機械仕掛けのマリオネット
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第六話です。始まり始まり~
第六階層へ続く階段を登り切った瞬間、空気が変わった。
生暖かい。
赤星帝の頬に、湿った感触が触れる。
視界は白く濁っていた。濃霧。数メートル先すら判別できない。ヘルメットのバイザーに水滴が付着し、HUDの輪郭さえぼやける。
足元から、ぬちゃり、と鈍い音がした。
石ではない。
濡れている。
石畳の床は全面が水分を帯び、薄い膜のように光を反射していた。
「……視界不良。赤外線、反応弱」
米兵の一人が報告する。
「熱源が……散乱している?」
ガーランド大尉が低く呟いた。
通常、生体や機械は明確な熱源として映る。だがここでは、霧そのものが熱を持っているかのように、均一なノイズが広がっていた。
赤星は小銃を構え直す。
「全員、接触距離を維持。単独行動は禁止」
「了解」
湿った空気は、呼吸すら重くする。
霧の中を、十七名の日米混成部隊がゆっくりと進む。
靴底が水を踏む音だけが、やけに大きく響いた。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
その時だった。
――ちゃぷ。
別の音が混じった。
隊の動きが止まる。
誰も動いていない。
それでも。
確かに、音がした。
赤星は霧の奥を睨む。
白の向こうに、影。
立っている。
人影だった。
「……止まれ」
赤星が低く命じる。
影は動かない。
霧が揺れる。
輪郭が、ゆっくりと浮かび上がる。
迷彩服。
防弾ベスト。
ヘルメット。
自衛隊の装備。
「……生存者か?」
誰かが呟く。
その影は、うつむいていた。
顔が見えない。
腕が、不自然に垂れている。
「応答せよ! こちらは自衛隊調査隊!」
赤星が呼びかける。
返答はない。
代わりに――
ぎ……
音がした。
骨ではない。
関節ではない。
金属が擦れる音。
影の首が、ゆっくりと持ち上がる。
その動きは、人間ではなかった。
段階的に。
引き上げられるように。
顔が見える。
それは――顔ではなかった。
無表情の、白い面。
目も鼻も口もない。
ただ、人間の顔の輪郭だけを模した、のっぺりとした“マネキン”。
「……敵だ!」
赤星が叫ぶ。
その瞬間。
マネキンの身体が跳ねた。
糸で吊られた操り人形のように。
関節が不規則に折れ曲がり、異様な角度で前進する。
速い。
「撃て!」
銃声が霧を裂く。
弾丸が命中する。
迷彩服が裂ける。
その下から現れたのは――
金属。
人間の骨格を模した、銀色のフレーム。
マネキンは止まらない。
腕が振り上げられる。
手は、五本指だった。
だが指先は刃になっていた。
振り下ろし。
「うわああッ!」
一人の米兵の肩が裂ける。
血が霧の中に散る。
「接近戦型だ! 距離を取れ!」
ガーランドが叫ぶ。
その時。
霧の奥で、さらに影が動いた。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
無数。
霧の中から、同じ姿の“それ”が現れる。
自衛隊の装備。
米軍の装備。
それぞれが、すでに死んだはずの隊員の装備を身に着けていた。
「……俺たちの、装備を……」
三雲の声が震える。
答えは明白だった。
この塔は――
殺した者を、“模倣”している。
マネキンの一体が、頭を傾ける。
ぎこちなく。
まるで観察するように。
そして。
跳躍。
「来るぞ!」
赤星は引き金を引き続けた。
至近距離。
弾丸が胸部を貫く。
だが倒れない。
関節を折り曲げながら、なお前進する。
人間の動きではない。
糸で無理やり動かされた人形。
その異様さが、本能的な恐怖を呼び起こす。
「脚を撃て! 関節を狙え!」
赤星が叫ぶ。
三雲が膝関節へ射撃。
金属が砕ける。
マネキンが崩れ落ちる。
だが。
倒れながらも、腕を伸ばす。
指の刃が三雲の足首を掠める。
「っ……!」
三雲が後退する。
赤星は至近距離で撃ち込んだ。
頭部。
白い仮面が砕ける。
内部から、淡い光が漏れる。
そして。
沈黙。
「止まった……」
だが安堵は一瞬だった。
霧の中から、さらに現れる。
十。
二十。
数えきれない。
「数が多すぎる!」
米兵が叫ぶ。
ガーランドが即座に命じる。
「円陣防御! 背中を預けろ!」
日米の兵士たちが円形に陣形を組む。
四方から、マネキンが迫る。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
水音。
無表情の顔。
ぎこちない動き。
だが確実に、殺意を持って近づいてくる。
赤星は撃ち続けながら、理解していた。
これは単なる機械ではない。
観察している。
学習している。
人間の形を、戦い方を、再現しようとしている。
「……進化しているのか」
その言葉が、無意識に口から漏れた。
マネキンの一体が、銃を持っていた。
壊れたはずの小銃。
それを。
ぎこちなく構える。
引き金を引く。
弾は出ない。
だが――
真似をしている。
人間を。
戦いを。
赤星の背筋に、冷たいものが走った。
この階層は終わりではない。
これは、始まりだ。
この先の階層で、こいつらはさらに人間に近づく。
やがて――
本物と見分けがつかなくなる。
「押し返せ! ここで止まれば全滅する!」
赤星は叫び、前へ踏み出した。
霧の中へ。
人形たちの群れへ。
進化の塔は、静かに人類を観察していた。
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