第71話 出る所に出たいなら動くよ。
終業式があった日の放課後。
「明日から夏休みだぁ!」
「カラオケ行こ! 今から打ち上げしよ!」
「「「さんせー!」」」
クラスメイト達は日頃の疲れを忘れるかのように元気になっていた。
「当日の物販どうする?」
「それは行くっしょ」
「ホテルの予約入れとくか」
中には来月の予定まで組む男子達も居た。
(この人達、夏季講習を忘れているのかな?)
するとカラオケの幹事に名乗り出た瑠璃が帰り支度中の私に声をかけてきた。
「咲も一緒にカラオケ行こうよ!」
今日は彼氏より友達付き合いを優先したのね。
それを聞いた私は申し訳なさげに両手を併せた。
「あー、ごめん。今日は無理なんだ」
「えー! なんで? 今日くらい、いいじゃん!」
「ごめん。生徒会活動があるから」
「あぁ、それは仕方ないかぁ」
「ホント、ごめん!」
本音ではカラオケに行きたい気持ちもあるんだよ?
だが、言葉にした通り生徒会活動があるのは確かだった。
それは主に終業式の後片付け……なんだけどね。
「咲は無理だって」
「えー。咲の歌声、聞きたかったぁ」
「分かる! 上手いもんね。歌も! 踊りも!」
「嘘だろぉ。白木は来ないのかぁ」
「残念無念」
私、カラオケで踊った覚えはないのだけど?
終業式の準備は先生方が行ったが片付けは私達の仕事だった。
男手は明君と尼河君のみ。
碧ちゃんと帰宅する予定だからだけど。
あとは私を含めて五人の女子だ。
その人数で片付けることになり重労働でもあった。
「スリッパで出入りする必要があるからって毎回これだと手間だな」
「それは仕方ないよ。履き替える時間を考慮する必要があるからね」
床に敷かれた緑のシート。
それを毎回回収する手間がある。
敷く時は割と速いのだけど片付けだけは手間だった。
「ほい、最後の一本」
「「おわったぁ!」」
最後は明君と尼河君がバッシュを履いてモップをかけた。
「ちょっとした運動のつもりか知らないけど往復する速度、速すぎない?」
「今日は部活も休みですしね。運動が足りないのでしょう」
「後で碧ちゃんと腰を振るのに?」
「ノーコメント」
顔だけが真っ赤だから当たりではあると。
すると片付けを見ていた李香ちゃんが、
「こういった雑務も生徒会の仕事と」
感慨深い様子で会長に問いかけていた。
「昔は有志で手伝ってくれたのだけどね」
「そうなので?」
「いつ頃か知らないけど日に日に減ってね」
「最後は風紀委員長だけが手伝うようになりましたね」
「今日は家の用事で出てないけどね」
「なるほど」
昔は手伝いが居た。
だが、今は居ない。
これはおそらく例の逆恨みが原因かもしれない。
明君だけでなく生徒会の悪い噂まであったのかもね、きっと。
片付けを済ませたあとは会長達と共に、
「本日の業務はここまでね。次に登校するのは四日後とします」
「当日持ってくる品物はメッセージで送りますね」
後日の予定のすり合わせを行った。
「「「わかりました」」」
「ました」
李香ちゃんは会長と常に一緒だから頷くだけでいいと思う。
解散後の碧ちゃんは尼河君とアパートに帰る。
「それでは四日後に」
「じゃあな! 明」
「おう! 試合までスタミナは残せよ」
「当たり前だろ!」
会長と副会長は職員室に寄り、李香ちゃんも後ろから付いていった。
あの三人は行動を共にしているから気にする必要はないね。
私達も体育館を出て昇降口に向かう。
「尼河君、スタミナ残るかな?」
「当たり前のフラグを立てたからな」
「そ、それって潰える的な?」
「市河さんって無尽蔵だから」
「そうなると四日後は干からびた尼河君が?」
「おそらく拝めると思う」
「あらら」
そういう意味で明君は心配していたと。
性行為に励むのはいいが試合の事も考えろ的な。
私達は人気の少ない通学路を二人で進む。
生徒達は学校付近に残っておらず、妙に静かだった。
その道中、チラホラと視線を感じた私だった。
それは、
「なんか、不快」
不愉快に思える、ねっとりとした視線だった。
胸とお尻、明君と繋いだ右手に向かっている。
「どうかしたか?」
「なんか、周囲から見られているような気がして」
「見られている?」
明君は立ち止まり、周囲を見回して嘆息する。
「お礼参りか」
「お礼、参り?」
「あいつらも懲りないな」
「どういう事?」
突然、スマホを取り出して電話をかけ始める。
「すみません、警察ですか」
「警察!?」
私が驚きの一言を発した途端、視線が消えてドタバタと足音が響いてきた。
妙に甲高い物音が周囲から響いてきた。
一体、何があったの?
「え?」
「人数的に五〜六人ってところか。襲う気はあったが警察沙汰はごめんと」
「警察沙汰? というか電話していたんじゃ?」
「ブラフだよ」
「は?」
えっと、また?
もしかして、私も利用された?
私は笑顔を意識しつつ明君のお尻をつねる。
「明君?」
「す、すまん。あと痛い」
「そういう事は、小声でもいいから言ってよね?」
「い、いや、あちらがどう動くか不明だったから」
「だとしてもさぁ」
「か、仮に数人で襲ってきたら俺だけでは守れないから」
「え?」
「カランカランって物音もあったから、鉄パイプを持ってきていたはずだ」
「て、鉄パイプ?」
それって暴行目的で訪れたってこと?
明君は私を抱き寄せ、神妙な様子で周囲にあった路地に向かった。
「やはりな。暴行した時点で警察沙汰になるのにバカだろ?」
路地には一本の金属棒が落ちていた。
それが三カ所で計三本。
金属棒は尖った物、丸い物、折れ曲がった金属バットもあった。
「ナイフまで転がっていやがる」
「ナイフ?」
「殺傷目的もあったみたいだな」
「さっ!?」
明君は驚く私を宥めながらスマホで撮影したあと、
「飲兵衛か。名前で呼べ? はいはい」
叔母の紗江さんに連絡を入れていた。
「今、送った品が近所の道端に落ちていた。刃渡りは……目測で六センチ強だな」
そして何らかのやりとりを行って電話を切った。
「銃刀法違反だと。証拠品には触れずそのままにしておけって」
「どういう事?」
「紗江さんを通じて知り合いの刑事がここに来るそうだ。位置情報も教えたから直ぐだろう」
「ああ、それで?」
触れる事はせず法律に明るい人に問い合わせたと。
校内では手袋越しに触れていた明君も外では警戒したのね。
それが正解とでもいうような助言を得たようだ。
「しばらくはここで待機だな」
「面倒だね」
「全くだ」
刑事さんは数人の警官を連れて訪れた。
赤色灯は回しているがサイレンはない。
騒ぎになると面倒なので止めたのかもね、きっと。
「少し長くなりますが、お話を伺っても宜しいですか?」
「「構いません」」
刑事さんは女性の方で妙に見覚えがあった。
私達がどのような経緯でこの現場に遭遇したか語っていると、
「母さん!?」
背後から聞き覚えのある声音が響いた。
振り返ると会長達姉妹と共に驚いた顔の副会長が居た。
「遊ちゃん。久しぶり!」
「久しぶり……ってそうではなくて!」
ノリツッコミする副会長も珍しいね。
妙に見覚えがあると思ったら親子と。
体型は刑事さんの胸の方が大きい。
将来は副会長も同じように育つのかも。
「鑑識ではなかったのか?」
「もしかすると転属したのかも」
「なら、この方が愚痴を?」
「そうかもね?」
娘相手には楽しげな雰囲気を醸し出しているが、事情を聞いていた時は真剣そのものだったね。
副会長が来なかったらどうなっていたやら。
そのまま真面目な雰囲気で証拠品の片付けが行われていたのかもしれない。
「なるほど。遊ちゃんの後輩で生徒会役員と」
「一体ここで何があったの?」
「可能性の範疇ですけど、退学者のお礼参りですね」
「「「お礼参り!?」」」
「足音から把握出来たのは六人。得物は三本。危険物が一本です。そのうちの一人はハイヒールのような靴音をさせていたので女性かと」
えっと、あの数秒でそこまで把握していたの?
明君の聴覚もバカには出来ないね。
碧ちゃん達姉妹も地獄耳だけど明君も相当だよ。
すると一人の警官が報告してきた。
「奥に折れたヒールが見つかりました!」
言った通りの品が転がっていて近くに血痕もあったそうだ。
それこそ途中で転けて怪我した的な。
「私の部下として欲しい人材ね」
「母さん」
「冗談よ」
今は生徒会の情報担当だもんね?
引き抜きは御免と。
被害届を提出した私達は現場から解放された。
「今回は未遂だけど、事が事だから警戒だけは続けてね」
警戒か。
自衛に勝るものはなし、と。
これが被害に遭ったあとならどうなっていたか。
私は明君と帰宅したあと話し合った。
「今回の一件、誰の指示だと思う?」
「そうだな。あり得るとすれば、停学になったクズだな」
「やっぱり明君もそう思うんだ」
「咲も?」
「うん。今回退学した生徒は全部で六人。三年生は全員が停学処分になったけど」
「女は一人……それも元D組の女バスのレギュラーか」
その内、生徒会室に侵入した生徒は初犯で厳重注意に終わったけどね。
退学したのはA組の侵入者達とパンを捨てた二年生だけだった。
前者は粗末な代物を会長達の前で晒された事への逆恨みだろう。
後者はパンを捨てただけで退学となり私達を逆恨みした。
「パンを捨てただけで退学はやり過ぎって言っていたよね」
「一部の保護者と擁護者はな。だが、あれは」
尼河君のお父さんが苦労して用意した品々だ。
頑張っている学生達に少しでも満足してもらおうと用意した。
それを転売ヤーの如く何回も購入しては平然と捨てた。
学校も食物の有り難みを理解していない生徒を罰した。
「金を払えばいいって考えも良くないよな」
「だね。捨てられた分のパン代は保護者達に返金していたし」
それは保護者会での出来事らしい。
私の母が出張って呆れていたとか。
明君の場合は紗江さんが出張って苦言を呈したとか。
顧問弁護士が理路整然と擁護者共を黙らせたのは痛快だったそうだけど。
「恨むのなら俺達ではなく脅していたクズ兄弟を恨めばいいのにな」
「本当にね。困った退学者達だよ」
お陰で本日の予定が消え去った。
本当なら二人で私の実家に行って自転車を受け取る手筈だったのに。