第48話 前任者を怒鳴りたくなった。
明君達と学食の問題を解決して会議室に戻った。
現状、準備の五割も終わらせていない状況で下校時刻まであと少しという時に、
「なんでそんな女と付き合っているんですか!?」
扉を開けた瞬間に雨乞いの叫び声が響いた。
扉を挟んで右手側には威嚇中の碧ちゃんが困惑気味の尼河君にしがみ付いていた。
左側には碧ちゃんを威嚇する雨乞いの姿が目に入り、会長と目配せした私は大きな溜息を吐いた。
「次から次へと……」
「私は風紀委員室に向かった晴を呼んでくるよ」
「すみませんが、よろしくお願いします」
義姉不在の会議室。
会長は副会長と打ち合わせ中であろう風紀委員室に向かった。
一方の私は雨乞いに近づいて注意を入れる。
「こらこら、準備の邪魔をするなら帰ってね」
「邪魔しないでよ! こちらの話なんだから」
「イラッ。邪魔しているのはあんたの方でしょうが!」
「なんですってぇ!」
元々、私と雨乞いは折り合いが悪い。
不仲というほどではないにせよ、顔を突き合わすだけで喧嘩になる。
この場合、雨乞いが一方的に反発するだけだと思うけど、どうせ関わるなら喧嘩しないでいたいよね。
お陰で楽しい雰囲気が一瞬で霧散したし。
苛立った私は扉を指さし、
「雨乞いは帰宅しなさい!」
「雨乞いですって!?」
帰るよう促したが火に油を注ぐだけだった。
まさにヒステリー女。
恋に焦がれて暴走する名前負けした女子だった。
私と雨乞いの口喧嘩はヒートアップしたが、明君からどうにかしろとの視線を頂いたので雨乞いの手首を掴んで引っ張った。
「次からは間女と呼ぶよ」
「誰が間女よ!」
「雨乞い」
「はぁ!?」
引っ張る次いでに渾名を刷新したら別の意味で怒鳴ったけどね。
「存在そのものが間女じゃないの」
「なんですってぇ!」
本当の事を言われて怒鳴るって何なのだろうか?
「あの二人は遠恋の末に結ばれたんだよ。その間に割って入る権利は誰にも無いの」
私も遠恋の末に肉体的に結ばれて……はいないけど交際を始めたしね。
同じ経験をした碧ちゃんの気持ちは痛いほど分かるのだ。
ただね、遠恋話は経験の有無が影響すると、後の言葉で分かったよ。
「だからなんだって言うのよ!?」
「それが理解できないってなんなの?」
「遠恋なんて自然消滅するようなものじゃない! そんな続くかどうかも分からない恋に固執するより、新しい恋をした方が建設的でしょうに!」
これは私の心にもグサッと刺さったね。
イラッとした方が正しいけど。
(恋の話はとうの昔に素通りしている関係なんだけど?)
いつもなら怒鳴りつけるが周囲からの印象が変化するので私は冷静を装った。
「なら、新しい恋の相手は自分だと言いたいの?」
腕を掴んだまま睨みつつ問いかけると、
「そ、そうとは言っていないけど……ゴニョゴニョ」
マジで恋する乙女がそこに居た。
好意はある。だが、告白する勇気はない。
でも、気に入らないから好感度を下げる事になっても口を出す。
(単純に偶像のように見守っていたいだけのように思えるけど)
雰囲気が何時ぞやの男子達のように感じてしまった私だった。
(一歩も踏み出せない者が語っていい話ではないのだけど)
一先ずの私は腕を掴んだまま瞳のハイライトを消した雨音恋を廊下へと連れていく。
「とりあえず、準備の邪魔だから帰ってね」
「……」
反発すると思ったけど頭の中がお花畑なのか廊下へと連れ出す事に成功した。
そのまま扉を閉めて見なかった事にした私だった。
「さて、騒がしくなったけど、仕事の続き、しようか」
「そ、そうですね。皆さん、お騒がせしました」
「こ、こういう時、咲に任せる方がいいよね」
「そうだな。流石は俺達のクラス委員長だな。うん」
問題が解決した矢先に降って湧いた雨音恋。
一体、誰がどのようにして彼女を呼んだのだろうか?
すると廊下から義姉の説教が木霊した。
『今日は部活の後に帰るんじゃなかったの?』
『義姉さん……えっと、その』
『なんでも書記ちゃんを怒鳴りつけたらしいじゃない』
『そ、それは』
この感じ、義姉の前では猫を被っているのかな?
急に大人しくなった雨乞いは素直に謝るだけだった。
『謝ればいいって話ではないのだけど』
義姉の呆れの声音、仲裁する会長の声音も響く。
『まぁまぁ。そこらでいいだろう。仕事はまだ残っているし』
『李依。そ、そうね』
仲裁を終えた会長は冷静に対応を始めた。
『君も、実行委員に用が無いなら帰宅しなさい。中は関係者しかいないからね』
ここで無関係な者を引き入れるのは好ましくないもの。
何度となく侵入されて内部犯までも出てしまったし。
それを聞いた雨乞いは何を思ったのか、
『で、でしたら、尼河君も無関係なので連れて帰ってもいいですか?』
『『……』』
会長達が沈黙する一言を発してしまった。
無関係者がもう一人居る。
確かにそれを言われると返す言葉もない。
碧ちゃんに視線を移すと頭を何度も横に振っていた。
「ここで俺を名指しかよ」
尼河君は額に青筋を浮かべて苛立っていた。
今にも廊下に出て行きそうな雰囲気だよね。
「帰ったらダメだからね?」
「帰らないよ。途中で投げ出すなんて真似は出来ないし」
「良かったぁ。絶対だからね!」
緊迫感のある廊下とピンク色の室内と。
すると逡巡したであろう会長は意を決して否定する。
『いや、尼河君は関係者だからそれは出来ない』
『なっ! なんでですか!? 委員にも関わっていないのに!』
関わっていないね。
部活動の生徒は退出したバカを除くと参加していないから。
『尼河君は今回限りだが、臨時で関わってもらう事になったんだ。次回の準備では関わらないから安心してくれ』
『ど、どうして……』
単純に人手不足が大きいよね。
退出していったバカが存在するから。
『彼は退出した免飯君の代わりに入ってもらっただけだ』
『免飯君……』
そういえばそんな名字だった気がする。
名の通り、色々と緩そうだったけども。
すると義姉が疑問気に雨乞いに質問する。
『ところで会議室の場所はどうやって知ったの? 毎回場所が異なるし関係者のグループでしか伝わっていないのに』
確かにそうだね。
体育祭実行委員のグループで連絡しているのに。
校内放送だと色々漏れるから、こういう方法を採っている訳だし。
これは放課後限定の利用なので教師からも黙認してもらっている。
問われた雨乞いはボソボソと呟いた。
『えっと……免飯君に教えてもらって』
『『……』』
どうしてこう、邪魔しか出来ないのかな、彼?
会長達もこれには絶句。
退出してマネージャーを寄越すって何様なのだろう?
彼が抜けた穴を埋めるための人員なのにね?
抜ける前から委員の仕事すらしていないけど。
『これはF組の担任に説教してもらわないとね』
『私も思った。守秘義務がどんなものか説教しないと』
説教して通じる人物ではないと思うけどね。
名の通り、思考回路も緩そうだし。
こうして雨乞いは渋々と帰宅していった。
残った私達は数十分で総仕上げに入り、
「「「終わったぁ!」」」
後は前日の準備だけとなった。
大まかな準備物は例年通りの物しかないので少ないけどね。
借り物競走や一部のルール変更に即した物とかは別途用意する必要があったから。
各種大物も備品倉庫にしまってあるので明日にでも状態確認する事になっている。
それは生徒会執行部が行うから実行委員は参加しないけどね。
「全員、忘れ物がないように!」
「「「はーい!」」」
仕事を終えた実行委員達は退出していく。
尼河君は片付けを終えた碧ちゃんを待っていた。
「帰るか」
「うん!」
二人が帰宅していき、会長達も鍵の確認を済ませていく。
「戸締まり良し。忘れ物もないね」
「例年通りなら、こんな時間まで残らないのに」
「今年は邪魔者が溢れかえっていたからね」
「仕方ないですよ。問題も山積みでしたし」
私と明君も会長達を一瞥しつつ退出していく。
「備品だけは生徒会室に戻さないとな」
「そうだね。準備物も忘れずに」
途中で生徒会室に立ち寄って準備物を隣室の倉庫へと片付けた。
倉庫の施錠は心許ないが預ける場所はここしか無いしね。
会議室に置きっぱなしが出来ないから仕方なかった。
すると明君が、
「ここをこうして」
倉庫の鍵に何かを当てはめていた。
「何をしているの?」
「鍵交換」
「は?」
えっと、そんなことが許されるの?
明君は一枚の書類を私に示す。
「学校の許可は貰っているよ。実は生徒会入りが決まった日に気になって申請書類を提出していたんだよ。備品を収めるとしても心許ないから、変えていいですかって」
「そうだったんだ……」
「システム管理者が備品管理も担っていたようで、許可証をこうやって貰っているって訳だ。鍵はマンションと同じだ。俺が個人的に用意した物を当てはめているんだ」
「ところで鍵穴は無いの?」
「一応あるぞ。無かったら問題が起きた時に対応が出来なくなるからな」
「そうなんだ」
明君は手慣れた調子で固定を済ませていく。
最後はスマホを翳して動作確認していた。
カードキーかと思ったけどスマホでも施錠と解錠が出来たんだね。
「あとで会長達のスマホにも専用アプリを入れてもらわないとな」
「ああ、アプリもあったんだ」
「まぁな。俺が開発したようなものだし」
「ふぁ?」
明君が開発した?
それって凄い事なんじゃ?
私が部屋を借りる前に導入された家の鍵。
その発端は明君と。
私は明君の背後にまわりギュッと抱きついて囁いた。
「明君、あとで色々……教えてね?」
なんていうか感情のまま勢いで抱きついたね。
嬉しい。とても愛おしい気持ちが溢れた的な。
「お、おう。分かったから胸を押し付けるな」
「減るものでもないし。別にいいじゃない?」
「そ、それはそうだが」
内心では嬉しいくせに。
私は抱きついたまま明君の鼓動と匂いを感じつつ、本日の疲れを癒やしていく。
お陰で一人エッチでは拭えない普段のストレスが解消されるようだよ。
明君は施錠しつつ身体の向きを変えて私の頭をポンポンと叩く。
「残りは帰ってからな。今はまだ学校だから」
「そ、そうだね。うん」
ブラックコーヒーが飲みたくなった(´・ω・`)