第96話 恵まれた幸運に肖りたいね。
碧が半裸と聞いてきょとんとなった。
「私、半裸なんて見せていないですけど?」
「あ、そうだよね。ごめん、全裸だったね」
「無自覚な時の話をされても困るのですが」
って、そうではなくて!
全裸は言質を取ったあとだから違うよね。
(目移りの言葉を聞いて混乱したよぉ)
私は咳払いしつつ言い直した。
「半裸というより、碧のショットガンかな?」
「ショ、ショットガン? どういう事ですか?」
あ、余計にこんがらがったかも。
でも、例えとしては丁度良いんだよね、これ。
「寸胴の内側に隠されたトランジスタ、グラマーだね」
「……」
この無言は寸胴に傷ついたかな?
「そ、それって、いつの事ですか?」
違った、いつ見せたのか考え中だったのね。
寸胴については自覚があったようだ。
「私が罰として海を見せる前?」
「あの時でしたか」
ようやく合点がいったかな?
すると私が驚く呟きを発した碧だった。
「そうなると、普段の咲さんが魅せている裸。飽きがきた証拠なのかも」
「え? え? ど、どういう事?」
「私としては不本意なんですが、反応したのは背中ですよね」
「う、うん。背中からお尻にかけて、かな?」
「それは水着越しって事でいいですよね」
「そうなるかな? おっぱいを晒した時は海を向いていたし、素肌解放した時は興奮しないって言っていたし」
勿論、私以外は、だけど。
「素肌解放?!」
素肌解放と聞いて真っ赤になった?
これは無自覚時にそこまでって思ったのだろう。
碧は真っ赤なまま思案しつつ呟いた。
「お、おそらくですけど、凪倉君は緩急を求めているのかも」
「緩急?」
「灯とはタイプが違うので、正解とは言い切れませんが」
明君は見える状態より衣服越しに見る方が好みではないかと分析した碧だった。
こういう時、経験の有無が出てくるとはね。
やっぱりこういった相談をするなら碧が一番なのかも。
同年代の従妹でもあるし。
「だから緩急と」
「行為の時もそうですけど、いきなり素肌を見せるより、段階的に脱がせてあげる方がいいかもです。自分で脱ぐのではなく、彼に全てを委ねるという意味で」
そういえば明君も委ねてくれと言っていた気がする。
それが私の寝相の改善だとしても、全てに通じるはずだから。
「なるほど。少し考えてみるよ。ありがとう、碧」
「いえいえ。お二人が別れる姿は想像したくありませんから」
「それは私もなんだけど」
絶対、想像したくないよ。
一時期、危うかったけど。
すると碧が怖ず怖ずと質問してきた。
「ところで、私って何処までみせていたので?」
これは無自覚、獣発現時の事かな?
私はどうしたものかと思案しつつ素直に答えた。
「全裸、大開脚を含む、隅々まで。持ち上げたのは明君だし」
「ボフッ」
これは想定外だったのかな。
自分の想像よりも酷かったから。
「私としては慎ましい碧がオープンになることを切に願うよ」
「ぜ、善処します」
そうしないと尼河君の寿命が縮んじゃうから。
「最後にバルコニーへ行こうか?」
「バルコニー?」
私はリビングを通り、
「ひ、広い……。人工芝まであって庭みたいですね」
調理中の明君に手を振って碧をバルコニーへと案内した。
「人工芝はあとから付け足したけどね」
「そうなので?」
「コンクリートに直だと今の時期は暑いしね。横になるならって事で」
「それで、ですか」
私はベンチに座りつつ指をさす。
「それにウチからだと、ほら」
「あ、河川敷」
そこが花火大会の会場だった。
「丸見えだしね。碧達の部屋だとギリギリかな?」
「どちらの部屋を契約するかで違いが出そうですね」
「ウチに近いのは一〇〇五号室ね。奥の一〇〇六号室は会長の家の対面だけど」
「廊下の対面が会長宅と。契約するなら一〇〇五号室が良さそうですね」
やはり会長への忌避感があるから、そちらを選ぶのね。
何かある度に胸を揉んできたりするし、仕方ないかな。
「早い者勝ちだから、決めたら直ぐ要望を伝えておくといいよ」
「そうします」
ちなみに、位置的に私達の部屋が縦長廊下の突き当たりにある。
対する他の各部屋は廊下の長辺に二つ並んで存在している。
非常階段とエレベーターは奥にあるからこの部屋からは遠いけどね。
「こちら側から左側に進むと紗江さんの家のバルコニーに突き当たる。右側に進むと、一〇〇五号室のバルコニーね」
「こういう風に繋がっていると」
「バルコニーも避難経路だしね。この部屋の端にある階段から屋上へ登れるよ」
「そういう避難経路なんですね」
「エレベーターとか非常階段が使えない時に用いるみたい」
これはあくまで非常時のみだ。
私達は定期的に屋上へと登るが、日常の鉢植え置きなどには使えない場所だ。
消防署の職員に見つかると怒られるしね、非常識だって。
「さて、夕食の準備が整ったみたいだし。ダイニングに行こうか」
「ええ。ところで灯はどうするので?」
そういえば人前では君付けだけど、普段は呼び捨てなのね。
これも碧なりの猫の皮なのかもしれない。
私はキッチンに誰もいない事に気づいた。
窓を開けつつ碧に応じた。
「今は明君が呼びに行っているから起きてくるんじゃない?」
「ああ、叩き起こしに向かったと」
開けた瞬間に「ぐへっ」が聞こえたので何かしたのだろう。
「親友だから知る起こし方と」
「私の知らない目覚めさせ方ですね。あとで教えてもらいます」
「それがいいかもね」
明君はキスをすれば目覚めるから暴力的な起こし方は不要だけどね。
対する私は頻繁に膝裏を突かれるけども。
しばらくすると半裸の尼河君が起きてきた。
「あー。よく寝た。連日のように襲われていたから……」
起きてきて碧に気づいて沈黙した。
要らない一言が多すぎるよ。
「誰が誰に襲われていたと?」
「すみませんでした!」
ま、分かるけど。
食事中、碧がアパート全焼と部屋の事を尼河君に教えていた。
「マジか」
「消し炭になった以上はどうしようもないから、次に期待しようかなって」
「あ、碧が良いなら俺も別に良いが」
一方、明君も寝耳に水なのかぽかーんとしていた。
「全焼ってマジ?」
「本当の事みたい。碧の宇宙猫があったから一日延びたけど」
「その延びで免れたなら、幸運どころではないな」
「今日の件でも渋滞に突撃していたもんね」
「睡眠ガスの直撃を受けたのは灯だけだしな」
「外道に襲われた時も間一髪だったし」
「確かに」
碧には生まれ持っての特別な幸運があるのだろう。
この幸運で数多くの不運を吹き飛ばしたとするなら今後は安泰なのかな。
私も碧の幸運に肖りたいね。
「で、どうかな?」
「お義父さん達が確保済みなら有無を言わずに契約してくれるだろう。だが」
「どうかした?」
「家具とか電化製品とかどうするんだ?」
「あっ。そうか、それもあったね」
この感じは電化製品を揃える余裕がないってことなのかも。
私は明君と目配せして、
「家具も電化製品も用意しなくていいぞ」
「ここは最初から据え付けだからね」
入居当時を思い出して教えてあげた。
同じように会長にも教えると驚いていたよね。
持ってきた物が無意味だったとか。
紗江さんは聞いていたから、処分してきたみたいだけど。
「さ、最初から?」
「据え付けだって?」
「うしろの冷蔵庫も、エアコンも洗濯機もな」
「最低限は最初からあるよ。流石にコーヒーメーカーとかトースターは無いけどね」
「す、炊飯器は?」
「あるよ」
「ガスコンロは?」
「IHだから不要だな」
「対応の調理器具さえ買えば、ある程度の料理は作れるかもね。包丁は必須だけど」
「「なるほど」」
揃える品が限られるから引っ越そうと思えば直ぐにでも入居が叶うだろう。
二人、否、四人はそれ以外にも購入する物品が大量にあるけどね、うん。
「とりあえず、明日の生徒会活動では碧に私のジャージを貸すからさ、制服の注文に行こうか?」
「あっ! そうだった!!」
「俺の制服も買わないとダメだな」
「教科書類も灰になっているしな」
「あ、ノート……」
「課題もどうすればいいんだ?」
アパートが燃えた事で色々な物が紛失状態だね。
これも夏季休暇中に片付けないと不味いかも。
「そういえばそれもあるか。灯の場合は俺達のノートを写せばいいが」
「碧は選択違いで難しいね。どうしようか?」
「そうなると友達をあたってみようと思います」
「それしかないよね。こういう時、クラス違いが影響するなんてね」
幸い、課題は共通なので写させるだけでいいと思う。
それでも最低限だけど。
「明日、登校して要相談だな。担任達と」
「それしかないか。ユニフォームも燃えたから出費がえらいことになったな」
「こうなると放火犯だけは何がなんでも捕まえてもらいたいね」
「「本当に、そう思う」」
犯人の目星はついているけど、言わずともいいかな。
尼河君が知ると飛んでいって殴るだろうから。
夕食後は順番にお風呂に入る。
但し、私と碧は一緒に、だけど。
「改めて見るとでっかいね」
「というか咲も育ってませんか?」
「私は母の遺伝が活きてきただけだと思う」
「そうなので?」
「うん。母は会長と同じくらいだから」
「それで」
碧の胸が湯に浮かぶ。
夜景も含めて眺めると絶景だね。
「本当に綺麗ですね。ここからの夜景」
「でしょ? 星空も見えるしね?」
「暗くすると露天風呂みたいですね」
「ここでの二人きり。それはそれでいいものだよ」
雰囲気もあるからキスを何度となくしてしまうし。
「これを見ながら疲れを癒やす。翌日には頑張れそうですね」
「早朝は早朝で朝日も綺麗だしね」
「そういう楽しみ方もあると」
「ここ最近は外に出られなかったから」
「外に? あ、あれですか」
「あれね。悩みの種の一つ。一体、誰が教えたんだか」
「校内に隠れ潜む、残存舎弟と」
先の件でここがバレはしたけど直前で通報が入って捕獲されたんだよね。
マンションの警戒態勢はしばらく続いて住人達は物々しい雰囲気の中、出勤した。
それでも何らかの手段で知られているので、ゴミ虫の捕獲が必要に思えた。
「尻尾を掴ませてくれたら助かるけど」
「そう簡単に出没しないでしょうね」
「厄介だよね」
お風呂でプチ女子会か(´・ω・`)