第二章 ティアズゲーム 【9】
ジャージの娘にいきなり何かを投げられたのはエルイスだった。額に直撃である。
「あんたね! 口が悪いにもほどがあるよ!」
そう言い放たれ「うっ」という声と共にアシャーテとの接続が切られてしまう。
綺麗な顔立ちをした顔だというのに……唇を切ってしまった。これが「売り」でもあるのにとエルイスは娘を憎々しげに見遣る。
ナギルには伏せられていたが、アルバートは一人でこちらに戻って来たのではなかった。二人ほど連れがいたらしいのだ。
その片方を、遊び半分に召喚させたのはエルイスだった。引っかかったのは、どうやら「当たり」だったようだ。
アシャーテを使っている時は人払いをしているとはいえ、これはかなりの失態だった。
「うぅ、痛い……」
額に手を遣って押さえる。両手首を背中側で縛って座らせているのでどうやって……と眺めると、彼女は「投げた」のではなく、「放った」のだった。
右足にはいていて履物がなくなっている。どうやら渾身の力でエルイスに放り投げたらしい。根性だ。
「痛いな、ミワ嬢」
「ふん。誘拐犯にいいツラするわけないだろ」
「誘拐犯とはね」
まあ、その通りなのだ。
ティアズゲームに圧勝したという娘に興味が出て、アシャーテを使って召喚させた。無理やりにだ。
あちらにはペキがいるのでどうなるかと正直思っていたが、アルバートはなにやらやることがあるらしく、木暮の者たちに注意を払っていなかったのだ。
アルバートとナギルも接触させるわけにはいかない。第七王子である弟は毛色が変わっていて、まるで自分みたいでエルイスはそこそこ気に入っていたのだから。
「うちは確かに庶民だがね。わざとそういう小馬鹿にした言い方だと、敵しか作らないもんなんだよ、王子さん」
「…………いいねぇ、ミワ嬢は。アヤ殿も素直そうだったが、あなたは妖精を打ち負かした実績がある。敬意は払うよ」
「殿下!」
すぐさま室内に現れた魔道士・アシャーテに木暮美和は驚かない。
真っ直ぐに、椅子に腰掛けているエルイスを見ている。全身に隈なく『呪い』という名の魔術文字を描かれた第三王子を。
「殿下、お怪我を?」
「よい。おまえは控えていろ」
命じられて、アシャーテは戸惑いながらも様子を見守る。
一つ段差のある下の床の上には、陣の中央に座り込んでいる娘の姿が見えた。
化粧一つしていない彼女は静かに怒っているようだ。
「よほどの策略家か……私とゲームをしないか?」
「あたしと遊ぶために呼んだわけじゃないだろ」
さすがに本当に…………鋭い。
エルイスはますます美和が気に入る。この娘なら、自分の願いを叶えられるかもしれない。
立ち上がり、よろめきながら近づく。
「見えるだろう、この呪いが。呪詛が」
「見えるね。悪趣味な刺青が」
「ふふっ。そう、生まれた時にやられたのだよ」
「犯人が知りたいのかい?」
美和の言葉にエルイスはきょとんとした。
生まれた当時、誰もわからなかったことだ。もう諦めている。魔道のオーラを辿っても、結局はわからなかったのだから。
「教えれば、あたしを自由にするかね」
「取引かい?」
「どう思ってくれてもいいよ。腰に辛いんだ、この体勢は」
……腰?
エルイスはぷっ、と吹き出してアハハと笑い出した。
「いいねぇ、ミワ嬢! そういうところ、嫌いじゃないよ」
「いい大人がなにげらげら笑ってるのかね。どうするのかはっきりして欲しいよ」
どうでもいいように美和は言い、フンと鼻息を荒くする。あの妹の姉とは思えないほど似ていない。
「自由にするよ」
「嘘だね」
「っ、よくわかったな」
すぐさま見破られるとは……。
「悪いが、あたしに嘘は通用しないし、余計な企みはよすんだね。いいことないよ」
「……腕の縄だけはほどいてもいい」
「ならほどいてもらおう。べつに逃げやしない」
ゆっくりと立ち上がる美和の縄をアシャーテがほどいた。くっきりと縄目が手首についている。しかも、赤く。
「あー、痛かった。まったく、乱暴なお人だよ」
「悪かったね」
「思ってもないことを口にするなとさっき言ったはずだよ。
さて、あんたに呪いとやらをかけた犯人だったね。第八王妃だよ」
さらりと……彼女は言い放った。あまりのあっさりさにエルイスは耳を疑う。
「……え? なんだと?」
「第八王妃だ。呪詛、と言ったが、正確には毒を盛った」
「毒……?」
「あんたの母親はそれをどうにかしようとして、あんたは今の状態になったみたいだね。
悪いけど、あたしがわかるのはここまでだ」
「…………ミワ嬢は過去がみえるのか?」
「庶民にそんなことできるわけないだろ。スーパーマンじゃあるまいし。
単に『そう思う』だけで、特別、たいしたことはしてないよ」
一番疑いが強かった第八王妃。だが証拠もなく……エルイスの母親も生んですぐに亡くなった。
真実はすべて闇の中。乳母さえ、幼い頃に何度も代わり、エルイスには手がかりすらなくなっていたというのに!
使える、と脳裏で閃いた。この女は使える。
「冗談じゃない」
考えを打ち破るように美和が言い放つ。
「亜矢や由希を盾にとって、あたしを言いなりにするつもりならよすんだね。
亜矢はナギルが守るだろうし、由希はアルバートの坊ちゃんがなんとかするだろうよ」
「……ミワ嬢の身は、私の手中だ」
「だからなんだい」
平然としている美和には恐怖心というものがないのだろうか?
エルイスが彼女を凝視した後で、きびすを返して椅子に座り直した。
「度胸があるのはいい。気に入ったぞ、ミワ嬢。さすが妖精に選ばれただけある……!」




