第77話 時には度胸が必要だと思う。
糖分高め(当社比)
痛いお尻をかばいつつ最初の目的地に到着した。
「け、結構お尻にくるね」
「宿に着いたら塗り薬、使うか?」
「それって……明君が塗」
「尻は自分で塗って」
そんな食い気味に拒否しなくても。
「えー! 塗ってよぉ!」
「いいのかよ。触れても?」
「いいよ! 女に二言はない!」
「はいはい。分かったよ」
良かった。
触れてもらう大義名分が得られて。
少し恥ずかしいけど、これくらいのスキンシップは必要だと思うんだ。
到着した場所は食事処。
時間的にお昼だったからそれを踏まえて寄ったんだね。
自転車は専用置き場が店内にあって、そこに置くだけで良かった。
「痛っ」
「ゆっくり座れよ」
「うん」
お尻に触れると少し腫れている。
下着は穿いていないのにどういう理屈かな?
食事が届くまで道中の景色を話題に語り合う。
「ひまわりが綺麗だった」
「だな。あの中で咲の写真が撮りたかった」
「そう? 途中で言ってくれたら良かったのに」
「今回は行程を決めているからな。希望はあっても叶えようとは思わない」
「そうなんだ。じゃあ、成人して車に乗るようになったら寄ってもいいね」
「だな、次はそうしようか。車なら移動範囲も拡がるし」
電車で輪行もいいけど、車で直接行って現地でグルグル回るのもアリだと思う。
しばらくすると食事が届き美味しい昼食を堪能した。
「この天ぷら美味しい!」
「運動後だから沢山食えるな」
「うん!」
代金を支払った私達は次の目的地まで移動を再開する。
(まだ少し痛いけど我慢我慢)
明君との一緒の時間を堪能するため私は精一杯我慢した。
明君は私のお尻が気になるのか、時々止まってくれた。
「無理はするなよ」
「うん。ありがと」
「少し、休むか」
「大丈夫なの?」
「少しくらいなら大丈夫だ」
「そ、そう? うん、ありがと」
自転車から降り、立った状態でお尻に触れる。
(まだ、痛みがあるね)
少ししたら落ち着いたので移動を再開した。
「そろそろだ」
「そろそろ?」
「アイスクリーム」
「!? アイス!」
次の目的地は喫茶店だった。
明君はエスプレッソを注文していた。
それをバニラアイスに投入して食べていた。
私は季節の果物のパフェを頼んだ。
「甘さが身体に染み込むぅ」
「ホント、美味しいよな」
ダイエットが目的なのに途中途中で食べてしまう不思議。
いや、違った! 今回はデートが目的だ!
だから、このデザートは問題ないね!
「「ごちそうさまでした」」
デザート後は最後の目的地に向かう。
そこは私達の泊まる宿だった。
お尻はともかく自転車に乗るのも慣れてきた。
そうして信号待ちで止まったところ、
「咲の体幹と体力があるから慣れるのは早いと思ったが」
明君が意味深な言葉を呟いた。
「え? どういう……?」
「もう、スムーズに走る事が出来るな」
「そうなの? 気にしていなかったけど」
本当に気にしていなかった……お尻の痛み以外。
「俺の普段走りに付いてきているから」
「普段……?」
「最初は配慮して遅く走っていたんだ」
「そうだったの?」
全然、気づけなかった。
「今は普段通りに走っているから明日以降はもっと多くの場所に向かえそうだな」
明君はそう言ってアイウェアを持ち上げて笑顔になった。
こ、この笑顔、反則!
汗も掻いているから、格好いいの。
「どうかしたか?」
「ううん。なんでもない」
危ない危ない。
興奮して濡らすところだった。
一応、替えはあるけど明日の着替えだからね。
明君が買ってくれた宝物だから大事にしないと。
信号が変わり、私達は宿に向かう。
自転車を分割して袋にしまい、フロントに向かった。
「予約していた白木咲です。この子ね」
「ようこそ、お越し下さいました。御嬢様」
あれ? なんで私の名前?
御嬢様って?
「明君?」
「今回は俺よりも咲の名前が良かったんだ」
「どういう事?」
「ここは、お義父さんが経営している宿の一つだな」
「は?」
えっと、それってつまり?
「愛娘を泊めるのに得体の知れない宿には向かえないだろ」
「あ、それで?」
私の名前を使って……父さんに到着した事を伝えると?
「まさかとは思うけど?」
「チェックポイント毎にメッセージは飛ばしているな。心配しているから」
「そ、そうなんだ」
「初めてのロードバイクだからな。何かあったら大変だ」
「なるほど」
父さん、私に甘すぎだよ!
でも、心配してくれてありがとう。
フロントを経由して個室に向かう。
そこは想定していたよりも立派だった。
「何かあればお呼び下さい。御嬢様」
仲居さんはそう言って外に出て行った。
「何もかもが父さんの手のひらの上と」
「いや、違うぞ」
「違う?」
明君の言う違うって何だろう?
「宿を選んだのは俺だ。予約後に連絡を入れてきたから、どうするか話し合った」
「えっと、明君が父さんと結託して?」
「言い方は悪いが、大体あってる」
なんていうか明君も大概だね。
サイクリング・デートで父親に報告するなんて。
連絡を入れてくる父さんも父さんだけど。
私は呆れのままに詰った。
「そういう事は先に言ってよね? ビックリしたじゃん」
「すまん」
私にサプライズは効かないからね。
内容によっては怒ってしまうから。
でも、父さんが買ってくれたからこうやってデートが出来るのだし、感謝かな?
自転車を入口に立て掛けた私達は広い室内に入る。
荷物を脇に置いて浴衣を手に取った。
「じゃ、俺はあっちで」
「一緒に着替えようよ」
「え?」
どうせ一緒に過ごすんだし、遠慮は無しだと思うな。
それに……
「私のお尻の塗り薬。忘れてないよね?」
目的があるのに逃がすわけないよね?
「あ、そうだったな」
こうして私達は同じ部屋でサイクルウェアを脱いでいく。
明君のお尻も見えたけどこれはこれで役得かな。
下着を穿いて浴衣を着る明君。
脱いだウェアはデイパックの上に置いていた。
私は下着の前に薬を塗ってもらうのでお尻を突き出して待機した。
「はい、塗ってね」
かなり恥ずかしいけど、仕方ないし。
一応、右手を添えて大事な所は隠しているが。
「え、絵面がエロい……」
「そう? それは良かった」
その後は優しい手つきで薬を塗ってもらった。
薄く薄く満遍なく、それだけで痛みが引いていくようだった。
塗り終えて下着を穿く。
明君は洗面所で手を洗っていた。
別に私が汚いからじゃないよ?
薬が手に残っているだけだから!
浴衣に着替えたあとはお茶を頂きながらひと息入れる。
「あとで、お土産屋さんに行ってみる?」
「明日でいいと思う。時間的に閉まるし」
「そうだね。そうしようか」
妙に静かな室内。
唯一の物音はししおどし、だけだった。
でも、これだけでも、十分過ぎる過ごし方だよね。
外からの連絡を絶って、自分達で旅行したから。
試しにスマホを見たら瑠璃達のメッセージが大量だった。
「カラオケ行こうって。無理だよ」
「柏餅か?」
「うん。彼氏が忙しいから遊ぼうって言ってきてる」
「ああ、アレクは前期試験の最中か」
「大学生は大変そうだね」
「その分、休みも長いけどな」
そういえば明君は経験があるもんね。
私は不意に思った事を明君に問うた。
「ところで来年はどうする?」
「来年?」
「皆、本格的に受験準備に入るじゃない」
「そういう事か」
私は例の件で経済学部への進学を諦めた。
仮に進むとしたら明君の進む道に沿うと思う。
なので明君の今後が気になったのだ。
「そうだな。大学は記念受験すると思う」
「学部は?」
「当初の予定通り、経済学部で」
「やっぱり受けるんだ」
「受けていて損はないしな」
確かにそうかもね。
私も受けるだけ受けて、その時に考えようかな?
(お嫁さんの夢は卒業前に叶うしね)
例の案件もあるから場合によっては必要になるかもしれない。
「分かった。明君が受けるなら私も頑張る!」
「え? 止めるって言ってなかったか?」
「あの時はね。明君の進む道が私の道筋でもあるから」
「な、なるほど」
重いと思われてそうだけど、私は明君から離れるつもりはないからね。
しばらくすると仲居さん達が料理を運んできた。
「美味しそう!」
「すっげぇ料理」
宿の夕食を手配したのは、私に甘い父さんのようだ。
私達に美味しい料理を食べさせたい的な。
「奥様からの指示で用意させて戴きました」
違った。
今回は母さんが指示したみたい。
「咲の両親、娘に甘くね?」
「あはははは。甘いかも」
これは笑うしかないよね、うん。
仲居さん達が部屋から出て行く。
私達は思い思いに舌鼓を打った。
「お肉がとろけるぅ」
「タレはさっぱりなのに素材の風味が濃厚だな」
「ご飯三杯はいけちゃう」
それくらい美味しいの。
すると、
「俺は美味しそうに食べる咲の笑顔で三杯いける」
明君がドキッとする笑顔を私に向けてきた。
流石に噎せてはいないけど反則級の笑顔だと思った。
「ちょ。食事中にその笑顔は惚れるから、惚れ直すから!」
「いや、惚れ直すのは俺の言葉なんだが? 可愛すぎて」
「もう!」
言葉では明君には敵わないかも。
結果は引き分け。
互いに惚れ直したって事で。
夕食後は時間を置いてお風呂に入る。
先ずは明君が入っていったのだけど、
(流石にいつまでも恥ずかしがるのは、進展を望む私の気持ちを裏切るよね)
物静かな室内で焦れてしまい勢いで突撃する事にした私だった。
明君は内風呂から出て露天風呂に入っていた。
「本当に、いい湯だな」
「お邪魔しま〜す」
「お邪魔? へ?」
私はハンドタオルを胸の前で持って、木桶に湯を入れ、身体にかける。
身体は内風呂で洗ってきた。
髪型もシニヨンに変えてきた。
「隣、いい?」
「あ、ああ」
ポカンと私を見つめる明君。
薄暗い中、輪郭だけが見えているだけだと思う。
大事なところはハンドタオルの下だけどね。
身体の向きを変えてハンドタオルを畳む。
お湯に入り、ドキドキしたまま明君に近づいた。
「お、おい。いきなりじゃないか?」
「そうでもないよ。胸とお尻は見せているし」
「そうだな」
「写真も」
「……」
そこで沈黙しないでよ!?
いや、思い出しているだけかな?
「ところで尻は大丈夫か」
「問題ないよ」
「そうか」
こうして私達は沈黙したまま湯の温もりを感じ続けた。
エスプレッソ、飲みたい(´・ω・`)