第55話 叫びの原因は彼氏にあった。
会長と風紀委員長の叫びは本部席のみで木霊した。
私は何があったのか判らなかったので、
「何があったの?」
「……」
そっぽを向く明君に事情を聞いてみた。
「男子達のズボンとパンツに大穴が開いたとか理解不能な事態もそうだけど」
その状況を聞いた時、学食での騒ぎを思い出したよね。
服を溶かす薬とかなんとか。
「……」
あれは明君のブラフで綿菓子だった。
あの時も男子に社会的な死を与えると言っていて、
「そういえば、社会的な死を与えたとか」
「うっ」
「言っていたよね? 何をしたのかな?」
私は先生方が陽希兄に尋問を始める様子を一瞥しつつ明君へ尋問しようとした。
陽希兄は血相を変えて逃げ出そうとしているけどね。
「で?」
「こ、ここだけの話だぞ?」
「ここだけの話?」
明君は私に近寄り耳打ちした。
その内容は驚愕の真実だった。
大っぴらに出来ない危険物を常に持ち歩いていて今回の騒ぎで全て使い果たした。
「えっと……マジで?」
「マジで」
「そ、そうなんだ」
じょ、女子を相手に使わなかっただけいいかな?
今回は男子達で犯罪行為に及んだ者達だったし。
会長達の前で晒されて笑われたのは酷な話だが。
「ところでそれってまだあるの?」
「現物は無い。溶けて消えたって言っただろ」
「そうな……ん? でもさ、明君って記憶力」
記憶力が有り得ないほど良いよね?
溶けて消えたとしても忘れないよね?
「ノーコメント」
明君はそう言うとそっぽを向いた。
この反応! 材料があれば作り出しそうだよ!?
私は反対に回って顔を明君に近づける。
「絶対、作って悪用しないでね?」
「悪用するか! あそこのクズ兄弟と一緒にするな!」
明君は羽交い締めに遭う陽希兄を指さした。
ああ、あの人なら使いそうだよね? 奴の兄でもあるし。
でもさ? 明君も男の子だし、ね。
「悪用はしないけど……作る気はあるんだ?」
「う、疑うのかよ?」
「全然。でも注意だけはしておくよ」
それだけは何がなんでも守ってもらわないとね。
今の明君には問題の噂が残っているし。
噂の発端を作ったクズは喚いているけども。
「ま、まぁ……善処する」
「善処って」
「いや、本来は化製繊維の処分で作った品だから」
「か、化製繊維の、処分? そ、それって?」
「野鳥に巻き付いていたりする繊維を消す薬品だ」
「も、もしかして?」
「元々は自然環境に配慮した薬品なんだ。使い手次第で良い事にも悪い事にも使えるから……全ての繊維を消す薬品だけ止められたんだ」
えっと、それが本当の話……なのかな?
「嘘は言ってないぞ」
「今度は本当の話なんだね」
「俺を信じろよ」
「ごめん、疑って」
いや、本当にごめんなさい。
物が物だけに恐くなったから、ついね。
すると明君がボソッと呟いた。
「咲の素肌が見たくなったら土下座してでもお願いする」
「ふぁ? い、今、なんて?」
「なんでもない」
微かに聞こえたのは素肌が見たくなったら土下座だったような?
私は明君に近づいて耳打ちした。
「土下座しなくても明君が相手なら見せてあげるよ?」
「……」
心の準備なんてその時になれば一瞬で出来ると思う。
女は度胸って感じでね。
「そ、その時になったらお願いする」
「私はその時を何時までも待ってるよ」
「ああ」
ともあれ、大変騒がしい体育祭の最中ではあるが、私と明君の関係がまた一歩近づいたのは嬉しい結果だった。
それを結びつけた代物が服を溶かす薬なのは微妙な話だったけど。
「今の話、本当ですか?」
「「あっ」」
うん、微妙な話だったね。
碧ちゃんだけでなく女子達にも聞かれたから。
「迂闊過ぎだろ、俺」
「今回は私が悪いかも。ごめんね、明君」
私達だけの空間。
私達だけの空気を作っていたが、ここは本部席だったね。
会長達は反対を向いてプルプル震え、笑いを堪えている。
この笑いは喚く先輩に対してか明君に対してか。
碧ちゃんは白い目を向けつつ言い放つ。
「本当なんですね……悪用だけはしないで下さいね?」
「誰がするか!? あそこで喚くド変態と一緒にするな!」
碧ちゃんの一言に流石の明君もキレた。
「誰がド変態か!」
「貴様だよ! 兄弟揃って変態行為に及ぶド変態共が! 学校の女子を誰彼構わず喰らった貴様等だけには言われたくねーよ!」
「「「「「ざわっ!」」」」」
えっと、喰らっていたの? マジで?
「私も狙われていたとはね。寒気がしたわ」
「あれにはドン引きしたわね」
そ、それを知ると兄弟揃ってド変態だね。
キレた明君は更にヒートアップした。
「そもそもの話、頭が良いなら留年なんてしないはずだぞ? それなのになんで貴様は留年しているんだよ? 普通に考えたら貴様は大学生のはずだ。どうせあれだろ? 愚弟と同じく愚姉の口利きで入学して、愚姉のお陰で進級が出来たんじゃないのか」
「くっ」
この感じ、マジっぽい。
先生方もドン引きだ。
「今の成績も愚弟と同じで試験問題を拝借した結果だろ? 悪知恵に時間を割く暇があるなら学業に時間を割け! 本物の高校生で居たいなら学業で成績で示せよな!」
「……」
「大体! 留年している生徒が全校生徒に信頼されると思う方がおかしいだろ! 果ては会長に対して生徒会に対しての妨害行為だ。生徒会費はな、貴様等兄弟の体のいい財布じゃねーんだよ! 最後に、貴様の碌でもない私怨に学校を巻き込むな!」
その大声は本部席からグラウンド全体に響いた。
シーンとなる全校生徒、来賓もポカーンだ。
(これは日頃の鬱憤が爆発した結果かな?)
起爆したのは碧ちゃんの毒舌だったけど。
「「「「碧ちゃん? 何か言うことある?」」」」
「ご、ごめんなさい!」
どんなに嫌な事でも空気は読もうね。
お陰で体育祭の進行も止まったよ。
元々は会長達の暴露が発端なんだけどね。
「ふぅ〜。あ、すみませんでした。熱くなり過ぎました」
明君は気づきつつ来賓と教師、全校生徒に対して頭を深く下げた。
それを見た会長達も同じく来賓に頭を下げた。
そうして椅子に座ったのち、
「お、お陰で噂の払拭にはなったかしら?」
「そうですね。良い意味でも悪い意味でも」
「とりあえず、碧ちゃんは反省ね」
「はい。すみませんでした」
周囲の空気を一新したのだった。
碧ちゃんは一人反省会だけど。
私は冷静を装った明君に問いかける。
「顔が真っ赤だけど」
「熱いからだ」
「私の手でも握る? 冷たいよ」
「心は熱々ってか?」
「うん」
もうね、私の心はポカポカなの。
熱々と言ってもいいね。
今回の騒動はある意味で払拭になったから。
陰口を叩く人物ではなく誰に対しても反論する人物だと分かったから。
噂では影でこそこそ動く印象があったが、それは陽希兄を指す真実だったのだ。
陽希兄は葉山先生によって羽交い締めにされたまま校内に入っていった。
うな垂れながら明君を睨む。
この感じは自覚していないみたいだね。
「あれって、退学後も絡んできそうだよね」
「ああ。絡んでくるだろうな。面倒な」
校内は比較的平穏になると思うけど、校外でひと騒動が起きそうな気配がした。
§
ちょっとした騒ぎは起きたがその後の競技は順調に進んだ。
「いっちゃーく!」
「また負けたぁ!」
「恋も速い方だったんだね」
「これでも元短距離選手よ!」
「そうだったんだ。いが〜い!」
「意外とか言うな!」
「あ、でも胸の感じはそうかも?」
「私の何処を見て納得してるのよ!」
「空気抵抗のなさげなBの胸? ゴール前では胸囲の格差で負けていそうだけど」
「ぐ、ぐぬぬ」
私は明君が見てくれている中で本気の走りを選択した。
昼食前までの競技では本気ではなかった的な走力で周囲を圧倒させたよね。
「む、胸が揺れていたな」
「何処を見ているので?」
「俺の彼女の胸だが?」
「……」
隣を見れば碧ちゃんの胸も盛大に揺れているもんね。
視線を感じたからツッコミを入れたみたいだけど、その視線は私です。
ちなみに、一着は日焼け止めが貰えるのだけど私は固辞している。
それもあって走る前には必ず六着の女子が貰える事を伝えてから走るようにした。
個人的な伝手があるからね。
特別扱いは望まないのだ。
私は本部席に戻りつつ碧ちゃんに苦言を呈した。
「碧ちゃん、汗でブラが透けてるよ」
「ふぇ? あ、ああ。た、タオルタオルタオル!」
「こんな日に色の濃いブラなんて着けなくても?」
一体、誰を悩殺するつもりで居たのやら?
あり得るとすれば正面席に座っている彼氏かな。
碧ちゃんは胸元をタオルで隠しつつ、
「あ、洗い替えがなくて、ですね。致し方なく」
アタフタと言い訳した。
「ふーん」
「ちょ、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
言い訳としてはちょっと苦しいよ、それ?
先日のようなノーブラよりはいいけどさ。
すると明君が私の頬に冷え冷えのペットボトルをあてがった。
「ひゃあ!」
「水分補給はしておけよ」
「う、うん。ありがとう」
「しかし、今日の湿度ははんぱねぇな? 蒸し暑いどころじゃないぞ」
「そうだね。碧ちゃんの周りの湿度もそうだけど」
主に胸周り。
下乳と谷間が酷い事になっていそうだよ。
「私の何処を見て言ってます?」
「巨大なおっぱい」
「ちょ」
「走りながら見ていたけど、男子の視線が胸に釘付けだったね?」
「そういえば腰が引けていた男子が居たな。理由はそれだったのか?」
「え? あ、も、もっと早く教えて下さいよぉ!」
碧ちゃんはキョロキョロして誰が見ているか気づいた。
キッと睨んで胸元を隠したまではいいが流石に遅いと思う。
「市河さんはもうちょい自覚した方がいいな」
「そうだね。意中の相手に夢中になるのはいいけど、衆人環視下だからね」
「うっ。き、気をつけます」
幸い、碧ちゃんが走る競技は午前中で終了だ。
午後は本部席に座りっぱなしなので応援に尽力すればいいだろう。
それは裏切り行為そのものの応援だけど。
「とりま、首魁が捕まったから昼休憩の問題が起きないといいな」
「どうだろう? こういう時に限って起きそうな気がする……」
鼬の最後っ屁ではないけど私達が油断した時に何かを起こしそうな気配がした。
体育祭は閉会するまで続くのだ。
最後まで油断が出来ないでいた私達だった。
反省しない愚兄と反省した書記ちゃんの構図(´・ω・`)