第50話 強引に開けるのは扉か心か。
体育祭の前日、生徒会室への不法侵入を許してしまった。
先輩を含む侵入者達は扉を強引に開けようと四苦八苦していた。
複製したマスターキーを使おうと思っても使えないからね。
「強引にこじ開けろ」
「道具がありませんよ」
「俺が持ってくる」
すると一人の先輩が外に出て細長い金属棒を持って戻ってきた。
「おいおいおい！ バールまで持ち込みやがったぞ！？」
「バール？」
「てこの原理でこじ開ける道具だよ」
「てこ……マジで？」
「大マジだ。何処に保管していたのやら？」
それを見た明君は頬を引き攣らせスマホ片手に電話をかける。
私は自分のスマホで撮影を継続し、電話の相手が誰か気になった。
『先生、生徒会室前に来て下さい。犯罪者が居ます！』
「てぃー？」
私が聞き取れたのはティーチャーの一言だけだった。
そうなると明君がやりとりする先生は一人しか居らず、
『待たせた。助っ人も用意したよ』
『ありがとうございます』
「一体、何が起きているの？」
「む？ 妙に騒がしいな……」
外国人講師と共に顧問と生徒指導の犬束先生が付いてきていた。
こういう時、連絡先を知っているかどうかで対応も変わると。
他の先生なら対応してくれるかどうか不明だったもんね。
犬束先生は扉越しに生徒会室を覗き込む。
「なっ！？」
顧問も生徒会室を覗き込んで絶句していた。
「な、なんてことを」
先生方は先輩達が誰なのか知っているみたいだね。
犬束先生は肩を怒らせながら生徒会室に入っていく。
「お前達！ そこで何をしている！？」
「「「「「！！？」」」」」
怒鳴られた先輩方は振り返りつつ驚愕した。
私達は視界に入らないようスマホのカメラ越しに中を覗き込んだ。
犬束先生に次いで顧問も生徒会室に入り、
「倉庫の扉をこんなにして。貴方達のご両親に修理代の請求書を送りますからね」
怒りよりも呆れを示しつつ先輩方が何を遣ったのか理解させていた。
すると先輩の一人が震えながら有り得ない言葉を口走る。
「これは俺の判断ではない、です。に、二年の……凪倉が命じてきて」
は？ この先輩は何を言っているのかな？
「二年の凪倉君が？」
「はい。中にある食券を盗ってこいと」
「ふーん。で？ 言いたい事はそれだけ？」
「そ、それだけって……」
一方の明君は想定済みなのか聞き流している。
「咲、落ち着けよ」
「落ち着いているよ。イラッとしたけど」
『ところで彼は何を言っているの？』
『定番の罪の擦り付けでしょうね？』
『ああ、これがアレの原因の一つと』
外国人講師との会話は分からないが講師が何度も頷いている事から、どういう状況なのか説明しているようだ。
「それで肝心の鍵を本人から預かってきたの？」
「は、はい。このマスターキーで開けられると」
「ふーん。それなら型番を見せてもらっても？」
「い、いえ。それは出来ません」
「なんで？」
「どうしてもです。見せるなと言われていまして」
「貴方は先輩よね。どうして後輩に怯える必要があるの？」
「そ、それは脅されていて」
「脅されているからって犯罪行為に手を染めるのはどうかと思うけど」
「……」
「そもそもの話、この倉庫の鍵は貴方の言う凪倉君が交換したのだけど、どうして交換した鍵が……校内の何処でも使えるマスターキーになるの？」
「「！？」」
「開けるならそれ相応の鍵を手渡してくるはずよ？ それなのに私の預かった……このマスターキーと同じ物がそこにあって、開けるよう仕向けるって何なのかしら？」
顧問はそう言いつつ懐から一本の鍵を示した。
あれが本来のマスターキーで先輩方の持つ鍵が複製品と。
すると顧問は続け様に追い打ちをかける。
「それと凪倉君が交換した鍵は最新式の電子錠よ。専用のカードキーで解錠する鍵ね。そのカードとマスターキーでは形状からして違うわよね。それなのにわざわざバールを持ち出してまで、強引に扉を開く必要が彼にはあるのかしら？」
「倉庫の鍵を所持する凪倉君がマスターキーを？ あり得ないですね」
鍵を持っているならそちらを手渡してくるだろうと続けて発する顧問達だった。
「「くっ」」
語るに落ちるとはこの事か。
先輩方は悔しそうな素振りでその場に座り込んだ。
二年の男子達は茫然自失の様相で犬束先生から睨まれていた。
その後の侵入者達は先生方に連れられて生徒指導室に移動した。
残ったのは私達と破壊の痕跡が目立つ倉庫の扉だけだった。
「中身の物品は大丈夫だったよ。金庫を追加していて良かったね」
「ギリギリ開けられてはいないからな。部分的に壊れただけで」
生徒会室の鍵を所持したままの私は明君と室内に入ってひと息入れた。
明日に備えて休む予定が先延ばしとなったけど今回は仕方ないよね。
「これでマスターキーの問題は解消するかな？」
「複製の複製が存在している可能性もあるからな」
「複製の複製……そうなると全面的に交換しないと厳しい？」
「それこそ交換費用が莫大になりそうだよな」
最初から悪い事をしようと思って複製しているなら始末が悪い。
「どうにか出来ないかな？」
「シリンダーだけ電子錠に置き換える事も出来るが」
「出来るの？」
「今回の鍵はそれだしな」
明君はそう言いつつボロボロの扉に視線を向けた。
「それっておいくら万円？」
「どうするつもりだよ？」
「お爺さまにお願いしてみようかと」
「そちらの伝手を頼ると」
私に出来るのはそれくらいだしね。
どうせならロッカーの鍵も交換したいし。
生理用品を持ち歩く訳にもいかないし。
それがいつ頃になるか分からないけど。
休憩後、生徒会室を施錠した私達は職員室を経由して昇降口に向かった。
昇降口では雨乞いがまたもや騒ぎを起こしていた。
「明日の競技でＡ組のクソ女に勝ったら私と交際して！」
「おいこら。Ａ組は理系だろうが！ それと交際するも何も認められないぞ」
「そこをなんとかお願いします！」
「無理に決まっているだろ！？」
雨乞いの相手は尼河君だった。
尼河君は苛立ち気に怒鳴りつけていた。
「なんだ、あのコントは？」
「さぁ？ 理系同士で戦っても意味ないよね」
「期末試験で戦うならまだ分かるんだがな？」
というか雨乞いが発したＡ組の名称。
もしかすると私が相手なのかな？
クソ女ってたまに呼ばれるし。
「だ、だって……クソ女と交際しているじゃない」
「は？ 誰が誰と交際しているって？」
「Ａ組のクソ女よ！」
もしかして先の勘違いが継続中？
（先日の騒ぎでは碧ちゃん相手に突っかかっていたけど）
あれはもしかすると二股か何かと勘違いして？
「クソ女って言われても分からないぞ」
「白木よ。白木咲！」
「はぁ？」
おぅ、やっぱり勘違いしたままだぁ。
「恋愛脳って時々、おかしな方向に狂う時があるよな」
「う、うん。私も今日ばかりは同じ事を思ったよ」
私の愛する人は後にも先にも明君だけなんだけど。
その証拠にトイレ以外では一緒に居る事が多いしね。
今も隣に立って左腕を握ったままだし。
それなのに奴の脳内では私と尼河君の交際が続いていた。
「俺の交際相手が白木って。そんな事があれば俺が明に殺されるんだが、その勘違い……勘弁してくれないか？」
「はい？ 勘違い？」
明君も碧ちゃん相手に同じ事を言っていたよね。
親友だからか同じ発言をする的な。
「部員の手前、叱れなかったが今回は我慢出来ないわ。いいか、よく聞け！ 白木の交際相手は凪倉明だ。俺の彼女は市河碧だから覚えておけ！」
「え？ え？ え？ あの、不良と……」
「不良も誤報だ。いい加減、嘘に惑わされるなよ」
「嘘？」
こうなると出て行くしかないよね。
今のままだと私達も帰るに帰れないし。
私達は知らぬ存ぜぬの素振りで下駄箱に向かい、入口前に佇む二人を一瞥しつつ語り合った。
「あの雨乞い女子、すっごい面倒な性格しているよな？」
「うん。義姉の方がサバサバしている分、違いがハッキリしているよね」
「粘着っていうか、ストーカー気質っていうか」
「ヤンデレも若干入っているしね。貧乳なのに」
私が貧乳というとギンッとキツい視線をこちらに向けてきた。
明君の陰に隠れているから気づかれてはいないけど。
「なんだ、明も居たのか」
「今から帰るところだよ。それと、そこの貧乳」
「ひ！？ 貧乳とか言うな！」
いやいや、名前では呼べないし名字だと先輩と被る。
渾名を使うと火に油だし、そうなると貧乳しかないと思う。
雨乞いとは直接的な面識もないからね。
「灯に惚れられたきゃ、今より七つカップを引き上げる事だ。それが叶わない内はどうあっても振り向く事は有り得ないぞ」
「どうあっても振り向く事は……なんで碧のサイズを知っているんだよ？」
「咲に聞いた」
「私が教えたよ」
「そ、そうか」
私が教えたとなれば言い返せないよね。
一方、雨乞いは大きさを聞いて顔面蒼白となった。
「う、嘘よ。有り得ない！ そんなお化け胸……何処に片付けて？」
「上手く片付けているのは確かだよ。着痩せってレベルを軽く凌駕しているけど」
「じゃ、じゃあ……本当に？ お化け胸を持っているの」
「本当の話だよ。お化け胸を普段から抱えているし」
なので追い打ちをかけると別の方面にも傷が入った。
「俺の彼女の胸がお化け胸って」
「まぁ会長よりも大きいからな。校内イチなのは確かだ」
「そ、そうか……俺は揉みすぎたのか……」
別の意味でショックを受けているし。
「いつ頃から揉んでいたんだよ」
「中一から？ 何度か会っては」
「頻繁に揉んでいたのかよ？」
「そうなるな」
「バスケ部員の握力で？」
「ああ」
遠恋の末と思ったけど再会する機会は結構あったのね。
そうなると私とは少し違うかも。
私の場合は年齢イコールだったし。
「貧乳も新しい恋を探せばいいさ。名前負けしないよう異性を見極める目を養ってな」
「う、うん」
意気消沈した雨乞いはトボトボと校門まで向かっていった。
尼河君は別の意味で消沈していたが気にするだけ損だよね？
「俺、今日から碧の胸を攻めるのは止める」
「そ、そうか」
「その代わり、ヘソを中心に攻めてみる」
「お、おう。程々にな」
碧ちゃん、先にドンマイとだけ言っておく。
碧、ドンマイ(´・ω・｀)
