第81話 現実逃避してもいいはずだ。
新居へと引っ越し荷物の配送業者が来た。
その業者は大変見覚えのある業者だった。
「あらら。会長の会社じゃねーか」
「そうだったの?」
「日焼け止めの時に取りに来てくれたからな」
「あー、あの時の」
見覚えのある緑の制服。
戦士のような屈強な体躯。
外国人だけで構成された傭兵みたいな集団だった。
パッと見、戦争でも行くのかと思うほどの集団だが配送業者だ。
護身術にも長けているから警備会社の仕事も請け負っているらしい。
「会長の会社なら信用しても良かったかもな」
「そうだね。汗臭そうだけど」
咲の一言を聞いた一人の青年が傷ついていた。
俺は仕方なく英語で謝罪した。
『ごめんなさい。俺の彼女は今、多感な時期でして』
『それは失礼した。機会があれば制汗剤を振ってくる』
『機会があればよろしくお願いします』
そんな感じで謝罪した。
咲はきょとんとしていたけどな。
「何かあったの?」
「最低限の日本語は分かるから言葉は選ぼうな」
「あっ……ごめんなさい!」
咲は気づけば素直に謝る事が出来る彼女だ。
「ワタシ、キニシテナイ。シツレイスル」
荷物を置いていった業者は颯爽と撤退した。
今度、会長に差し入れしておくか。他意はなく。
「外国の方にしては流暢な日本語だったね」
「割とな。会長の指導あってのものだろう」
「外国人講師ほどじゃないけど」
「それは言うな」
あの講師は日本語学校を出ているから話せて当たり前だ。
「さて、少ない荷物を解いて入れていくぞ」
「はーい。って、私の私物、多過ぎじゃない?」
「ほぼ、咲の家だったしな」
「あ、そうだった」
俺の荷物は少ない。
あっても大きめの段ボール一箱だ。
対する咲の荷物は洋服が多いのか二十箱ほどあった。
「女子の荷物、恐るべし」
「荷ほどき、手伝ってぇ!」
「へいへい。下着が出てきたら勘弁な」
「匂ってもいいよ?」
「おいこら」
洗濯後だろうから匂いも何もないだろうが。
残りの荷物は保冷剤入りの食材などだった。
冷蔵庫等は処分されたみたいだな。
このマンションでは必要ないから。
「これは……咲、生理用品」
「それは開けたらダメぇ!」
「無茶、言うな」
下着は良くてこれはダメって理不尽だろ?
「この分だと荷造りだけは女性が入ったのかもな」
「グスン。見られたぁ」
「会長に報告だな。中身を箱に記してもらわないと」
「うん。絶対に伝えようね!」
伝えなければ会長の痴態が学校で完全公開されてしまうし。
「これは食器、これは調理器具」
「雑誌まで入ってる」
「最新号だけは持ってきたか」
「古い号は処分かな」
「多分な」
これも家令の指示で行ったなら仕方ないよな。
「メイク道具、鏡と……咲、これは?」
「見なかった事にして」
「え?」
俺はそれが何なのか分からないまま咲に奪われた。
だが、その形状から察する事が出来たので沈黙した。
「……」
「ちょっと、何か言ってよ!」
「口にして良かったのかよ?」
それは咲の慰め道具って事で。
(ここで俺の私物が見られるよりはいいよな)
多分、見つかったら捨てられる。
咲は道具相手でも嫉妬するから。
なんて思っていたら、
「明君、これは処分でいいよね?」
「は? 何故、そこに?」
何故か咲の私物に紛れ込んでいた。
「処分でいいよね?」
「は、はい」
目が恐いので、言う事を聞くしかない。
「母さんの字で処分品って書かれているしね」
「お、お義母さんに見られただと……」
これは気まずい。
私の娘で我慢しなさいって事なのかも。
まだ、その関係には至っていないのだが。
「……」
「今度は私の写真が出てきた」
「おぅ。それも見られたか」
咲は困惑顔になり、俺も頬が引き攣った。
「「これは気まずい」」
これだけは声が揃ったな。
それこそ学校で何があったのかと調査しそうだ。
主にお義父さんが、怒り心頭になってな。
「元新聞部の連中、就職が出来なくなったな」
「一番見られたらダメな人達に知られたからね」
生理用品は多分、咲のお母さんが詰めたのだろう。
親子揃って、ポンコツ加減が半端ないがな。
「会長、すみません!」
「私もそれは思った」
犯行に及んだのが身内だったから。
疑ってすみませんだった。
そこからは黙々と荷ほどきを進めた。
俺の荷物は本当に少ないので、あっという間だったが。
「荷ほどきはここまでか」
「ところで段ボール箱はどうすればいい?」
「一階に持っていけば回収されるはずだ」
「なるほど」
殺風景だった部屋に品物が入ったお陰で生活感が出てきた。
「ベッドの組み立ても完了っと」
「衣類の収納も終わったよ〜」
最後にこの家の防犯機能を稼働させた。
すると、
「え? 何の音?」
「あらら。異物が紛れ込んでいるみたいだな? 何処からだ?」
「どういう事?」
荷物の何処かに不審物があるという警報音が鳴った。
「このパターン音は盗聴器か」
「はぁ? と、盗聴器って?」
「会話を盗み聞きする道具だよ」
「嘘っ!?」
どうも、このマンションの防犯機能では電波をキャッチしたら妨害する機能を有しているようだ。
その機能が稼働している内は警報音は鳴り止まない。
それは建物内に持ち込まれた段階で発していたら止める盗聴防止機能。
結局、俺が有効化したのは警報音だけになるかもな。
リビングのディスプレイを表示して、どの部屋から音が出ているか調べる。
「咲のクローゼットから出ているな」
「私!?」
クローゼットに移動して不審物の有無を調べた。
「洋服以外はないと思うけど?」
そこで俺は鳴り続ける状態からバッテリーが生きている事を想定した。
「前のマンションでコンセントに挿していた物はあったか?」
「それって、この中に収まっている物で、ってこと?」
「そうだ。思いつく限りで言ってくれ」
「えっと……あ。一個ある」
「それは?」
「友達からの誕生日プレゼントで、今年の春先に貰ったコンセント型の照明器具だね。ここが自動点灯だから不要になったけど」
そうなると、廊下にあったアレか?
停電時でも数日は持つという品だ。
俺は記憶を頼りに現物を探し出す。
「あった。これだ」
「鳴り止まないよ?」
「それだけで止められる物じゃないよ」
玄関から持ってきていた工具を使ってこじ開ける。
中身を見るとバッテリーと直結したブツがあった。
ペンチを使って配線を切ってみた。
「あ、鳴り止んだ」
「ところで、その友達って誰だ?」
「文系に行った……誰だっけ?」
「おい」
「ごめんごめん。思い出すよ。えっと」
咲はうんうん唸りながら思い出す。
記憶に残らない友達から貰った道具を使うなよって思うけどな。
「思い出した。私って暗い時ほど恐がりじゃない」
「そうだな。停電とか苦手だし」
「うん。それで心配してくれた……名前が思い出せないけど元クラスメイトの女子が手渡してきたんだよね。誕生日のプレゼントって言ってさ」
「元、クラスメイトか」
そうなると俺が知っている人物かもしれないな。
「割と柏餅だったら知っているかもな」
「瑠璃もその時に居たから覚えているかも!」
咲はリビングに置いていたスマホを持ってきて柏餅にメッセージを飛ばす。
「朝帰りだから寝てるかも?」
「外に向かって柏餅って呼んだら反応しそうだが」
なんて言った途端、
「柏餅って言うなって返信がきた」
一応、起きてはいたのか。
「どうやって判別したんだよ。アイツ?」
「あ、音声入力になってた。てへっ」
「おいこら」
ま、結果的に犯人が判明したけどな。
「一緒に買ってきた、か」
「手渡した子が後から瑠璃に教えたみたい」
「本当の購入者ではなく細工を施したのはゴミ虫と」
「本気でキモいね」
「分かる」
俺は動かなくなった盗聴器の存在意義を考える。
「奴の目的が分かったかもな」
「目的?」
「実家の盗聴が目的だ」
「え?」
「咲は実家暮らしではないが、外ではなんて言っていた?」
「あっ。実家から通っている事にしていたかも」
「やはりな」
実家で使っていると考えて咲の情報を得たいがために近づいたか。
早朝にあの場に居た本当の理由はそこにあるのかも。
「本物のストーカーか」
「キモっ」
どのみち、電波が拾えなくて侵入を試みるだろうな。
本人不在の家屋に侵入する。
釈放された身の上のゴミ虫が、な。
「奴の弁護士も可哀想に。無駄金を使わせられただけ、だから」
「え? 戻ってこないの?」
「状況次第だが没収もあるだろうな」
「そ、それは骨折り損のくたびれ儲けだね?」
「だな。とりあえず、バッテリーはリサイクルにまわして燃えないゴミ行きだな」
「そうだね。あっても仕方ないし」
これで落ち着いて生活が出来るな。
「なんていうか、ゴミ虫に振り回され過ぎだよな。俺達」
「うん。いい加減、離れて欲しいよ」
「片付いたし、風呂入るか」
「そうだね。一緒に入る?」
「いいのか?」
「もちろん!」
ま、宿でも二回以上入っているもんな。
「光熱費の節約にもなるか」
「水道も含むよね」
「だな」
外は昼間だが、俺達は明るい最中に風呂に入った。
「見慣れているはずなのに元気になる不思議」
「正常! 正常!」
「とか言いつつ、胸で背中を洗うなよ?」
「別にいいじゃん。やってみたかったし!」
「そうかよ」
背中は気持ちいいのに痛みがあるって何ぞって思うぞ。
口にすると咲が心配するから言えないけど。
交代で背中を洗って湯に浸かる。
「入るまではそうでもなかったが、景色が綺麗だな」
「夜なんて夜景が綺麗だろうね」
「方角的に花火も見えるか?」
「花火大会に行かなくてもいいね」
「それなら、家でたこ焼きと焼きそばを作って」
「カキ氷も作ってね?」
「二人だけでは消費が出来ないから」
「碧ちゃん達を呼んじゃう?」
「それがいいな。別荘のお礼にもなるし」
景色を眺めながらダブルデート後の予定を決めていった。
§
風呂上がり、別の作務衣を着た俺は咲を待つ。
咲はクローゼットに入ったきり出てこなかった。
しばらくすると、
「お待たせ」
「おっ? 綺麗だな!」
「ありがとう!」
淡い水色で金魚柄の浴衣を着た咲が出てきた。
「夕涼みには丁度いい場所だよな」
「お風呂上がりにピッタリだね」
ラムネを飲みながら二人で涼む。
日頃の疲れが癒えるようだ。