第92話 何処から聞いていたのかな。
明君が尼河君から聞いた碧ちゃんの新事実。
「こ、この件、爺は知っているの?」
「知らないだろう。失踪時点で現当主が権限を掌握していたらしいから」
「あのバカ伯父がまたも原因と? その時、何したの?」
「お、おい? 言葉に怨念がこもってないか?」
「こもりもするよ。迷惑を受けたばかりなのに」
「それもそうか」
甘ちゃんの短絡思考で迷惑したのだ。
父さんも今回の件は問題にすると言って伯父に退陣要求を突きつけるそうだ。
優木が動いて、父さんも動く。
そこに凪倉も加わるから大騒動は間違いない。
(この騒動があいつらの思惑ならやりきれないけど、身から出た錆だし仕方ない)
明君は別荘の様子を一瞥しつつ私の問いに答える。
「何をした、か。正確に言うと何もしていない」
「何も、して、いない?」
「破綻まで静観した。無視したと言えばいいか」
「弟だよね? なんで?」
「一族内派閥。長男は三男が嫌いだったそうだ」
「ま、まさか、それで? 嫌いってだけで無視出来るものなの?」
あの甘ちゃんが嫌悪で冷徹になる?
そんな素振りは一度も見た事が無いよ。
「経営の才能は長男より三男が上だった」
「上?」
「爺は才能を買って次の当主に推そうとした。それを知った長男が待ったをかけた」
「その時も待ったをしたのね。伯父の常套手段かな?」
「おそらくな。待ったをかけて自分の功績をプレゼンしたらしい」
それならばという事で爺は猶予を与え、兄弟間での争いが発生した。
父さんはその時点で争いから遠ざけられ、争う兄達を嫁いだ姉達と見守った。
「それを知ると爺ってバカなの?」
「経営ではバカだろ。元々教育者だし。爺さまが居なければ詰むってそうだからな」
確かにそうだ。
普通は相談役に丸投げなんてしないもんね。
「それらは全て、当時を見てきた爺さまの語り、だがな」
「お爺さまに聞いたんだ」
「灯の後にな、当時を知っていそうな人物は一人しか思い浮かばなかったんだ」
「なるほど」
本社の相談役として常に控えているもんね。
「白木の身内になるなら知っておけと前置きされたけどな」
「一族の恥部だよ、これ? 才能に嫉妬って、嫉妬が過ぎるでしょ?」
「まさにそれだ。灯が嫉妬の一族と語った意味はそこにある」
「何か言っていた気がするけど、アレって?」
「白木の蔑称だ。嫉妬深い一族だから、そう名付けられたらしい」
「それを言われると複雑なんだけど?」
当事者として一族の一人として本当に複雑だ。
「市河さんの性質も根底は同じだ」
「類友と思ったら身内とか。それならそれで教えてくれても」
「それは無理だろ? 後継争いの報復で潰されたんだ。親の会社が」
「あ、そうか。なら、白木を恨んでいたりするの?」
「それは分からない。だが、長男の娘が訪れた時、顔を出していないからな。灯は顔を出したが市河さんは居間から出てきていない」
「あっ」
そうだよ。
碧ちゃんは顔を出してない。
当時の心境はどのような状態だったのか?
想像、出来ないね。
「もしかすると、あの痴態は尼河君への嫉妬だけではなく?」
「ストレスが発端かもな。咲も同じように嫉妬の獣が宿っているし」
「け、獣? わ、私、そんなの宿して、ないよ?」
「俺が寝取られを心配した時、宿で出現したぞ?」
「う、嘘でしょ?」
「マジ」
私、自分の内面と一度、お話しないといけないかも。
会話が通じるか分からないけど。
「長男の娘が訪れた。それがトリガーになったのは確かだろうな」
「直前で語ったもんね。私達の経緯」
「酷いと一言、発していたが」
「あれって猫を被った状態で?」
「だろうな、底が知れないぞ。市河さんは」
嫉妬に狂って、家族が居ようが気にせずに、弟の会社を潰した伯父。
その家族が遠方から名字を変えて戻ってきた。
これなんて復讐としか思えないよ。
「私、碧ちゃんに嫌われてる?」
「いや、三男はお義父さんと仲が良かった。父親が愛している家族を嫌うなんて事はないはずだ。それなら近くに居て欲しいなんて言わないだろうし」
「でも、報復するつもりなら私ほど都合の良い人物も居ないけど?」
「こればかりは本人に確認しないと分からない」
だよね。
本性が分からない相手ほど、面倒と思う人物は居ないね。
私は意識を碧ちゃんから本題に戻す。
「ところで、その派閥って、どういったものなの?」
「長男の派閥、三男の派閥だな。次男と八男は長男に、三男には四男がついた」
中立に五男と六男と七男が入り混戦模様となった。
父さんは九男ね。
改めて思うと子供が多すぎるのも考えものだ。
男系なら特に問題だ。
「えっと、八男はあの伯父だよね? 無能の」
「だな。四男の会社は外資だから手が付けられていないが」
「三男は飲食店か。破綻に至った経緯は知っているの?」
「あいつらだ」
「はい?」
「我起家が絡んでいた。絡んで、各支店でいざこざを起こしていた」
いざこざを起こして近隣の信用を失墜させていった。
それを聞いた時、頭痛がした、常套手段だと。
明君は更に深い情報を得ているのか教えてくれた。
「長男の影に我起家が居たと言えばいいか」
「うわぁ。退陣要求待ったなしじゃん!」
敵を招いて何してるの?
あのバカ伯父は。
そう考えると爺は人を見る目があったのね。
その後の行いが完全にダメダメだけど。
「手駒として置いて、逆に食われる立場になっているのが現状だな」
「無能が過ぎて嫌になる!」
調査して外道の原因を片付けたはずが、長男の背後に居たらどうにも出来ない。
(次男と七男と八男が我起、四男と六男が言祝……)
長男の嫁は正常、失踪した三男と五男と父さん以外の親族は托卵の餌食だった。
これは権限を剥奪して、誰かが椅子に座らないと詰むのは必定だよぉ。
「来週行われる臨時株主総会は荒れるぞ」
「え? なんで時期を知って?」
「俺も株主だから、招集がかかってる」
「ふぁ?」
来週というと夏期講習があったような?
これは一日だけ休むことになりそうだ。
§
掃除を終わらせ代金を支払ったあと、私達は送迎車に乗って地元に帰る。
帰りの電車賃が掃除代金になったのは致し方ないよね。
なお、私達の乗った送迎車はリムジンだった。
尼河君達と待遇の差が酷い。
あちらにも隠れ御嬢様が居るのだけど?
ただね、秘密の会話する分には助かったよ。
「碧ちゃんの事、どうしよう?」
「どうしようって?」
「父さんは知らないのかなって?」
失踪した事は知っていたが、何処に行ったか知らないから。
すると明君があっけらかんと語った。
「お義父さんは知っているぞ。爺さまも知っていたし。知らないのは爺だけだ」
父さんと凪倉のお爺さまは知ってる?
爺だけが蚊帳の外なのはウケるけど。
「何処に居るの?」
「本人には言うなよ? どんな反応するか分からないからな」
「置いていったから」
娘達を知人に預けての失踪。
親の愛を失った子供に耐えられるはずがない。
「両親は一階に居る」
「え?」
それってマンションの管理人って事?
「で、でも、会った時は名字が?」
白木では無かった。
奥さんが若干、碧ちゃんに似ているなとは思ったけど。
主に胸!
「結木だろ?」
「うん。会長の家の名字だったから」
「漢字が違う。そちらは結うの方だから」
「そうなの?」
「やっている事は優木と同じだ。これは奥さんの旧姓だし」
「そうな……?」
待って? 旧姓が結木。
事業は優木と同じ。
「奥さんの家に逃げ込んだの?」
「言葉は悪いがな。およそ十年で実家が立て替えた借金を返して今がある」
「そうなんだ」
割と身近な場所に住んでいるのね。
明君はポケットをごそごそしたあと遠い目をした。
「養子縁組も失踪と同時期だから離れ離れになったのは辛かっただろうがな」
「それはキツいね。私以上に」
養子縁組の市河家は遙か遠方にある。
遠方に依頼したのは我起家からの追跡を逃れるため。
嫁達を守るため尼河君のお父さんの苦肉の策だったと。
「灯は定期的に再会して胸を揉んでいたから、キツさもあるが幸せでもあったんじゃないか?」
確かにそれで幸せを感じたとは思う。
だがそれは男性から見た場合の捉え方だ。
「同性の立場で言わせてもらうと、肉体的に愛されるより精神的に寄り添う必要があると思うけど? その時の碧ちゃんの心境を考えると複雑だよ?」
「だがな、相手は思春期の男子だ。肉欲塗れに寄り添いを願うのは無理だろ?」
「それがあったぁ」
例外も居ると思うけど尼河君は明君の言う通りの人物だ。
寄り添いよりも肉欲前提。
今回の騒ぎで寄り添いを覚えたけどね。
すると明君はスマホを取り出して語りかけた。
「ということなんだが、どうだ?」
『心配してくれてありがとうございます。咲さん』
明君が音量を上げると碧ちゃんの声が響いた。
「どういう事?」
「咲が不安そうだったからな。嫌われたんじゃないかって」
「それは思ったけど。私だけ幸せじゃない。争いでは蚊帳の外にあったからだけど」
『羨ましいとは思いますが、嫌いにはなれませんね。同類の従姉を嫌うほど私は非情になれませんので』
「同類って」
この同類って嫉妬に狂うって意味かな?
「ところで、もう一人」
『論外』
食い気味に即答されて頬が引き攣った。
『親の脛囓り。大学院に行っても大した成果が出せない役立たず。凪倉君にごっそり功績を持っていかれてざまぁですよ。無能も無能の癖に何が功績なんだか。あれは嫁の功績で、無能の功績でもなんでもないのに。果ては我起に騙されて利用されてアホくさ。いい加減、隠居すればいいんですよ。あの無能!』
お怒りだからか愚痴という名の毒舌が冴える。
無料通話だからといって罵詈雑言が響くとキツい。
私は愚痴を聞くのが辛くなったので会話に参加していない人物について問うた。
「ところで尼河君は?」
『寄り添いと言いつつ胸に触れてきたので殴りました』
「「おぅ」」
悶絶して車内に転がっていそうだね。
今の碧ちゃんは肉体接触に忌避感を持っているから。
それは悪手でしかなかったと。
「それが本来の素なんだな」
「普段は猫の皮と」
『咲さんと同じですね』
そう言われてぐうの音も出ない私だった。
類友ではなく身内でした(棒)