幕間-丞相の回想-
アンチョングゥイに巡り会うまで私は恋などくだらない感情だとバカにしていた。女など自分の欲望を解消する道具であってそれなりの容姿と体と割り切った関係を許容出来る女を選び婚姻など結ばず一生終える予定だった。
なにしろ私には亀王という女より厄介な存在がいた。
チョングゥイと初めて会ったのはほぼ両親に売られた時と言っていいだろう
当時の両親は贅沢や賭博に嵌り商人から莫大な借金をしており領地を売り払ってもまだ有り余る借金が残っていながら享楽に耽るどうしようもない親だった。その内親族からの金策も無理だと門前払いをされる程に首が回らなくなってしまってい、唯一の商品として私が残った。
親戚の家に厄介になっていたが従兄達に乞食とバカにされ虐められボロボロにされた私はその屋敷を飛び出し唯一残っていた小さな別荘に住む両親の元に無理やり住みついた。使用人もいない荒れ果てた別荘に当時十歳の私は人間に化け荘園の下働きに身をやつして自分と両親の食いぶちを稼いで生きていた。亀族としての矜持も誇りも邪魔なだけでそんな物で腹はふくれないのだ。人に施しを受けず一人で生きて行くと自負していた時が珍しく両親が意気揚々と帰って来る。
「ルイングゥイや喜んでおくれ! 然るお方がお前を養子にしたいそうだ」
「良かったわね! これで贅沢な暮らしがおくれるのよ」
両親は嬉しそうに話しだす。
明らかに私は売られたと悟る。小さいと思い私を侮る両親
養子など出任せで幼児愛好者の愛人にさせられるのだろうと読んだ
人間の世界ではゴロゴロしている話で見目よい幼い子供を亀族や金持ちの人間に売る貧しい親達が大勢おり売られた子供達は変態の餌食となり真っ当な生涯は終えれない。しかも私は亀族、かなりの高額がこの両親に支払われたはず
だが私は敢て変態爺の餌食に成るべく大人しく従った。何故ならこのまま生活して行くにしても両親と縁を切らねば私の将来は無いのだ。目的はどうであれ私を養子として向かいれてくれるならその体を使い反対にその亀族の全てを奪おうと思ったのだ。
そして連れて行かれた屋敷は王宮のように広大な敷地に建てられ、かなりの高位の亀族だと分かり私の心は躍る。この全てを私の物にすると決意し養子となる義父と引きあわされる。
「おお~ これは賢く綺麗な子じゃ」
そう言って私の頭を孫を可愛がるように撫でる白髪に白い長いひげを生やした今にも死にそうな爺だった。
しめた…これならば毎夜性を絞り取れば直ぐにでも死んでくれそうだと心の中で哂う
「ルイングゥイと申します。末長く宜しくお願いします」
可愛い口調で微笑みこの爺の心を掴むべく上目づかいで見やる。
「本に可愛い。これならチョングゥイ様もお気に召すだろう」
何!? この爺が主ではないのかとガッカリするがそうそう上手い話など無いのだ。
そして引き会わされたのが当時二十五歳のチョングゥイで壮絶に美しい子供に見惚れ心奪われてしまったのは生涯の不覚だろう
しかも私はその子供の遊び相手として連れて来られたと知り喜び勇んだ
そして自分に注意を惹こうとありとあらゆる手を講じるが一向に反応を示さず、淡い恋心も直ぐさま醒めてしまう。
なにしろガキの頃からチョングゥイは何もせず日柄一日寝ているかボーっとしている子供で言葉の喋れない低能な金持ちのバカ息子。爺やのロンロングゥイに全ての世話を任すある意味生きているだけと言ったどうしようも無い子供だった。
「ロンロングゥイ様、チョングゥイ様はどうして何もしゃべらず動こうとしないのですか」
「ルイングゥイやチョングゥイ様はご両親を亡くされ深い悲しみに囚われているのだよ。小さいルイングゥイにはすまないが根気強くチョングゥイ様に語りかけてくれんかの~」
私は仕方なく引き受ける。親の借金を払って貰い衣食住の全ての面倒を見て貰っている上にチョングゥイと共に教育も受けさせて貰っている恩があり、その厚意に報いなければならないと子供心にも思ったのだ。
しかし一年が経とうとしても変わらないチョングゥイにとうとう私は切れてしまった。
爺やが居ない隙を狙い私はチョングゥイに暴言を吐いたり時には殴ったり蹴ったりしたが無反応で段々加減が無くなっていたのは仕方がない事だろう、しかもチョングゥイは痣一つ出来ないのだから腹が立つ
しかしある時チョングゥイの両親の悪口を言った時一変する
「お前の両親もきっとお前のようにウスノロだったから死んだんだろう」
その途端チョングゥイが始めて自らの意志で立ち上がり私に跳びかかって来るが私の方が体は小さくとも力もあり俊敏性があると踏んでいたのだが予想を裏切り瀕死の重傷を負わされる。
「お前は卑怯だ! 恵まれている癖に何もせずに悲しんでいるだけじゃないか。私の親は子供の面倒も見ずその上自分の子供を売って遊び暮らしてる最低の親だ。 お前はきっと愛され大事にされたんだろがお前の所為でその大事な両親が貶められているんだ。何もせずメソメソしてたんじゃあの世でお前の両親が泣いてるぞ!」
奴に殴られなが私は自分の不幸をぶつけてやる。
「売られたの?」
その言葉が最初に聞いたチョングゥイの声だった。
「お前が買ったんだろ!」
「僕が?」
ボコボコにされて骨が砕けてその場に横たわる私を覗き込む目に私が映っていた。
「そうだチョングゥイは私の主だろう… だから私の面倒を見る義務があるんだ」
「そうなの?」
「そうだ」
「わかった」
そう言うとチョングゥイは自らの神力を使い瞬時に私の体を治癒してから、初めて微笑みを見せながら私に言う
「それじゃあルイングゥイは一生僕のお世話を宜しくね」
私は不覚にも美しい顔にときめいてしまうが今振り返ってもその時の自分を呪いそうだ
あのままルイングゥイを引き籠りのまま放置しておけば私はもっと楽に生きていけた筈で丞相など面倒な役職に就く事も無かったのだ
しかもその当時から次期亀王として内定されていたとんでもない子供だったのだ
それからの私の人生はチョングゥイの世話に明け暮れ、食事から風呂に着替えと私はお前の母親かと突っ込みたい日々
しかも意外な事にチョングゥイは天才的な頭脳の持ち主で私にその知識を惜しみなく与えてくれ怠け者のチョングゥイが勉強を率先して見てくれ感動し一生懸命勉学に励んだがそれには裏があったのだ!!
生まれながらに天帝に亀王になるよう定められたチョングゥイは自分が楽をするために私を丞相に仕立てるべく企んでいたのであり、爺やのロンロングゥイも一枚かんでいた
私は嵌められたのだ!!
所詮は賭け事の下手な両親の間に産まれた私は結局は生まれながらに一番の貧乏くじを引いてしまていたのだ……
しかしそんな私にも掛け替えのない女性に巡りあう
それがアンチョングゥイだった。
チョングゥイが成人の儀を済ますと同時に王位に就き無謀にも私を無理やり丞相の職に就かせてから四百年以上が過ぎた頃だった。
その頃には既に十八人の側室が後宮に在籍しておりながら、臣下達は我が娘を後宮に入内させようと私に煩く蝿のようにたかってくる。いい加減伴侶を決定してこの煩わしさから解放されたかった私は側室達を呑気に昼寝を貪るチョングゥイに送りつけて交らわせて運が良ければ気に入った側室を正室に据えればいいと考えていたんだが矢張りと言おうか誰もお気に召されなかった。
元より欲望の薄いお方なので以前にまして女を近づかなくなってしまい警戒されてしまった。
「これでは生半可な姫では陛下をその気にはさせれません。如何致しましょうロンロングゥイ様」
私は今だ健在のロンロングゥイ様に相談すると
「実わの~ チョングゥイ様の親せき筋で丁度年頃の姫がおる……大層美しく気立てもいい娘なんじゃが……チョングゥイ様がお手をつけず後宮で一生を終わらすのは忍びず躊躇っていた姫なんじゃが一度そなたが会ってチョングゥイ様が気に入るかどうか判断して欲しいのじゃ」
「はい分かりました」
ロンロングゥイ様に乞われるまま一度目通しぐらいしておこうと内密に忍んでその姫に会いに行ったのだった。
夜にその亀族の屋敷に忍びこみ目的の姫を直ぐに見付ける。
その姫は部屋で兄と乳母らしき女と楽しそうにおしゃべりを楽しんでいた。
「婆や、今日お兄様がとても美味しいお菓子を買って来て下さったの悪いけどお茶お入れてくれるかしら」
何ともたおやかな声でお茶お頼む声には乳母に労るように頼む優しさが伝わる。
「はい姫様 今淹れて参りますので」
窓の外から伺うだけでも大層美しいのが伺え、真っ赤に燃えるような情熱的な髪をしていながらその面立ちは清楚で気品に満ちている。
「お兄様、私の入内のお話はどうなっているのでしょう」
「今だハッキリとしたお返事を貰っていない様だが母上はごり押ししようと画策しているようだ」
気の毒そうに答える。
「私は嫌です……既に亀王様に十八人もの側室様がいらっしゃるのに私など行っても相手にされると思いません」
「大丈夫、お前は十分美しいからきっと陛下のお目に留まるから安心おし」
だが姫はハラハラと涙を流す様はあまりに可憐で目が釘付けになる。
今まで見て来た後宮の女どもは美しく清楚に装っているがその本性は獣と一緒で自分を着飾る事と女の栄華を極めんとする女の戦場で私に色目を使う者までいる始末で醜い部分ばかりが際立っていた。
こんな清らかな姫が後宮に入れば虐め殺されてしまう!!
私が守らなければ
突然起こった加護欲が襲い
妹を慰めるため抱きしめる兄にさえ嫉妬が湧き起こる。
その女から離れろそれは私の物だ!!
窓からその場に傾れ込み二人を引き離したい衝動にかられるがぐっと我慢し、もっと姫を眺めていたかったが急いで我が屋敷に戻り、密偵に姫の全てを探らせた。
姫の名前はアンチョングゥイで昨年成人の儀を終えたばかりで由緒ある血筋の姫君で母親が生まれた時から陛下の正妃にするべく厳しく育てられ穢れを知らぬ深窓の姫君だった。
あの姫が欲しい
日々欲望が膨れ上がるがあの姫は陛下の為に育て上げられた存在
私が姫が欲しいと望んでも姫の家が私に嫁するとは思え無い
なにしろ私の家柄は低く丞相と言う国でも一番偉い要職でありながらも出自の低さに誹られる事は多々あったのも事実で王の威を借りる狐だと言う者もいた。
だがそれを実力を見せねじ伏せて来たが私を妬む者も多く家柄を重視する風土は如何ともしがたかった。
それに姫が陛下を見れば直ぐに心を囚われてしまうに違いない
それ程に美しく強いのだ陛下は
矢張りチョングゥイはズルイ
全てを持っている男
初めてチョングゥイを憎んでしまた。
姫が後宮に入内する姿や後宮で悲しい目に会う姿など見たくない
「ルイングゥイ最近何故余を睨むのだ。 言いたい事があるなら話せ」
「私を丞相の職を解いて下さい」
「それは出来ん!」
「私はもう陛下のお世話をするのはうんざりです。恩は十分返したはずですから自由にしてください」
「そなたは余の世話を一生すると約束したでわ無いか」
悲しそうに私を見る陛下は親に捨てられる子供のようだ
「もう陛下は立派なこの国の王、私でなくとも支えてくれる人間は大勢いるではないですか」
私が吐き捨てる様に言う
「余から離れるなど絶対許さん! して欲しい事や欲しい物があるなら正直に言え」
「ならば正妃様をお迎えしてください」
「!! それは無理だ」
「姫の名前はアンチョングゥイ様 正に陛下の伴侶になるべくしてお生まれになったお方。むしろ陛下には勿体ない姫です」
「何だそれは……結局そなたが横恋慕した姫か」
ズバリと言い当てられてしまう
「陛下には私の気持ちなど理解できません」
「欲しいなら手に入れれば良いではないか。そなたなら亀族の姫一人手に入れるなど簡単な話」
「姫は陛下の伴侶として育てられた尊い女性 姫も陛下を見れば直ぐに恋に落ちるはず」
「??? 良く分からんがその姫を伴侶にすればそなたは丞相で居てくれるのだな」
「はい」
「良かろう、直ぐさまその姫を私の元に連れて来るがよい」
初めて本気の恋をしてしまった所為で少々可笑しくなっていた私は直ぐさま姫の家に使いを送り数日後に陛下と引き合わせる事が出来た。
最初は顔合わせし話をして親睦を深める見合いの様な物としてその場を設ける
陛下には私が選んだ衣装を着て貰い(そうしないとド派手な奇抜なとんでもない衣装になってしまう)私もその場に臨んだ。
既にその場には一世一代の装いに身を包んだ一際美しいアンチョングゥイの姿に目が釘付けになり陛下も珍しく感嘆の声を出す。
「ほー 確かに美しいな。面を上げよ」
目の前で私の愛おしい人が恋に落ちるだろう
この女性が幸せになるなら私は涙を飲んで諦めようと二人を無言で見守る
姫は震えながら陛下の尊顔を拝すべく顔を上げる
陛下は無駄に顔はいいので姫は直ぐにその顔をバラ色に染めるだろうと想像していたが……
姫は一瞬陛下を見ただけで突然泣き出しその場に伏せる。
「陛下お許しを…私は陛下の側室になる覚悟がありません……この場で討ち捨てるなりこの身をいかようにも…… うっう……」
私は急いで泣き崩れる姫の側に駆け寄りその体に手を置く
「アンチョングゥイ様 何故そのように陛下が御嫌なのです」
姫は私が声を掛けると驚いたように顔を上げ私と目が合うと美しい翡翠のような目を涙で潤ませていたが目が見開きそして顔をバラ色に染める
こっこれは
「申し訳ありません! 取り乱してしまい…… /// 」
恥じらうように顔を俯かせるがその顔を持ち上げ見詰める。
「貴女様の正直なお気持ちをお聞かせ下さい。私が出来る事なら貴女の為に何でもいたしましょう」
そうやって聞き出した話によれば姫仲間から後宮は恐ろしい場所だと吹き込まれたようで純真な姫は全てを鵜呑みにしてしまった様だ。恐らくその者達は姫を妬んでそのような事を吹き込んだのだろう
姫が私を見る目は明らかに好意を含んでおり手ごたえを感じる。
陛下に目もくれず私を見てくれる姫に運命を感じ直ぐさま求婚を申し込む
「確かに後宮には恐ろしい側室達が陛下の寵を得ようと醜い争いが起こっているのは事実。先日もある側室様が虐め倒され命を絶ったばかりで内密に処理されました」
「まぁ……」
姫は私の嘘を信じ込み真っ青な顔になり震えだす。
「私はそんな恐ろしい場所に貴女の様なお優しい姫を入内させるなど私には出来ない……きっとこれは運命です。どうか貴女を私に守らせて下さい」
「 /// それは一体どういう事でしょう?」
「一目で私は貴方に心を奪われてしまった。どうか私の妻になって下さい」
「はい 私の様な者で良ければ…… !ハッ 私ったらなんてはしたない、名前も知らない殿方の求婚を直ぐに受けてしまうなど……」
なんて可愛らしい人だそれ位の事で恥じらうなど
「悪いのは名乗らなかった私です。貴女が許してくれるのならば名乗らせて下さい」
「はい」
「私はこの国の丞相を務めているルイングゥイと申すものです」
「丞相様!! 失礼致しました。私はアンチョングゥイと申します」
私の地位を聞き驚き顔色を失くす。きっとそんなに高い地位の人間だと思わなかったのだろう
「丞相……これは一体何の茶番だ? 余は当て馬か」
「煩いですよ陛下、人の恋路を邪魔しないで下さい!!」
流石の陛下も目を白黒させる中。閃光の如く私は行動し、アンチョングゥイに婚姻を了承させてから陛下の威光を借り使える手段は全て使ってアンチョングゥイを妻に迎えるのに成功したのだ。
そうやって手に入れた最愛の妻アンチョングゥイ
幸せにしてやりたいと思いつつ陛下の所為で政務が忙しくあまり構ってやれないのに健気に私につくしてくれる妻
その妻を騙しミユキ様を宴に誘い出させてしまいどれだけ傷付けてしまっただろう
あまりに妻がミユキ様と連呼するものだから嫉妬してしまった。
そしてミユキ様が選んだ色の衣装が思いがけず似合っておりその美しさを引き立させ新しい妻の顔を知ったようで悔しかった。
きっとアンチョングゥイは寝台の上で涙を流し悲しんでいるだろう
今は自分の正直な気持ちを話許しを乞うべく妻の元へ急ぐのだった。
きっと陛下はミユキ様を手に入れるだろう
そうすればきっと上手く全てが幸せになるような予感がする。
ミユキ様は陛下を幸せにするべく天帝が遣わした伴侶様なのだ
陛下が幸せなら私も幸せだ
怠け者で寝てばかりのどうしようもない主だが私が生涯お仕えすると決めたお方
アンチョングゥイと二人で陛下とミユキ様の帰るのを待つ事としよう
そして二人でお出迎えをしよう
「「お帰りなさいませ陛下、ミユキ様」」