第一話 絶望のスタートライン
その日の放課後、東京にある私立桜ヶ丘高校の2年F組、通称「落ちこぼれ組」の教室は、いつも通り気だるい空気に満ちていた。
「おい、また赤点かよ、竜崎」
クラス委員長の神崎 葵が、教室の隅で携帯ゲームをいじる竜崎 豪に、分厚いプリントの束を突きつける。葵の長い黒髪が、夕日にきらめいた。彼女はF組にいるのが不思議なほどの優等生で、クラスの良心だった。
「うるせえな、葵。んなもんより、次のイベントの話でもしようぜ」
竜崎は鼻で笑う。体格が良く、元々傲慢な彼は、F組の中でも特に目立つ存在だった。
その会話から距離を置くように、窓際の席で教科書を広げていたのが、主人公の五十嵐 歩人だった。目立たず、スポーツも勉強も中の下。まさに「モブ」を絵にかいたような存在で、周りからは「いるかいないか分からない」と言われることに慣れていた。
その時、教室の照明が点滅し、窓の外が真っ白に光った。
“—勇者ノ魂ヨ、我ラノ世界ヲ救イ給エ—”
まるで頭の中に直接響くような、厳かで、しかし機械的な声が響き渡った。
「な、なんだこれ……?」
生徒たちが騒然とする中、歩人の視界に、半透明の光の文字が浮かび上がった。
『スキル、ジョブ、ステータス、世界法則ノ強制適用ヲ開始シマス』
次の瞬間、全身が強い浮遊感に襲われ、意識が途切れた。
次に歩人が目を開けると、そこは荘厳な石造りの広間だった。天井が高く、壁には美しいステンドグラスがはめ込まれている。冷たい大理石の床に、クラスメイトたちが困惑した様子で座り込んでいる。
そして、目の前には、豪華な鎧をまとった騎士たちと、深紅のドレスを着た少女が立っていた。
「ああ、我らが世界の救世主たちよ!よくぞ、このアストレイアに!」
深紅のドレスの少女、聖国王女ルーメンが、感極まった様子で叫んだ。
「お前ら、自分の体を見てみろ!」
竜崎が興奮した声で叫んだ。彼の体は、既に筋骨隆々に変化しており、何かが変わったことを示唆していた。
歩人も、恐る恐る自分のステータス画面を開いた。
名前:五十嵐 歩人 ジョブ:調停者 レベル:1 HP:1 MP:1 STR:1 INT:1 AGI:1 LUK:1 スキル:
【ルール介入】(効果不明)
「……冗談だろ」
HPもMPも、全てのパラメータが「1」。スキルも効果不明。この絶望的な数値に、歩人は思わず顔を覆った。
一方、他のクラスメイトは、歓喜の声を上げていた。
「やった!俺のジョブ、『賢者』だぞ!MPが1000超えてる!」 「私は『聖剣使い』!見て、この剣のスキル!さすが葵!」
クラスの中心には、ジョブ『聖剣使い(ホーリーブレイド)』を得た葵が、戸惑いつつも毅然とした表情で立っている。彼女のステータスは、異世界から来た者として群を抜いていた。
やがて、皆が興奮から冷静さを取り戻した時、竜崎が歩人を見て、あざ笑うように言った。
「おい、五十嵐。お前、なんのジョブだ?」
歩人は震える手で、自分のステータスを見せた。
「……調停者、か。なんだそりゃ。ってか、ステータス、全部1じゃねえか!ハハッ、まじかよ、ゴミかお前は!」
周りからも、くすくすという嘲笑が漏れる。F組の中でも、歩人はやはり最下層だった。
聖国王女ルーメンが、悲しそうな顔で口を開いた。
「申し訳ありません。召喚には稀に、戦いに不向きなジョブも混ざることが……」
「ま、いいじゃねえか。ゴミはゴミらしく、俺たちの荷物持ちでもさせときゃ。異世界でも、俺たちは最強ってわけだ!」
竜崎の言葉に、多くの生徒が同調した。彼らはもう、元の世界での常識や協調性を失い始めていた。




