白き庭園で
風が吹いた。
それはまるで、何かを急かすように、少女の長い髪をさらっていった。
彼女は庭園の奥で立ち止まり、胸の奥に広がる違和感を押し殺すように微笑んだ。
「もうすぐ……ね」
淡い青のワンピースは陽光を受けて輝き、首元の真珠のネックレスがきらりと光る。
けれど、その美しさの裏には、誰にも告げられない事実があった。
少女の名はリリア。
この庭園は彼女のために作られた——正確には、彼女をここから出さないために。
病のためではない。呪いのためでもない。
それは、彼女がこの国の王にとって「死んだ娘の代用品」として造られた存在だからだった。
毎朝、王は彼女に同じ言葉を告げた。
「リリア、おまえは私の宝だ。この庭園から一歩も出るな」
その言葉に込められた優しさは、所有欲の影で濁っていた。
——でも、今日は違う。
庭園の門が、わずかに開いている。
そこには、かつて一度だけ会った青年が立っていた。
「リリア、こっちだ……急げ!」
彼の瞳には確かな希望が宿っている。
少女はためらわなかった。
風を切って駆け抜け、門を越え——
——次の瞬間、白い花びらのような何かが舞った。
それは花ではなかった。
細かく砕けた、彼女自身の身体の破片だった。
庭園の外に出ることは、設計された時点で許されていなかった。
王の命令ではなく、彼女の存在そのものに組み込まれた「境界」。
門を越えた瞬間、彼女は崩れ落ち、淡い光となって消えていった。
青年はその場に膝をつき、虚空を抱きしめる。
花園にはもう少女はいない。
ただ、春の風だけが、何事もなかったかのように吹き抜けていった。