第99話 報われる者と報われない者。
生徒会活動を終えた俺達は寄り道せずに家路を急ぐ。
それは灯の親父さんから連絡が入ったからだ。
文化祭の下準備中に荷物の搬入を始めたとな。
俺達はそれを聞いて早々に作業を切り上げた。
「一週間だけでしたが、ありがとうございました」
「いいよいいよ、気にしないで。今日からはお隣さんとして仲良くしてね」
碧と咲は俺達の前を歩き、仲の良い従姉妹を演じている。
一方の俺は心配気に碧を見つめる灯に問いかけていた。
「何か必要な物があるなら、引っ越し祝いで贈るが、どうする?」
「そうだな。気持ちだけ……だとガチで困るから、数日分の作り置きを贈ってくれると助かるか。碧の求める調理器具が揃うまで時間がかかるしな」
待ちに待った引っ越しで着の身着のまま入居する事になった灯達。
困った時はお互い様の精神で提供しようと願ったら食事方面だけになろうとは。
「それでいいなら好きなだけ持っていってくれ。気に入った料理でもあったか?」
「俺というより碧がな。食事を作るのは碧だから」
元選手の碧。
何が良くて何が悪いか熟知してそうだ。
調理器具にもこだわりがあるようだから、しばらくの間は料理が出来そうにないと判断した結果が、これと。
買い物も着替えとか、寝具が多かったもんな。
「じゃ、肉体強化が叶うレシピ本も一緒に渡しておくわ」
「助かる。例の件があるから食事も疎かに出来ないからな」
同じ状況は光達にも当てはまる。
俺達の夕食の作り置きは極端に減るが致し方ないだろう。
困った時はお互い様、だからな。
マンション前に着くと引っ越し業者のトラックが出て行く所だった。
「またもや、会長の会社か」
「何度見ても軍隊だよね?」
機敏に動いて出発する光景は何度見ても驚きでしかないな。
灯は俺が行ったような手順で鍵を受け取り、
「これってどうやって使うんだ?」
使い方を俺に聞いてきたので簡単に教えた。
こういう時、住人に聞く方が早いもんな。
教えた後はエレベーターに乗って最上階に向かう。
「便利ですね。ここ」
「紛失注意だけどね。普段からパスケースに入れておく方がいいよ」
「そうですね。そうします」
「碧なら谷間に入れておけば」
「灯君、口喧嘩なら買うよ?」
「なんでもないです」
思っていても口に出すなよ。
「碧ならではの収納法でもあるよね」
「咲さんまで……夏場はともかく冬場はどうするつもりですか」
「あっ。冬場は取り出せないね。失念していたよ」
おい、可能だったらやるつもりだったのか?
「夏場でもリボンを緩めて晒さないと取れませんし」
「きっちり着込んでいる私達には出来ない芸当だね」
咲も可能ならやりそうだな。
もう少し育つとやりそうだが。
「それが許されるのは入学時から崩している凪倉君くらいじゃないですか?」
「そういえば灯君も着崩しているよね」
「俺達と一緒にするなよ。着崩していてもネクタイを緩めているだけだ」
「きっちり着込む事は俺でもあるぞ? 表彰時とか」
最上階に着くと玄関先に見覚えのある人物達が座って待っていた。
「あ、兄貴!」
「姉さん!」
玄関先に座っていたのは光と和だった。
「光!」
「和!」
二人の顔は妙にやつれていて疲れが見える。
長期旅行で鋭気を養ったはずが今回の一件で心労が増えたのかもな、きっと。
座っていた場所は一〇〇六号室の前。
この二人が暮らす家の前だった。
「鍵は持っているよね、あれ?」
「いや、持っていないな。引っ越し業者が居たから、一緒に上に来ただけで」
「あ、そうか。場所だけ知らされて訪れたら」
「軍隊と大量の荷物、だからな。混乱したまま訪れたと」
「それなら、光君だけ一階に連れて行く?」
「それがいいかもな。締め出しとか酷でしかないし」
確認する事もないまま最上階に来たならどうしようもない。
一応でも住人だから記録自体はされていないだろうが。
一先ずの俺は光を手招きし、
「鍵、取ってくるから付いてこい」
「鍵? あ、はい。分かりました」
二人で一階に向かった。
一階で鍵を受け取り、再度上る。
「便利ですね。ここ」
「紛失には気をつけろよ。義姉のように谷間に入れる真似は出来ないだろうが」
「た、谷間?」
先ほどやった会話を光相手にやってみたが和には無縁なのか呆けた。
「胸の谷間」
「あ、はい。パスケースに入れておきます」
あの母親の血縁者なのに、この違いは何なのだろうか?
姉の方は似過ぎと思うほどの巨乳なのにな。
(割と父方の遺伝で貧乳になるのかも?)
問題伯父の長女も貧乳だったしな、うん。
俺は何故か胸が気になってしまい咲に問いかけた。
「他の従姉達って胸は大きいのか小さいのか?」
「はい? 急に胸の話してどうかしたの?」
「いや、俺の一番は咲だから疑うなよ?」
「別に疑ってはいないけど、胸が気になったの?」
「急に気になってな。あの姉妹を見た時に……」
「あー、過去最高は碧で、最低は和かな?」
「あの姉妹が白木家の基準かよ」
「何か気づいたの?」
「咲は母親譲りだろ」
「うん。そうらしいね」
「碧も母親譲り、現当主の嫁はどうだ?」
「伯母は、大きい方だね……あっ。そういう?」
ここまで言えば分かるよな。
和の将来について。
「父方の遺伝が色濃く出ているみたいだな、和」
「そ、それは酷というか、酷過ぎる話だね」
「見込み無しを示されたからな。因縁のある家の長女で」
「幸い、お尻は安産型だから光君がそちらに趣味を伸ばしてくれる事を望むしかないね」
「そ、そうだな」
そんな下世話な会話をしていたら、姉に見つかった。
「オープンスケベなのは分かりますけど、もう少し声音を抑えてください」
「「あっ」」
「幸い、和は家に入ったから良かったものの気にしているのですから」
「ごめんなさい」
「すまんかった」
下世話な会話をするなら自宅でどうぞ、だな。
「私としては参考になるので頼もしいですが」
「そ、そう?」
「灯の延命に繋がるもんな」
「え、延命?」
「あっ」
「明君……」
「今日の俺は少々疲れているのかもな」
最近、気が休まる事が無いから余計にな。
それこそ気晴らしが出来たらいいのだが。
ともあれ、俺が口走った以上は教えねばならず、碧を家に呼んだ咲は詳細を明かしていくのであった。
(手荷物の受け取りもあるから、どのみち訪れる必要はあるが)
明かされた碧はそれはそれで真剣だった。
リビングの対面に座る咲に頭を下げているし。
「ご教授願います、咲先生」
「せ、先生って」
これも内なる獣の制御に必須な事でもあるからだろうな。
今のままだと灯の限界まで絞り尽くすだけだから。
「嫉妬時のみ出てくる咲と、常時出てくる碧の違いか」
碧は経験豊富だから割とすんなりマスターしそうだが。
§
そして翌日。
本日の俺達は夏季講習に出ず、スーツを着て近隣のホテルに向かった。
「結構な人数が集まっているね」
「そうだな」
「これが全てウチの株主と」
本日は臨時株主総会だ。
ここで現当主の今後が決定する。
「全てではないぞ。代理人も居たりするからな」
「そうなんだ」
「子供で出張っているのは咲くらいだ」
「うっ」
お義父さんと爺さまは別室にて待機中。
他の親族も会場付近で意味深な会話をしていた。
(俺はともかく咲は付き添いでしかないからな。少しでも離れると錯乱するし)
何故訪れている的な視線がチラホラとある。
末弟の娘が会場に居る。
それ自体が異常と認識したのかも。
「ひと波乱あると思われるだけでも上々か」
警戒者が増えるだけで邪魔者も動き辛くなるからな。
「何の事?」
「なんでも」
会場入りした俺達は一番端の席に座った。
俺が保有する株はそこそこあるが、優木家ほどではない。
「あ、会長のお父さん」
「いつ見ても貫禄があるな」
「明君のお母さんには弱いけどね」
「それをここで言うなよ。転けたし」
「もしかして、聞こえたのかな?」
「多分な。初っ端から転けたとか前途多難だわ、これは」
本当の意味でひと波乱があると思えてしまった。
それからしばらくして株主総会が始まった。
各種報告がなされたあと議題が持ち上がる。
「始まった」
「さてさて、どうなる事やら」
今の俺達には状況を注視する事しか出来ない。
願った通りの結果になれば万々歳だがな。
「何故、私が辞任しなければならない! 報告通り、利益は出ている!」
「利益の問題ではない。私は企業体として自浄能力に疑問を持っただけだ」
「我が社の自浄能力は機能している!」
「機能しているなら貴方の代で数件の破綻が発生した経緯はどう説明する」
「ぐっ」
一つ目は碧の両親の会社。
こちらは過去の事例なので誰も何も言わない。
身内の不祥事にもなるから表沙汰には出来ない。
だが、そこが咲達のバイト先、
「あそこって本家の傘下だったんだ」
例のファミレスだったのは驚きでしかないな。
「運営の杜撰さは簒奪した現当主の責任だな」
「そうなると本当に経営の才能が無いね?」
「だな」
二つ目は外道が巣くっていた孫会社。
こちらは優木が絡んでいるから言える事だな。
資本提携を打診してきて内情を見れば酷い有様だったから。
お陰で行き場を失った社員の解雇と再雇用の手間が増えた。
解雇は外道社員のみ、再雇用はそれ以外の社員だ。
「そ、それは私の指示を聞かなかった者達の責任だろう」
「中には指示していない者まで居たようですが、その件はどう説明する」
「うっ」
指示していない者。
敵対派閥として認識して潰しにかかったと。
白木も一枚岩ではないって事か。
「今更、子飼いに命じて潰しにかかったとは言えないよな」
「ところで、その子飼いはここに居ないの?」
「現当主の隣に居るだろ。頭皮の眩しいデブが」
「あの口が臭そうなハゲデブ?」
それを聞いたお義父さんが「ぶふっ」と噴き出した。
咲の一言が的確過ぎて気づいた者から噴き出した。
誰もが思っている事を言ってしまえばな。
トイレに行った時に俺様格好いいと言った時は呆れたものだが。
その後も伯父の追求は続き、本命のハゲデブにまで話が及んだ。
(子飼いの見返りは白木の相談役になる事か?)
それを野心として抱いて現当主に近づき、あと一歩の所で詰むと。
また毛の話してる(´・ω・`)