異世界トリップ五日目
今朝は朝から慌ただしく忙しいのだと下女のおばちゃんが着替えを手伝ってくれながら教えてくれた。
「今日で今年が終わるんで新年の用意で忙しいんだよ」
ここで働く人間はおじちゃんとおばちゃんが殆どで若者があまりいない
だから俺に付けられた世話をする人も庶民のおばちゃん
最初は畏まっていたけど俺も人間だし普通でいいよと言ったら結構砕けて話してくれる。
「へ~そうなんだ。 おばちゃんは家に帰らないの」
「ここで働く人間は人手不足で休暇が貰えないから外の家族には会いに行けないよう」
「えっえ~ 無休なの!」
「その内人を増やしてくれるまでの辛抱だし破格の給金を貰ってるからね」
おばちゃんは反対に喜んでいるようだ
「ふーん それじゃあ俺の所為で仕事増やしちゃった」
「滅相もない。王妃様の弟様のお世話を出来たなんて孫に自慢しますよ」
いや 俺なんか世話しても自慢にならないと思うから止めといてと内心思う。
「おばちゃんはここ長いの」
「ここの使用人は殆どここが建てられてから働き始めた者ばかりで本来は庭師や掃除婦しかいなかったんだよ。そこへ王妃様がいらっしゃってここを気に入ったみたいで住みついちゃったんだよ。それなのに何故か王宮から女官も呼ばず教養のない私らのような者達がお世話しているんのさ。 そう言えば亀族ではマッカーサングゥイ様が私らと同じぐらいから働いてるねー あの子は本当に亀族らしくないいい子だよ~」
マッカーサングゥイ?
初めて聞く名前だ
「誰それ?」
「おや 弟君様も会ってる筈だよ。 今は王妃様にマッキーて呼ばれている侍女様 しかし女の子になった時はびっくり仰天したもんだ 流石に神様だね~男の子の時も可愛いくって皆も孫のように可愛がっていたもんだよ」
「そんなに可愛かったの」
「今より背は高かったけど細くて最初は女かと思ってたよ」
そうなんだ
男の頃から可愛くって性格もいいんだ
「恋人とかいたか知ってる」
「知らないね。 私の感じゃあの子は男も女も知らないよ~ 弟君様狙ってるのかい」
おばちゃんは二ヤリと笑い楽しいそうに聞いて来る。
これはおばちゃん達に話題を提供してしまったかと後悔
「可愛いな~って思ってるだけだよ」
「照れない照れない。 私がそれとなく聞いといてあげるよ」
そう言って着替えが終わるとサッサと部屋を出て行く。
口を動かしながら手を動かし仕事を片付けるおばちゃんはマジ忙しそう
そのまま朝の食卓に行くと既に姉ちゃんは後宮に行っておらずフーランさんが給仕をしてくれながら予定を話してくれる。
マッキーさんが良かったのに既に姉ちゃんと後宮に行ってしまったらしい
フーランさん苦手だ
「弟君様の今日のご予定は」
「午後からビーダ―さんと運動する心算ですけど姉ちゃんがいないなら午前中は姫様の所に遊びに行ってお昼も姫様達と食べてもいいですか」
「はい、その様に取り計らいます。 明日は新年の儀があるので離宮には弟君様だけになりますが警護にビーダ―を付けますので何でも御用を言い付けて下さいませ」
どうやら俺は参加出来ないようだ
急に現れた王妃の弟なんて予定外だからしかたないだろう。警備とか座る席やら色々面倒なのだろうから大人しく留守番をするしかない
「姉ちゃんは何時戻るんですか」
「当分は後宮になりますので何時になるかは分かっておりません」
「それまで俺はずっと離宮なんですか」
「申し訳ありません。 なにしろ王妃様の弟君様ゆえに邪まな下心を持った者が近づこうとこぞって押し掛けるでしょう。 新年を迎え慌ただしくあまり人手がないので十日程で落ち着きます故に御容赦を」
それまで大人しくしていろとフーランさんの目が言っている気がするぞ
文句なんか言える訳ない
「わかりました」
つまり十日間はここで一人なのか
マッキーさんがいれば何年でも耐えれるけどおじさんおばさんしかいないこの屋敷はあまりに不毛だ
一回元の世界に戻ろうかとふと考えるがお兄さんにお願いしなくてはならない
無理だな
食事を済ませるとフーランさんも王宮に行ってしまったので早速姫様の所に遊びに行くと女兵士さんがいない
「どうしたんだろう」
マッキーさんに会えないのでせめて目の潤いをと考えていたが少し残念
そしてズカズカと勝手に玄関に入ろうとすると扉が自動で開く
「あれ?」
そして現れたのはウェアー
「お早うございますケント殿。ミョンミョグゥイ様がお待ちですよ」
爽やかとは程遠い薄ら寒い笑みを湛えて立っていた。
「お早う」
なんか怒ってる??
心当たりはなかったので気のせいだろう
ウェアーの案内で通された居間ではこちらも不機嫌そうに椅子に座る姫様
今さらながらに来るんじゃなかったと後悔
「姫様お早う! 今日も凄く綺麗だぜ」
俺は精一杯の愛想を振りまくが
「妾が綺麗なのは当り前じゃ」
そしてプイと横を向いてしまう
う~~ん 相変わらずツンツンな態度
「そう言えば昨日は疲れただろう。 姉ちゃんは喜んでいたけどかなり無理をしたんだろ」
「ふん! 王妃の頼みでは仕方があるまい。 所詮妾は州知事の娘でしかないからの」
「そうか 偉いな姫様は」
そう言いながら頭をナデナデ
我儘なようでちゃんと分を弁えているとゆうよりかちゃんと逆らえない相手と見下していい相手を使い分けている賢さ
「子供扱いするでない!」
バシッ!
見下されて手を叩かれるのが分かっていていも止められない
分相応な感じが癖になりそう
少し危ないか……俺
「それより暇なら遊ぼうぜ」
「別段暇ではないがケントが遊んで欲しいなら遊んでやろうぞ」
「すげー暇 遊んでくれ」
この素直じゃ無いところが姫様だから大人の俺が余裕をみせないと
「よかろう 何をするのじゃ」
俺は懐からトランプを出して見せる。
「トランプっていう俺の国のカードゲーム 紙の札を使った遊び」
「絵合わせの様なものか?」
「うーん そう言うのもあるけど何通りの遊びが楽しめるんだ。 ウェアーもやろうぜ」
「異界の遊びですか 興味深いですね」
テーブルを三人で囲み先ずカードの説明から始めるのだった。
流石に神様だけはある二人はあっという間にルールを覚えてしまう
そもそも簡単な遊びだが
初めは婆抜きから始まり神経衰弱、ページワン、ダウト、大貧民をこなすが
「クッ!! また負けたーーー!」
「流石にケント 大貧民が板についておるの~」
「ウガァ~~~~! 何故一回も勝てないんだーー もしかして力を使ってる?」
何をやっても一回も勝てない
透視能力でも使ってズルしているのかと思うくらいの惨敗
「そのような姑息な手を使わぬともケントなど大貧民に何度でも突き落せるわ」
「そう言うミョンミョグゥイ様も平民がなかなかお似合いですよ」
「おのれーウェアー! 主である妾に何故花を持たせぬ」
「勝負の世界に主従は関係ありません」
殆どのゲームで一人勝ちしてしまうこの男は容赦ない
やっぱりSだ!
「よし姫様 ここは協力してウェアーを大貧民にしようぜ」
「致し方なかろう。 ケント 妾の指示に従え」
「よっしゃー」
姫様にも勝てない俺は素直に従う――既にプライドなし
「御髄に」
ウェアーは余裕の笑みを浮かべて受けて立つ
そして結果は
「キ―――ッ 何故勝てぬのじゃ!」
結局下剋上は起こらず
「頭の使い方が違いますので」
絶対こいつはポーカーをさせたら負け知らずじゃないんだろうか
カジノで一財産築きそうだ
顔も良くって頭脳明晰でどれだけ恵まれているんだと羨ましい
一つぐらい分けて欲しい
「勝てぬ遊びなど止めじゃ。 それに昼のようじゃからソロソロ準備をせなばならん」
「準備?」
「午後から王都にある妾の屋敷に行くのじゃ」
「エッそうなの」
知らなかった
姫様達までいなくなるのかとガッカリ
「あの両親の顔を見るかと思うと腹が煮えかえるが明日は王宮に共に出仕せねばならないので致し方ない」
「まだ成人もされていないミョンミョグゥイ様が呼ばれるなど異例で名誉な事なのです」
「へーー そうなんだ。 それじゃあ本当に俺一人で留守番か……」
「ケント殿は呼ばれなかったのですか」
「う~ん 俺がいると色々面倒らしい。 仕方ないから大人しくして体でも鍛えるよ」
「ならば私が残りお付き合いしましょうか」
「イッ!」
変なところが鍛えられそうでそれは御遠慮したい!
「なら――ぬ! そなたは妾の従者であろう。 主の側を離れるとは許さん」
そうだ、そうだー 姫様の言う通り
「王都の屋敷には使用人が大勢いるのですから私一人いなくても大丈夫です」
「妾の護衛でもあるのだぞ」
こんな危険人物を置いてかれては堪らない
「俺一人でも大丈夫。 それにビーダ―さんが付き合ってくれるみたいだし」
ところがそれを言った途端ウェアーは嫌そうな顔
「ビーダ― とは昨日ケント殿と歩いていたあの男ですか…」
「あれ 見てたのか。 俺達が無理やり入って来た時の門番さんだよ」
「危険です」
「エッ!?」
「あの男のケント殿を見る目は危ないのです。 窓から見ていましたが絶対に狙っております」
窓??
窓を見れば確かに湖と散策道が木々の間から覗いているが結構遠い
昨日は姫様だけ呼ばれたからウェアーは偶然ここで外でも見て俺達を見かけたのだろう
「こんなに離れてちゃ顔なんて分らないだろ。気のせいだ」
「そうじゃ。ケントの様な平凡な男に気があるなど趣味の悪いそなたぐらいじゃ」
「うっう……」
確かにその通りだが色々スル―したい
「私の感は確かですからあまり親しくしない方が無難。王妃様の弟君なのですからある程度距離をお持ち下さい」
「そうじゃなー ケントの懐に入れば王妃の庇護を受けたも同然―妾の様にな」
「姫様」
「ミョンミョグゥイ様の言う通り近づく者は下心を持っていると考えて間違いありません。御自分の立場のご自覚を」
「う……ん 一応心に留めておく」
釈然としないが世の中良い人間ばかりでないのは知っている。
「ケントは警戒心が薄いから心配じゃ」
「あのね、 これでも俺は成人してるんだぞ」
「絶対に妾の方が確りしておる」
ぐぅ……何故か反論できない自分が悲しい
会う人間全てをそう言う目で見るのってなんかな……
王妃の弟
なんか面倒になって来た
それから三人で昼食をとり二人を門まで見送る事にしたが……
忘れてた
門には天馬2頭とビーターさん+もう一人の門番さんが怖い顔で姫様達を睨んでおり
昨日の優しそうな目とは違い殺気に満ちた目で主にウェアーを見ていた。
だけど二人は全く意に介していないように涼しい顔だ
無言で天馬を引き渡すビーターさんからニコやかに手綱を受け取るウェアー
なんか二人の間から不穏な空気を感じるのは気のせいだろうか
最初のコンタクトがあれだから仕方ないか
一頭を姫様に渡すと直ぐさま馬にヒラリと見事に跨る
そしてウェアーは馬を引きながら俺に近ずくと
「それではケント殿暫しのお別れを」
そう言って自然に俺の手をとり握手かと思いきや
チュッ
「!!」
ギャーーーーーーーッ
俺の手に自分の唇を押しつけやがった
変態ぃナメクジ~~~~~~~!
「ウェアー!」
「貴様! 弟君様に」
ビーターさんが直ぐにウェアーに飛びかかるが素早く身をかわしたかと思うと天馬に跨っていた。
手の甲を服で拭いながらこの変態ナメクジ男は優男の見た目と違い結構強いのかも
一見強そうなビーターさんの体の動きを簡単にかわす動作は見事としかいえない
そう言えばもう一人の門番さんも瞬殺にしていたのを思い出す。
「そなたケントへのちょっかいは禁じたであろう!」
「ただの挨拶でわありませんか」
しれっと答えるセクハラ男
俺は女じゃねーーーー
「もうよい! サッサと行くぞよ。 ケント 用が終われば直ぐに戻って参るから我慢いたせ」
なんか姫様は俺を子供扱い
「おう 行ってらしゃい姫様」
取敢えず手を振ると嬉しそうに顔を綻ばせるので驚く
げっ
可愛いじゃん
「言って来るぞよ!」
手を振り手綱を引いたかと思うと突風と砂煙が起こり驚く
「うわぁーー! ゲッホ ゲッホ なんだコレ~」
「大丈夫ですか」
砂煙が治まると目の前には心配そうに顔を覗きこむビーターさんの顔
まるで俺を庇うように体を抱き込んでいた。
「あっ… ありがとう」
「もっ申し訳ありません」
バッと跳びず去る様に離れてしまう
門には姫様達の姿はなく遠くに砂煙が立っているのでどうやら天馬が通った痕らしい
「まったく姫様は後の人の事を考えろってんだ あんな性格じゃ嫁の貰い手無いぞ」
だが少し寂しいのも確か
姫様は性格がきついけど裏表のない正直さが気に入っていた。
この広い離宮の敷地内から出れないらしい俺
「はぁ…… 失敗したかな」
思わず溜息が出る。
「どうされたのですか」
優しい眼差しで心配してくれるビーターさん
「なんでもありません。 そうだこれから着替えてくるんで今から付き合って貰ってもいいですか?」
気を紛らわす為にも体を動かす事にする。
「はい。 それではお待ちしております」
穏やかに微笑むビータ―さんに邪まな裏があるようには感じない
「じゃあ急いで戻ってくるんで」
悪い人じゃないと確信する。
それにあの出来るフーランさんが付けてくれた人だから信頼でき、ウェアーの方が身の危険を感じるぞ
確かにあの男には少し警戒心を強めようと思うのだった。