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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第二章 ティアズゲーム
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第二章 ティアズゲーム 【2】

 モンテの顔色は優れない。

 何度かあちらの世界の様子を見ようとしていたが、なんとか繋がったのは3時間ほどしてからだった。

 あの小部屋が見えるが、亜矢の姿はない。別の場所をと探しても、見つかりはしなかった。

「『リィエンの華』を追え!」

 横からナギルが命じる。モンテはすぐに頷いた。

 すると、テレビ画面に亜矢の姿が、後ろ姿だが微かに映った。ノイズ混じりであまり鮮明とは言いがたいが、確かに亜矢だ。

 亜矢は背後からでも相当小さな傷を作っているようで、ナギルは絶句していた。由希はさすがに男性なので気にしていないようだが、亜矢までとは思っていなかった。

 自分がこの世界に来たために二人に迷惑をかけたことが浮き彫りにされ、ナギルはじくりと胸が痛んだ。

 亜矢はふらふらしながら、それでも真っ直ぐに見知らぬ道を歩いている。明らかにおかしい。

<アヤの夫となる、ナギル殿下ね?>

 声が部屋中に響き渉った。

 多重に広がる声に全員が硬直してしまう。

<アヤには『惑わし』を手伝ってもらうわ。悪く思わないで。指輪は後で王宮に届けておくから>

 くすくす。くすくすくす。

 笑い声が満ち溢れ、ナギルとモンテが揃って立ち上がった。天井へ向けて叫ぶ。

「アヤとは正式に婚約式を済ませていない!」

「そ、そうですぞ!」

<でも王族の指輪をつけてるわ>

 問答無用というように言い放ち、声が消えた。途端、テレビ画像も消えてしまう。

 しーん……。

 物凄く重たい空気の中、由希はおずおずと手を挙げて尋ねた。

「あの、『惑わし』って?」

「妖精たちの住む、シャレイの森という場所が国の端にあってね」

 と、説明をしてくれたのは、第一王子のアルバートだった。びっくりする由希に、彼は苦笑した。

「そこには結界が張られていて、人間は入れないようになっているんだよ。その魔法は百年に一度、弱くなる」

「弱くなるって……」

「それを強化する儀式には生贄が必要なんだ。王族の」

「……マジ、ですか」

「? 意味がよく通じなかったけど、これは大昔のことなんだよ。王族はもうそのしきたりには従っていない」

「え?」

 どういう意味かと由希がきょとんとするが、考えは遮られた。

「モンテ! オレをあちらに戻せ!」

 ナギルがモンテに、まるで怒鳴るように言い放った声はひどく切羽詰っていた。

「『惑わし』を起こしているなら、すでにアヤは妖精たちの術中にはまっている!」

「し、しかし王子……」

「ええい、諦めるなとミワ殿にも言われただろうが!」

 首元を掴んで左右に揺するさまに、由希はこれが大事件だと直感する。まずい……まずいぞ、絶対に。

(このナギルの様子、明らかにヤバイっての丸出しだし……)

「いや、先にこの私だ。モンテ、王宮に戻り、ナギルの身の安全を保証しなければ」

「そんなことは後回しです、兄上! 『惑わし』にかかっている以上、アヤの魂は分裂してあちこちを徘徊しているはず!」

「たましいのぶんれつぅ!?」

 さすがに由希が仰天してひっくり返りそうになった。

 ファンタジー免疫のあるオタクでも、やっぱりいきなり命の危機、しかも身内がそれにさらされているとなると、心臓が止まりそうになるものだ。

 ナギルは問答無用にモンテをテレビの前に押し遣り、背中を踏んづけた。ぎゅむ、っと。

 まさに王族らしい、尊大な態度だ。偉そうすぎて、アルバートとは雰囲気も何も合致しない。

「ししし、しかしぃ……」

 まだまごついているモンテの背中をぎゅむぎゅむ踏んで、ナギルはしぶ~い声で言った。

「ミワ殿に知られるとまずい……」

 ぎょっとしたのはその場にいた全員だ。

 亜矢を一番心配しているのは美和である。長女というせいもあるが、彼女はかなりの過保護なのだ。……そうは見えないが。

 モンテは首だけ動かして、親指を立てた。

「了解です、王子☆」

 モンテ=インコ、ご乱心である。よほど美和が怖いらしい。


 幾つもの魔法陣。幾つもの魔法文字。魔術に連なる言語と、組み合わせ。

 それらを発現させ、モンテは脂汗をかきながらなんとか「門」を開いた。とはいえ、これも数秒もつかどうかだ。

「まずは三番目の兄上のところへ行き……いや、先にアヤだな」

「いいから早く!」

 アルバートが弟の背中を押した。「わっ」と悲鳴をあげて彼は頭からテレビに突っ込む。

「とっとと行け!」

 由希が蹴飛ばした。

 衝撃でナギルは隠し通路の小部屋の床に見事に落ちて額を打ったが、痛いだけで、ケガはないようだった。

「なにするんだ、おまえたち!」

 非難しようと背後の鏡を振り返るが、もう繋がっていない。

「………………」

 ここからは一人だ。

 第二王子の手の者に見つかれば命はないだろう。

 やることが増えた。まずは亜矢の魂を見つけなければ。

「部屋の扉は閉まっていない……」

 そっと扉の外を見るが、静まり返っている。亜矢がここから逃げたとは思えなかった。

(シャレイの森まで馬で行くしかないか)

 だがそれではどれほどかかるか……。三日では済まない。下手をすれば一週間はかかる。

「お姉ちゃん?」

 背後からの声にびくっとして振り向くと、衣装箱の近くに亜矢が立っている。とはいえ、ぼんやりとした姿で、向こうの壁が透けていた。

 俗に言う、霊魂、というやつだろう。

「………………」

 幽霊だろうがなんだろうが、オカルトには恐怖を感じないナギルはずかずかと近づき、ぼーっとした目の亜矢を見下ろした。

「おまえがここに居るということは、やはりアヤは間違いなくここに居たんだな?」

「…………あなた誰。お姉ちゃんはどこ?」

「………………おまえの姉は」

「お姉ちゃんじゃないとイヤ!」

 悲鳴をあげて彼女は顔を覆う。そして消えそうになった。

 まずいとナギルが手を掴もうとするが、すかっ、と空中を過ぎっただけだった。それもそうだ。相手には実体がないのである。

「ミワは迎えに来ると言っていたぞ!」

「嘘よ!」

 いきなり否定されて、「なにぃ?」とナギルは眉間に皺を寄せた。

「忘れたのか? オレはナギル。第七王子のナギルで」

「嘘」

「嘘なんてついてどうする」

「私を騙す気だわ」

「なぜ騙す?」

「あなたは嘘つきだもの!」

 …………うそつき?

 心外すぎる言葉に傷つきつつも、亜矢の様子が妙なのは気づいた。消えかけた魂が、また元の透明度に戻り、ぶつぶつと呟いている。

 これ以上は埒が明かない。

「そうだ。嘘つきだ」

 ナギルは面倒でそう言い放ち、亜矢を見る。

 よく見れば彼女は絶世ではないが顔立ちは整っており、由希のせいで目立たないが美少女に違いなかった。

(あれ?)

 と思ったのは一瞬で、そんなことはどうでもいいとあっさりと判断を下す。他人の見目などどうでもいいことだった。

「だからここには誰も助けに来ない!」

「嘘! お姉ちゃんは来てくれる!」

 そう言い放って今度こそ消えた。先ほどのような荒れ狂った消え方ではなかったので、「鎮まった」とみたほうがいいだろう。

 本体、というか、肉体のほうへ時がくれば呼び寄せられるはずだ。…………と、王宮の蔵書に書いてあった。以前にも似たようなことがあったのだ。

 そう、古い古い、おとぎ話のような大昔に。

 日本では「神隠し」とも言うが、こちらの世界では「惑わし」という。誰がおこなっているか明白で、犠牲もひどいものだった。

 しかし厄介なことになった。魂の細分化はすでにおこなわれている。亜矢の命が危ない。



 隠し通路のほとんどは頭に入っているが、うろうろして亜矢の通った場所を探すしかないだろう。

 亜矢の魂は細切れにされ、あちこちにいついているはずだ。王宮で「奇妙な女の幽霊を見た」と噂になるのもそう時間がかからないはずだ。

 通路をずかずかと歩いていると、確かこのあたりにも横道があったはずだと壁を力任せに蹴飛ばす。

 隙間があき、間違いなかったと安堵して壁を押して中へと進んだ。そこは王宮ではもっとも古く、天井が崩れて行き止まりになっているはずの道だ。

 一応と思って中に入ってから、古びた廊下を見回す。

 妖精の力のおかげか、ここは地下にも関わらず光がなくとも目で「見える」。

「何をやっているんだ、我が弟」

 ぎくっとして身を竦ませるて振り返ると、壁にもたれかかっている赤いドレスの女性が居た。身体のラインにぴったりとしたドレスで、その上から同じく赤のショールを羽織っている。

 黒く波打つ長い髪。そして、その色違いの瞳……緑と青のオッドアイ。まさしく、第三王子直属の魔道士、アシャーテ=ルワイオースだった。

「あ、アシャーテ……」

「せっかく兄上たちから助けてやっているというのに、無理に戻って来るとは思わなかった」

 アシャーテの口から洩れているのは男性の声だ。表情までは操れないのか、アシャーテは微笑み、軽くお辞儀をしてみせた。

 今の彼女は兄の目となり、耳となっているのだ。

 第一から第三の王子の中でも彼は滅多に人前に出てこない。そのため、連れている魔道士は自然に強い者が就くことになった。実は身体が不自由なのだ、少々。

「エルイス兄上……。やはりあなたが……」

「アルバートのバカがおまえを召喚して呼び戻そうとしていたのでな。フレイドに殺されたくはあるまい? まあ、邪魔してやったがな」

 くすくすと笑うエルイスに、ナギルはムッとしてしまう。

「それどころではありません。妖精たちが『惑わし』を起こしたのです」

「ほぅ。もうそんな時期か。放っておけ。我等には関係あるまいよ」

「それがあるのです」

「ん?」

「オレの婚約者が……連れて行かれたのです」

「……っ?」

 さすがに驚いたようにエルイスが動きを停止させた。

「い、いつ? おまえ、いつ婚約式を?」

「急遽です。アヤという名の、異世界の娘なのですが」

「なるほど……。アシャーテの力が妨害されているわけがわかった。では、王の選定もおこなわれる可能性が高いな」

「でしょう」

「選ばれるのは案外、おまえかもな、ナギル」

「ご冗談を」

 全然笑えない。それに、婚約者を連れて行かれた以上、その夫となるナギルには王位継承権が与えられなくなる。そういう「決まり」なのだ。

「……そうか。ではおまえはその娘を助けに行くのだな?」

「はい」

「? なんだかやけに素直で気持ち悪いな。どうした? 何かあったか?」

「…………異世界は、刺激が強すぎたというだけです」

 あの姉は怖かった……。アルバートのことがなんだか心配になってきてしまった。モンテも、何か投げられているかもしれない。

 けれど……亜矢を助けるのはこちらの地理に詳しい自分のほうが適任だと思ったのだ。王族として、彼女の婚約者として。

「そうか。フレイドの件があるから妨害は許せよ。だが、その娘を助けに行くのなら手助けしてやってもよいぞ」

「兄上?」

「生きて帰ってこられるものならな」

 くっくっくっ、と笑うエルイスの言葉にナギルは頷く。

 妖精のもとへ行くのだ。ただでは済まないはず。

「アシャーテに馬を用意させてやろう。準備ができたら呼びに来てやる」

 尊大に言い放ち、アシャーテの姿がそこから忽然と消えうせた。

 思わぬ援軍に驚いたが、ナギルは首を傾げそうになる。

(エルイス兄上は、そういえば……)

 どこか、由希に似ているような……? 愉快なことが好きで、ひとを驚かせるのが大好きだと聞いたことがある。身体が不自由なぶん、彼の楽しみはそちらに傾いてしまったらしい。

 元気な姿なら、きっと誰よりも明るくて……いいひとなのかもしれなかった。

 アルバートも王位を継ぐならエルイスだと言っていた。なんとなく、今のやり取りで納得できた。

 寡黙な兄だと思っていたが、案外お喋りなのには少々驚いている。……何か、あまり喋らない理由でもあるのだろうか?


 回廊を歩いていると、突っ立っている亜矢の姿が見えた!

 彼女はここを通ったのだ!

 慌てて駆け寄ると、彼女は恐慌状態に陥る手前なのか、ぶるぶると震えていた。

「おねえちゃ……ゆき……たすけて……こわいよ……こわいよ……」

 魂とは、感情のことでもある。先ほどの魂は亜矢の「拒絶」を強くあらわし、今回は「不安」が強く出ているのだろう。

 落ち着かせてなだめてやっと消え去ったのを見届けた頃、アシャーテが再び現れた。

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