第15話 こういう外堀なら歓迎だよ。
勉強会を開く間、明君は淡々とノートパソコンのキーボードをカチャカチャ叩いていた。
そのタイピングスピードはとても速く見惚れてしまった私だった。
それだけではなく急に止まったと思ったらジッと画面を見つめ、英単語の書かれた文字列を睨んでいた。
横目でそれを眺めた瞬間、目眩がしたよ。
明君曰くその文字列が裏サイトを表示するコード……プログラムの一種だと教えてくれた。
(そういえば授業の中にプログラミングがあったような? それなんて……明君には児戯にも等しい授業のような気がする。私は分からないけど……直前で見た流れるような文字列も、その成果物なのかも)
私がノート片手にうんうんと唸っている間も睨めっこを続け、いつの間にやら問題点を洗い出して開発者と呼ばれる権利所有者の会社まで突き止めた。
(突き止めたあとの行動は早かったよね)
隣で何らかのファイルを開いて見た事のないアプリを立ち上げた。
学校裏サイトと同じような外観を数分で仕上げた。
それだけではなく似たようなガス抜き場を即座に公開して、既存の裏サイト……高校と中学の裏サイトに管理移管と投稿して、利用者を上手い具合に明君の用意した裏サイトに誘導した。
最初は数人が移動してきて段階的に増えていった。
頃合いを見計らって権利者の会社へと通報した。
直後、真っ黒な画面が立ち上がり、数分後に真っ白な画面に切り替わった。
明君は意味深な言葉を発していたが、思惑通りなのか管理者までも投稿して愚痴っていた。
「えっと。急に閉じやがった。誰がこんな物を用意したんだ。許せない?」
「何を書いているんだろうね?」
「案の定、名前を書き込んで書けなくて」
「イニシャルになったね。内容は同じ物みたい」
「だが、代替文字列になっているからにゃーって」
「ふふっ。猫語だと言葉が通じないよね」
そいつが私のパンツが真っ赤だと揶揄った男子と知って苛立ちを覚えたけど、
(懲りずに同じ内容って……主導権を得たい的な思考回路なのかな?)
明君が代わりに報復したも同然なので少しスッキリした私だった。
明君にとっても因縁の相手で報復が叶って何処か嬉しそうだった。
(とはいえ、これは前哨戦だよね、きっと。元を絶っても拡散した噂を消すのは難しいよね?)
それこそ……。
(明君が何らかの片鱗を示してくれたら、少しくらいは変化しそうな気がする。瑠璃のように垢抜けた容姿と素を知って目に見えている事が本当だと気づく子も居るもんね)
明君も髪型だけは嫌気がさしていたからか自分から切りたいと言ってきたし。
(急に髪を染めようとしたのも私と釣り合う容姿にしたかったのかも?)
周囲の空気に同調する事は嫌いつつも私に合わせてくれている感じもしたし。
(でもね、私は別に長い髪を切っても切らなくても良かったんだよ?)
明君の格好いい表情は私だけの物だもの。
隣で拾った証拠を文章ファイルに纏めている明君。
その表情は真剣そのものだ。
送り先は管理人さんみたいだけど。
早速返信が届いて楽しそうな明君だった。
この笑顔もイイネ!
「何処で集めた? 閉鎖させた裏サイトっと!」
「管理人さんはなんて?」
「内容を検めて可能なら訴訟の準備をするって」
「そうなんだ」
「公に有ること無いこと記して意識誘導したからな。スクショもあるし、開発者の記した規約違反の件も含めて合同でなんとかするだろう。資料に開発者からの返信も入れたから」
「返信?」
「必要なら腕の良い弁護士を紹介しますよって送ったから、食いついた的な?」
「そ、そうなんだ」
「開発者はフリーランスだから安易に弁護士なんて雇えないからな。ハズレを引く事だってあるし」
「フリーランス?」
「個人事業主と言えばいいか。法人化していない美容室の店長みたいな人達の事を指す名称だよ」
「なるほど」
このイタズラ小僧のような楽しげな笑顔。
真剣な表情もいいけど、コレもいい。むしろコレがイイ!
ビデオレターで見てきた明るい明君が目の前に居るよ。
(学校でのブー垂れた表情も新鮮だけど、私は今の明君の表情が好きだな)
正直を言えば瑠璃にも明君の素顔を見せたくなかった。
明日の事を考えると……少しドキドキしてしまう。
(色目を使う女子が現れるかな? それは少し嫌だなぁ)
でも噂の件があるから、変化するかな?
しない可能性もあるな。
(これは今までの考え方と矛盾してるかな? 周囲に魅せたい。でも、本当は魅せたくない!)
本当は交際を示したい。
でも、別れさせたいとする者達が動くから示せない。
別れさせたいとするのは教師達、汚点になるから関わるなと言ってきたもんね。
明君に関わった者は内申書に響くぞと脅してきた教師も居た。
一部の色目を使う先輩とか男子達、問題児が良いなら俺達の方が良いとかね。
根暗、ダサい、釣り合わない。
自分達の色眼鏡越しに見た明君を貶す。
(そうなると片鱗を示してくれる方がいいけど)
こればかりは対策が思いつかない私であった。
すると明君のスマホに電話がかかってくる。
「ん? 電話だ」
明君は画面を訝しみながら見つめ難しい表情に変化した。
「何処からの電話?」
「……外国人講師だな。ウチの高校で教鞭を執っている」
「外国人講師って……あの?」
「そうそう。ちょっと待ってな」
「うん」
明君はリビングから少し離れ、電話に出て会話する。
流暢な英語、聞き取れない速さ、これってネイティブ英会話?
「何を話しているのか分からない」
おそらく英語教師でも通じないかもしれない。
外国人講師も授業ではゆっくりとした発音だから。
素の会話はそれだけ速いって事なのかも。
電話を切った明君。
如何ともしがたい表情で戻ってきた。
「どうかした?」
「なんか腹立たしいから明日の一限目でガチ会話するぞって言ってきた」
「は?」
「今日って入学式だろ」
「そうだね」
「入学式の後に職員室に集まった教師達が口々にな」
口々に『今年は問題児が居なくて助かります』とか『我が校の面汚し』とか、イラッとする言葉を吐きまくったらしい。
それを聞いた外国人講師は『見る目の無い君達には失望した』と返したそうだ。
なんでそうなったのか知らないが『見る目が無いのは君ではないか?』と英語教師から言われてカチンとしたらしい。
私はあの外国人講師が明君を擁護している事に驚きを隠せないでいた。
「というか、いつの間に顔見知りなったの?」
明君は私の問いに遠い目をして語りだす。
「あれは昨年の冬だったか。アレクから国際電話が入って」
昨年の冬、語学留学が決まったと報告が入ったらしい。
そこで何処の大学が良いか打診するため、明君に教えを請うてきた。
その電話の最中、たまたま通りかかった外国人講師が聞き耳を立てていたらしい。
電話の後、振り返ると満面の笑みの外国人講師が居て、
『大変素晴らしい発音だった! この僻地で祖国の生の会話を聞く事になろうとは。二年にも一人だけ上手い女子も居るが、その子とは一線を画すようだ!』
『ど、どうも』
そう、べた褒めしたそうだ。
その時に帰国子女だった事、各国を渡り歩いた事も伝えたらしい。
四才から十四才までの十年間を海外で生活してきた事もね。
「それと時々、日本に帰国していた事も」
「帰国して……はぁ!? な、何それ、聞いてないよ!」
「いや、当時の友達に祖国を案内しただけで、な?」
「それって、観光ってこと?」
「そうともいう」
「うぅ、羨ましい。私も明君とデートしたい! 外でイチャイチャしたい!」
「イチャイチャって。つ、次の休みの日でいいなら、何処か遊びに行くか?」
「遊びに!? 行く! 絶対に行く! 絶対だよ? 忘れたら嫌だよ? 絶対だからね!」
「お、おう」
あとはアラビア語以外なら会話が可能な事も伝えたそうだ。
それはそれで凄いけどね。
というか、帰国の件は本当に知らなかったよ!
それはともかく、
「そんな訳で。謂れなき悪意の噂の所為でこうなったって伝えたら、怒り心頭になったな」
「い、怒り心頭?」
「見つけ次第、とっちめるって。汚い言葉も吐いていた。ただな、大使館に迷惑掛けるからそれは無しの方向でって諌めたけどな」
「それは諌めないと不味いよ。でも、味方になってくれる先生も居たんだね」
「今の所、家庭科の先生と保健医、外国人講師だけだがな」
家庭科の先生は調理実習で片鱗を見ているから苦言こそ呈すが強くは言わない。
外国人講師は先の件で認知したから当たり前のように味方になっていると。
でも、残り一人は簡単に味方になるような人物ではない気がする。
中立ではあるが何処か他人事のように物事を見ている先生だから。
「保健医も?」
「ああ、噂の否定派だな。喫煙とか、そんなの健康診断の結果を見たら一目瞭然だろ。歯にヤニが付いていない。呼吸も正常。薬物なんてやっていたら血液検査で一発だ。体力測定でも判明するからな、余力有りって」
「た、確かに」
「嘘、デタラメ。科学で証明が可能な事案で、根拠無き噂をでっち上げる。でっち上げた奴の精神を疑うって言っていたし」
「そういえばそうだよね。なんで誰も気づかないんだろう?」
「脳みそがガチガチに硬いか、脳筋なだけだろうな」
価値観が凝り固まった結果とでも言えばいいのかな?
柔軟性のない脳みそって意味だから。
脳筋についてはそのままの意味だけど。
そうなると……。
「明日の英語はどうするの?」
「するしかないだろうな。外堀も埋められてしまったし」
「外堀?」
「何か、一年の復習もかねて日常会話の例題を提示する事になったんだと」
「そ、それって?」
「リスニングだ。聞いて理解して訳せるかどうか抜き打ちで試すらしい」
「そんなの訳せないでしょ?」
ガチの英会話なんて。
「いや、最初は教師と話す。そのまま生徒を当てる流れに持っていく」
「そ、それで?」
「講師が探す振りして俺を当てると」
「それって出来るのかって言いたげな顔しそう」
「いや、それが本来の目的だろう」
「あ、正しさを示すため?」
「そうともいう」
それを聞いた私は明日の授業が楽しみになった。