第67話 婚約に大問題が控えていた。
翌日、昇降口付近で騒ぎが起きた。
「この時期に転入生だってよ!」
「それも、めっちゃ綺麗な女子だと」
「なんでも、会長の妹さんらしいぞ」
季節外れの転入生が現れた事で女日照り共が大興奮の様相に変化していた。
「なんていうか、予想通りの展開になりつつあるな」
「だね。婚約者が居る相手に、ご苦労様って言いたくなるよ」
「仮に言っても理解する男子生徒は少ないでしょう」
「バカの二文字を差し上げたくなる光景だな。おい」
登校してくるだけでこの大騒ぎ。
どうも昨日の三バカが噂として広めたようだね。
これが碧ちゃんへの意趣返しだとしたら、
「あの三バカでしたか。転入話を広めたのは」
「困った男子達だよ。何を考えているのやら」
「死ねばいいのに」
うん、好感度が最底辺までしっかり落ちている。
肝心の李香ちゃんは裏門から入ってきており職員室にて待機中だ。
会長達も裏門から入ってきていて職員室から出てくるだけで呆れ顔になった。
「いやはや、あの子の人気っぷりには驚きよね」
「ここまでの騒ぎになるとは私もビックリです」
校内の至る所で巻き起こる男子達の乱痴気騒ぎ。
普通はここまでの騒ぎになる事なんて無いはずなのに。
「転入してくるだけでフリーだって思える思考がおかしい」
「あれじゃない? 女子校からの転入だから」
それは私が外部受験した時も同じ事が起きたもんね。
瑠璃と共に囲まれた時は邪魔だと思った。
「男を知らない女子だから、ですか? 死ねばいいのに」
「今日も碧の言葉は辛辣だな」
「生理痛で辛いから仕方ないじゃない」
「それはすまん。あとで撫でてやるよ」
「うん。お願いね」
極一部、ピンクの空気を醸し出したが、その空気すらも霧散させる歓喜の声は李香ちゃんが職員室から出てくるまで続いたらしい。
その情報を教えてくれたのは同じクラスになった和ちゃんだった。
「これが天邪鬼の情報か」
「天邪鬼からの情報だね」
既に告白の手紙が数百枚届いていた。
俺様系の男子は無視を喰らったらしい。
無視されて『お高く止まっている!』と皮肉を言って帰ったそうだが、鏡を見てから言って欲しいね。
尊大な態度の男子達こそ、その言葉が一番似合うから。
そして今は昼休憩。
教室には天邪鬼こと和ちゃんが訪れていて、
「天邪鬼って言わないで下さいよぉ」
「いや、信頼されていないって思ったらね」
「仕方ないじゃないですかぁ。先輩ですし、そこまで詳しく知りませんし」
「そこは姉の友達って事で認識を変えてよ」
「分かりました」
詳細を教えてもらっていたばかりだ。
私達が一年の教室に向かうと騒ぎになるからね。
私の名は一年生の間でもかなり有名らしいから……家柄的な意味で。
それはともかく、今後の李香ちゃんの動向は逐一把握しないと私が困ってしまうのだ。
李香ちゃんの婚約者は私の父方の従弟なのだから。
「李香ちゃんの所属自体は会長の意向もあって生徒会になると思うけど」
「来年のクラス選択が問題だよな」
「李香ちゃんはどちらでもいけそうなタイプだから、どうするのかな?」
「一番無難なのは理系だよな?」
「そうだね。文系はおかしい人が多いから」
「前置きに『頭の』って二文字が付くがな」
「それは言ったらダメだよ?」
隣のクラスに聞かれたら大事なんだからね、それ?
すると和ちゃんが、
「私は一応、理系に進みますよ?」
手をあげてどちらを希望するか言ってきた。
姉が文系で妹が理系か。
得意不得意も正反対と。
「光が理系だものな」
本当の選択理由は私と同じだけどね。
好きな人と一緒のクラスに居たい的な。
「赤点は国語だっけ?」
「ですね。数字には強いですが作者の気持ちは分からないって言っていました」
作者の気持ちが分からないかぁ。
私は明君を一瞥しつつ苦笑した。
「それを聞くと先日の明君を思い出すね?」
「そ、そうだな」
「何があったんです?」
「設問に作者とあって担任を当てはめたのよ」
「え?」
あれだけは思い出しても噴き出すよね。
「良い出会いを見つけて寿退職したい。って答えたの」
「ぷっ、それはなんていうか」
「別にウケたからいいだろ?」
お陰で山田君が説教コースに入ったけど。
「ただま、私の経験則から言うと、ギリギリまで隠しておいた方がいいね」
「隠す、ですか?」
「結構ね、居るんだよね」
「居る?」
「うん、尾行する男子達が」
「え?」
文系に寄せていたら文系に付いてきて、ギリギリで理系に変えたら間に合った男子だけが付いてきた。
この学校ってストーカーしか居ないのって思った。
私も人の事は言えないから移した理由は隠すけど。
「意中の相手と同じ空気を吸いたいって感じでね。四月の初めはちょっとした騒ぎになっていたよ」
文系に居ないとか、理系に行ってるとか、絶望する男子が多数だった。
私にも明君と同じ空気を吸いたい気持ちがあったから、男子のそういう気持ちも理解出来たけどね。
今思うと……、
「キモいですね」
「そうだね」
苦笑してしまうくらい自分がキモかった。
結果的に交際に繋がったからいいけどね。
「ま、和ちゃんも理解して苦しむ事になると思うよ」
「私が、ですか?」
「光君が」
「……」
「好きなんでしょ」
沈黙ののち視線をそらした。
「尼河君の部屋の隣で暮らすんだよね?」
「な、何故それを、先輩が?」
「碧ちゃんに聞いた」
「姉さん!?」
「弟の部屋も用意するとか尼河君もやるよね」
「……」
沈黙の和ちゃん。
黙って聞いていた明君も思う事があるのか一言添えた。
「とりあえず、避妊具だけは忘れるなよ」
「先輩!?」
若干、セクハラに思えるけど明君なりの配慮だと思う。
「おそらくだが光は勢いで致してしまうだろうから」
「……」
「自衛だけはしておけよ。選手生命を守りたいならな」
「は、はい。分かりました」
多分、尼河君も同じ事をしたのだろう。
「最悪、姉のように大玉メロンを背負う事にもなるからな」
「それはそれで欲しいです」
平面族からしたら欲しいかもね。
すると大玉メロンの持ち主が顔を出した。
「なんて話を妹にしているんですか!」
「大玉メロン二つは重いぞって話」
「うん。大体そんな感じだね?」
「お、重いは重いですけど……」
「姉さん。今晩、揉むからね」
「え?」
「先輩達に言ったから!」
「あ、そ、それは」
碧ちゃん、ドンマイ。
私と明君は急いで弁当箱を片付けて教室から出ていった。
「ちょ! 咲さん! 凪倉君!!」
「あと、私が薄いって聞こえたけど、姉さんは無いよね? 先日処理してきてから」
「それをここで言わないでぇ!?」
なんか不可解な姉妹喧嘩が勃発したけど、あれはあれで仕方ないね。
「薄いとか無いとか、なんだ?」
「女の子の秘密だよ」
「そうか。聞かなかった事にする」
「そうしてくれると助かるよ」
私達は碧ちゃんから逃げながら中庭を目指す。
飲み物を買いに向かっただけだけど。
それと、
「好きです! 付き合って下さい」
本日より始まった風物詩の確認もあった。
「ごめんなさい」
李香ちゃんは理由を語る事なくお断りしていた。
ここで婚約者を匂わせてもいいけど相手によっては誰かと聞いてくるからね。
それは逃げてきた李香ちゃんにとって苦痛でしかなかった。
だから語らずに断っていると。
「改めて見ると、面倒な行事だよな」
「そうだね。振られると分かってて告白する男子も居るみたいだけど」
「迷惑な話だな、それ?」
「迷惑な話、なんだよね」
告白は五分置きに一人現れては消えていった。
昼食後に行うだけの良心はあるみたいだけど。
「うんざりしている表情がまた」
「辛そうだよね。相手を聞かれる事と差が無いから」
「いっそのこと周知したらどうだ?」
それは出来ないよ、明君。
私は困り顔のまま遠い目をして語り始める。
「従弟の性格的に止めた方がいいよ。私も困るし」
「どういう事だよ?」
「婚約者の中身は尊大な陽希」
「マジで?」
「女の子を女の子として扱わない外道なの」
「白木家にもそんな奴が居るのか?」
「大きいからね。伯父はまともでも嫁が、ね」
「嫁に染められた結果か」
「そういう事だね」
伯母に子育て失敗してますよって言ったら逆上したもんね。
母に対して口の利き方がなっていないって怒鳴りつけてね。
母はそれを聞いて「鏡を見てきたら」って返していた。
伯母はきょとんとして更に真っ赤に染まった。
親が親なら子も子だと怒鳴り散らしながら去っていった。
「伯父の嫁が毒親なんだよね」
「うへぇ。とんでも親子かよ」
そう考えると早々に婚約が決まっていた私達が如何に幸せか分かるよね。
「ここで内部事情を言うけど伯父の会社は傾いているの」
「か、傾いているだと? でも株価に変動がないような」
「伯父の会社は白木とは無関係だもの」
「そうなのか?」
「祖父が孫会社を委ねているに過ぎないからね」
「孫会社か。そうなると、この婚約は」
「実は毒親が発端なんだよね。これ」
「マジか?」
「優木家の財力目当てで、末娘と婚約させようって言い出したんだよ」
「財力……資本提携か!」
今回の婚約の裏にはそれがあるんだよね。
昨晩、祖父からその事情を聞いたのだ。
聞いた以上は出来る限りで監視しろと言われた。
「そうなるね。でも、生殺与奪権が優木家にあるから、伯父は言いなり状態なのが本当の話だけど」
「それはどちらにとっての?」
「両者」
「質の悪い経営者だな、おい」
「まさに経営者としての才能はゼロだね」
女性を見る目もゼロだけど。
「そうなると一番の問題は従弟の行動だよね」
「なるほど、外道だからか」
「外道だから祖父が解消に動いているの。ここで周知されたら解消が出来なくなる」
「!?」
それもあって私を監視として付けたんだよね。
「仮に外道と知った優木家はどうすると思う?」
「激怒するな。末娘だし」
「だね。で、優木が怒ると凪倉も動くよ」
この両家は密接不離な関係だった。
「は? 俺の親父の家は庶民だぞ」
私もそう思っていたけど事実は違っていた。
「明君のお爺さまは祖父の相談役だよ。茶飲み友達は隠語みたい」
「はい?」
「つまり、凪倉家は白木の命綱で離れられると詰むの」
「なんだと?」