第12話 人の縁は何処でも繋がると。
一先ず、瑠璃を私達の味方に引き入れる事は叶った。
「アキー! 久しぶり!」
「久しぶりだな。アレク」
それは明君のかつてのチームメイトを紹介したからだ。
今日の事を忘れてもらう事は無理だったが、
「わっ、わっ、わっ!」
私の隣で大興奮の様子を見るに、これまで以上のタイプだと分かるね。
写真で見るよりも身長が高く、シャツ越しに筋肉が盛り上がっている。
明君もそこそこ鍛えられているが日本人と欧米人の差は歴然だった。
「お? この子が?」
「そうそう。メッセで教えた柏瑠璃だ」
「ルリ! ベリーキュートね。声も可愛い!」
「わー! 声が可愛いって言ってもらえた!」
「はいはい、可愛い可愛い」
というか親友として心配になるくらいチョロ過ぎるよ。
「で、こっちが」
すると明君が私の腰に右手を回して抱き寄せた。
そのまま私の左手を握って恋人繋ぎをしてくれた。
(はぅぅぅ……嬉しくて鼻血が出そう!)
という気持ちは置いといて!
冷静を装いつつ挨拶した。
「どうも、明君のフィアンセの咲です」
何度も練習していたから、するりと言葉が出てきた。
明君の友達は上から下、下から上へとイヤらしく感じさせない視線を向ける。
(そこらの男共なら確実にイヤらしい視線を与えてくるのに段違いだよ)
但し、明君は除く。
彼は楽しげな微笑みで明君の左肩をポンポンと叩いた。
「ほぉ〜。これまた綺麗だ。大事にしろよ?」
「当たり前だろ? そんなの」
「そうか、そうか。てか、お前が言ってた好きな子って?」
「ああ、そういうこった」
「そうか。この子が相手なら、レミとルナとエリーは逆立ちしたって勝てねぇわ」
レ?
ああ、明君のガールフレンドだった子か。
というか三人も居たの?
何人と付き合っていたんだろう?
「ま、まぁな」
そんな引き攣らなくても?
頬に冷や汗まで流しているし。
(今は別に怒ってないよ?)
私は所有権を主張するつもりで明君の右腕を抱き締めた。
「私は彼を誰よ〜りっも。愛していますから!」
「……」
胸の谷間に右腕が埋まったが、それくらいしないと理解されないだろうから。
特に彼の隣できょとんとする瑠璃とかね。
「これまた、熱い熱い!」
「な、なんか、咲に悪い事をしたみたいね」
瑠璃はバツの悪い顔で右頬を掻いた。
悪い事。例の噂が原因で根暗などと呼びまくったから。
「気にしてないよ。そもそもあれは……」
すると明君が左手を強く握り締め話すなと伝えてきた。
(おっと、この場には知らない人も居たよ)
瑠璃も察したのか目を泳がせながら話題をそらす。
「ま、まぁ、あれだ。バイト先に行く? 積もる話はそこでしたらいいでしょ?」
それを聞いた明君達はきょとん。
「「バイト先?」」
私も瑠璃のバイト先と聞いてシフトが入っている方を思い出した。
「まさか、スーパーマーケットに行くつもりなの?」
「違う違う。そちらのシフトは夕方からだから」
「ああ、私達のバイト先ってことか」
「そうそう」
それなら何とかなるかな?
名字さえ伝えなければ明君本人だと気づく者は居ないし。
そもそもの話、バイト先に私達の学校の生徒は勤務していないしね。
私と瑠璃だけで、残りは大学生とか他校の生徒達だ。
私は明君に上目遣いで問いかけた。
「どうする?」
「咲が構わないなら行ってもいいぞ。アレクは?」
「そうだな。俺も行ってもいいな。そこが楽しそうな仕事場なら俺も働いてみたいし」
「決まりね!」
こうして私達はバイト先まで向かった。
私と明君が前を、瑠璃と彼が後ろから歩いてきた。
後の様子をチラ見すると楽しげな雰囲気が伝わってきた。
「でね。私、バスケする人が好きなんだ」
「そうなのか。俺もするんだよ」
実年齢と相違ない見た目の瑠璃と厳つい外国人男性。
会話を聞く限り趣味も合っているようで、彼が辟易しない限りは続きそうだ。
「アレクの好みにピッタリだったな」
「好みって?」
「明るい性格、毒舌、庇護欲をそそられる容姿だな……別に変態ではないぞ?」
「分かってるよ、それくらい」
「それと尽くすタイプな」
「あー。合致しすぎて恐い」
瑠璃は自分で言っていた通り、男に染まりやすい。
つまり相手の好みになるよう努力を惜しまない女の子だった。
「冷める時は一瞬で冷めるから注意が必要なんだけどね」
私がそう呟きながら視線を前に戻す。
明君はきょとんとしながらも、
「そ、それって?」
どういう意味だと言いたげな質問を繰り出した。
(内容によってはセクハラになると理解している反応だね)
私が相手なら好きに言ってもいいのだけど何処に耳目があるか分からないから警戒しているようだ。
なので言葉には出さず視線の動きだけで示してあげた。
「ああ、こちらの意味で」
私は自分のスカートと明君のズボンを交互に見つめる。
明君も視線を向け、察した表情で視線をそらした。
「あ、そういう」
「そうそう」
私はまだ未経験だから何がどうとは言えないけど瑠璃の男性遍歴ではそういう経験が既に有り、上手い下手で判別する事が多い。
今までの言動だと「相性はいいが合致する人には出会っていない」そうだ。
「ま、大丈夫だろ。デカいし」
「デカい?」
「なんでもない」
そのデカいって身長かな?
それとも……あ、そういう。
「な、なら、安心してもいいのかな?」
「アイツのリード次第だが大丈夫だろ」
ボソッと経験豊富と呟きながら。
意外とそういった面でも瑠璃とは相性がいいかもね。
それからしばらくして私と瑠璃の働くファミレスが見えてきた。
「ここが咲のバイト先か」
「そうだよ。入ろ?」
私達のバイト先はチェーン店のファミレスだ。
私も一応社長令嬢だけど両親の教育方針で家賃以外は自分で稼いで管理する事になっているの。その教育方針を雇われ店長に語ったら、即採用と言われて今に至る。
「ああ、今の時間帯は少ない方か?」
「そうかもね。私は夕方からのシフトしか入っていないけど」
「夕方だけか? 普段は来ないのか?」
「ふ、普段は、あまり、来ない……かな?」
私は遠い目をして明君に語った。
「あ、あまり?」
「ここ、ブラックだから」
「あ、察し……」
「察してくれてありがとう」
そう、シフト休みの夕方に入店すると、お局様から暇していると思われて強制休日出勤をさせられるのよ。
店長は「無理しないでね」と優しく応じてくれるのだが、パートのお局様が強引に話を進めるから厄介極まりないんだよね。
店長よりも正社員よりも語気の強いパートってなんなのだろう、本当に。
私は明君と共に店内に入る。
「ああ、もう座っているし」
「俺達が入口で止まっている間に入ったみたいだな」
「動きだけは機敏だよね」
「そうだなっ……うげっ」
何故か明君が頬を引き攣らせた。
誰か居たのかなと思いつつ視線の先を見ると……問題のお局様が居た。
「明君は、アレを知っているの?」
「知ってる。叔母さんの天敵だ」
「て、天敵?」
一方、瑠璃と彼はバカップルの様相でメニューを見ていた。
「すげぇ! 美味しそうな料理がある!」
「これとこれは実際に美味しいよ? 頼んでみる?」
「おう、それはすっごい楽しみだ!」
既に意気投合しているようで何よりだが、お局様が睨んでるよ?
「男連れで来やがったって呟いてら」
「え? 見えるの?」
「読唇術でな。口の動きだけで分かるんだ」
「そんな事も出来たんだね」
私の婚約者は隠し技能が凄まじいよね。
私と明君は店員に案内される前に瑠璃達の対面に座った。
「それで飲み物はどうする?」
「全員、ドリンクバーでいいか」
「それでいいな。色々飲みたいし」
「りょ。じゃあ、私は煮込みハンバーグ」
「俺は厚切りステーキで。やっぱり肉が一番だ」
「俺はビーフシチューとライスでいいか」
「私はそうだな……サラダとオムライスで」
それぞれが注文を決めて店員を呼び出した。
呼び出しに応じたのはパートのおばさんだった。
それも私達の知らない昼間だけ働くおばさんだ。
顔見知りではないので普通に応じてくれた。
「では復唱します……」
お局様は睨みながらテーブルを拭いている。
パートのおばさんが離れると裏に引っ込んだ。
私と瑠璃は座席から立ち上がりドリンクバーに向かう。
「あれは何か聞きに向かったのかな?」
「届ける時は私が向かうとか言ってそう」
「あー。やりそうだね、それ」
「私達の彼にちょっかいかけてほしくないけど」
彼、か。
まだ交際していないはずだけど。
瑠璃の中では無事に彼氏になったみたいだね。
私は明君のコーヒーを淹れつつ瑠璃に応じる。
「明君は割と嫌がりそうだけどね」
「そうなの?」
瑠璃は彼が頼んだコーラをグラスに注いでいた。
「どうも、お局様と顔見知りみたい」
「へぇ〜。意外な共通点があったのね?」
「本当にそう思うよ」
ちらっとしか聞いていないけど嫌悪する相手なのは確かだ。
ちなみに、明君達は荷物の番をすると言って私達に任せてくれた。
実はここ最近、店内で置き引きが発生していて、それを警戒しての事だった。
レジ付近に置き引き注意のポスターもあったからね。
目敏く見つけて対応に出るあたり格好いいと思うよ。
私達はいつものようにお盆を片手で持って座席に戻る。
「というか、置き引き犯って、まだ捕まっていないんだね」
「一応、警察にきてもらってはいるみたいだよ。防犯カメラの死角を知っている者の犯行みたいだけど」
「死角って……ああ、そうか客席はプライバシー保護があるから」
「そうそう。俯瞰でしか映せないもんね」
あとはカメラの解像度が低いから顔の輪郭と服装がはっきりしないのだ。
格安カメラを設置するのはどうかと思うけど、どういう訳か本社から不要と判断され、現場で都度対応せよと命じられているらしい。解せぬ。
「カメラの件といい本当に……ね」
毒舌の瑠璃ですら言葉に出せないブラックさ。
ここが私達のバイト先だから大きな声では言えないのよね。
他店なら店名を隠して堂々と言っていたりするが、この店では出来ない。
面倒なお局様が目を光らせているから。
「あれって幾つだっけ?」
「確か三十七才だね」
「卜部嫁希さん十七才か」
「名前負けしてるよね」