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小暮亜矢の冒険  作者: 真白もじ
第一章 異世界からの訪問者
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第一章 異世界からの訪問者 【10】

 ドアを思い切り開けて、私は指輪をつけた手を大きく掲げた。

 たぶん何を言っても通じないのは明らかなので、ギッと睨む。そして顔の近くまで指輪を大きく近づけた。

 兵士が驚き、ぎょっとしてひざまずいた。

 おお! 水戸の老人の印籠みたいな効果!

「よっしゃ亜矢姉、そのまま部屋に連れて入って、王宮を指差すんだ」

「わかってるわよ!」

 由希の声に兵士を無理に立ち上がらせ、開け放たれた窓から見えるお城を指差した。

 切羽詰ったように早口で訴える。とはいえ、なに言っても平気だから、おなかすいただの、面倒だのと、勢いをつけて喋りまくった。

 困り果てた兵士は駆けつけたほかの兵士たちと何か言い合う。お、これはいい感じ?

 私は再度指輪をどーん! と見せ付けた。

 うっわー。我ながら安直すぎる。こんなのでうまくいくわけないっての、本当は。

「何事ですか」

 っぎええー!

 やっぱりうまくいかないか!

 現れたペキさんにがっくりと項垂れかけたけど、由希が毅然として私の前に立ち塞がった。

「姉さんは国王陛下に挨拶に行きたいと言っているんだ。それと、殿下のことも心配だから、なるべく帰還の近い王宮へ行きたいと」

「ええ。手違いでこちらに来てしまったけど、私はナギル殿下の婚約者。陛下に挨拶にうかがうのも勤めです」

「どのような心境の変化ですかな?」

 うわっ、インコと同じで表情がわかりにくい……。

 内心冷汗ものだったけど、由希は堂々と遣りあうことに決めたようだ。我が弟ながら、頼りになる~!

「あなたがたに僕たちの行動を阻害される、なんてことあるわけないですよね? なにせあなたは第一王子の魔道士。第七王子の婚約者より立場は下だ」

「…………」

 え? そうなの? と、思わず弟の顔を見そうになるけど、我慢した。再三、大根なんだから俺の言うとおりにやれって言われてるし。

 なんでそんなに詳しいのか、後で聞こう。由希って本当に変なことにだけは詳しいんだから。

「彼女が王宮に行くのになにをそんなに警戒するのかわかりませんけどね」

「突然陛下に謁見できるとは思えません。絵空事です」

「そうかな……? そもそも姉さんの婚約のこと、そんなに知れ渡ってるわけ?」

 目を細める由希は、さらに続ける。

「異国、しかも異世界の女を婚約者だなんて、外聞はあんまりよろしくないよね。しかも、その相手が第七王子……これまた異国の王女の息子だ。

 だったら、なにかしら姉さんに『裏づけ』をつけてから正式発表するはずだからね」

 そ、そういうもんなの……???

「どうして第一王子は知ってるですかね……。姉さんの格好を見れば、明らかにおかしいと思うはずなのに」

「………………」

「連れていってもらえますよね? それとも、元の世界に戻してくれますか? 勝手に処分するのは、あなたの主人も望んでいないでしょう?」

「小僧、言うな」

「あなたの主人は我々の手の内にある。我々が無事に帰らなければ、第一王子も無事では済まないと思うんだな」

 ……か、かっこいいー!

 な、なにこいつ! 弟のくせにすごいかっこいいんですけど! 絵になるんですけど!

 ていうか、口からでまかせよくもまぁこんなに出せるもんだわ。

 トカゲはしばらく黙っていたけど、やがて口を開いた。

「王宮まで連れて行く。妙な動きをすれば殺す」



「兄上が平穏な生活ができるようにオレも尽力します」

 ナギルはそう言って、兄の前に近づく。

「……同情か、ナギル」

「そうではないのです。ただ……その、ミワ殿の仕打ちを受けた身としてはやはり、オレにも落ち度があると思わされましたので」

 そんな美和は休眠時間に入っており、すぐそこのソファでだらんと横になって眠っている。寝顔を見つめて瞳をきらきらと輝かせているのは梅沢だけだ。

 戦う坊主、円は二人の王子の傍に立っていた。

「まずは病気になったふりでもしたらいいんじゃね? ほら、よく精神を患ったとかあるっしょ。それで療養するために王都から離れるんだよ」

「……確かに良い手ではありますな」

 インコがうんうんと頷く。だがアルバートは首を横に振った。

「だが私がしたことは許されないことだ」

「だから王都に二度と戻ってこないことで、罪滅ぼしすればいいだろ。執政にも関わらない、王位にも関わらない。それでいいんじゃねーの?」

 円はあっけらかんと言うと、眠っている美和のほうを見遣る。

「木暮は昔っからひとのことズバズバ言うから、けっこいキッツイぜな。しかもそれが当たってるから反論できねぇとくる。

 ま、第二王子さんをどうにかするまでは、協力すればいいんじゃねーかなぁ」

「そうですな!」と、インコ。

「そもそもにーさん、結構腹黒いほうだろ。素直にしてるのって、木暮っちにあんだけ言われたせいだろ?

 そっちのエキゾチックなにーさんも、尊大なタイプだろーに……。あいつになに言われたんだよ」

 なんだか同情の目を向けられる二人の王子は複雑な表情だ。

 たぶん円は、きちんと理解していない。だけど、美和は理解していて言っている。だから二人の言葉の重みが違うのだ。心に響く度合いも。

 アルバートはしばらくして頷いた。実は全員、フローリングの床の上に正座だったのだ。ソファは美和が占領しているのである。

「とにかくさぁ、ここで諍いを起こしてもいいことねーべ。

 そっちのナギルっちの命が無事なことと、アルバーにいさんが王位から離れる。これを達成できるように動けばいいわけだろ」

「…………ナギル、私はおまえの命をもう狙わない。下の二人にも手出しさせないように尽力しよう」

「兄上」

「まあそうしないと、亜矢ちゃんと由希が戻ってこれねーんだろ?」

 そこでハッとしてナギルが青ざめた。

「兄上……アヤの身柄はどのようにしているのですか?」

「ラードには危害を加えるなと言ってあるが……。彼等を妨害しているのは我々じゃなく、エルイスだ」

「ええ!」

 仰天した声を出したのはナギルとインコだった。まさかここで第三王子の名前が出てくるとは思わなかったのである。

「エルイスがこちらとあちらの出口を魔道士に命じて妨害しているんだ」

「な、なぜエルイス兄上が……」

「思惑はわからないが、おまえを守ろうとしたんだろう」

 そんな……。

 交流もそれほどないし、あの無口で引きこもりの兄が?

 信じられないナギルだったが、インコがばたばたと両手を振り回した。

「エルイス様の魔道士といえばアシャーテではないですか! 亜人種ではなく、生粋の人間、しかも腕のある巫女姫様では!」

 一斉に青ざめる異世界の男性陣たちに、円が「え? なにさ?」ときょとんとしている。

「アシャーテ様は宮廷魔道士の中でもかなり強力で、おそらく雑音のようにこちらとあちらを妨害する念を放っているのでしょう。

 ひいいいいい! 太刀打ちできるレベルじゃないですぞ!」

 インコが顔を両手で覆ってひんひんと鳴き声をあげた。

 アルバートが険しい顔で呟く。

「あの広間の大鏡を使うんだろう? あそこは妖精の管理下だ。アシャーテの魔力も及ぶまい。だが、時間制限がある」

「たった二人を呼び戻すだけです、大丈夫です」

 たぶん、と心の中でナギルは続けた。

 円や美和の言動からして、亜矢は予想外のことに巻き込まれる「癖」があるらしく、そこが心配だ……非常に。

 広間の「精霊の鏡」ならば……モンテの魔力でもこちらに呼び寄せられる。きっと…………きっと!



 臣下たちが利用するという専用の門を通り、馬車に乗せられて私たちは連れて来られた。

 馬車の中の由希は憶えた地図の内容を何度も反芻しているらしく、瞼を閉じてじっと黙り込んでいた。

 馬車が止まり、表からペキさんの不機嫌そうな「着いたぞ」という声がした。

「亜矢姉」

 小声で、降りようとドアに手をかけた私に由希がささやく。

「降りたら俺が先に行くから、ついてきて。全速力だ」

「あんた……ここがどこかわかってんの?」

「東門」

 ぽつりと言って、由希が私を押し退けた。

 ドアを開けるとまばゆい光が、目に容赦なく入ってくる。


 馬車の周辺には兵士が護衛として囲んでいた。こんなので逃げられるわけ?

 どきどきして馬車を降りると、由希が「ない!」と叫んだ。なにが?

 きょとんとすると、私の指を指差す。

 えっ、と思った途端、私は指にはめていたナギルの指輪がないことに気づいて動転した。

「由希! どこに!?」

「降りるときに落としたんじゃないの?」

 慌てる由希が地面に屈んで探し出す。私もそれに倣った。

 兵士たちは何事が起きたのかわかって、一緒になって探し出した。そりゃそうだ。国宝だってナギル言ってたし! やばいよ、なくしたってバレたら。

 ペキさんも様子を見てたけど、さすがに指輪がないと私たちを連れている理由を思いつかないのか、一緒になって探し出した。

「いまだ、亜矢姉! 走るぞ!」

「えっ?」

 耳元で言われて腕をぐいっと引っ張られる。

「訓練した兵士だとすぐに追いつかれる! ほら、急いで!」

「えええええええーっ?」

 わけがわからないまま、私は由希に引っ張られて全速力で走り出した。いや、だって指輪!

 どうするのよ、このままだとナギルに怒られるどころじゃ済まないじゃないの!

 でも文句を言えるような状況じゃない。とにかく全力で走ってるわけで、すぐに息があがった。

 由希には目指している場所があるらしく、足取りに迷いが一切ない。

 背後から大勢の足音が迫ってくる。

「こっちだ!」

 由希が方向転換し、壁の隅に隠れた。私もそれに倣う。

 目の前を通り過ぎた兵士たちをやり過ごし、由希は別方向に走り出した。

 あら? ここって……お庭?

「噴水のところに隠し通路があるんだ。急いで!」

 噴水? げえ! あんな遠いところ! しかも丸見えじゃないの! 全然隠れてないわよ!

 一気に走り抜けた由希が、巨大な噴水の下部のどこかを一気に蹴りつけた。……ふつーにかっこいい。様になっている。恐ろしいことに。

 がん! という音と共に穴が空いた。うそぉ!

「亜矢姉、先に行け!」

「で、でも由希」

「うるさいなあ!」

 無理やり私を狭い穴に頭から入れた。痛い痛い! なんてことすんのよ!

「きゃあ! どこ触ってんのよ!」

 ぐいっと一気に奥へと押し入られ、私はそのまま斜めの狭い道をずるずるっと落ちていった。

 落ちた先で痛みに顔をしかめる。暗くて周囲は見えないし、たぶん腕や足は擦り傷だらけ。最悪……。

 すぐそばにすとん、という軽快な音がして身を竦ませると、「なにやってんだよ」と由希の声がした。

「あんたさっきお尻触ったでしょ!」

「さっさと行かないからだろ」

「なんでお尻押すのよ! 太ももでいいじゃない!」

「あーもう、うるさいなあほんと。早く行くよ。隠し通路はこの先なんだから」

「えー? こんな真っ暗なところ……アイタッ!」

 進もうとしてどこかに額をぶつけた。思わず屈んで痛みを堪えていると、由希が手を握ってきた。

「このくらいの暗さなら俺は大丈夫。じゃあゆっくり行くから急ぐよ」

「……変な日本語」

 急ぐからゆっくりとか……。

 無理に立たされてから、由希はずんずんと歩き出した。よくこんな光が一切ないところで……。

 あまりにも迷いがないので、私は不安になってきた。なんか、こんな話を聞いたことがある。

 亡くした妻を取り戻しに冥界まで行って、一言も喋らずに地上に戻るだっけ? あれ? 振り返っちゃいけない、だっけ?

「この辺りかな」

 由希が立ち止まり、再びガン! と蹴った音がした。

 ぎぎぎ、という音と共に隙間ができる。そこからの光に私は安堵したけど思わず「うっ、まぶしぃ」と顔を手で隠した。

「ほら亜矢姉も押して! たぶんあのトカゲさんはここのこと知ってるんだから、別のルートから追いかけてくるよ」

「わ、わかったわよ!」

 一緒になって壁に手をつき、隙間を広げるように前へと押す。お、お、重いぃぃ!

 なんなのこの壁! 重すぎる!

 必死に二人で壁を押すと、なんとか人間一人が通れるくらいの隙間になった。いった~、手が絶対にはれてるわよ!

「ほら亜矢姉!」

「はいはい」

 隙間から外に出ると、そこは古びた通路だった。

 不気味なほど静寂で、石造りだ。しかも、光が入ってくるようにはなっていないのに、はっきりと「見える」。

 由希が続いてくると、私を引っ張った。

「ほら、また押して。道を隠さないと」

「ええええー!」

「亜矢姉、急いで!」

 うぅ、わかったわよ……。

 重労働するとは思わないじゃない、普通。

 二人で反対側を押すと、回転扉の要領で壁が元に戻る。なるほどね……隠し通路か……。

「ボーっとしてないで行くよ!」

 ま、また走るのね……。



 ぜぇぜぇと荒い息を吐いてその小部屋を見つけた由希は、ドアに鍵がかかっていることに気づいて慌てた。

「やばい! 鍵を壊してる時間なんて……。亜矢姉、ヘアピンとか持ってないの!?」

「……あんたはどっかの怪盗か……。あるわけないじゃない。もう髪もぐしゃぐしゃなのに……」

 ピンじゃなくて、なんか変な油みたいなのでびったり固められてるのよ、この髪。

 ドアはノブではなくて、鍵穴があるだけ。しかもなんだか妙な形をしている。

「穴が……10個あるのね」

「意味わかんねー」

 由希がしかめっ面でそうぼやき、穴の一つで「あ!」と声をあげた。

「ナギルの指輪だ。あれが鍵なんだ!」

「え、でも落としてきちゃったわよ」

「バカだな亜矢姉。あれはわざとだよ。俺がとったの」

 ほら、と差し出されて私は反射的に弟の頭を殴った。

「いってー! 乱暴な姉だなあ!」

「あんたね! ナギルが国宝だとか言ってたじゃないの! 本当に落としたと思って本気で冷や冷やしてたんだからね!」

「……悪かったから早くはめて、ここに指輪を」

 こいつってば、後で覚えておきなさいよ! たっぷり説教してやるんだから!

 私は指輪をはめて、どうすればいいのかしばし迷った。

 だいたいこういう時って、ほら、宝石が大きかったりするじゃない? でも、そうでもないし……。

「たぶん今の亜矢姉なら開くんじゃない?」

「そんな簡単にいくわけないじゃない。指紋認証とかじゃないんだし」

 由希が避けたので、私がドアの前に立つ。すると、ドアが自然に軋んで開きだした。うそだー! 嘘だと言ってー!

「ほらね」

 したり顔をする由希を睨んで私は中に入る。ドアは開くけど、閉められないみたい。まぁ自動みたいだし、しょうがないか。

 鏡鏡と探していると、姿見とは言えない、けれど大きな鏡を見つけた。

 形は丸い。私が両手を広げたくらいのサイズだ。

「着いたけど、ここからどうするの!?」

 鏡の前まで行っても、うんともすんとも言ってくれない。本当にここで合ってるのか怪しくなってきた。

「アヤ様! ユキ殿!」

「わーっ!」

 いきなりインコの顔が巨大に映し出されて二人して絶叫をあげて背後にひっくり返った。

 なんつー出方するのよこの鳥頭は!

「……なにを転んでいるのですかな。大丈夫ですか?」

 首を傾げるインコに私たちは疲れた表情で「なんでもない」と同時に返す。

「今から繋ぎます。もっと鏡へ近づいて!」

 インコの姿が少し遠ざかった。こいつはどこからこっちを見ているのだろうかと疑問になってくる。

「今です!」

 そうインコが言い放った直後に「あそこだー!」という大勢の声と足音が聞こえた。

 ぎょっとなった私は由希の背中を鏡のほうへ力任せに押した。

「早く! 由希!」

「亜矢姉!?」

 由希が鏡に呑まれるように消えてしまうけど、インコが私を助ける時間はなさそうだ。

「とりあえず隠れるから、待ってて」

「そんなアヤ様! それは無理で……」

 私は足音にどきどきしつつ、隠れる場所を探した。

 あ! あの衣装用の箱がいい! 隠れるにはちょうどいいわ!

「アヤ様、手を出してください!」

 足音はもう近い。無理だ!

 私はきびすを返して箱の中に隠れた。



 私が隠れた箱はいきなり後ろに倒れると、そのままふたを開けて私を放り出してしまう。

 ええ?

 驚く私は目を開いた。

 そこはあの小部屋ではなく、延々と続く廊下だった。石造りの……古めかしい。

 ど、どうなってるの……?

 立ち上がって周囲を見回す。

 けれど、私が落ちてきた穴はすぐにふさがり、戻れなくなってしまう。

 私はこの世界に残された――――たった一人で。

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