第95話 原因を知って茫然自失だよ。
私のスマホを返してもらったあと、
「ところで今は何処に住んでいるの?」
伯母が碧に問いかけた。
「灯君達が借りているアパートだけど?」
「そう。それって、学校の近くにある?」
「そうだけど?」
なんか、意味深な会話だね?
伯母は困り顔になり和ちゃんの所在地について再度問う。
「和は今、何処に?」
「和ならバスケ部の友達と旅行中だけど。光君と一緒に」
「そうなると、家には居ないのね?」
「うん。数日したら帰ってくるかもだけど」
姉は別荘、妹は旅行と。
尼河兄弟もそれぞれの行動に出ていたのね。
「そう……」
「母さん? 何かあったの?」
「実はね」
伯母は意を決したように事情を打ち明ける。
「「マジで!」」
あ、被った!
そうではなくて!
なんでも、留守中に学校近くのアパートから火が出て全焼したというのだ。
火が出たのは昨日の深夜。
私達が四人で余暇を楽しんだ夜の出来事だ。
「お、思い出の品々が消し炭に?」
「もしかしてだけど、指輪も家にあった?」
「うん」
「うわぁ」
大切な物だから肌身離さず持ち歩くのではなく大切だから家に置いていたと。
「尼河君の実家には置いてないの?」
「持ち込める物は全てアパートに持っていってましたので」
「大物だけが残ったと」
「それほど無いですが」
これは参ったね。
思い出の品だけではなく他にも一切合切、燃えたから。
「命あっての物種でも、キツいね。それ」
それも本人達の留守中、狙ったように火事になる。
(狙った? 今日の件も、もしかすると?)
私は疑問気に伯母へと問いかける。
「その火事の原因って判明しているので?」
「ニュースによると放火とあったわね。そのアパートは新築で住人は灯君達だけが借りていたの。家賃が無駄に高すぎてね」
「そ、そうですか」
それを聞くと放火も含めて伯父の企みに思えた私だった。
「碧の状態が状態だったから一日延長した事が救いになったと」
実は碧の宇宙猫が影響して一日だけ延長したのだ。
その一日が無ければ就寝中の火災に巻き込まれていたと知って怖気がした。
ただね、
「状態って何があったの? 碧の身体、何処かが悪いの?」
「あっ」
呟いた後に気づいたよ。
ここにはご両親の家じゃん。
「咲さん?」
碧の冷ややかなジト目が痛い。
「ごめん」
「何があるの?」
私は意を決し、明君から聞いた、獣について打ち明けた。
「御存知の前提でお話しますが、白木の獣が出現しました」
あくまで前提だ。
伯父にもそういう所がありそうだしね。
私の知らない内なる私。
嫉妬の時だけ顔を出す。
それを聞いた碧はきょとん。
「け、獣?」
伯母は訳知り顔になり、何度も頷いていた。
「あ〜。アレね、この子にも宿っていたと」
「母さん? アレって?」
「嫉妬すると歯止めが利かなくなる白木の本能。酷い状態だと嫉妬以外でも表出するそうだけど。ただ、酷い状態はムッツリスケベに多く出るから碧は対象外ね」
「「……」」
碧はムッツリスケベだから酷い状態に当てはまる。
ブレーカーを上げる。
私で言うところのスイッチオン。
歯止めが利かないから限界まで致して落ちると。
碧は困惑気に私へ問うた。
「し、嫉妬? 歯止めが利かなくなる?」
「そういう性質があるみたいだね。俗称というか蔑称を聞いて驚いたけど」
「咲ちゃんは知っているのね」
「明君から教えてもらいました」
ここで蔑称の名を語る必要はないけどね。
「その件で醜態を晒して何が起きたのか分からない状態が続いて延長したのです」
「あれは本人でも制御出来ない獣らしいから、仕方ないと思うわよ」
「やっぱり制御は不可と」
「覚えがあるの?」
「いえ、明君から……」
「なるほど。咲ちゃんも顔を出したのね」
「そうらしいです」
お陰で明君に怯えられたけどね。
浮気をしない言質はとれたけど。
ともあれ、焼失してしまってはどうしようもない。
今出来る事は話し合う事だね。
「碧、帰る家が無いならどうする? しばらくウチの客間に住む? 尼河君も客間で寝ているみたいだし」
「よろしいので? 手狭になりませんか?」
「広さなら十分過ぎるくらいあるから大丈夫」
「そうですね。新しい住居が見つかるまでの繋ぎとしてなら」
なんて話し合っていたら、
「怪我の功名ではないけど、碧の家ならあるわよ?」
「「はい?」」
伯母が意味深な提案を碧にしてきた。
言葉の真意に気づいた私は何度も首を縦に振った。
「あ、そうか。管理人の娘だから、この家に住めるね。尼河君は実家に帰る必要が出てきたけど」
「で、でも、和はどうすれば? 数日帰ってきませんよ?」
「そこは連絡すればいいと思うよ?」
「連絡? あ、失念していました!」
だが、私の気づきは違ったようで首を横に振られてしまった。
「碧達はここには住めないわ」
「「え?」」
「管理人室は私達二人で住むだけで精一杯なのよ。そこに育ち盛りの娘達と将来の息子達が住むには狭すぎるのよ」
な、なら?
どうするつもりなのだろう?
「それもあって咲ちゃん達の住んでいる最上階、残り二部屋を確保しておいたわ。もしかしてと思って、確保して正解だったわね」
「「え?」」
それなんて、以前聞いた話かな?
契約主がまさか伯父だったとは。
人伝に聞いて信じていたよ。
「あくまで確保よ。契約は輝さんに話を通してからになるわ」
「そちらでしたか。買ったのかと思いました」
「ここを購入するのは今の私達だと厳しいわね」
経営している頃ならどうにかなっても今はね。
私はスマホに保存していた建物のパンフレットを開いた。
「仮にあてがうなら、一〇〇四ではなくて一〇〇五と一〇〇六か」
「咲さん、一〇〇四を除外したのは?」
私の呟きに碧が反応したが答えたのは伯母だった。
「不吉だから割り当てられていないのよ。四は死を連想出来るから。九なら苦ね」
「それで」
「四階と九階は外せないけど、四号室と九号室は無いわね」
そういう不吉な数字を使わない場所って結構あるよね。
どちらにせよ入居は確定すると思う。
住居が無い状態で学校に行くのはキツいし。
だが、伯母の提案を聞いた碧は何処か不安そうだった。
「私、うまくやっていけるでしょうか?」
令嬢ではあるけど庶民で育ってきたもんね。
粗相すると思っているのかな?
私はそんな碧を元気づけるべく主要な住人を教えておいた。
「隣には会長も居るし、三階には副会長も居るから大丈夫だと思うよ」
「せ、生徒会の関係者が同じマンションに勢揃いしてますね?」
「そう? 以前も同じだったけど?」
「そういえば、そうでしたね」
閉鎖と解体予定のマンションでも同じだったからね。
それだけで納得した碧。
すると伯母が思い出したように驚く一言を笑顔で語る。
「それと総会後になるとは思うけど、碧達の戸籍、白木に戻すからそのつもりで居てね」
「「えっ?」」
「市河さんには後日、お礼に伺わないとね。手土産は何がいいかしら」
伯母は言うだけ言って思案気に引っ込んだ。
奥に伯父が居るからだろうけど。
「市河碧改め、白木碧か」
「が、学校が騒々しい事になりそうですね」
「次期生徒会が白木の手中に、とか?」
「それもありそうですね。はぁ〜」
私の何気ない一言だが、これはこれで相当不味いかも。
婚姻する私も卒業までは白木のままだし。
「選挙で対抗馬が出現してくれたらいいけど」
「期待薄ですよね。現状だと」
何故か人気の無い生徒会。
原因が分からぬまま来期に突入するのは嫌だよね。
「どうしたものか?」
「悩みは尽きませんね」
§
伯父の家を後にした私と碧。
来客ではなく関係者の許可証を持って最上階へとあがった。
ヘリで入ってきた時は限定許可だったけどね。
「広いエレベーターホールですね」
「外が雨の時とか、明君はここで走っているね」
「縦長の廊下。シャトルランにピッタリと」
「さ、あがって。作りはどの部屋も同じみたい。間取りが少し変わるだけだけど」
「玄関内も広いです……自転車?」
「私と明君の趣味だね。一台数百万はするけど」
「数百万? これが? 安そうに見えますけど」
やっぱり安物に見えるんだ。
「明君のロードバイクは塗装で誤魔化しているそうだよ」
「塗装で? では?」
「総額で百万はするみたい。私のロードバイクはその倍だけど」
「倍?」
先日、乗っていった時に聞いたら目眩のする金額だった。
大切に乗れよと言われたので大切に乗ると返したよね。
「そういう代物がある以上、外には置けないからね」
「高額ですもんね。自転車で数百万……想像出来ませんね」
これが庶民の認識か。
御嬢様に戻る碧も慣れるまではこのままかな。
私は大まかな案内を行っていく。
客間は面会謝絶と書かれていたので最後にした。
(面会謝絶って起こすなって意味だよね?)
言葉通りなら不吉でしかない。
だが、通った時に中から特大級のいびきが聞こえてきたから大丈夫だと判断した。
「灯は絶賛おねんね中と」
「中に居るって分かるの?」
「聞き覚えのあるいびきですからね。歯ぎしりしないだけ今日は正常ですね」
「そ、そうなんだ」
慣れって恐いね。
歯ぎしりするってストレスでも溜まっているのかな?
「広いお風呂! 露天風呂みたいですね」
「実際に夜に入ると夜景が綺麗だよ。私も明君と何度か入って」
「ん? は、入って? まさか混浴?」
「うん。それが?」
何故だろう?
きょとんとされたんだけど。
混浴とかした事がないのかな?
「お二人って関係は?」
この関係って肉体関係だよね。
碧は経験豊富だから言えるけど。
「お恥ずかしながら、まだだね。ヘタレ過ぎて」
「ま、まだ? えっと、何処まで見せてます?」
「何処までって……まで、かな?」
無自覚を含むと全部になるけど。
自覚している状態ならそうだと思う。
「……」
何この沈黙?
あと、ここでジト目する意味ある?
「凪倉君、可哀想。生殺しされるなんて」
明君を同情したのは分かるのだけど、どういう意味で言ったの?
「な、生殺し?」
「あまり苦しめる行為はダメですよ? 浮気はないと思いますが、目移りする事だって稀にあるので」
「目移り、する?」
覚えがある。
騒動前の明君だよね。
「碧の半裸、見ていた時か」
「私の半裸?」