第93話 浮かれて空気を読み違えた。
「ところで碧ちゃん?」
『なんですか、咲さん?』
「両親に会いたいとは思わないの?」
『……』
咲が俺のスマホ越しに市河さんへと話しかけている。
その内容は先ほど教えた両親の所在についての問いかけだった。
『今は、会いたくないですね』
「今はって事は近い将来は?」
『可能なら式に呼びたいです』
「今の心境が複雑だから?」
『複雑ではありますが、現状は原因となった者達をどうにかしないと会えません。私の周囲には気づいて近づいてきた者達が沢山居ますから』
気づいて近づいてきた者?
となると素性が既にバレているのか。
そうなると市河姓を使い続ける事も危険だよな?
養子縁組で受け入れてくれた家に多大な迷惑がかかるから。
「それって触れさせた事も含むの?」
『あれは不本意でしたけど、あちらから近づいてきたので』
き、気づいて逆に利用しようとしたと?
恐っ! 白木の女、恐っ!
「じゃあ、開発も?」
『全て演技です。灯君以外に触れられて感じるとかあり得ません』
恐っ! 今日ほど市河さんが恐いと思った事はない。
「女優になれそうだよね。会長達に触れられても同じだったら、だけど」
『それは演技ではなく本当です。会長達はどういう訳か的確に突いてくるので』
「そ、そうだったんだ」
否、女子が恐いと思った。
それは怒った時の咲も含む。
「ところで、花火大会の件はどうする?」
『一緒に見てみたい気持ちはありますが、私の周囲が少々不穏ですから、あまり巻き込みたくないですね。少なくとも解決するまでは』
これは遠回しの拒絶か。
だが、奴等の問題は市河さんだけの問題ではないんだよな。
「そうなんだ。でもさ、碧ちゃんだけの問題はとうの昔に通り過ぎていると思うよ」
『それはどういう意味ですか?』
「我起家への報復を願っている事は理解出来るよ。だけどね、あの家の本来の目的は白木潰し。一族の不幸が目的で関連する凪倉と優木も一緒に潰したいと願っている自分勝手な外道一家なんだよ」
『えっ!?』
本来、白木潰しを望むのは言祝家。
我起は凪倉潰しを望んでいる家だ。
それは利害の一致だが市河さんに教えても混乱しか招かないよな。
「だから一人で報復するよりも、一緒に戦った方が楽だと思うよ?」
「俺なんて市河さんが戻ってくる前から狙われているしな」
俺達の報復は一人より三人以上で戦った方が無難だ。
但し、人が多すぎたら多すぎたで内部犯を拵えるが。
すると咲がきょとんとしつつ問いかけた。
「ところで明君? この際だから名前で呼んだら」
名前というと電話の相手だよな?
咲の事は名前だし。
俺は話題が急変化した事を注意した。
「おいこら。話の腰を急に折るなよ」
「そうでもないよ。今のまま名字呼びだと勘違いが湧くと思う」
「『勘違い?』」
「運転手」
「『あっ』」
そういえばこの場には無関係者が二人居る。
こちらのリムジンは聞かれる事はないが、
「なるほど、運転手か」
市河さんの方はただのハイヤーだ。
俺は運転手を意識しつつ咲に問い返す。
「だが、いいのかよ? 俺が呼んで?」
「この場だけなら碧ちゃんは白木の御嬢様だよ」
「身内扱いか」
「碧ちゃんも白木碧で認識してるでしょ?」
『そうですね。学校以外では和も含めてそのように』
姉妹揃って家では白木の御嬢様。
猫の皮を被って学校では市河姉妹で通していると。
これも我起の勢力から逃れる術なのだろう。
バレている状況ではどうあっても意味を成さないが。
それを聞いた咲は大きめの声音で、
「そういう事だから、碧に対して粗相のないように」
聞き耳を立てている勢力不明の運転手へと命じていた。
『は、はい! 承知致しました』
庶民の子が一変、主の親類縁者と判明したからな。
「俺が呼ぶのは構わないが、突っ伏している灯の許可を得てくれ」
『問題ないですよ。顔面蒼白で頷いていますので』
「尻に敷かれていやがる」
いや、馬乗りになっていたから既に遅いか。
この日から表向きはともかく、四人で居る時だけ名前呼びとなった。
白木が二人も居たら仕方ないよな。
「ところで碧って普段はムッツリ? オープン?」
『何の話ですか?』
「エッチな話」
『黙秘します』
「この反応で分かったからいいや」
「碧はムッツリ側なのね」
『電話、切りますよ?』
「「ごめんごめん」」
咲が碧と呼び捨てしたのも従姉の体裁があるからだろう。
すると咲は自身のスマホを取り出して何処かに電話した。
「あ、爺。様付けしろ? はいはい」
相手は白木の爺だった。
いきなりタメ口は怒りの表れだろうな。
「今回の用件は義昭伯父さんの事なんだけどさ」
それは碧の父親の名前だ。
「これは話をつけるつもりだな。長男が隠しているから」
『話をつける? もしかして?』
「実は優木が! 調べて詳細が分かったのだけど。うん」
本当は爺さま経由だが、優木の名を出す事で警戒感を煽ったと。
爺さまも何かあれば優木の名を使えと言っていたし問題ないか。
「破綻の原因が判明したよ。どうもね、例の家が干渉して、先日の一件で父さんの説教を受けた人が意図的に見過ごしたらしいよ。それも例の家を顎で使って干渉させたって。そう、裏で繋がりがあったみたい。それもあって優木が退陣要求を突きつけると思うから賛同してあげてね。家の将来を願うならそれが一番だから」
『そうきましたか』
碧が直接手を下す前に直で潰す方法を選択したな。
婚約解消の一件でお返ししてやるって感じなのかも。
「義昭伯父さんの娘達も同じ高校に通っているから、可能なら助けてあげてね。末の孫は私ではなくなるけどね。うん、高一の女の子が一人居るよ」
「末の孫の立場を返納したか」
『和は喜ぶかしら?』
「反応に困るとか言うだろうな」
咲もいい加減うんざりしていたからな。
権力利用に忌避感があるから滅多に使わないが。
「そういえば碧も権力的なの嫌いだったな」
『それで痛い目に遭っていますから。父が』
「なるほどな」
嫌いになっても仕方ないか。
俺も伝手としては利用するが、あくまで暗躍する時だけだ。
そんなの自分の力で得た物ではなく他人の力でしかないから。
咲は電話を終え、肩の荷が下りたように腕を回した。
「とりあえず、運転手共が報告を出す前に爺に知らせて良かったね」
『そのつもりで電話されたので?』
「彼等がどの勢力に荷担しているか分からないもの。父さんの勢力圏なら理解したうえでリムジンを寄越す。寄越さなかったところを見るに、誰かしらの勢力圏から寄越された車だって分かるもの。私達の方は父さんの勢力だと思う」
俺達が秘密の会話を行う前提でリムジンを寄越しているはずだから。
『ああ、それで。貴方はどちらの関係?』
『……』
『沈黙という事は現当主と。ビクつきましたね』
素性を知って可能なら報告。
碧を消しにかかるつもりでいるのかも。
それもあって咲は報告前に潰しにかかった。
「この分だと市河姓は二度と使えないな」
「既にバレてる?」
「校内で寄ってきた時点でな。碧が気づいたように相手も気づく」
「その調査能力を良い方に使えばいいのにね」
もしかすると先の婚約解消も、娘を体よく使おうとしたのかも。
『養父達に迷惑をかけなければいいのですが』
「その点は大丈夫だと思う。直ぐ調べて警備を向かわせると言っていたから。大事な孫娘達を育ててくれた恩を返すとも」
『そうですか』
「恩だけではなく詫びも要るだろうに」
「発端が発端だもんね」
『それは父達相手にしてもらいましょう』
碧自身がされても困るよな。
娘でしか無いし。
「ところで今はどの辺?」
『えっと、渋滞にはまっています』
「位置情報を知りたいからメッセージを送ってくれ」
『分かりました。一旦切りますね』
碧はそう言って電話を切る。
数秒後に送られてきた位置情報を見た俺は愕然とした。
「やられた」
「どうかした?」
俺は即座に凪倉の警備部に連絡を入れる。
碧達の位置情報を送り救助に向かうよう指示を出した。
「地元に向かっていない。逆方向に向かっているぞ」
「はぁ?」
「今の位置情報から分かる事は消すつもりで動いている事だけだ」
「ちょ、ちょっと、それ! 爺に連絡する!」
これには咲も頭にきたのかその場で電話した。
電話を切った直後から碧との連絡も繋がらないしな。
何かしらの干渉を受けたとみて間違いない。
「ここまでするか? 幸い、渋滞にはまっているから動けないようだが」
「爺も救助部隊を送るって」
「ウチが早いか爺が早いか」
今の俺達に出来る事などなく、ただただ祈る事しか出来なかった。
「ところでさ。私、誘拐を誘発した? 運転手の勘違いを本命と認識させたよね」
「おそらくな。俺も似たり寄ったりだから責められない」
「……」
現当主の思惑に気づいていながら読み違えたから。
§
事態が動いたのは渋滞から逃れる事が出来た頃合いだった。
「救出成功か」
「成功したの?」
「なんとかな」
あちらの渋滞が解消される事がないまま、上空から凪倉のヘリが飛んできて車内から二人を救ったそうだ。
運転手は咲に釘を刺されて、雇い主より上に報告された事で混乱して渋滞に入ったらしい。
電話連絡が途絶えたのは後部座席に睡眠ガスを投入したからだ。
それも遠隔操作でな。
「睡眠ガスとか、エグい」
「消す気でいたからだろう。上空から掠め取られて何も出来なくなったがな」
「いい気味だね」
誘拐を誘発したが結果的にあぶり出しは成功か。
「何はともあれ、碧と灯が無事だった事が救いか」
「うん。碧のI。あれが見られなくなるのは勿体ないもんね」
そうだな、それもあったな。
すると俺の前にある画面が点灯した。
『何を言っているので?』
声がした途端、咲は愕然とした。
「なんで繋がってるの!? それも映像電話!」
『ヘリからリムジンまで繋げてもらいました』
画面には胸しか映っていないが。
「声はするのに画面に映るのは碧の揺れるIか」
「見納めにならなくて良かったよ。碧のI!」
『私の胸をIって呼ばないでくださいよ!』
「このツッコミが一番いいね。帰ってきたって感じだよ」
「碧はその姿が一番だな」
『どういう意味ですかぁ!?』
弘法も筆の誤り、か(´・ω・`)