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第3話 絶望の果てに

 仲間たちの撤退が始まった。

 蓮は小田桐美沙を庇いながら、血走った目で迫る異形の巨体に向き直る。


「僕が食い止めます……早く!」


 その叫びに、佐伯をはじめ残されたメンバーが振り返りかけたが――。


「……頼んだぞ、蓮君」


 リーダーの声が全てを決した。

 彼らは悔しさを滲ませつつ、美沙を抱え後方へと退いていく。


 残されたのは、蓮ひとり。


 ボスが咆哮し、赤い閃光のような腕が振り下ろされる。

 蓮は剣を構えたが、刃は震えていた。


(僕なんかじゃあ……どうにもできない)


 必死に受け止めた瞬間、骨が軋む。衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 視界が白く染まり、呼吸が途切れそうになる。


 それでも立ち上がった。


(せめて……時間だけでも稼げれば……)


 再び迫る巨影。

 爪が薙ぎ払い、蓮の胸を深々と裂いた。


 ――熱い。

 ――痛い。


 血が噴き出し、膝が崩れる。

 死の淵。逃げ場はない。



 そのときだった。


 ――カチリ、と何かが脳内で噛み合うような音が響いた。


 視界に、あり得ない光景が浮かび上がる。

 半透明の黒いウィンドウ。

 そこに浮かぶ見慣れない文字列。


《LEVEL UP SYSTEM 起動》

《現在レベル:0 → 1》


 ……これは、何だ?


 蓮は混乱する余裕もなく、次の瞬間――全身を覆っていた痛みが、すうっと引いていくのを感じた。

 裂けた胸の傷が閉じ、折れたはずの骨が繋がり、血に濡れた皮膚が再生していく。


「……嘘、だろ……」


 呼吸が楽になる。

 心臓の鼓動が力強く蘇る。

 さっきまで死にかけていたはずなのに――。


 そして目の前のボスは、一瞬だけ動きを止めた。

 まるで何かに怯えるように。



 ――その後の記憶は、途切れていた。



 外界。


 渋谷のゲート前に急行していたギルド協会員たちは、緊急報告を受けていた。

 途中で離脱した討伐者が「内部は二重ダンジョンだ」と叫び、仲間が全滅したと報告していたからだ。


 だが――間もなくゲートは静かに閉じた。


「討伐成功……? いや、待て……全滅の報告が……」

「どういうことだ……?」


 協会員たちの動揺が広がる。

 常識的に考えれば、最弱のFランク一人がボスを討伐したなどあり得ない。

 しかしゲートは消えた。世間的には“成功”としか映らない。



 閉じたゲートの傍らに――一人の青年が横たわっていた。


 神谷蓮。


 服は血に濡れ、破れていたが、不思議なことに傷ひとつ残っていなかった。


「……生きている……?」

「どうして……」


 協会員たちは急いで彼を病院へと搬送する。



 病室。

 意識を取り戻した蓮は、見知らぬ天井を見つめていた。


「……僕は、死んだんじゃ……」


 呟いた瞬間、再び視界に浮かぶ黒いウィンドウ。


《LEVEL UP SYSTEM》

《現在レベル:1》


「……やっぱり、これ……」


 蓮以外には、誰も見ることができない。


 その直後、病室にギルド協会の職員が入ってきた。


「神谷蓮君。君に聞きたいことがある」

「……はい」


「二重ダンジョンは閉じた。だが……なぜ君だけが生き残ったのか。ボスを倒したのは君なのか?」


 蓮は首を横に振る。


「……いいえ。僕なんかじゃあ、倒せるはずがありません」


 協会員はしばし黙り込み、それから小声で言った。


「……まさか君は、“再覚醒者”なのか?」


 再覚醒。

 極めて稀に存在する、能力の限界を超えて再び覚醒する者。

 S級討伐者すらも、その噂を耳にする程度の存在だ。


 だが、次に行われた簡易測定は――。


《測定結果:Fランク》


 協会員は落胆を隠せなかった。

 蓮の肩にも、重く失望の影が落ちる。


(……やっぱり、僕は……)


 だが、彼の視界にはまだ確かに、黒いウィンドウが浮かんでいた。


《スキル:レベルアップ》


 その意味を理解するのは、これからのことだ。

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