第二話 奈落の底と覚醒
その夜、歩人は王城の一室で、他のクラスメイトとは隔離された場所に押し込まれた。彼の存在は、クラスの「最強」という幻想を邪魔するものとして、既に疎まれていた。
翌日。王国の騎士団は、歩人を「安全な食料調達」という名目で、王都地下の最下層ダンジョンへと連行した。
「いいか、調停者。お前には戦闘力がない。だから、囮として最深部の魔物を引きつける役割だ。成功したら、帰りの食料を分けてやる」
竜崎は傲慢に言い放った。これは、実質的な使い捨ての指示だった。
「わかった……」
歩人は静かに頷いた。
ダンジョン最深部。湿気とカビの臭いが鼻につく。薄暗い通路の先に、巨大なトカゲ型の魔物「ゲッコウリザード」が待ち構えていた。
「行けよ、調停者。お前のHP=1なら、一撃で死ねるだろう。さっさと囮になれ!」
竜崎の怒鳴り声が背後から響く。
歩人は、震える足を一歩前に踏み出した。HP=1。もし攻撃を受ければ、間違いなく即死だ。
ゲッコウリザードは、獲物を見つけたかのように、巨体を揺らしながら歩人に向かってきた。
(ここで終わりなのか?冗談じゃない。誰かのために捨て石になるなんて、御免だ!)
絶望と怒りが、歩人の全身を熱くさせたその瞬間、効果不明だったはずのジョブスキル【ルール介入】の詳細が、脳内に激しく点滅し始めた。
『スキル:ルール介入(Rank SSS・未開放)—注意:使用者ノ生命力ガ極限ニ達シタ為、強制開放ヲ開始——ジョブ:調停者ノ真ノ役割ハ、世界ノ「法則」ヲ定義シ直スコトデス——認識完了:五十嵐 歩人ハHPが1ノ為、ゲッコウリザードノ攻撃ヲ受ケタ場合、死亡スル—
歩人は悟った。このスキルは、ステータスの数字を上げるものではない。世界そのもののルールを書き換えるものなのだ!
ゲッコウリザードの鋭い爪が、歩人の胸めがけて振り下ろされた。
その刹那、歩人は強く、強く、心の中で願った。
「【ルール介入】、発動!」
歩人の体が、一瞬、虹色の光に包まれた。
「俺に適用されている『HP1なら即死する』というルールを、上書きする!」
『ルール介入』適用。旧法則ノ上書キヲ開始。旧:「五十嵐 歩人ハHPが1ノ為、ゲッコウリザードノ攻撃ヲ受ケタ場合、死亡スル」新:「五十嵐 歩人ハ、HPが1デアル為ニ、如何ナル攻撃モ『絶対ニ命中シナイ』」
ガキィン!
ゲッコウリザードの爪は、歩人の体を1ミリもかすめることなく、真横の石壁を叩き割った。
「……え?」
竜崎が間の抜けた声を上げた。
歩人は、自分のHPが1であること。それが、この世界で最も強固な盾となったことを感じた。
そして、彼はMPが0になるのを承知で、次の「ルール上書き」の準備を始めた。
「【ルール介入】、二度目の発動」
「ターゲット:世界ノ法則(経験値システム)。俺に適用されている『経験値獲得のルール』を上書きする。魔物を倒した時にドロップする『魔石』は、『その魔物ノ持つ全ステータス値ヲ経験値ニ変換シ、加算スル』というルールを適用!」
魔物を倒すには、攻撃手段が必要だ。
歩人は、竜崎の足元から、転がっていた短剣を拾い上げた。
天井から崩れ落ちた岩がゲッコウリザードの頭上に直撃し、魔物は麻痺した。これは、歩人が無意識に「この岩ハ、今崩れる」というルールを適用した結果だった。
歩人は動かない魔物の首元に短剣を突き立てた。それは、歩人が「この短剣は、麻痺したゲッコウリザードの皮膚を容易に貫通する」というルールを、同時に適用していたからだ。
魔物は絶命し、青い魔石がドロップした。歩人がそれを手に取ると、脳内に爆発的な光が走る。
レベルアップ! LEVEL:1 → 12ニ上昇シマシタ。
一瞬にしてレベルが12に跳ね上がり、MPも全回復した。
「な、なんだ、あいつ……一瞬で魔物を……しかも、レベルが12だと?」
竜崎の顔は、驚愕と恐怖に歪んでいた。
歩人は、竜崎たちに向かって冷たい笑みを浮かべた。
「言っただろ、俺は囮じゃない」
そして、彼はMPが回復したのを確認し、最後の「ルール」を自分に適用した。
「【ルール介入】。ターゲット:五十嵐 歩人。『このダンジョン内でハ、歩人ノAGI値ハ常ニ最大値ヲ記録スル』というルールを適用!」
新:「五十嵐 歩人ノAGI値ハ最大値(9999)ニ固定サレマス」
次の瞬間、歩人の姿は、竜崎たちの視界から消えた。
歩人:調停者は、たった一人で暗闇のダンジョンから地上へと這い上がった。
どうも、筆者の【世界法則調整委員会】です。
第一話、第二話と、立て続けにお読みいただき、本当にありがとうございます!
『異世界学級日誌 ∼ 最弱ジョブの俺だけが知る最強の秘密 ∼』の序盤を楽しんでいただけたなら幸いです。
いやー、主人公の五十嵐 歩人くん、大変でしたね。クラスごと異世界転移したと思ったら、ステータスは全部HP=1の「調停者」。
普通なら絶望して終わりですが、まさかその最弱のHP=1が、「絶対に攻撃が当たらない」という最強の盾に化けるとは、私も書いていて興奮しました(笑)。これこそ「システムの穴」ですよね!
さらに、経験値獲得の法則まで書き換えちゃいました。これからは、魔石を拾うだけで、周りの勇者たちとは比べ物にならないスピードでレベルアップしていくことになります。
竜崎をはじめとするF組の連中が、調子に乗って歩人くんを切り捨てた結果が、これです。彼らは、まだ異世界に来て数日ですが、もう元の世界には戻れないほど傲慢になっている。
さて、歩人くんはAGI=9999のチートスピードで、ダンジョンから地上に脱出しました。




