第94話 親子の再会は唐突に訪れる。
凪倉の警備部の活躍により救出された碧。
私と明君は急いでリムジンから降り、
「「……」」
手荷物を持つ事も無いままマンションの屋上へと向かった。
屋上ではヘリから降りる碧の姿があった。
「よかったぁ! 無事だった!」
私は安堵の気持ちが溢れ碧に抱きついた。
「映像電話では胸ばかり見ていたではないですか」
「映像と本物は違うからね。うん、この弾力!」
「ちょ、ちょっと! 何処を揉んでいるので?」
「碧のI。愛情の塊!」
「その例えは止めてもらえますか!?」
私には無い特大級の代物だもん。
それこそ揉める時に揉んでおかないとね。
改めて認識したよ。
会長達が触れたがる気持ちが。
なにこの肌の弾力?
「胸からお尻に向かわないでくださいよ!」
「お尻はダメ? なら、次は前で」
「そちらは特にダメですって!」
「気にしない気にしない。別荘で隅々まで晒した後だし、気にしても損だよ」
「あっ。あぅぅぅ」
一方の明君は担架に乗せられた尼河君の元へと向かう。
「ボロボロだな」
「碧に殴られてガスの直撃を受けたからな。怠さが抜けないだけだ」
「そうか。ま、しばらくはウチで横になっていろよ」
「そうさせてもらう。眠気は抜けたはずだが、眠い」
「ガスの残りが影響しているんだろ。しばらくすれば抜けるさ」
「そうだと、いいが……」
「寝たか。案内する、付いてこい」
「「はっ」」
尼河君は担架に乗せられたまま明君と階下に向かう。
横になれとの言葉にもある通り、私達の家にある客間へと連れて行くようだ。
碧を堪能した私はエレベーターが来るまで待った。
「もち肌とはこの事か。私とは何が違うのかな?」
「酷い目に遭いました」
「別荘で醜態を晒した後だと、気にするだけ損だと思うよ」
「あれは私の本意では……」
「本意ではなくても本能でしょ」
「も、黙秘します」
「素直になろうよ?」
エレベーターに乗って階下に降りるのではなく一階に向かう。
「え? 次で降りないので?」
「荷物を置いてきたから取りにね」
「それで、ですか」
本当は違うけど。
私達の手荷物は運転手が玄関前まで持っていってくれている。
屋上へと向かう前にそう命じているからだ。
運転手はマンションの許可証を所持しているから出入り自由だ。
それでも玄関先まで、なんだけど。
「一階に到着っと!」
私はエレベーターの扉を開け、
「え? リムジンはあちらでは?」
「リムジンはもう帰ったよ」
碧の手を握ったままエントランスの反対側に向かった。
「で、ですが、荷物が」
「気にしない気にしない」
きょとんの碧。
私との体格差から引っ張られていくだけだった。
「ふぇ? 管理人、室?」
「表札はなんて書かれてる?」
「結木……え?」
「お母さんの旧姓でしょ」
「え、ええ」
戸惑いを示す碧。
私は気にせずチャイムを鳴らす。
ドタバタと室内から足音が響き、扉が勢いよく開く。
室内から胸だけが似た女性が飛び出してきた。
「碧!」
「!?」
勢いのままきょとんの碧に抱きついた。
「無事、だった……よかったぁ」
「えっ? か、母さん?」
「ふふっ。そうよ、大きく育ったわね……胸が!」
「そこは身長って言うんじゃ」
「身長もそうね。よく無事で」
唐突の再会、碧は困惑しつつ私を見つめる。
「知っていたので?」
「私も今日知ったかな」
「そうだったんですか。あ、それで電話で」
電話で聞いた理由はそこにあるかな?
「やっぱり、離れ離れって嫌じゃない。彼氏もそうだけど、両親は特にね」
「……」
すると奥から父さんに少しだけ似た男性が姿を現す。
老け込んでいるが、あれが碧の父で、私の伯父と。
「碧」
「父さん……」
「元気そうだな」
「うん。元気だよ」
再会の空気。
私は空気を読んで空気に徹した。
身内ではあるけど、今はただの親戚でしかないし。
「父さんも少し、老けた?」
「老けもする。大事な娘達と別離したからな」
別離したと言った瞬間が一番辛そうだね。
父さんでも嫁がせる事は気にしなくても距離を置かれたら元気が無くなるもんね。
私が臭いと言った時なんてショックで寝込んだし。
すると碧は悲しげな表情で、
「そう。ところであの時、置いていった理由、聞いても?」
核心をつく話題を持ち出した。
それは碧の中で燻っていた疑問だった。
娘から問われるとは思っていなかったのか、碧の両親は沈黙しつつも目配せし、意を決して碧へと手招きした。
「そうだな。ここではなんだから、中で話そうか」
あとは三人の問題だから私は撤退しようかな?
直接関与していないから私が聞く必要はないし。
私が碧から距離を取り、後退ると、
「咲も来て」
「え?」
呼び捨てされたのち、強引に手を引っ張って、室内へと押し込まれてしまった。
「私、関係者だけど、この件は無関係では?」
「仲介したなら最後まで見届けて」
「えー。マジで?」
「マジで」
私は碧にドナドナされるかたちで室内に入っていった。
碧のお母さんは苦笑していたが、仕方ないみたいだね。
室内に入ってお二人が生活している空間、リビングへと通された。
ソファに座るよう促され、下座を探して座った私だった。
「咲ちゃんも大きくなったね」
「えっと、お会いした事、ありましたっけ?」
「ああ、そうか。小さい頃の話だしね」
「私達も気晴らしとして招かれていた事があるのよ」
「そうだったので?」
なんでも私と明君と碧は割と頻繁に遊んでいたそうだ。
記憶にあるのは明君だけなんだけど、そういえば座敷童っぽい小さい子が一人だけ居た気がする。
もしかすると、あれが碧だったのかもしれない。
「三人仲良くお風呂に入ったりね。裸の碧が凪倉君をお馬さんしていた時は、咲ちゃんに申し訳がなかったけど」
「碧って、裸で男子に乗らないと気が済まない質なの?」
「お、幼い頃の話なのでノーカウントで」
うん、ノーカウントだよね。
そう考えると私達が見た事も必然だったと。
幼い頃に何度となく見てしまっているから。
そうなると明君なら覚えていそうな気もする。
いや、ないか? 割とどうでもいい事は忘却する質だし。
「灯君との婚約はそのあとだったわね」
「元々は業務提携の政略だったんだが、碧が惚れてしまってな」
「え?」
「貴方、違うわよ。二人共が一目惚れしていたじゃない」
「そうだったか?」
「え? え? え?」
普通に考えたらそうだよね。
私と明君が違うだけで。
赤子の頃と幼少期では似てるようで違うかな?
知らんけど。
「同じ流れが和でも起きた時は頭を抱えたが」
「それが結果的に、この子達を守るきっかけになったわね」
白木姉妹、恐るべし。
惚れたら一直線なのもね。
同類の私にツッコミを入れる権利はないけれど。
すると会話を聞いている最中、爺から連絡が入る。
(こんな時に何よ? どうなったか気になったのかな? あ、そうだ)
私はスマホを通話状態に変えて胸ポケットへと片付けた。
こういった関係者の証言は上の人間に聞かせた方が一番だもの。
「事の起こりは、和が一才の誕生日を迎えたあたりか」
「当初は破落戸の難癖として警察に通報するだけの指示を出したわ」
調査情報との差違があるけど、客観と本人達の主観ではこちらが本当の事と。
「当時の猛攻だけは忘れもしない。破落戸かと思ったら組織的な犯行で支店の信用を端から順に削られていった。私達が打開に動いたら反対側からも削られていったな」
「気づいた時には丸裸。信用が完全に失墜していたわね。おかしな噂もあったから」
ん? 噂? その手口、聞き覚えがあるね。
あ、明君の件か!
昔から同じような手口で追い詰めていったのね、あの外道共は!
「噂もそうだが、信用を取り戻す事が出来ず、契約打ち切りが後を絶たなかった」
「いくら主人が経営の才に長けていても、多勢に無勢では手も足も出なかったわね」
「それこそ覚めない悪夢を見せられているようだった。善継の伝手を使って情報を集めた時は遅かった」
父さんの伝手というと優木の方かな?
情報収集に長けているのは優木だし。
「原因が判明した時には終わっていたのよね」
「げ、原因って?」
「私達の命綱を当主、兄に握られて一方的に切られた」
これが例の報復と。
静観して最後の最後で絶望を与えると。
爺さま、聞いているよね?
聞いているね?
沈黙してるね。
「最終的に私達が選択した事は、身を隠す事と娘達を守る事だけだった」
「い、一体、何があったの?」
「私達全員の命を狙われたのよ」
「「『!?』」」
これには驚きを隠せないね。
スマホ越しに息を飲む声が聞こえてきたし。
「私達の乗る車のブレーキが利かなくなったり」
「街中を歩けば頭上から鉢植えが落ちてきたり」
「それらの調査を実行した善継からも身を隠せと言われてな」
なるほど、父さんが影ながら応援していたのね。
「当初は娘達を連れて行くと選択したのだけど」
「それは婚約破棄となり娘達が悲しむと言われて」
これが真実と。
悔しそうな表情が当時を物語っているようだ。
親としての様々な葛藤が裏にあったのね。
「最後は輝の協力の下、嫁の実家に匿ってもらう事になったんだ」
「え? 市河の養父母って?」
「灯君のお母さんの実家よ」
そういう関係で市河家に養子縁組したと。
何はともあれ、伯父達が当時の経緯を語ってくれたので、
「残りは爺と話し合ってください」
「「はい?」」
胸ポケットからスマホを取り出してテーブルに置いた。
『年長者には敬称を付けろと言っているだろう』
「父さん!」
この手法、明君が車内でやっていたね。
「咲、これ?」
「車内でのやりとりを選択してみたの」
「あ、あの時の?」
私達の目の前では伯父と爺の会話が続いている。
爺は私の実家で父さんと今後をどうするか話し合っていたようだ。
長男の暴走と不可解な思惑。
語った経緯を父さんにも確認中だった。
『長男として厳しく躾け過ぎたか』
「昔は継ぐなら私にと言っていましたが」
『例の家が何かを吹き込んだのでしょうね』
父さんの言う通り、まともだった伯父を狂わせたのが例の一家だ。
それらの思惑は分からないが、私達にとっては優先的に片付けねばならない粗大ゴミでしかなかった。
「掃除も大詰め?」
「多分」
悪辣一家を片付けたい(´・ω・`)