第85話 窮鼠猫を噛むとはこの事か。
胸クソ展開あり(当社比)
季節は八月初旬。
私達が新居に移って一週間が過ぎた。
「咲、おきろー」
「はーい。ムニャムニャ……」
「起きないと突くぞ?」
「突いていいよ〜」
「じゃ、遠慮なく」
私達の生活は初日に比べると慣れが出てきた。
学校はともかく、家での私はユルユルだった。
「ひゃうん!」
「目覚ましに最適過ぎるだろ、咲の膝裏」
「つ、突くってこっちだったの?」
「どっちだと思ったんだよ?」
「それは勿論、こっち、だよ」
寝る時はベビードール。
寝る場所は寝室のダブルベッド。
隣には愛しの明君が半裸で寝ていて毎度の如く膝裏で起こされる。
突く云々は今日が初めてのやりとり。
パンツ越しに指をさしたら固まった。
「……」
「反応してよ! 恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしいならするなよ。理性が飛びかけただろ」
「そうなの?」
「そうだよ!」
私達のヘタレも健在で私が悩殺すれば明君が固まる。
明君が悩殺すれば、私が鼻血を出して倒れてしまう。
明君の悩殺とは筋トレで素晴らしい筋肉を示す事。
筋肉と一緒に見える立派な腰回りが私の鼻血に拍車をかける。
そんな訳で互いに脱ぎ合う事はあっても、
「俺達のチキンレース、いつゴールに辿り着くんだ?」
「それは、私達のどちらかが、勇気を出した時かな?」
それ以上進む事が出来ないでいた私達だった。
「そうなると俺か。咲は鼻血が出るし」
「ま、まぁ、段階的にさ、触れてみようよ。ね?」
「なら、直接じゃなく布越しでいいか?」
「ぬ、布越し?」
「素肌は刺激が強すぎるんだよ! 慣れが必要だろ」
「あ、そういう」
「そもそも、咲は未経験だぞ?」
「その言い方、明君はあるの?」
「ほ、本番はまだない」
「本番以外はあるみたいな言い方だね?」
「か、過去の過ちなんだ、許してくれ!」
「例の子達でしょ。許しているよ、それは」
「許して……じゃあ、なんで詰った?」
「女の子の身体、知りすぎだから?」
「あ、そういう」
一応、買い物デートで例のブツは仕入れている。
ベッドの脇に未開封のまま置きっぱなしだけど。
「ま、あれだ。咲は俺に任してくれたらいいから」
「明君がそう言うならお任せするけど……固まる理由を教えて?」
「咲を泣かすかもしれないっていう恐怖心だな」
「私が泣く?」
「リサの事は受け流したんだが、中々どうして」
私達のこういう会話は定期的に行われている。
内容は違えど、どうやったら歩み寄りが出来るかってね。
繋がりへの道筋が日々現実味を帯びてきているが、
「私の寝相同様に明君も抱えているね」
「本当にな。流石に拗らせ過ぎだって思うわ」
「私達は私達なりのペースで成長していくしかないね」
これはこれで必要な事として受け止めた私だった。
「そうだな。てことで、布越しで頼む」
「りょーかい。先ずはノーブラのおっぱいどうぞ」
「今からかよ。今日、交流会だけどいいのか?」
「あっ」
朝からなんて会話してるのかというツッコミが入りそうな感じだが、本日は地域の高校の生徒会が集まる交流会だった。
それは当然、私立も含む。
「なら、お風呂入って着替えないとね」
「それは一緒に、別々?」
「時短が必要だから一緒に」
「りょーかい……でも、胸で背中は洗うなよ」
「善処します」
お風呂の後は制服に着替えて朝食を戴いた。
交流会は少し遅めの十一時から。
準備もあるので九時までには学校に着かないといけなかった。
朝食後は戸締まりを済ませて一階に降りる。
マンションの住人は私達の入居後から少しずつ増えていった。
明君の友達だったリサさんも一階に引っ越してきた。
「そういえば、会長も数日中にはこちらに来るんだったか?」
「そう聞いたね。今は荷造り中だとか言っていたよ」
「咲よりも物量がありそうだな」
「あると思う。多少は断捨離するとか言っていたけどね」
「それらが全て思い出の品だったら辛い決断になるな」
「だね。それもこれも大騒ぎになってマンションの閉鎖が決まったからだけど」
「架空の人物を捜し回ってご苦労様って紗江さんが発したら、絶対に居るって聞かなかった……アレな」
明君が遠い目するアレだね。
それはマンション閉鎖の説明会での出来事だ。
私達も職員扱いで隣室からライブ映像を見ていた。
「あの時は妄想に駆られた同性が本気で恐いって思ったよ」
「目がマジだったな。唆したクズはほくそ笑んでいたが」
ちなみに、現在の家は大きめの一〇〇一号室が私達。
紗江さんは右隣の一〇〇二号室に入居した。
残り三部屋も契約済みで一〇〇三号室は会長の家になるそうだ。
左隣の二部屋は尼河兄弟と市河姉妹だと思う。
兄弟姉妹の入居は未定らしい……それはともかく。
説明会には呼ばれてもいない停学者も参加していた。
「あいつは停学がどういう罰か理解していなかったな」
「同じマンションに住んでいた顧問と担任も目が点だったね」
「説明会のあとに二人から説教されていたよな。大声で」
「それでも理解していなかったよね。何が言いたいって」
「悪知恵のリソースしか有していなかったんだろうな。ゴミ虫」
説教と更生が無意味と気づいた顧問と担任が校長先生に報告を入れ、翌日の職員会議で退学処分が決定した。
覆らない状況になってようやく頭を下げたが、遅かった。
「報復にくるかな?」
「そうなったらそうなったで、次は司法の出番だ」
「でもさ、以前言っていたアレで無罪になるんじゃ?」
「こればかりは担当判事の判断に任せるしかないよ」
「やっぱりそれしかないと」
司法に任せる事しか出来ないのも、もどかしいけどね。
学校に到着すると碧ちゃんが会長達から追いかけ回されていた。
「やーめーてーくーだーさーいーぃ!」
「仕事をほっぽり出して応援に行った罰よ!」
「素直に揉まれなさい! そのメロン、私にも分けなさい!」
「そーれーはーむーりーです!」
準備を行わないといけないのにこの状況なんなの?
「今日も揺れに揺れてるな。俺はやっぱり咲の胸が好みだわ」
「ありがとう、明君。というか育ちきった? ようやくIかな」
「愛? 愛情込めましたの愛か?」
「ううん、IカップのI」
「そっちか」
「どちらにせよ、尼河君の愛情がたっぷり詰まってそうだよね」
「だな」
あのままだと会長と碧ちゃんはともかく副会長はバテると思う。
私は碧ちゃんの前に出て、避ける振りして背後にまわって捕獲した。
メロンとお尻の間、細い腰に両腕を通して。
「確保!」
「いやー!」
「「良くやったわ!」」
「なんか、逃げた犬を捕まえる対応だな」
「昔から逃げた犬を捕まえていたからね」
「なるほど、経験ありか」
「ワンワン!」
「碧ちゃん、犬の振りしても逃がさないよ」
「くぅーん」
「これは首輪つけなきゃね!」
「そうですね。犬耳と尻尾も忘れずに!」
「なんだこれ?」
明君の呆れは私も分かる。
会長達のテンションが異常だもんね。
(一体、何があったの?)
§
私達は犬になった碧ちゃんを連れて会場に向かう。
碧ちゃんは犬耳メイド服を着せられていた。
現場に立ち会った私は思いっきり引いたけどね。
「この尻尾、何処から生えているんだ?」
「それは知らない方がいいと思う」
「で、出来れば聞かないでください」
私達が学食に着くと……え?
「酷いね、これ?」
「会長達が現実逃避に走った理由が分かるわ」
学食のテーブルが破壊され、ガラスは割れ、厨房に至っては調理不可だった。
職員達も茫然自失となり尼河君のお父さんは警察と話し合っていた。
「碧ちゃんはともかく」
「くぅーん」
「何時まで犬の振りをしてるの?」
「私も見たくないので」
「そういう事か」
これをやった者は誰なのか。
ここまでくると分かりきっているよね。
「退学にしたから報復か」
「仮に裁判になっても弁護士が守ってくれるとか考えていそうだね」
「考えているだろうな。いや、ここまでの行為に走るとは」
前代未聞。
とんでもない男だったと分かる。
追い詰めた結果がこれなら、今後はどうなるのだろうか?
「代わりとなる会場を用意するか、この惨状を片付けて……つか、なんで俺の名前が入っているんだよ。あいつらの俺に対する固執、恐すぎだろ」
汚い字で〈凪倉明惨状〉と描かれている。
もうね、怒りを通り越して呆れてくるね。
文字も間違えているし。
「どうあっても明君の所為にしたいみたいだね」
「はぁ〜。そちらがそのつもりなら、本格的に動くか」
すると明君は大きな溜息を吐いたと思ったら鞄からパソコンを取り出して地面に座ってキーボードを叩き始めた。
その速度は尋常ではなく何をしているのか私には理解出来なかった。
「明君、何しているの?」
「警備会社のシステムを操作してる」
「はい?」
「ここのシステムは白木だからな」
「ウチの?」
「そうそう。例の防犯機能は試験的なものだから触れないが、既存の物は俺が作ったから管理者権限があるんだよ」
「え?」
「学食の防犯カメラ、全映像確保! 我起厳は成人しているからモザイク無しでいいな。俺の名前を記す部分は全てカット、ほくそ笑んで指示を出して破壊する所までを、全国の報道機関にリークっと!」
しかも奴の住所と裁判中の愚弟の情報も込みで送りつけている。
そいつらが如何に人格破綻者か示すための大スクープだった。
リークを終えると明君は警察官に許可を得て、
「記録は取りましたからいいですよ」
「ありがとうございます。尼河さん、いいですか」
「文字が消えるのであれば助かる」
鞄から何らかの薬瓶を取り出してバケツ一杯の水に溶かしていた。
混ぜ終えると勢いをつけて、塗装面にぶちまけた。
本来なら有機溶剤や洗剤を使わないと落ちない汚れが消えていった。
「明君? それ?」
「市河さんが嫌がっている秘薬だ。原液だと布が溶けるから水で薄めてぶっかけたんだ。原料が植物由来なら無理だが、それ以外なら一発だよ」
「あれってそういう利用法もあったんですね」
「薄めたら化粧落としにもなるからな」
「そうだったんですか!」
「何事も使い方次第よね」
学食に描かれた惨状の誤文字が消え、本来の意味での惨状が残った。
「食品を扱う場所だと有機溶剤は使えないから」
「「それで」」
やることがエグい(´・ω・`)
反撃はもっとやれ!