第57話 体育祭は閉会までが行事だ。
午後の競技が始まった。
「これが日焼け止め争奪の最終競技となるか」
「それを聞くと来年も行わないといけなくなるような?」
「流石に来年は景品を変えると思うぞ? 予算的にも」
「それはそうだけどさ」
午後一番の競技は女子だけが出場する玉入れだ。
この競技は一般的な玉入れと異なり手のひら大のボールをリングに入れるという。
簡単に言うとバスケットボールのゴールに収めて、合計点数で勝負する競技だね。
ちなみに、私は出場していない。
周囲から化物だなんだと呼ばれているから。
生徒会執行部からは碧ちゃんだけが出場していた。
午後は休みと思ったのだが補欠として呼び出される事になったのだ。
先の一件でパンを捨てたD組の女子がこの競技の選手だったから。
『まぁまぁ。そこは次期生徒会長に期待しましょう?』
『ええ。大玉メロンを二つ抱えた小柄な会長に期待すればいいですよ』
「あの? それを本人に聞こえるようマイク越しに言うのはちょっと」
「……」
言われた本人は真っ赤な顔で俯いている。
会長達は先の件で碧ちゃんのコネを知ったから揶揄っているだけね。
問題が起きた際に碧ちゃんが出張っていたら割とスムーズに解決したかもしれないと知ったからだ。
碧ちゃん自身はコネとか伝手になりたくない気持ちが先立ったみたいだけどね。
権力を笠に着る行為が嫌いみたいだから。
『でもそれがハンデにもなるし丁度良いと思うよ』
『そうですね。碧ちゃんはあれでもバスケの選手でしたし』
これは私も知らなかったね。
明君も知らなかったのか目を丸くしている。
「大食のスタミナお化けの理由はそこにあったか」
「全部、おっぱいに付いているかと思ったもんね」
『我が校の勧誘合戦は尋常ではないから、本人は隠しているけどね』
『あとは胸が育った影響で引退していそうですしね』
飛び跳ねる度に痛いとか言ってそうだ。
「それを言われると納得です」
「……」
お尻が大きいのも、太ももが太いのもそれが要因と。
ネタバレされまくる碧ちゃんはギンッと本部席を睨んだけれど。
『揶揄うのはこの辺で。さて、先ずは一年女子の第一投だね』
『そうですね。制限時間は一人六十秒。何本入れられるか?』
会長と副会長は楽しそうに実況を始めた。
この競技には放送部員も多数参加しているから二人が交代したともいう。
「もう! 好き勝手、言わないで!!」
碧ちゃんの叫びが響いてきたけど、今回は仕方ないと思う。
「これはあとで詫びの品を手渡すか?」
「そうだね。負けたとしても碧ちゃんにはね」
「会長と副会長の分もな」
「それもあったね。生徒会は中立だから全員が固辞するし」
そうなると残りを一人二本で分割して売り切れにすると。
私も何本も貰っても消費が出来なかったし丁度いいよね。
そうして競技はスムーズに進み、
『大玉メロンを二つ抱えた第一投!』
「……」
碧ちゃんの順番になった途端、会長の揶揄いも最高潮になった。
「完璧に集中しているな」
「そうだね。聞こえていないみたい」
「こういう面は元選手だよな。雑音が耳に入らないから」
「フォーム的にはどうなの?」
「様になっている。全体のバランスも悪くない」
「明君から見てもそう見えるんだ」
「あれは一発で入るぞ」
「え?」
明君がそう言うと周囲の女子はきょとんとなった。
私もきょとんなんだけど、フォームを見るだけで分かるものなの?
私達が視線を明君から碧ちゃんに向けると、
「あ! 入った!?」
言った通り、ボールが吸い込まれるように入っていった。
しかも一発だけでなく連続でスポスポと入れていく。
「生徒会書記でなかったら引っ張りだこだっただろうな」
「そうだね。おっぱいの大きさ的に無理だろうけど」
「二キロ強の錘が胸に二個だもんな。腰を悪くしそうだ」
「大玉メロンを背負っているようなものだしね」
ジャンプシュートをする度に揺れているから痛みもあるだろう。
後半は痛みが出てきたお陰で入らなくなった。
「ここからハンデが生きてきたか」
「もういいやって顔してるね」
生徒会役員は日焼け止めを貰えないと知っているから。
最低限、クラスへの義理は果たしたと思っていそうだ。
「詫びの品で元気になればいいが」
「元気になるんじゃない?」
大きなおっぱいを携えている女の子でもあるからね。
玉入れの結果は白組の勝利に終わった。
紅組も頑張りはしたが、三年の現役が本気を出したから。
現役でもない生徒会役員の頑張りに負けてられないとなったようだ。
「悔しいですけど、やりきりました!」
「それは良かった。はい、湿布」
「湿布?」
「痛いでしょ。おっぱい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
一方の明君は何処から持ってきたのか知らないが小さいテントを背後に立てていた。
「中で湿布を貼ってきていいぞ」
「え? て、テント? いつの間にテントが?」
「灯の親父さんが持ってきた」
「そ、それで?」
尼河君のお父さん、碧ちゃんに甘過ぎでは?
「速くしないと野郎共が群がるぞ」
「あ、はい。急いで貼ってきます」
碧ちゃんはいそいそとテント内に入る。
テントの外には群がる男子が訪れたが、
「おいこら。俺の彼女に何か用か?」
「「「ひぃ!」」」
灯君が陣取って睨みを利かせた。
まぁあれだけ巨乳巨乳と言われ続ければね。
興味を持って訪れる男子が居ても不思議ではない。
女子の好感度はだだ下がりなので相手にされる事はないけれど。
するとテント脇に立つ明君が私に質問してきた。
「ところで、借り物競走と障害物競走はどうなったんだ?」
「碧ちゃんは最下位だったよ」
「おぅ。やはり胸か? 感じ易い胸が原因か」
「そんな感じだね。私は障害物競走で一位だったけど」
「そこは安定だな」
私は隣に移動しながら上目使いで微笑んだ。
「もっと褒めてもいいんだよ?」
「ほ、本気走りせずに一位とか凄いと思うぞ」
「そう? ありがとう」
これも明君に追いつくために努力した結果だけどね。
「な、何故なんだ? 何故、あの一角だけピンク色の空気になっているんだ?」
「テントのカップルは仕方ないとしても、なんで、奴があんな……羨ましい!」
「俺も胸の大きい彼女が欲しいぞ。どうして俺達はこんな目に?」
その発言の時点で好感度はさらに下がっているよ。
これは愛する人が相手だからだよ!
愛してもいない男子に行う義理はないよ。
「俺は貧乳の彼女が欲しい。小さくて可愛い雲母先輩みたいな」
「「「お、お前、ロリ……」」」
「私をそういう目で見るなぁ! これでもお前達の先輩なんだぞ! 私は!」
「あ、でも、分かる気がする」
「子供っぽい年上だが、妙な色香があるな」
「こうなったら貧乳でもいいか」
「だろ? 雲母先輩は可愛いんだよ」
「「「分かる!」」」
「おいこら! 本人を置き去りにするなぁ!」
趣味は人それぞれって事で。
玉入れの後は私と明君の出場する二人三脚が始まる。
「さて、頑張るか」
「そうだね。頑張ろうね」
グラウンドに出ていき一年から順にコースに入る。
一年生がスタートする頃に両脚を紐で結んでおく。
「ところで準備運動はしたの?」
「テントを立てる前に学食まで走ってきた」
「あ、あの間に? まさか本気で?」
「そうでもない。軽く流した程度だよ」
準備運動をしていないと思ったのだけどキッチリしていたのね。
していないと怪我するから心配したのだけど、杞憂だったよ。
順番が来ると互いに腕を伸ばして距離を縮める。
(この密着度……我慢だよ。咲、我慢だからね)
下半身が興奮しかけたが、意思の力でねじ伏せた。
どのみち競技後は酷い事になっていると思うけど。
「やべっ。素数を数えて……」
「明君?」
「なんでもない」
明君も腰が少し引けている。
明君はブツブツと素数を数えている。
しばらくすると腰の位置が戻り競技に集中していた。
「さて、行くか」
「うん。頑張ろうね」
スタートラインに立って、合図と同時に駆けていく。
「「いちに、いちに、いちに」」
私達の潜在能力が完全に発揮され前を進む相手は誰一人として居なかった。
「お、おい」
「なんだあれ?」
「息がピッタリじゃねーか」
「挙動も同じってすげぇな」
気づいた時にはゴールしていた。
走っている間はこのままずっと走っていたいと思った。
私の愛している人と、一緒に走る事は早々無いからね。
隣の明君は息切れ一つないまま空を見上げていた。
紐を解こうと屈んだ私の視界には明君と……。
「一瞬だったな。咲?」
「あ、うん、そうだね明君」
「朝のジョギング、一緒に走ろうな」
明君も同じように思っていたのか私に願ってきた。
これは当然、受けるよね。
少しでも同じ時間を過ごしたいし。
「うん! 絶対に走る!」
「その時はブラとパンツは忘れるなよ」
「うっ。うん……絶対に着けてくるよ」
以前のような失敗は出来ないよね。
私達は脚の紐を解いて本部席に戻る。
すると会長達の白々しい視線が刺さった。
「見せつけてくれるよね。あそこまで息の合った姿は見たことないね」
「ですね。本気で羨ましいと思えましたよ」
「私は相手が居るからいいけど小鳥遊は遠恋だものね」
「そ、それはそうですが……」
へぇ〜、副会長も遠恋なんだ。
「誰なんだろうね、相手?」
「生真面目ポンコツに惚れ込む相手だって事は確かだな」
明君も知らないのか興味なさげだった。
ま、誰が誰を好きかなんて関係ないもんね。
私達は私達で愛し合えばいいだけだし。
競技も終盤に差し掛かり、
「いけー! ぬけー!」
「よっしゃ!」
最終種目のリレーが始まった。
理系から欠員が出る事はなく、元々走る予定だったメンバーが走った。
私達は本部席から様子見し、競技の終わりまで見守った。
「結局、欠員が出たのは文系だけと」
「結果的に文系を守る策になったね」
「まさに策士策に溺れるですね」
「策士は激辛の海に沈んだけどな」
こうして競技の結果は理系の勝利となった。
食券はE組のバスケ部御一行が勝ち取った。
「俺はいいから誰かにやるよ」
「灯君、それはいいから受け取って!」
「あ、はい」
学食が家業だから拒否したが、碧ちゃんの笑顔に屈した尼河君だった。
「尻に敷かれてる?」