第91話 似過ぎと思う挙動の本質と。
※ 微エロ有り(修正が入るかも)
それは灯の別荘に泊まった二日目の夕方の出来事だった。
俺は婚約解消騒動でより深い仲になった咲と夕食を作った。
「流石にもう終わっているよな?」
「終わっているとは思うけど、どうする? 私が呼びに行こうか?」
作っている最中に時計を見ると午後七時過ぎになっていた。
二人が押っ始めたのは咲の従姉が帰った頃からだ。
およそ四時間前から二人は居間で組んず解れつを繰り返し、俺達は呆れ顔のまま別荘外へと外出し、海岸を二人で散策してきた。
流石に灯達のように外で致す勇気はないので、刺激的な行為はせず肩を寄せて触れ合う程度で過ごしていたが。
「いや、灯の子息を咲に見せたくないから俺が行くわ」
「私からしたら碧ちゃんの裸を見ることになるから止めたいけど」
「でも、灯の子息を見たら卒倒するぞ?」
「子息って言いながらアメリカンドッグを持ち上げるの止めない?」
「おっと、食欲を失うか。すまん」
「本当だよ。これが明君の子息なら喜んで見るけどね。うん、美味しい」
「俺が食欲を失うから、例えてから嚙みちぎるのは、やめてくれ」
「あ、ごめん」
結果的に俺達二人で呼びに行く事になった。
二人が居るとされる居間を覗き込むと薄暗い。
息遣いは市河さんだけが聞こえてきた。
これは灯が干からびている可能性が高いな。
「まだやってる」
「これって灯り点けたら正気に戻るか?」
「それよりも尼河君は生きているかな?」
「死んではいないだろう。干からびていそうだが」
俺は薄暗い室内の灯りを点ける。
目に飛び込んできたのは大掃除が必要に思えるほどの惨状だった。
例えるならば生徒会室の事案よりも酷い有様と呼べばいいか。
「ひ、被害者が加害者になってる?」
「ここまで狂喜的な市河さんは初めて見たぞ」
「イメージ崩壊どころではないね」
「会長事案再び、だな」
「あ、それか。あれは兄さんの暴走だけど」
俺達は市河さんの正面に立ったままどうするか話し合う。
座面は灯が首に巻いていたスポーツタオルがあるから見えないが、
「重いIがゆっくりと揺れているね」
「お馬さんごっごで延長戦か、これ?」
「そうかも。馬は失神してるけど」
仰向けの馬以外はまさにそんな感じだ。
「意識はあるだろ。助けてくれと口が動いた」
「本当だ。浮気ではないのに浮気と思って執拗に責めた結果がこれと」
俺も近い将来を見ているようで恐ろしくなった。
咲も同じ系統の空気を纏う事が多々あるから。
昨晩の叱責でも纏っていたから油断は出来ないと思った。
「おい、生きてるか?」
「もう、むり、しぬ」
「これは限界まで搾り取られたか」
「休息日って何なんだろうね?」
灯の意識はあったので問題ないが、もう一人が問題だった。
「どうやって正気に戻そうか?」
「それこそ羞恥心が吹っ飛んだ咲だもんな」
「そうだね。私……って、私はこんな淫乱じゃないよ!」
「今のところはな」
「未来も、だよ!」
それは分からないから何とも言えない。
俺は思案気に揺れるIを眺めることしか出来なかった。
「市河さんの正気を戻す方法って何か分かるか?」
「別の刺激を与えるしかないんじゃない?」
「別の刺激か。あ、セロリとかどうだ? 苦手だろ?」
「それを鼻先で嗅がせようか?」
思いついた俺達は厨房に戻って冷蔵庫を漁る。
苦手だから無い可能性もあるが。
「明君! 野菜室にあったよ!」
「ナイス! これで目覚めさせる事が出来る!」
咲の持つセロリが邪気を払う聖剣のように見えたのは気のせいだと思いたいが、今はこれに頼るしかないだろう。
俺達は居間に戻り、咲がセロリを嗅がせる役目を負った。
俺はゴム手袋を両手にはめて市河さんの背後に回った。
俺が持ち上げたら咲には離れるように言っておいた。
「私の記憶に残したくないもんね」
「無惨な姿を見せるのは灯も本望ではないだろう?」
「こくこく」
「な? 本人も頷いているし」
「そ、そうだね」
俺達はタイミングを合わせるようにカウントして市河さんの鼻先へとセロリを嗅がせた。
「うっ! 臭い!!」
「目覚めた! 今!」
咲はセロリを市河さんのIに挿して部屋を出る。
俺は勢いを使って重いようで軽い市河さんを持ち上げた。
「んっ……臭い! いや、この匂い、いや」
「あ、暴れんな!」
「あ、あ、あれ? 身体が浮いてる?」
とりあえず、正気は取り戻したと。
「絨毯が酷い有様だが、今更か」
俺は正気を取り戻した市河さんを絨毯の上に降ろした。
「あ、あれ? 凪倉君?」
「市河さんは自分の醜態を思い出して反省な」
「醜態? え? な、な、なんで、裸なのぉ?」
「おいおい。無自覚であれかよ。恐すぎだろ?」
俺は咲が投げてきたバスタオルを灯にかけておいた。
バスタオルを腰にかけた直後、咲が入ってきて、
「最後に白いハンドタオルを顔に」
灯の頭上で拝んでいた。
まさにチーンってな。
「咲、勝手に殺すなよ」
「いや、燃え尽きたように落ちたからさ」
「あ、見るも無惨な表情だったか。ナイス」
こうして夕食前のゴタゴタは市河さんの絶叫で幕を閉じた。
「な、な、なんで、私、裸なのぉ!?」
ブレーカー、上げる際には、ご用心。
放電の余波で、巻き込まれるぞ?
§
風呂上がりの市河さんは目を丸くしたまま固まっていた。
「碧ちゃんが宇宙猫みたい」
「虚無感が表に出ているところがまさにって感じだ」
「とんでもない痴態を見られて現実逃避中と」
「人に示す行為ではないからな、あれ」
一方の灯は気絶から目覚めたのち風呂に入って夕食を食べていた。
その勢いは行為で失ったスタミナを元に戻すような食べっぷりだった。
「めっちゃ美味い。この肉も、この野菜も。サラダもなにもかも」
「それは良かったが、ブレーカーを上げるのはほどほどにな?」
「今回で懲りたわ。碧を怒らせるのは無しだ」
「だな。俺もその気持ちは良く分かる。咲を怒らせると」
「明く〜ん? 私が、何だって?」
「なんでもない」
「すまん、そのやりとりで察した。流石は嫉妬の一族」
「あ、ああ」
「私はあそこまで淫乱ではございません!」
「いん、らん?」
「「「あっ」」」
咲の宣言に市河さんが反応し、
「……」
真っ赤な顔で天井を一点みつめしている。
心の回復は相当先になりそうだ。
「根が真面目だからショックは相当と」
「自身の知らない姿だけにね。嫉妬の果ては恐ろしいよ」
「咲も気をつけような」
「う、うん。気をつける」
「俺もしばらくの間は明達を見習ってプラトニックでいくわ」
「それがいいぞ」
「それがいいね」
俺達は単にヘタレカップルだからプラトニックに見えるだけだが。
互いに素肌を見せる事も添い寝をする事もあるが、そこから先は未知の領域で中々踏み込めないだけだ。
咲を大切にしたい気持ちが本物だから余計にな。
俺はその際に咲と目配せし、
「あ、そうだ。今回の礼として再来週の花火大会、ウチに来いよ」
夕食を作る間に話し合った計画を灯に明かした。
元々は家で話し合っていたが、詳細を詰めていなかったのだ。
「花火大会?」
「ウチからなら河川敷が綺麗に見えるからな」
「それに人混みは避けたいでしょ? あの胸だし」
「そうだな。それなら呼ばれようか……どうだ? 碧」
「……」
「返事がないね」
「今は一人反省会中だから、追々伝えたらいいんじゃないか?」
「そうだな。折りを見て、碧と相談するわ」
直ぐに決めなくてもいいからな。
再来週だからのんびりすればいいさ。
§
別荘でのひとときも一瞬だった。
帰りは咲の手配した送迎車で帰る事になった俺達。
「悪いな。帰りだけなのに」
「別にいいよ、気にしないで。碧ちゃんも元気でね」
「う、うん。ご迷惑をおかけしました」
「私も気持ちは分かるから、帰ったらお茶しようね」
「咲さん……はい。帰ったら、また」
灯達は最初に訪れた送迎車に乗せてやった。
市河さんの状態は日に日に改善し、三日目以降はプラトニックな関係に落ち着いたらしい。
若干、遠慮が表に出ているが仕方ないだろう。
「あと、明もすまん」
「気にするな。業者が来たら詳しい事情は伏せておくから」
「悪い。この礼は必ず」
「ああ。期待せずに待ってるよ」
一方の俺達は清掃業者が入る関係で送迎車の到着時刻を遅らせた。
「出して」
「承りました」
咲の一言に運転手は頷き、送迎車を発進させた。
「こういう所は御嬢様だよな」
「御嬢様ですが、何か?」
見送った俺達は清掃業者が来る前に自分達の荷物を玄関に置いた。
掃除するのは居間と灯達の部屋だけ。
そこだけが異様に汚かった。
張り切り過ぎだろ?
俺は業者との打ち合わせを終えた咲に問いかける。
「でも良かったのか? 清掃費用まで出して」
「今回のお礼も兼ねているからね。それに、尼河君がお父さんから怒られる姿を碧ちゃんには見せられないでしょう?」
「そうか。今以上に気に病む状態が悪化するか」
「原因は碧ちゃんで、私達みたいな事になったら、再起不能だよ?」
俺達みたいな事。
数日前の婚約解消の瀬戸際だな。
「尼河君は御令息。立場上、問題が出て困るのは碧ちゃん」
「ああ。庶民が愛情に飢えて暴れた結果で」
「騒ぎになると思う」
だがな、庶民とも言い難いんだよな。
市河さんって。
俺は込み入った話をするため、
「咲、少しいいか?」
「どうかしたの?」
咲を玄関先から海沿いに連れてきた。
「実は昨日、灯から市河姉妹の境遇を聞いたんだ」
「きょう、ぐう?」
「あの姉妹は元々市河姓ではなかった」
「え?」
「養子縁組で市河家に引き取られたらしい」
そういった背景があって姉妹は本性を簡単には晒さない。
養子縁組に至る経緯で極端な人間不信になってしまったから。
唯一、灯と光に対しては心を開いていたらしい。
本来の家族も尼河家のみが知っている。
市河家は理由を問わず養子縁組を受け入れたそうだ。
「単刀直入に言うぞ。二人の父親は白木の三男だ」
「そ、それって飲食店の経営で破綻した?」
「唯一、破綻して三男夫妻は失踪した」
「失踪は知っているけど娘達が居たの?」
「居たらしい。兄弟との婚約も白木の娘として約束していたんだ」
「そんな!?」
俺達と同じ関係性。
それは本当の意味で同じだったのだ。
|ω`)…。