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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第二章 ティアズゲーム
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第二章 ティアズゲーム 【5】

 うろうろしていたナギルは苛立ち、左腕だけで背中の亜矢を支えると、剣を抜き放った。

「剣よ、いま一度、オレに力を貸せ!」

 アシャーテにかけてもらった術の中に、見えないものを見る力を入れてもらった。亜矢が魂だけだった場合、目に見えない可能性があったからだ。

 剣が輝き、術が発動する。ナギルの赤い瞳に、魔法陣が浮かび上がり、『見えないもの』が目に映り始めた。

 うっ、となったのは、周囲に幾人もの人間が突っ立っていたことだ。見えなかったということは、魂だけということだろう。

 どの人物も呆けており、着ている衣服はバラバラだった。年代が、だ。

 どれも当時は上等な衣服だったに違いないので、王族か貴族だったのは間違いない。

 石版でしか見たことのない神官の衣服を着た男までいるので、相当昔から精霊たちは『惑わし』をおこなっていたのだ。

(こ、こんなに霊がいたとは……)

 はっきり見えすぎるのも、よくないと思う……。

 ナギルは微妙に視線を逸らしつつ、彼らが妙に離れている場所を見つけた。不自然に空けてある空間に、疑問が浮かんだ。

(あそこだけ、なぜ近寄らない?)

 祭壇のすぐ裏側に駆け寄り、うかがう。祭壇がズレた痕跡があった。

 思い切り、右手を振って剣で小さな祭壇を叩き壊した。剣が衝撃で折れてしまったが、それどころではない。

 破壊された祭壇の下には階段があり、ナギルはそこを駆け下りる。暗闇が支配するが、魔術のおかげで困ることはなかった。

 階段を降りた先には回廊が広がっており、進むと一番奥に亜矢が居た。

 彼女は暗闇の中で能天気に座っており、膝を抱えていた。

「アヤ!」

 ナギルの声に反応はするが、亜矢は暗闇で見えないらしく、きょろきょろとしている。

「ナギルだ! 迎えに来たぞ!」

「お姉ちゃんは?」

 第一声がそれか!

 ナギルは走る速度が一瞬落ちたが、持ちこたえた。忍耐を学んだ彼は、へこたれないようにと必死だ。

 亜矢に近づき、なんとか動悸を堪えて笑みを浮かべる。

「ミワは家でおまえを待っている」

「どうして迎えがナギルなの? 由希は?」

 さすがにカチンときて、ナギルの笑みが消え、怒りに引きつった。

「オレはおまえの婚約者だ! 助けに来て悪いか!」

「か、勝手にそっちが言ってるだけじゃない!」

 亜矢がやや迷惑そうに眉間に皺を寄せて言い返してくる。

「言い出した以上、オレはおまえを守る責務がある! 一緒に帰るんだ!」

「なによその言い方! 私、べつにあなたとの婚約、承諾してないんだから!」

 頑固に言い放つ亜矢が座り込んだままじりじりと後退した。夜目が効かないから、ナギルの声の発生源だけでなんとか対応しようとしているのだろう。

 表情も雰囲気も、今のナギルには丸見えだ。嫌がっているのがくっきりと見えており、ますます腹立たしい気持ちになる。

(なんでだ)

 助けに来たのに。こんなところまで来たというのに!

 一緒に育ってきた歳月が違うから、美和や由希には敵わない。それはわかる。だが。

(ここまで来たオレが、そんなに信用できないとでも!?)

 苛立つが、背中の亜矢の肉体の重みでなんとか踏みとどまる。

「帰るんだ、アヤ!」

「嫌よ!」

 悲鳴に近い声をあげて、とうとう亜矢が立ち上がってこちらに背を向けて走り出した。行き止まりの壁に気づき、おろおろしている。

 ゆっくりと近づき、ナギルは低く呟いた。

「……そんなにオレでは嫌か」

 問いかける声に、亜矢はぴたりと動きを止め、こちらを振り向いた。どこにナギルがいるかわからないので、視線は定まらない。

「信用できないのはわかっている。だが、時間がない。早く戻らなければここから戻れないのだ」

「? でも妖精たちは私に手伝って欲しいことがあるって言ってたけど」

「姉や弟を心配させてまでやる意味があるのか?」

 さすがに亜矢は目を見開き、後ろめたさに俯いてしまう。亜矢の弱点は美和と由希なのだ。

「帰ろう。必ずミワたちのところまで送ってやる。そんなに嫌なら、婚約も解消するから安心しろ」

 そこまで言われるとさすがにばつが悪いのか、亜矢が申し訳なさそうに眉をひそめた。

(……そういったところが、付け込まれるというのに)

 敵が同情を誘うようなことを言えば、ころっと騙されてしまうに違いない。

「そ、そりゃいきなり見知らぬ人と結婚なんてありえないから……うん。でも、ナギルには悪気はないんでしょ……」

 ぼそぼそと言う亜矢はナギルのほうへと近づいてくる。ありえない単純さだ!

(……呪いたい。ミワの心労がわかる)

 あっさりとナギルの言葉を信じるのは、そこに真実があると簡単に思ってしまうからだ。詐欺師のいいカモである。

「べつに、ナギル自身が嫌ってわけじゃなくて……ほら、最初にあんなことあったし」

 言い訳するようにぺらぺらと喋る亜矢をナギルは見つめた。

 どうやらもうあの出会いそのものは、彼女の中では単純に怖いことがあった、という過去形になっているようだ。

「ど、どうも、ほら、反射的に身を引いちゃうっていうか。ね?」

 なにが「ね?」だ。

 ナギルは唇を噛む。

「ならば、今はどうだ?」

「え? うーん……」

 なぜそこで悩まれるのだろう。怖いとはっきり言えばいいのに。

 イライラしているナギルに彼女は気づいていないようだ。

 そもそも王族の自分に対して、なんとも気安い。本当ならば、罰せられる態度だというのに、わかっていない。

「悪い人じゃないのは、たしかかな」

 なんとなく、自身を納得させるような響きで頷きながら亜矢が答えた。

「では一緒に戻るな?」

「……う、うん」

 わかった、と彼女は素直に頷く。

「こっちへ来い」

 そう囁くと、亜矢は微妙な表情になり、頬を赤らめた。

 夜目ではっきり見えたものだから、逆にナギルが焦る。

(な、なんだその顔は!)

 照れる場面ではないぞ!

 探るようにナギルへと近づき、やっと「このへん?」と言いつつ、ナギルの一歩手前で立ち止まった。

「……あの、お姉ちゃんに言われて迎えに来たの?」

「違う」

 自分から言い出したのだが、亜矢は期待外れの答えに落胆した。ナギルにとってはまたも苛立つ原因の一つになる。

「そっか……。

 あ、じゃあ、もしかして自発的に来てくれたの?」

「そうだ」

「こ、婚約者だって、言ったから?」

「当然だろう」

 端的に苛立ちを含んで言うが、亜矢は「そっかぁ」と洩らした。どうやら悲しむという感情は『欠片』のほうに収束していて、鈍感になっているようだ。

 普通なら、ナギルが怒っていることに気づきそうなものだが、彼女は気づかない。

「あ、あのね」

「うん?」

 尊大に見下ろすが、彼女には見えていないだろう。

 亜矢は懸命な表情で、頬を薔薇色に染めていた。

「ありがとう、ナギル。迎えに来てくれて」

「っ」

 ぎく、としたようにナギルは動きを止めた。

 素直すぎる。だが、不謹慎にも今のはかなり……効果的に胸に響いた。

 義理で迎えに来たとしても嬉しいと顔に書いてあった。よっぽど心細かったのだろうが、こんなに無防備では逆に怖くなる。

(いかん……)

 この娘に惚れてはならないと本能が告げている。

 泥沼にはまれば抜けられないとナギルの勘が言っていた。

 目の前に居た亜矢が煙のように消えてしまうと、やっと安堵できて息を吐き出す。

 まるで呪縛だ。

 きびすを返して階段を駆け上がったそこに、『見えないものを見る目』を持つナギルには見えていた。

 異形の姿を持つ「妖精」と呼ばれる存在たちを。

 羽虫のような小さな集団ではあるが、人間に造形がよく似ている。だが肌の色が真っ白で、背中には硬質な羽が生えている。

 瞳も、白い部分などなく、すべてが緑色だった。鼻は平べったく、口は横に大きく裂けている。

 由希が見たら「なにそれ!」と文句を言いそうな姿ではあるが、この世界では妖精たちの姿はこのようなものだ。もっとも、はっきりと見たことがある者は少ないだろう。

<帰らせない>

 全員の声が合わさっている。ズレもないその声だからこそ、一人の声だと錯覚してしまいそうになるのだ。

「どけ」

 王族としての威圧でもって、妖精と対峙した。

 一度おさめた剣を再び抜く。刃が半分しかないが、関係ない。

「剣よ、力を貸せ!」

 アシャーテによってかけられた魔術が再び発動した。

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