今年最後のプレゼント配達は独房だった。
クリスマスイブの夜、高級住宅街はしんと静まり返っていた。 佐藤健一は真っ赤なサンタの衣装に身を包み、白いふわふわの付け髭を整えた。大きな白い袋を肩に担ぎ、ターゲットの豪邸を見上げる。三階建ての洋館は、色とりどりのイルミネーションで飾られ、まるで絵本から飛び出したようだった。
「完璧だ」
健一は小さく呟いた。彼にとってサンタの衣装は、世界で最も怪しまれない「泥棒達の制服」だ。袋の中には、あらかじめ用意した安価なぬいぐるみが詰まっている。これは善意ではない。家人の警戒心を一瞬で融解させるための、冷酷なまでに計算された「投資」だった。
玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに勢いよく扉が開いた。
「わあ、サンタさんだ!」
七歳くらいの女の子が目を夜空に昇る星々のように輝かせて飛び出してくる。後ろから母親らしき女性が慌てて追いかけてきた。
「ホッホッホー!メリークリスマス!サンタじゃよ!」
健一は練習を重ねた陽気な声を出した。
「近所の子供たちにプレゼントを配っているんですよ。ぜひお嬢さんにも」
健一は袋からテディベアを取り出した。これこそが「返報性の原理」を利用した心理的な通行証だ。母親は一瞬戸惑ったが、娘の期待に満ちた目を見て表情を緩めた。
「まあ……それは、ありがとうございます!よかったら中へ。」
ぬいぐるみを大切そうに抱えた彼女の瞳には、冬の夜の奇跡を心から信じているような、無垢な輝きが宿っていた。その笑顔を見れば、健一がこれから彼女の家のすべてを奪おうとしていることなど、微塵も疑っていないことが窺える。
だが、その奇跡の時間は、玄関の奥から響いた低い声に打ち消された。
「誰だ?」
背広を纏ったその男は、現れるなり鋭い眼光で健一を射抜いた。健一の背に電流のような衝撃が走る。男の視線は、顔など見ていなかった。足元から腰回りの不自然な膨らみへと、機械的な精度でスキャンしていく。 サンタの体裁よりも逃走を優先し、履き慣れたスニーカーを選んだ判断が、この瞬間に裏目に出た。
「あなた、商店街のサンタさんがプレゼントをくださったの」
弾むような妻の声に反し、男性の表情は凍りついたままだった。
「商店街?……うちの自治会のイベントは、予算の都合で先週に終わっているはずだが」
健一の心臓が早鐘を打った。
「ああ、失礼。隣の駅の商店街です。この辺り一帯を回っているもので」
「そうですか」
男性が一歩前に出た。
「最近、その格好で家人の隙を突く不審者の通報がありましてね。念のため、身分証を見せてもらえますか。……私、警視庁捜査三課の者なんです。」
血の気が引いた。空き巣の専門家に、よりによって自分から近づいてしまったのか。
バカ!!!!
「あ、いえ、次のお宅が待っているもので! メリークリスマス!」
健一は笑顔を張り付けたまま、弾かれたように走り出した。
「待て!」
男性の声が背中に刺さる。重い袋を抱え、泥を跳ね上げながら暗い路地を全力で駆ける。サンタの衣装は風の抵抗を受け、思うようにスピードが上がらない。後ろから、プロの鍛え上げられた足音が確実に迫ってくる。
角を曲がった瞬間、前方をパトカーの青白い光が塞いだ。
「動くな!」
観念して両手を上げた時、袋から転がり出たのは、カモフラージュ用の安物のおもちゃの数々だった。
「なんだこれは……」
警官が怪訝な顔をする。だが、追いついてきた男性が、肩で息をしながら健一の腰を指差した。
「衣装の下を調べろ。ベルトの裏に、別の小袋があるはずだ」
指示通りに引きずり出された小袋の中からは、数軒から盗んだばかりの重厚な貴金属が溢れ出した。偽りのプレゼントを撒き餌にして、彼は裏で獲物を確実に仕留めていたのだ。
手錠をかけられながら、健一は暗い空を見上げた。本物のサンタなら、こんな夜に煙突から入っても誰も疑わないのに。 パトカーの窓に映る自分の姿は、あまりにも滑稽だった。 皮肉なことに、今夜の最後のプレゼント配達先は、鉄格子に囲まれた警察署の独房だった。




