第97話 後始末は大変だが仕方ない。
一週間の盆休みを挟んだ翌週の朝。
宿泊者と共に朝食を食べた後、俺達は学校に向かう準備を始めた。
俺はジャージを灯に貸し、
「やっぱり丈が合わないか」
「いや、貸してもらえるだけ有り難いわ」
「灯がそう言うならいいけどな」
「問題は俺よりも碧の、な」
「確かに」
咲は同じ部屋で碧にジャージを貸していた。
「やっぱり脅威が……違った、胸囲が合わないね」
「最初に何を言ったのか何となくわかりましたけど」
「ごめん。ジャージのファスナーが弾け飛びそうだったから」
「では前は閉じず羽織るだけにしますね」
「うん。お尻はそうでもないのに、何だろう? この敗北感」
碧は別荘でやらかしたからか、俺達が居ても気にせず下着姿になり、普通にジャージを羽織っていた。
灯も当初は驚いていたが別荘を思い出して納得していた。
隅々まで見られたら気にする必要はないって事なのかも。
「現実、見ような。咲」
「うん。これが現実、なんだね」
俺と咲も制服に着替え四人揃って家を出た。
すると咲がエレベーターを待つ碧へと問いかける。
「ところで和ちゃんから反応は返ってきた?」
碧は長期旅行に出ている妹達へと、ようやく連絡したようだ。
先週は新生活に慣れたり、買い物で出歩いていたから連絡が後回しになっていた。
灯も落ちた体力を内廊下で元に戻していたしな。
「寝る前に返事がありましたね『えっ』の一言だけですけど」
「驚き過ぎて現実逃避したと」
「多分、今日辺り光君と相談するのかも」
「灯は言っていないのか?」
「俺のスマホ、バッテリーが切れたからな。充電器は燃えた家にあったし」
「おいおい。言ってくれたら充電器、貸したのに」
「そこまで気が回らなかったんだ。すまん」
「ま、あんな事があったばかりだしな」
誘拐未遂、未遂で済んだ出来事だったが、本来の目的を考えれば怖気が走る。
追い詰められた状態で冷静な思考が出来るほど灯は大人ではないから。
するとエレベーターを待つ俺達の背後から声がかかった。
「あら? 今日は勢揃い?」
「珍しいですね。お泊まりですか?」
俺と灯は振り返り、碧は咲の背後に隠れた。
碧に苦手意識を持たれた会長乙。
「おはようございます」
「うっす」
「おはよう。ところで碧ちゃんはなんで隠れるの?」
単純に胸が見える状態だから揉まれ回避だと思う。
「市河先輩、大丈夫ですか?」
「……」
沈黙を選んでいることから、猫の皮を被る余裕がなかったか。
意外と準備に手間取る方なのかもな。
咲と違って。
「何か、威嚇する猫みたいだね。何かあったの?」
「あったと言えばありましたね。住んでいた家が全焼したとかで」
「あ、あー。あのアパートに住んでいたのは?」
「はい。俺達です」
ニュースを思い出した会長と李香は納得気に頷いていた。
一方、咲と碧が小声で話し合う。
「会長には言っておく?」
「ですが、大丈夫でしょうか」
「一応、私の義姉になったし、大丈夫だと思う」
「義姉になった? 結婚されたので?」
「卒業するまでは優木のままだけど」
「そうなると、身内なんですね」
「いずれバレるけど、この際だから明かした方が良くない?」
「そう、ですね」
碧の素性を明かすかどうかの話し合いか。
「二人は何の話をしているの?」
「どう言えばいいのか、灯?」
「俺は碧に任せる」
「本人の意思を尊重と」
勝手には言えないか。
俺には明かしたが、あの時は事情が事情だったしな。
「咲さん、どういう事?」
「いい? 言うよ?」
「ええ、構いません」
「? 何を言うの?」
「碧ちゃん、私の父方の従妹でした」
「「は?」」
やはり固まるか。
市河と思ったら白木でしたなんて。
碧は固まった姉妹相手に御嬢様の礼をとった。
「改めて、ご挨拶、致します。白木碧です。以後、よろしくお願い致します」
「え? そ、それ、本当なの?」
「こんな事、冗談では言えないですよ? 会長」
「ええ。名前を騙るなんて外道共くらいですし」
碧も俺の名を騙って捕まったバカと同類は嫌だろう。
「で、でも、そんな素振りは一つも?」
「自ら庶民と言っていましたよね?」
「すみません。私には身を守る必要があったので」
「碧ちゃんは命を狙われていまして」
「「い、命!?」」
「ただ、今から詳しい事情を語るには時間が足りませんので」
「あ、ああ。そうね。後日でも、いいわよ」
確かに時間が足りないわな。
このまま駄弁っていても夏季講習に遅れるし、歩きながら語る内容でもない。
聞き耳を立てている監視が何処に居るか不明だから。
会長達姉妹は混乱が顔に出ていた。
まだ信じられない様子だな、これは?
俺はエレベーターに乗り込む会長へと助言した。
「会長なら伯父に聞けば一発だと思いますよ」
「ち、父に?」
「碧の事情を存じています。李香が願えば簡単に答えるでしょう」
会長が願ったとしても、お前には関係無いと言うだろう。
関係者になっているから、そちらで聞けと命じる可能性もある。
その点、末娘には甘いからな、あの伯父は。
「私が願えば簡単に……」
「帰りに家へ寄って聞きましょうか。どうも、きな臭そうだし」
「そうですね。姉さん」
ここで語らない時点できな臭いよな。
途中で副会長を拾った俺達は学校へと向かう。
いつもと違って大所帯だから無駄に目立つ。
「生徒会メンバーが勢揃いして通学してる?」
「いや、尼河も居るぞ」
「珍しい組み合わせだな?」
いや、全然、珍しくないぞ?
灯と碧は交際している事で有名だ。
最近は一緒に居る事も多い。
それを見ただけで初めて知ったような反応を示すのは、普段から別の事に意識を割いているか無関心なだけだと思うのだが。
無関心が急に関心を持つのは違和感しかないよな?
どんな心変わりだよ?
(珍しいと発した奴は誰だ?)
俺は立ち止まり、隣を進む咲の右腕を引いた。
「あいつ、誰だっけ?」
軽く指をさし、離れ行く男子が誰か問うてみた。
咲は呆れ顔で返してきた。
「彼は山田君と一緒に居る事が多い、涌田君だよ」
「同じクラスにあんな奴、居たっけ?」
「兄さん並に影が薄いから気づけないけど、いつも隣に立っているよ」
「影が薄いか。意識しないと気づけないな」
「本人も気にしているから直接言わないようにね?」
「そうなのか」
影が薄くともカースト上位と。
顔立ちはイケメンの部類に入り、髪は黒で眼鏡キャラ。
神経質そうな面はありそうだが、知的にも見える。
肉付きは普通、身長は平均的、若干猫背。
(キャラが立っていないから薄く見える?)
逆に山田は〈存在がうるさい〉から隠れているだけかもしれない。
そんな山田の隣に居たら普通に薄くもなるか。
「あれの成績ってどれくらいだ?」
「十位より下だったと思う」
「中の上と」
「気になるの?」
「奴の眼鏡の奥、視線に覚えがあってな」
「視線? 明君でも感じるの?」
「失礼だな」
「ごめんて」
部位的な視線は感じないが判る時は判る。
「敵意、嫌悪なんかは嫌でも判る」
「敵意。あ、そうか。先日の」
「路地の件な。先ほどの視線は羨望だが」
「羨望? 羨ましいと?」
「ああ、誰に対してか、知らんけど」
賑やかな空気に惹かれる咲と同じ性質を持っているのかもな、きっと。
俺達は夏季講習の前に購買部へと寄って二人の制服を注文した。
光達の制服は後日としたが、教科書類は先んじて購入しておいた。
「購入した教科書等は生徒会室の倉庫に置いておけばいいよ」
「そうですね。持ち歩くのは夏季講習で使う物だけにして」
「俺は顧問に顔を出してくるわ。ユニフォームの件を伝えないと」
「ジャージの事を問われたら、きっちり説明しろよ!」
「おうよ!」
教科書を倉庫に片付けた灯は颯爽と職員室に向かった。
本日は夏季講習の後に生徒会活動がある。
主な予定は交流会の反省会、文化祭の下準備だな。
生徒会室をあとにした俺達は学食横を素通りし、
「というか、学食はリノベーションする事になったのか」
「なんでも老朽化が目立っていたとの事で、丁度良いとの話になったとか」
「見た感じ、落書きの消し込みをしたところは残すのね」
「耐力壁だからだろ。壊すと全体に影響が出るから」
トンカンの音がする工事現場を眺めた俺達だった。
すると碧が興味深げに俺へと質問する。
「そういえば、例の薬って他にも用途があるので?」
質問は落書きを消した薬の事か。
研究段階だからなんとも言えないが答えられる範囲で答える事にした俺であった。
「そうだな。極限まで薄めたら化粧落としになるのは語ったよな」
「鉱物、石油由来なら落ちるとか」
「分かる範囲で言うと、そこの建築現場なら漆喰などに薄めて混ぜれば、ペンキなどの汚れが付きにくくなる。但し、石油製品との一緒くたは出来ないから要注意で」
「なるほど」
俺の返答に思案気になる碧。
どうもリノベーションで使えるならって考えていそうだな。
こういう所は資産家の令嬢と。
「一時期、庶民とはと考えていたが……俺達の中で本物の庶民は居なかったんだな」
「それを言われるとそうだね。明君もそうだし碧もそう」
「私と妹が育った環境は庶民ですけどね」
「それは俺も同じだ。血縁がそちら方面であっても」
「生まれだけは覆らないもんね。環境はそうでも」
「俺と碧は庶民的、咲は自由奔放な御嬢様だな」
「自由奔放って尼河君も含むよね、それ?」
「含むな」
「含みますね」
そうそう、自由奔放といえばもう一人居た。
「昨晩、咲から聞いて思い出したぞ。裸で馬乗りしてきた座敷童」
「うっ」
それは咲から実家で遊んだ子がもう一人居たよねと聞かれたのだ。
寝起きで思い出して、妙な懐かしさを碧に感じた俺だった。
「顔立ちが何処となく碧に似ていたよな。自由奔放とは、あんな女の子の事を言うんだろうな、きっと。俺の記憶は薄まっているが別荘で見た碧の痴態と何故か被ったな? 不思議だ」
「咲さん?」
「ピューピュー」
「口笛吹いて誤魔化さないでください!」
「顔立ちが似ているだけなのに何故碧が怒るんだ?」
「その座敷童が碧本人だからだよ!」
「咲さん!」
碧に怒鳴られた咲は小声で関係を明かした。
「碧も私達の幼馴染だよ」
「マ?」
マジで?