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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第二章 ティアズゲーム
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第二章 ティアズゲーム 【10】

 ……ああ、とうとうやっちゃった……。

 私は翻訳機であるイヤリングをつけ、桃色のふわふわしたドレス姿で待機していた。

 モンテさんがアルバートさんに取り次ぎをしているけど、なかなか難しいらしいし……。

 それより、いつになったら私帰れるんだろう。

 王宮でのナギルの部屋にはイスがない。床に座るのが彼の国での流儀らしくて、ベッド以外は目立った家具もない。

 床の上は柔らかいなんの生地かわからない大きな織物が敷いてあって、私はその上に座っている。

 ナギルも同じ部屋にいる。……そういえば暗殺されかけたんだっけ? なんかもう、遠い昔みたいに思えてるんだけど。

 じっと眺めていると、彼の眉間に皺が寄っているのがわかった。何か考え事してるんだわ。

 あ、そうか。お姉ちゃんのことかも。

 うーん。そういえばお姉ちゃん、妖精とかいうのと戦って勝っちゃったのよね? 本来なら、王様になるはずの人がやるゲームで。

 私を助けるためだってモンテさんも言ってたけど……お姉ちゃんが囲碁でも将棋でもああいうゲームをやっているところなんて見たことがないだけに、全然実感がわかない。

 綺麗な真っ黒な髪。私のちょっと赤めの茶色の髪とは全然違うのよねぇ……。由希と並んだ時の迫力を思い出しちゃう。

 こんなわけのわからない世界で、私はこの人とモンテさんしか知らない。エルイスさんとアシャーテさんは、ちょっと苦手かも。

「………………」

「なんだ、さっきからこっち見て」

 嫌そうに顔をしかめてナギルがこっちを見てくる。

 む。なによ。そんな嫌そうな顔しなくたっていいじゃない。

「いや……謝ろうと思って」

 ばつが悪そうに言うと、またナギルが不機嫌そうになった。な、なによぅ。

「謝るってなにをだ? 何かしたのか?」

「……もういい」

 そんな不機嫌声されたら、言おうとしたことも言えないじゃない!

 もー。

 ………………なにこの空気。重たい。重たいわ、すごく。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 一礼してお茶を運んでくるメイドさんは金髪で、後頭部で結い上げてヘッドキャップをしてる。

 あ、アルバートさんのところよりなんかシックな感じなんだ…………へー………………って。

「ぷっ。すごい距離開いてるじゃん、なにやってんの亜矢姉」

 気軽にメイドさんが声をかけてきてくすくす笑う。

 この完璧な変装…………でもこの声……。

「ゆ、由希!?」

「はーい♪」

 返事をして、スカート姿でくるんとその場で一回転。

 ま、間違いない。このふざけた態度……!

 驚いてナギルが完全に固まっている。そりゃそうよね。

「ったく、二人に接触するのってすごく骨が折れたよ。第二王子のほうはアルバートさんがなんとか説得してるよ。

 オレは変装して、ここまでなんとかやって来たけどね」

 す、すごい行動力! さすが伊達にお姉ちゃんの指示で潜入したりしてないわ! 感心しちゃう!

「だいたいなんでそんな二人、すごい隅と隅にいるんだよ?」

 指摘されて、私はかぁっと赤くなる。

「かっ、関係ないでしょ!」

「…………なんかナギル落ち込んでるけど、亜矢姉になんかされたの?」

「こらぁ! 姉に優しくせずにナギルに優しくするってどうなの!」

 無視された! ちくしょー!

 ナギルは近づいてくる由希を見上げる。完璧な変装だ。身長以外なら、由希だとは誰も思わない。

 青いカラーコンタクトを入れ、ウィッグまでしている。体型はそのまま細身を利用しているけど、化粧と特殊メイクで別人になっている由希は本当にすごい。

 こいつ……将来ハリウッドで大活躍してるかもしれないわね……。恐ろしい子!

「ほ、本当にユキなのか?」

「そーだよ。すげーだろ。えっへん」

 棒読みじゃないの、セリフが! うわぁ……ひどい子。

 ナギルはぼんやりと私のほうを見て、苦笑した。

「やはりアヤはユキやミワ殿と居る時のほうが『らしい』な」

「は?」

 疑問になってそう言うけど、由希は何かに気づいたらしくて「あちゃあ」と呟いている。

「なに言ってるのよ。この子の変装は趣味を逸脱してるわ。そう思わない? ナギル」

「………………」

 ぽかんとして、彼は私を見てくる。私はなんだか居心地が悪くなって「うっ」と肩をすくめた。

 やっぱり気軽に話しかけるべきじゃ……なかったかしら?

 ぽん、とナギルの肩を由希が叩く。

「いやぁ、単に亜矢姉は緊張してただけだと思うから、気にしないほうがいいよ、ナギル」

「緊張? そんなふうには見えなかったが」

「見えないだけで、してたんだよ。ほとんど喋らなかったんじゃねーの? 人見知り激しいほうだしさ」

「い、いきなりあんまり知らない人と喋れるわけないじゃないの、当たり前のこと言わないの!」

 もー! あんまりナギルに変な情報を入れないでよ! ただでさえ、なんかこう、話しかけにくくて困ってるのに!

「そ、そんなのいいから状況説明してよ! お姉ちゃんはどうなっちゃったの? 妖精とのゲームに勝ったから、王様になれとか言われてるんでしょ?」

「そーそー。大変なことになっちゃってて、アルバート王子が色々と手を回し始めてるんだけど、追いつかないみたいなんだよ。

 元老院てとこのおじいさんたちが、美和姉を連れて来いって魔道士たちに声かけてるみたいだけど、今のところ王宮側はそれを断ってるみたい」

「え? どうして?」

「馬鹿だな亜矢姉。元老院、ってなんのことかわかってる?」

 …………わかんない。

「ご意見番ってやつだって。ほら、退任した社長とかがよく理事長とかになって、あーだこーだ言うじゃん。あれみたいなもんだよ」

 へー。そんなのあるんだ。

 やっぱり異世界でも、政治って大変なのね……。由希って変なとこ物知りなのよね、ほんと。

「元老院の王宮の執政にも強い作用を持つからな。おいそれと無視できない機関ではある」

「与党と野党みたいなものかしら?」

「あ、亜矢姉、それはかな~り違うと思うけど、まぁなんていうか、種類の違うところが国のために対立してると考えればいいよ」

 む。悪かったわね、バカで。どうせわかりませんよ~だ、この世界のことなんて!

「王宮側の意見は、ナギルならわかるよね?」

「ああ。王族以外が王位に就くなどありえないからな。まして、異世界の娘だ。こちらとしてはそんな事実はなかったことにしたいと考えるはずだ」

「つまり、お姉ちゃんが妖精とゲームをした事実そのものを無い、ってことにするってこと?」

「そうだ。妖精どもが騒ぐから、古いしきたりを重んじる元老院は無視できない。嘘でも本当でも、ミワ殿を連れて来るように命じてくるのは当然だな」

 へぇ~。なんか面倒なのね、色々と。ややこしいというか……。

「じゃあ実際にお姉ちゃんを連れて行ったらどうなっちゃうの?」

「良くて軟禁。悪くて斬首刑だ」

「ざ……?」

 一瞬で真っ青になる私に、ナギルがハッとして顔を強張らせた。

「言い方が悪かった。だが……事実だ。アヤがオレの婚約者でミワ殿の地位もある程度は確約されているから、粗末な扱いをするわけにはいかないだろうが……。

 王族でもないんだ。どんな偽りの罪を被せられて殺されるかわからない」

「こっ、ころ、される?」

 ど、どどどどういうこと???

 由希が肩をすくめた。

「なるほどね。アルバートさんも同じ読みだった。

 王宮が認めない以上、美和姉の存在は厄介で宙ぶらりんなわけだよ。難癖つけて、始末しちゃったほうが早いだろ」

「始末って! あんた実の姉の命がかかってるのによく平気でそんなこと言えるわね!」

 あ、あれ? 私、涙声になってる?

 どん! と背中を押されて私はナギルのほうへとよろめいて近づいた。彼が慌てて受け止めてくれたけど。

「亜矢姉は案外泣き虫だからな。俺はまだやることあるから、慰めるのはナギルに任せるよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ由希!」

「ユキ、やることとは?」

「美和姉、実は一緒にいないんだ」

 衝撃の告白ってやつだ。私もナギルも、半分くらい抱き合う形で硬直しちゃったのはしょうがない。

 お姉ちゃんが、いない? ど、どうして? なんで?

「よっ、妖精に連れて行かれたの?」

「いや、それはない。王家に連なる者しか手を出せない契約なのだ。

 ユキ、ミワ殿がいないとはどういうことだ」

「一緒にこっちに亜矢姉を迎えに来たんだけど…………ちょっと目を離した隙にさらわれた」

 不機嫌そうに由希が呟く。……この子が怒るのも、珍しいほうだ。

「さらわれた……? 誰によ?」

「わからないから、こうして潜入調査してんじゃん。俺たちがこっちに飛ばされた時みたいに、美和姉もやられたんだよ、あれを」

 あの直感の塊のお姉ちゃんが?

 う、嘘だ……。だって、わかりそうなものじゃない。そういうの。

 変な予感とか、しそうじゃない。うそ……。

「アヤ?」

 ナギルが心配そうに声をかけてきたけど、私の耳には入ってこない。

 だってあのお姉ちゃんが。私が困ってた時には絶対に助けてくれたお姉ちゃんでも敵わないなにかが、この世界にはあるっていうの???

「美和姉は完全に冬眠モードに入っちゃってたんだよ。寝てるから安心してた俺も悪い。

 妖精とのゲームはあっという間に勝ったけど、体力は消耗してたんだよな、やっぱり」

「由希……」

「ほんと」

 由希は泣き笑いみたいな表情を浮かべる。……ずるい。泣けないじゃない、そんな顔されたら……。

「俺って、姉ちゃんたちに助けられてばっかりで、かっこ悪いったらないぜ」

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