第62話 サプライズの相手は選ぼう。
本日、碧ちゃんの機嫌がとっても悪い。
理由は重い生理痛にあるようだが、どうもそれだけではないらしい。
明君は会長達と前を進み、更に前を黙々と歩く碧ちゃんに怯えていた。
和ちゃんから禁句と言われる前に碧ちゃんを怒らせてしまったからだ。
怒らせるに至った原因は尼河君の名前を出した事……。
「今日の碧ちゃんって地雷が多い?」
「いつもなら、そこまでではないのですが」
「いつも? 普段も地雷原が周囲にあるの?」
「ああなった姉さんは私でも気を遣いますから」
「おぅ」
そうなると、あの地雷に触れられていた時はとんでもない状態だったと分かる。
重く苦しい中で強引に感じさせられて、怒鳴りつけたい心境に駆られたり。
それも心を許していない、信頼していないから、やられるがままになっていたと。
(碧ちゃんって結構、面倒な性格、してるよね?)
本気で信頼しないと他者に自分の本性を露わにしないから。
どのような生活環境で育ったらそうなるのか気になるが聞くに聞けない私だった。
私は事の経緯だけが気になったので和ちゃんに問うてみる。
「ところで原因って分かる?」
禁句と言ったからには知っていると思ったのだ。
「ここだけの話ですよ?」
和ちゃんは小声になり私に耳打ちした。
歩きながらではあるが、これは仕方ないよね。
碧ちゃんって地獄耳でもあるから。
「え? マジ?」
「ええ。先輩の気持ちも理解出来るのですが」
「そ、それはなんていうか」
理解する方が難しいかもしれない。
碧ちゃんが怒るに至った原因、
(尼河君が、インターハイに出場する事になってスタミナを維持したいからしばらくお預けにする、か。丁度、重い時期に入るから配慮したのかもね……)
彼氏として心配した結果が碧ちゃんの機嫌を急降下させたと。
「で、でも、今の状態だと出来るよね?」
「ええ。下手すると出来ますね」
子供が、ね。
それを回避したいがために空気を読んだのだろうが、碧ちゃんはそれが許せなかった。
しかも浮気を疑い始め、
「いや、浮気は有り得ないでしょ?」
「そうでもないみたいですね」
「そうでもない?」
先日街中で女性と歩く尼河君を目撃して以下略と。
和ちゃんもその時、隣に居たため目撃こそしていないが、姉が怒りに打ち震える様子を間近で見ていたらしい。
「えー。信じられない」
「信じられないですが、男性ですしね」
「それはそうだけどさ」
私が同じ立場なら徹底的に問い詰める。
前を歩く明君がビクッとしたが、私なら徹底的に問い詰める。
(碧ちゃんは問い詰める事はせず心に秘して怒り続けるのね)
これは毒舌で彼を傷つけたくない思いがあるからだろうけど。
私は腑に落ちないので引き続き問いかける。
「女性と歩いていたって言うけど、幾つくらいだったの?」
「確か、高校生ではなかったみたいですよ」
「高校生ではない?」
となると年上だよね。
それも社会人的な……。
「他には何か判別出来る事ってなかった?」
「他にですか? 確か、宝石店に」
二人で入っていったらしい。
(宝石店か。なら、それしかないよね?)
私は前を歩く明君にメッセージを送る。
「あ、きたきた」
「どうかしたので?」
結果は大当たり!
実は先日、明君が尼河君に相談を受けていたのだ。
誕生日プレゼントを購入するそうで明君が店舗を紹介したらしい。
そこで宝石店となったのは遅くなった婚約指輪を作るために向かったのだろう。
「その時の女性は店員さんだと思う」
「て、店員さん?」
「宝石店のね。尼河君って、見知った場所なら問題ないけど見知らぬ場所だと迷う事があるんだって。多分、迷いまくった挙げ句、呼び出したんだと思う」
「あ、そ、それじゃあ?」
「店員さんも企業の御令息相手だから無下には出来ないじゃない? 明君の紹介で店に大金を落とすかもしれないから」
「そんなの姉さんの勘違いじゃないですかぁ!?」
浮気と勘違いして怒る碧ちゃんも相当だよね。
重い愛。とても重い、想い愛で徹底的に嫉妬するのだから。
なんか、一周回って類友じゃないかと思えてきたよ。
「愛されているのに嫉妬で怒り狂う碧ちゃんって可愛いよね」
プンプンと怒っておっぱいを揺らしながらお尻をプリプリさせて。
「そうですね。姉さんってば幸せ者だなぁ」
「婚約指輪を作ってもらっているだけなのにね」
「そうなんですね。婚約指…………わ?」
「あっ。なんでもない」
「それ、なんでもないには出来ませんよ!?」
ちなみに、私は指輪を求めていないけど明君は私のサイズを調べたうえで注文していると教えてくれた時は正直嬉しかった。
それをクリスマスイブに手渡してくれると言ってくれたので待ち遠しい私だった。
おそらくサプライズをすると私も碧ちゃんのようになると思われているからだと思う。それは否定が出来ないから苦笑いで返すしかないよね。
それはさておき、私のポンコツで和ちゃんにバレた件。
「二人の婚約って結構、周知されているんだけど?」
体育祭でのやりとりから濃い関係だと発覚した。
それなのに和ちゃんは交際しているだけと思っていたらしい。
鋭敏なんだか、鈍感なんだか。
「姉さん、私に隠すなんて酷い!」
「この場合は両親にも言ったら?」
「え?」
「あの二人って私や明君と同じだから」
「え……えーっ!?」
それとおそらくだが、和ちゃんにも居ると思う。
姉妹揃って同じ家に嫁ぐ。
それくらいはするんじゃないかな?
「そういえば尼河君の弟さんと面識ないの?」
「も、もしかして……光の事を言ってます?」
「なんだ、面識があるじゃない」
「幼馴染ですし。クラスメイトでもあるので」
「普段はどうなの?」
「俺様な兄みたいな関係ですが、何か?」
「その彼を恋愛対象で見た事ないの?」
「はぁ?」
あ、この感じは無頓着なパターンか。
「あの脳筋と私が? 有り得ないですよ」
「彼からのアプローチはないの?」
「アプローチ? バスケ一筋だから試合を見に来いとかしか言われていませんね」
「自分の格好いい姿を魅せたいだけかぁ」
「か、格好いい? あの筋肉ダルマが?」
おぅ。これは相当時間がかかるかもね。
彼は和ちゃんが好きだけど、兄のようにデレデレしない的な。
当の和ちゃんは異性とも思っていないからドンマイって思う。
この場合は和ちゃんの方が鈍感だから余計に質が悪そうだ。
和ちゃんの鈍感に呆れた私は元の話題に意識を戻す。
「指輪の件、碧ちゃんには黙っておくしかないかもね」
「で、でも、このままだと破局するんじゃ」
「碧ちゃんも怒ってはいるけど破局はないかな」
「何故わかるので?」
「何故って、誰よりも溺愛しているから」
「はぁ?」
思い出してイライラして生理痛も相俟って態度に出ているとしか思えない。
すると背後から勢いよく駆けてきた尼河君が、
「きゃ!」
碧ちゃんを背後から抱き締めた。
「すまん、碧。明から叱られて気づいたわ」
「ふぇ?」
またも繰り出されるバックハグ。
これには明君以外がきょとんだった。
えっと、明君が電話でもしたのかな?
私が和ちゃんと会話している間に。
「愛し合う事は出来ないが添い寝ならしてやるよ」
「ほ、本当に?」
おそらく碧ちゃんが寂しそうだと叱ったのかも。
尼河君はそれで察し己が心の赴くまま行動したと。
「後は親父に無理言って、この近くに家も借りた」
「!?」
「いつでも引っ越してきていいからな。和は光に丸投げするが」
なんということでしょう!?
勢いで家を借りて同棲しようと宣言していた。
「丸投げってなに?」
「今の家を解約して幼馴染君に委ねるんじゃない」
「なんで!? 私、光との間に何もないのに」
「おぅ。それはそれで酷な話だよ」
これはおそらく尼河君の家が学校から近いから可能だったのだろう。
というか、素早いどころの話ではないね。
これが令息の行動力かぁ。
「あと、サプライズのつもりだったんだが」
「え? う、嘘?」
耳打ちで指輪の事を明かす尼河君だった。
それを聞いた碧ちゃんの機嫌は急上昇。
目元に涙を溜め、尼河君に熱い抱擁とキスをした。
「姉さん、人前! 通学路だから!!」
「和ちゃん、あれはどうしようもない」
「で、でも!」
「感情が昂ぶった結果だから」
溺愛の愛情が溢れた結果だから、誰にも止められないと思う。
すると私の元に呆れ顔の明君が来た。
「猪突猛進だよな。ま、それが灯の良いところだけど」
「でも、良かったね。機嫌が直って」
「だな。俺も咲を悲しませないように気をつけないと」
「うん、気をつけてね。私の愛情は」
「分かってるよ。市河さん以上だってことくらい」
そう、見えちゃうんだ。
いや、合ってるけど。
碧ちゃんには負けたくないもんね。
今のところはどうあっても負け越しているけれど。
「あの、先輩方? 触発されるのは分かるのですが」
そういえば触発された私達も似たような格好だったね。
それは明君が私の腰を抱き寄せた格好だった。
「お前は光に抱き寄せてもらえばいい」
「いや、だから、なんで、光なんですかぁ!?」
和ちゃんは大混乱で叫びまくっていた。
「呼んだか?」
「呼んでない!」
「相変わらず、化粧が厚いよな。熱さで溶けるぞ」
「溶けないから!」
「いや、溶けるだろ、汗で」
「ぐぬぬ」
叫びまくって尼河君に似た一年生に揶揄われていた。
彼が噂の光君と……筋肉ダルマと呼ばれるだけあるね。
高一なのに体格が出来上がっているもん。
やっぱり親子だからかな?
一方、和ちゃん達を見た明君はきょとんとした。
「まさか、聞かされていないパターンか?」
「やっぱりそういう関係が二人にもあるんだ」
「先日、灯の親父さんから聞いたぞ。長男次男は約束済みって」
「あらら」
和ちゃん。
貴女の外堀は物理的に埋まっているよ。
「中三の長女は何処にもやらんって言っていたけどな」
「そういうところは男親だよね。娘が可愛いか」
外に出したがる父親も中には居るけど、一般的にはそちらが多いんだろうな。
通学路は相当なまでに騒がしくなったが、校内に入ると更に騒がしくなった。
「白木さんが二位!?」
「嘘だろぉ!? 何かの前触れか?」
「凪倉の奴、まぐれじゃなかったのか」