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塩対応のクラス委員長が俺の嫁になるらしい。  作者: 白ゐ眠子
第三章・執着の恐怖を打ち払いたい。
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第72話 二人の時間は守りたいよな。

 予定が急遽無くなった俺は明日から始まる夏季休暇に向け、


「ついでだから、さっさと終わらせるか!」

「夏季休暇に片付ける課題を今からするの?」


 暇潰しと称して学校から出された課題を片付ける事にした。

 本来なら放課後のひとときを(さき)と過ごす予定だったが、退学者達に命を脅かされたからな。

 こんな時は外に出ず、引き篭もる方が安全だと判断した。

 俺は正面に座る(さき)の目前で課題を並べていく。


「その方が後々楽しめるし、一緒の時間が得やすくなるだろう?」

「た、確かに」

「それに苦手な課題を後回しにはしたくないからな」


 俺はそう言いつつ国語の課題を選択した。

 国語の課題は読書感想文なので最近読んだ数学書の感想でも書こうと思っている。

 先生から「そんな本は知りませんよ」と、一年の時と同じく叱られる可能性があるが、俺が読む本など複雑怪奇な書物以外は存在しないのだ。

 俺が原稿用紙にサラサラと記していると、


(あき)君は何を書いているの?」


 きょとんとした(さき)が質問してきた。


「感想文」

「はい?」

「読んだ本の感想文」

「そ、そうなんだ。書かれている単語が意味不明だったから何かと思ったよ」

「意味不明か?」

「意味不明」


 そうか……そうだよな。

 素人相手に専門用語はダメだよな。

 猫に小判を見せている事と同じだもんな。


(そうなると誰でも理解出来る言葉に置き換える必要があるか)


 (さき)からの指摘を受けた俺は新しい原稿用紙を用意して簡潔かつ分かり易い言葉を選んで記していく。

 原稿用紙は予備を含めて三枚あり、二枚以内で終わらせる必要がある。

 大きな消しゴムを持っていないから仕方ない対応でもあった。

 しかし、


「また意味不明になってるよ?」

「なん、だと?」


 それでも通じる事はなかった。


(専門的過ぎたか。いや、(さき)は専門外なだけか)


 スタミナ的な化物でも普通の女子高生だもんな。


「何か失礼なこと考えてない?」

「……」


 今日の(さき)は妙に鋭い。

 俺は誤魔化すように(さき)に対して促した。


「俺の事はいいから(さき)も課題しろよ」

「してるよ」


 チラッと見ると数学から始めていた。

 苦手と呼べる科目ではないはずだが(さき)なりの取り組み方があるのだろう。


「「……」」


 ただな、課題を熟しながら考える素振りが妙に愛おしくなるんだよな。

 教室では背中しか見えないから、表情を知って新たな発見にもなった。

 隣同士で勉強しても前髪越しの横顔しか見えていなかったし。

 それもあって無意識に口走ってしまった。


「正面からの真剣な(さき)って可愛いよな」

「……」


 口走って数秒後、一瞬で真っ赤に染まった。

 キッと俺を睨んで恥ずかしそうに叱責した。


「もう! もう! もう! 途中式が吹っ飛んだじゃない!」

「ごめんごめん」


 これはこれでいいよな。

 喧嘩時だけ見せる表情。

 (さき)が俺に向かって嚙みつく表情は滅多に見せない。

 目の笑っていない笑顔と嬉しい時の笑顔はよく見るが。


「それって意趣返しのつもり? 感想文にケチつけたから」

「そんなんじゃないよ。純粋に思っただけだから」

「純粋に?」


 怒った顔がきょとんに変わる。

 ホント、ころころと表情が変化するよな。

 俺に塩対応していた頃の無表情が懐かしい。

 テーブルに載せていたコーヒーを口に含んだ俺は素直に思った事を語った。


「教室での席順、俺は(さき)の背中しか見えていないから」

「あっ」

「真剣な表情なんて初めて見たよ」

「そ、そう?」

「こんな顔もするんだなって」

「そう、なんだ」

「この夏は(さき)の色んな顔が見られそうだな」

「……」


 勿論、この言葉には他意はない。

 純粋に思った事を口にしただけだから。

 (さき)は沈黙し、ボソッと呟いた。


「そういう事を、その表情で言うのは卑怯だよ。それに私だって」


 表情? 苦笑して言っただけだが?

 苦笑が卑怯ってなんぞ?


「……だって……もん」

「ん?」

「私だって見たいもん!」

「は?」

「私だって(あき)君の色んな顔が見たいもん!!」


 段階的に声が大きくなり最後は絶叫した(さき)だった。

 俺はその声に驚きつつも内心では嬉しかった。


「お、おう。あ、泣くなよな」

「泣いてないもん!」


 いや、涙が少し出てるし。

 俺はティッシュを一枚取って(さき)の目元を拭った。

 鼻水も出ているから、もう一枚取って鼻先に持っていく。


「はい、チーンして」

「こ、子供じゃないし」

「鼻水、出てる」

「うっ。じ、自分で取る!」

「そうか。ほい、ティッシュ」

「ありがとう」


 (さき)は反対を向いてチーンした。

 チーンの表情は見られたくないって事か。


(この子が俺の幼馴染で彼女で婚約者で将来の嫁、か)


 赤子の頃に段階をすっ飛ばして婚約者になっていたが、


「こんな賑やかな生活も悪くないな」


 祖父母達と両親達に感謝だ。

 赤子の頃の(さき)にも感謝。

 (さき)はティッシュを丸めてゴミ箱に捨て、振り返って問いかけた。


「今、何か言った?」

「いんや、なにも」


 呟いた事を口にすると何らかの反応が起きそうなので黙っておいた。

 その後は沈黙した空気の中、真剣に課題を熟す俺達だった。

 ただな、帰宅してからのノーブラはいつもの事だったので流していたが、


「ぶっ」


 コーヒーを注ぎに向かった時に見えた。

 白くてぷりんとした(さき)の尻が。

 俺はあまりの出来事にコーヒーを噴き出した。

 幸い、テーブルに溢していなかった事が救いか。


「どうかした?」

「おい、下はどうした?」


 そう、何故か下に一枚も穿いていなかったのだ。

 見られたからって羞恥心を捨てたのかと説教したくなった。


「下?」

「パンツは?」

「パンツ?」


 きょとんの(さき)は反対を向いてTシャツを捲って固まった。

 脱兎の如く、脱衣所に向かって消えていった。


「まさか、素で気づいていなかった?」


 学校でもやらかした事をまたもやらかした(さき)

 戻ってきた時は真っ赤な顔でショートパンツを穿いていた。


「し、しばらく、パンイチ止める」

「お、おう、そうしてくれ。目のやり場に困るし」


 おそらく今日の出来事が精神的な負荷をかけたからだろう。

 李香(りか)の件でも負荷がかかって忘れたそうだから。

 俺は立ち上がりコーヒーを注ぎつつ思った事を口にする。


(さき)って、意外とプレッシャーに弱い?」

「う、うん。いつもは(あき)君の事を考えて元気付けてる」

「俺の事?」

「うん」


 俺の事で(さき)がポンコツに早変わり?


「まさかとは思うが、俺が居なくなるとか考えた?」

「うっ」

「図星かよ」


 そういえば昼間にナイフを見て怯えていたもんな。

 俺の命が狙われた事と同じだから。

 李香(りか)の件では爺さまが動いて婚約が無かった事になると想像し……不安からポンコツになったのかも。

 俺は思案しつつ原稿用紙を置いたテーブル前に座った。


(さき)ってさ、俺への依存度高くね?」


 そう呟くと正面に座り直して苦笑しつつ返してきた。


「悪い?」

「開き直ったし」


 いや、嬉しいけどな。

 好きな子に頼られるのだから。


(ま、俺は(さき)に何かあったらブチ切れるけど)


 盗撮されて印刷までしていた新聞部に直接報復したし。

 ともあれ、見ておいて何も言わないのは失礼なので、


「それとこれだけは言っておく」

「どうかした?」


 きょとんの(さき)に笑顔でお礼を言った。


「大変眼福でした。(さき)の尻」

「が、眼福!?」

「やっぱり写真より生がいいな? いつか、触れさせて欲しいかも」

「は、恥ずかしいから、その辺にしてよぉ!」


 恥ずかしそうに返しているが声音は何処か嬉しそうなんだよな。



 §



 夏季休暇の課題はその日の内に全て熟した。

 気づいた時には日が暮れていて夕食時間になっていた。

 いつもなら凝った料理を作るが、


「今日は作り置きでいいか」

「そうだね。色々疲れたし」


 (さき)の言う通り疲れたので作り置きを電子レンジで温めて、炊いていたご飯に載せて丼物とした。


「牛丼が出来たぞ〜」

「私はつゆだくで!」

「勿論、一杯にしてある」

「わかってるぅ!」


 この作り置きの牛丼は昨日作ったオカズだ。

 肉類だけは早々に処理しないといけないからな。

 その日の内が無理なら、翌日には食べきるという方法を俺は採っている。

 冷凍物なら数日は保たせるが、今は夏だしな。

 (さき)の家の冷蔵庫は飲兵衛の家と違って小さいので、入れられる分量も限られている。

 これも追々だが大きめの冷蔵庫に交換する予定だ。


「「ごちそうさまでした」」


 丼物の後片付けは(さき)が行った。

 といっても食洗機があるから入れるだけだ。

 俺はその際に間取りが似ている隣家を思い出す。


「ふと思ったんだが、隣って料理、出来るのか?」

「隣? ああ、李香(りか)ちゃんは大丈夫だよ」

「そうなのか?」

「会長と違って丸々家政婦任せではないみたい」

「なるほどな」


 もしかすると妹が面倒を見ているのかも。

 先日の電話では会長が面倒を見ると言っていたが実際は逆かもしれないな。


「あ、隣からクシャミが」

「気のせいじゃないか?」

「バルコニーから聞こえてきたよ?」

「マジで?」


 ブラインドを少し上げ、窓を網戸にして聞き耳を立てる。


『大丈夫よ。誰かが噂したのでしょう』


 この感じは電話中か?

 相手は多分、会長の婚約者。


『それで今年は帰国するの?』


 帰国という事は留学中か?


「これって国際電話?」

「おそらく」


 俺達は小声で会話して会長の電話に意識を割く。


『私から行けたらいいのだけど。そろそろ時間ね。またね、(しゅん)


 その名を聞いた瞬間、(さき)は目を見開いて叫びそうになった。

 俺は慌てて口元を塞ぎ、会長が室内に入るまで静かに待った。

 会長が室内に入ると窓を閉め、ブラインドを降ろした。

 (さき)は相変わらず『うーうー』言っていた。

 あ、苦しいのか? 鼻息があるから呼吸は出来ても?

 俺は床に座って、(さき)を放す。


「ちょっと! 良い匂い過ぎてパンツが濡れたじゃん!」

「おいこら、開口一番がパンツかよ……」


 苦しいと思ったのに反応がそれって。


「違った。会長の相手が兄さんってマジ?」

「それは俺も驚いたぞ」

「それも知っている人と関係を?」

「あ、それは」

「キモっ」


 実の妹からすればそうなるか。

 顔面蒼白で今にも吐きそうだ。

 しかし、真実とはマジで残酷だよな。


(会長の嫁ぎ先が、(さき)の実家か)


 そうなると妹の婚約は会長にとっても一番の問題になっていそうだな。


「例の件で危機感があるのは会長も同じと」

「あっ」




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