第66話 姉妹で似るのは容姿と性格。
「あら? 李香がなんで居るの?」
それは生徒会室を訪れた会長の一言だった。
明君はともかく、彼女と私は面識があったんだよね。
先ほど私達を相手に先輩と呼んだのは私に対しての敬称だった。
彼女が通っていた女子校は私が通っていた学校でもあったから。
私は李香ちゃんが生徒会室に一人で過ごしていて、転入してくると聞かされて少し疑問に思った。
今はまだ時期的に外へと出られないからね。
会長の言葉通り、私も同じ事を思ったもの。
「お久しぶりです、姉さん」
「久しぶり、ね。元気そうね」
「はい。元気ではありますね」
会長はきょとんとしたまま応じているのだが、
「え? でも、待って? この時期は出られないでしょ?」
「……」
どうも会長ですら聞かされていなかったようだ。
会長と副会長も私と同じくあの女子校に通っていたので制度をよく知っている。
知っているから問いかけたのだけど彼女は黙りだった。
私と明君には転入すると言っていたが、
「優木家によくある暴走か? これ」
「た、多分?」
妹の行動は会長も寝耳に水だったようだ。
すると遅れてやってきた碧ちゃんが問いかける。
「会長、その方は?」
「ああ、私の妹よ。私の記憶が確かなら咲さんが通っていた私立に在籍しているはずだけど……なんで居るの?」
そうなんだよね。
なんで居るんだろう。
「実はこの度、この高校に転入する事が決まりまして」
「「「はい?」」」
三人のリアクションが私達と一緒だぁ。
「少々強引ですが明日からよろしくお願いします」
「「「……」」」
それを聞かされた瞬間、重苦しい空気が生徒会室へと満たされた。
どう反応したらいいか分からないって空気だよね、これ。
そんな空気を打ち破ったのは会長の絶叫だった。
「へ、編入試験はどうなったのよ!?」
「全問正解で問題ありませんでした」
「頭脳明晰は姉妹共通かよ」
「それを明君が言うと会長達は複雑じゃない?」
「……」
私のツッコミに明君も沈黙。
すると今度は混乱気味の副会長が問いかける。
「面接は? 面接はどうなったの?」
「学校長から問題ないと判断されました」
「「……」」
姉が姉だもんね。
校長先生も空気を読んだのかも。
「でも、明日からって、何処に住むのよ? 寮の荷物だってあるはずよ?」
「姉さんの家ですけど? 寮の荷物は父さんに回収依頼を出していますし」
「は?」
すると会長はスマホを取り出して電話を始めた。
「ちょっと、父さん! 聞いてないんだけど!」
口調が完全崩壊して家族間での口調に戻った。
「こうやって見ると会長も普通の女子高生ですね」
「いや、普通の女子高生だと思うけど?」
「少々おっぱいの大きな女子高生ですね」
「碧ちゃんには言われたくないと思うよ」
「……」
大玉メロンを二つ抱えた碧ちゃんには誰であれ負けるから。
「はぁ〜、分かったわよ。面倒を見ればいいんでしょ」
会長は渋々とした様子で電話を切った。
現状はどうあっても覆らないって事かもね。
「まさか理由が私と同じなんてね……」
「すみません。姉さん」
会長と同じ理由。
婚約者を問われたのかな?
「決まった直後に誰彼か問うてきて面倒になって」
「いや、分かるわ。あれは本当に面倒だから……」
取り繕うことすらさせてもらえない空気だしね。
寮内に居る以上、何処に行っても聞いてくる。
閉鎖空間だからこそ、逃げ場が一切無いのだ。
「御令嬢って、マジで大変なんだな」
「ですね。一般庶民で良かったと思えますよ」
「……」
サラリーマン家庭のしみじみとした一言。
「碧ちゃんはともかく、凪倉君は私達寄りでしょうが!」
会長の絶叫が明君に直撃した。
今日の会長はキャラがぶっ壊れているよ。
ここが生徒会室だから救いでしかないね。
何はともあれ、急遽一人追加されたが生徒会活動は行わねばならず、
「学食への交渉は碧ちゃんがお願いね」
「ですよね。わかりました」
「当日の予算はこれくらいでいいですか?」
「えっと……そうね。それくらいでいいわ」
時間いっぱい取り組むしかないわけで。
副会長と私は李香ちゃんを伴って、パーテーションの奥にて採寸中だ。
「次は肩幅を測るわね」
「分かりました」
「おっぱいの大きさが私以上ってマジ?」
「そこは血筋よね。羨ましいわ」
「先輩方、恥ずかしいです」
「あ、うん。そうだね」
同じ部屋には明君が居るもんね。
だからって言葉にするのは止めないけど。
「一年でEカップって今後に期待ですね」
「そうね、本当に羨ましいわ。この肉感も」
「せ、先輩! 何処に手を!?」
碧ちゃんの場合、尼河君に怒られるから揉めないしね。
李香ちゃんなら問題ないと思ったのだ。
「会長、宜しいので?」
「あれはあの子への罰ってことで」
「罰ですか」
「根回しする前に行動されたからね」
「校内でひと騒動が起きそうですね」
ひと騒動、またも始まる告白騒ぎか。
私は先輩として忠告だけしておいた。
「李香ちゃん、校内の猿人共には注意ね」
「え、えんじん?」
忠告を聞いた李香ちゃんはきょとんとした。
副会長は溜息を吐きつつ詳細を語る。
「ええ。美少女と判明するや有無を言わせず好きだと言ってくる頭の緩い男子達よ」
「告白時の視線は胸とお尻に集中するよ。男子の大半は身体目当てと思っていいよ」
「え?」
副会長も告白の被害者だったりするしね。
割と普通の顔立ちなんだけど地味がいいと言ってくる男子も居たのだとか。
それはそれで酷な話なんだけどね。
「李香ちゃんなら切れ長の目元もね。綺麗な碧瞳が晒されているし」
「会長にも似ているから声かけは絶対あるよ」
「え、えっと……共学ってふれあい動物園か何かですか?」
「言い得て妙だけど」
「大体、そんな感じ」
「そ、そうなんですね。警戒しておきます」
「手紙での呼び出しは割と平穏だけど、直接訪れる俺様系の男子は要警戒ね」
「ですね。自信満々で付き合うべきだって言ってくるから」
「私達はアクセサリーでもなんでもないのにね」
「付属品的な認識の男子は退学すればいいのに」
「な、何が何でも警戒します!」
それらは交際中の者達が遠目に眺める、一種の風物詩でもあったりするが。
「ふれあい動物園。良い例えのような微妙なような」
「そうなると私達は猿人達の飼育員か何かかもね?」
「飼育員なら容姿だけで告白するなって校則でも作ります?」
「それが出来たら苦労はないよ。総会で反対されるだろうし」
「ですよね。あれも風物詩として受け流すしかないと」
「告白される側からすれば迷惑でしかないけどね」
「世知辛いですね?」
「本当にそう思うよ」
会長も経験者だから重苦しい雰囲気になるよね。
私のように交際相手が居ても告白してくる男子も居るからね。
今年はともかく来年は、新一年生が同じ行動を示すと思うし。
少しでも明君との関係を進展させておかないとね。
私達の隙を突いて寝取ってくる間男間女はそこらに居るから。
本日の生徒会活動は早々に終了し、
「今日計測した結果を購買に提出すればいいと」
「それでいいよ。李香ちゃんの場合は休暇明けになると思うけど」
「早ければ終業式前に出来上がると思うよ」
私は碧ちゃんと共に校内案内しつつ購買に立ち寄った。
今日は臨時で開店していたから直ぐに手続きが終えられたけどね。
おそらく李香ちゃんが訪れるから開店していたのだと思う。
すると李香ちゃんの姿を認めた男子達が騒ぎ始めた。
「お、おい。あの子」
「めっちゃ可愛い!」
「あの子を彼女に!」
警告後に出没した猿人達。
李香ちゃんは会話を聞いただけで怯えた。
「ひぃ!」
「李香ちゃん、落ち着いて下さい」
「あれは典型的な三バカだから無視でいいよ」
「む、無視? 三バカ?」
「言うだけだから。実行する気が無い勇気とは無縁の男子達ね」
「彼等は妄想を垂れ流して女子の好感度を最底辺まで下げる猿以下の存在ですよ」
碧ちゃんの毒舌は今日も冴えていてそれを聞いた男子達は消沈した。
「「「……」」」
私達はそのまま第二体育館へと移動する。
そこでは尼河兄弟と明君が練習していた。
業務終わりに呼び出されて練習の手伝い中だね。
奥にはすっぴんの和ちゃんも居た。
「うわぁ。凄い熱気ですね!」
「手前が男バス。奥が女バスですね」
「和ちゃんのすっぴん、可愛いね!」
「それは本人に言ってあげて下さい」
「童顔、幼児体型はダメなのに?」
「童顔、幼児体型は禁句です。あの子は色々薄いので」
「それは禁句になるね、うん」
そうなるといつもの厚化粧は童顔隠しって事ね。
すると李香ちゃんが明君に気づく。
「あちらにいらっしゃるのは?」
「私の婚約者ね。兄弟の内、高い方が碧ちゃんの婚約者」
「ですね」
「え?」
実は生徒会室では紹介していなかった。
なので今回、改めて教える事にした私だった。
従兄の件は会長が教えていたけどね。
まさか私と関係があったなんて思いも寄らなかったようだ。
紹介する理由は立場を理解している人物がどれだけ居るか示すためだ。
「兄弟の低い方、光君が私の妹の婚約者です」
「え? 先輩って、し、姉妹で?」
「ええ、姉妹で同じ家に嫁ぎます」
ただね、第二体育館で話題にすれば伝わるのは一瞬だったね。
近くを通っていた女バスのクラスメイトが反応したから。
「和! アンタにも婚約者が居たの!?」
「はぁ!? 何の事ですかぁ!」
「いや、お姉さんが言っていたから」
「え? 姉さんが?」
「光君がお相手なんだって」
「は? 光? はぁ!?」
この反応は驚きか怒りかは分からないね。
その話題は男バスにまで波及して尼河君が弟に頭を下げていた。
「光、すまん!」
「あ、兄貴。あれは流石に無いだろ?」
困り顔の光君、そこに憤慨中の和ちゃんが訪れる。
「ちょっと、どういう事よ!」
「ほら、来たし」
「来ちゃダメなわけ?」
いや、もうね。
収拾つくの、これ?
「和も口はあれですが中身は別ですよ」
「そうなの?」
「顔を見て下さい」
「顔?」
怒っているけど、めっちゃ緩んでる!
「あの子は天邪鬼ですからね」
「この姉妹も侮り難しだよぉ」
二人の性格が正反対と思ったけど本質は同じだった。
どうも和ちゃんは私達を信頼していなかったようだ。