトガタなのは第二と第三なんだ?)

 などと、由希は思ってしまう。

 第一王子はトカゲの亜人種だった。第四から第六までは知らないが、ナギルも亜人種の魔道士がついている。

 第三王子は魔道士でも有名中の有名人を使っているらしいし、第二王子は趣味のわからない変な魔道士がついている。

「で、殿下は口は悪いですし、性格も悪いですが、ミワ殿にはぜひ会いたいそうです」

 この一点張りなのだ。

 つまり、ティアズゲームでの勝者である美和を一目みたいという望みを叶えるために、第一王子からの要請に応えているようだ。

 裏がない、わけではないだろう。なにかあってしかるべきとみるべきだ。

 何事も亜矢の脳内のように単純ではない。美和と会っても災難にはあわないが、亜矢に会ったら最期と思え。

(なーんか、ナギル以外はうちのこと、まともに考えてくれそうにないんだよなぁ)

 相変わらずのメイド姿のまま、由希は前を歩く二人の魔道士を眺めていた。

 まずはシャレイの森へ行くということだが、馬を飛ばしても数日かかる場所だという。そもそも馬には乗れない。現代人のほとんどは、自転車か車、新幹線か飛行機には乗れるだろうが、馬は一部の人しか乗らないのだ。

 前を歩くイシュパがよろめき、それをモンテが支えるという光景をさっきから何度か目にしている。

(うわぁ……マジで使えねーパーティ)

 変装が得意な男と、インコと、虚弱魔道士。なにこれ。どうなのこれ?

(ダンジョンとか入ったら、まずイシュパで薬草とか毒消し草とかがっつり使いそう……)

 まあ今の時点でダンジョンに入っているのは亜矢とナギルだ。あちらも心配ではあるが、由希には手出しできない領分である。

 精霊の鏡の向こう側。いったい……亜矢はどれだけ問題を起こせば気が済むのだろう?

 しかも……ナギルは自ら亜矢を助けに入ったというではないか! これは完全に……。

(亜矢姉に惚れたな……ナギル)

 チーン、と頭の中で、ご愁傷様の音が鳴り響いた。

 亜矢が人見知りで距離を保っていた時も、ナギルはナギルでなぜか落ち込んでいた様子なのを由希は知っている。

 彼は思った以上にいいやつっぽいので、まぁ問題がなければ亜矢を任せてもいいと弟の立場から思っていた。

 剣と魔法の異世界のほうが危険度は高いかもしれないし、実際に色々すでに巻き込まれてはいるが……。地球も同程度なら、好意を寄せてくれている王子様のほうがいいだろう。

(なにより、乙女心満載の亜矢姉だもんな~……王子様の現実とか知っちゃうより、まぁ…………いいんじゃねぇの)

 政治や、王宮内の勢力争いに巻き込まれないようにナギルは努力してくれるだろうし、亜矢は相当にぶい。なんとかなりそうだ。

(金持ちで、王子様で、顔も良くてってのはなかなかいないしなぁ……)

 どこを見渡しても転がって落ちていない物件だ。

「………………」

 半眼になって、また倒れそうになったイシュパを支えるモンテを由希は眺めた。

(考えてみれば、な~んで美和姉のほうがモテてんだろ? 異世界ってやっぱ変なとこなのかなあ)

 だが亜矢に惚れられても困る。

(あー、そもそもなんで俺、姉ちゃんたちのことばっか考えてんだろ。これじゃシスコンだ……)

 頭痛くなってきた。

 ぶんぶん、と頭を激しく左右に振る。

(いやいや! あの変人な姉ちゃん二人を嫁に出すまでは、俺は木暮家の長男としてしっかりしなきゃだぜ!)

 その姉たちに、彼女ができるかと心配されていることを由希は知らないのだが。

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