第82話 抱擁で幸を知る遠恋の女豹。
微エロあり(当社比)
明君の新居に移ってきた日の夜。
私は明君のベッドへと横になりつつお願いした。
「も、もしだよ。私が無意識なまま抱きついてきたら」
「抱きついてきたら、なんだよ?」
「ひ、膝裏を突いてくれるかな?」
「は? それなんてハードルが高すぎだろ」
「高いとは思うけど、それで目覚めると思うから」
「なんで?」
「言わせないでよ」
「恥ずかしいって?」
「うん」
それは寝相の悪い私を目覚めさせる最終手段。
私って膝裏がとっても弱いんだよね。
少し触れられるだけで有り得ないほど感じるから。
ニーソとかストッキングを穿くくらいなら問題ない。
膝裏を触れられる行為だけが苦手なのだ。
原因は思い出せないけど苦手なんだよね。
「まぁいいや。それで起こせばいいんだな?」
「お願いね。どんな体勢になっているか分からないけど」
「分かったよ。とりあえず、寝ようぜ」
「うん。おやすみ、明君」
「おやすみ、咲」
明君は照明の灯りを消す。
常夜灯の明るさの中、明君の寝息が聞こえだした。
「明君も何気に疲れていたんだね」
明君の寝間着はTシャツと短パン。
私は実家から持ってきたベビードールだ。
パンツは明君の要望できっちり穿いている。
(宿でやらかしたもんね。それはそうだよね)
宿での混浴から私の羞恥心は極端に飛んだ。
それが毎度の如く明君を困らせている。
(気づけば勢いで脱いでしまったよね。それも何度も)
目を泳がせてツッコミを入れてくる明君。
(あまり魅せすぎても呆れられるだけなのにね……)
私自身、冷静になると何故って思う事があるのだけど、十年の月日。
再会したらこうしようああしようという願望が無意識に出てしまっていると思えてならなかった。
理性がストップをかける前に本能がジャンプする的な。
(勢いで剃った事も、後になって考えるとやり過ぎたと思うよ)
昼間のおっぱいで背中を洗う行為も、彼シャツも、誰だったか思い出せないが会話を聞いて、明君を相手にやってみたいと願っていた行為だった。
この願望は十年間煮詰めに煮詰めた私の夢。
それを小出ししている状態だね。
(やっぱり、私って欲求不満なのかな? それならそれで、早く明君のために、この身を捧げればいいのに、出来ないって、何をやっているのだろう?)
心は既に捧げているのに身体は別で、いざって時に竦んでしまう。
出来るのは素肌を晒す事と、一緒に寝る事、抱きつく事、キスをする事まで。
これを瑠璃に相談すれば『そこまでやっているなら、さっさと抱かれなさいよ!』って、ツッコミを入れられた。
未だに未経験だった事にも驚かれた。
(温泉で耐えられるって言っていたのに、言葉と行動が一致してないね)
明君も本音では私を抱きたいと思っているはずだ。
その証拠にお風呂では過去最高を示してくれた。
私の身体を見て大興奮してくれている。
(男子って、あんなに変化が激しいんだね。早く決意しないと離れられてしまうよ)
明君は私が寝取られると心配していたが、私は明君が寝取られてしまうのでは? と思えてならなかった。
御子息を見たあとだと特にそう思う。
私は明君の寝顔を眺めつつ一時間くらい悶々とした。
いくら考えても解決の糸口が見つからないので思考を放棄して眠ったのだった。
§
膝裏を突かれる感覚で目覚めた。
「ひゃう!」
「そういう事か」
目覚めは一瞬。
明君の声が反対側から聞こえてきた。
私はどういう状態なのか分からないまま明君に挨拶した。
「えっと、おはよう?」
「まだ深夜だけどな」
「え?」
驚いた私が周囲を見回すと目の前に明君の脚があった。
戸惑いながら下を見ると私の股座に明君の頭がスッポリ入っていた。
「こ、これってどういう状況? あと鼻息をかけないで。擽ったいから!」
「無茶言うな!」
「んんっ。か、感じるから、息、止めて!」
「死ぬわ! それよりも左脚を持ち上げてくれ」
「ご、ごめん!」
私は寝ている間に何をやっていたのだろう?
明君は起き上がりながら首を横に振る。
私は起き上がってベッドへと正座した。
「苦しかったー。咲が俺をホールドした時は何が起きたかと思ったわ」
「そ、そんな事になっていたの?」
「ああ。目が覚めたら、いい匂いはするし、柔らかいしで昇天しかけた」
「そ、そうなんだ」
「目が慣れて正面を見たら、額の近くに咲の尻だ。自分がどういう状態か把握した時は、流石の俺でも冷や汗が出たぞ」
「それは悪い事を……」
「俺も宿と同じ状態になるとは想定出来ないって」
「え?」
えっと、まさか、それって?
「あ、あの? 私、宿では裸で寝て……」
「そうだな。宿では……言わないでおく。咲の名誉のために」
「ちょ!? そ、それは言ってよ! 何があったか気になるから!」
「聞くと恥ずか死するぞ?」
「そういう状態だったの?」
「そういう状態だった」
これは聞いた方がいいような?
聞かない方がいいような?
逡巡した私はベッドへと腰をかけ、ペットボトルの水を飲む明君にお願いした。
「お、教えてもらえるかな?」
「覚悟は出来ていると?」
「うん!」
こうして私は宿で起きた私の痴態を聞かされた。
「な、なんかごめん」
「無意識だからどうにもならんだろ」
「そ、そうだけどさ。恥ずかしい……」
「俺もそのあと意識が飛んでどうなったか知らんけど」
「……」
わ、私の本能、仕事してぇ!
いや、仕事したら、ダメぇ!
「私の抱き枕って本当の事だったんだね」
「体勢は毎回変わるけどな」
「そうなんだ」
「今回は連続したから驚いたけど」
それでも一緒に寝たのは三回以上。
今後の事を考えると何かしらの解決策を探すしかない。
すると明君が、
「そういえば幼少期は寝相が良かったよな?」
過去を思い出して問いかけてきた。
私はアルバムの写真を思い出してみた。
「そ、そうかも?」
「直立不動で寝ていた気がする。俺の寝相は悪かったけど」
「今は逆だよね」
「そうだな」
一体、いつ頃から悪くなったのか?
私は過去を思い出しつつ呟いた。
「確かに明君と離れるまでは良かったね」
自分でも驚くくらいの変化だと思う。
「なら、変化したのは俺と離れてから?」
「そうだと思う。常に一緒に居たしね?」
「それでも最低限な? 近所だっただけで」
明君が育った家は凪倉のお爺さまが暮らす家だった。
凪倉家の位置は本家の隣だったはず。
茶飲み友達だったと会長が言っていたしね。
「トイレ以外は一緒だったよね」
「そんな事もあったな」
明君との別離後、私は寂しさを誤魔化すように……あっ。
「理由が分かったかも」
「どういう事だ?」
「明君の寝相を思い出して真似ていたかも」
「おい」
これはツッコミを入れられても仕方ないね。
寝たふりから始まってそれを繰り返した。
真似をすればいつでも一緒と思ってね。
子供の頃の私って安直だったんだね。
「咲の寝相は精神的な恐怖。別離への拒絶反応。しがみつきたい感情の表れが抱き枕を望むと。欲していない相手だと手足が先に出る、か」
それって兄さんへの股間蹴りの事だよね?
両親がお笑いネタで毎回話題にするけど。
「な、治るかな?」
「治すしかないな」
明君は正座する私に近づいて、囁いた。
「眠るまで抱いてやるから、横になってくれ」
「それって?」
私の背中に左手を添えて、両脚を優しい手つきで崩して、静かに横たわらせる。
「深く考えるな。俺に身を委ねてくれればいいから」
それを聞くと想像するのは、
「えっと、本番?」
そうなるよね?
身を委ねろって事だから。
「そっちじゃねーよ。ゴムもないのに出来ないだろ」
「あ、そうだったね。ごめん」
そうだった。
まだ買ってすらいないんだよね。
次の買い物デートで、手に入れる予定だけど。
私は明君の両腕を脇腹に感じながら静かに目を閉じる。
「咲の腰が細いから出来る体勢だよな」
「もう! そういう事は言わないでよ」
「俺は褒めているんだが?」
「それでもだよ。恥ずかしいし」
恥ずかしいが嬉しくもある。
頑張って体型維持した甲斐があるよね。
体質的に太らなくても少なからず皮下脂肪は付くから。
「明君、そのままお尻撫でて」
「ハードルの高い事を願うなよな」
「そこは叶えようよ。私のお願い」
「少しだけ、だぞ?」
「うん、ありがとう」
明君の右手が脇腹からお尻に移動する。
私のお尻に触れると戸惑いながら優しく撫でた。
「揉んでもいいよ?」
「いい加減、寝ろよ」
揉むのはハードルが高いと。
これは追々、下げていくしかないよね。
私は好きな人に撫でられながら幸せな気持ちになり意識を手放した。
§
翌朝、目覚めると正面に明君の寝顔があった。
寝顔は男性なのに何処か可愛らしい、少年っぽい顔付きだった。
体勢は寝る直前と同じ。
つまり、寝相が改善されたようだ。
(いや、改善にはほど遠いかな? まだ一日目だし)
何かの拍子に暴走して抱き枕が起きると目も当てられないもんね。
明君の左手は明君の身体下にあった。
右手はお尻から腰の上に添えるかたちで乗っかっていた。
ギリギリまで私の状態を把握してくれていた事が分かった。
「ふふっ。ありがとう、明君」
私は起こさないよう明君の右手をベッドの上へと動かした。
寝苦しかったのか布団を蹴っていたので身体の上にかけてあげた。
私はベッドから立ち上がりストレッチした。
「今日はよく眠った気がする。幸せ気分を味わったからかな?」
寝室を出て脱衣所に向かう。
「今日の下着は……お気に入りで!」
今回の引っ越しから私達の着替えの内、下着類を脱衣所に置く事になった。
以前は友達が訪れた際に、目について揶揄われると思ったので置いていなかった。
こちらには洗面所が別にあるのでこの方法を採用したのだ。
ベビードールとパンツを脱いで洗濯篭に収め、私は一人で風呂場に入る。
窓の外は明るくなっていて、今日も暑い日になりそうだと遠い目をした。
「今日はお湯を張っていないからシャワーだけで」
シャワーだけとしたのは学校に行く準備に時間を取りたかったからだ。
本日から生徒会の活動が再開する。
新居からの移動時間が不明だったのでいつもより早めに準備を開始した私だった。
「明君も起こさないと!」
揃って拗らせてるなぁ(´・ω・`)