第10話 驚愕のネタバレで目が点だ。
俺がいつもより遅いジョギングから帰ると女性物のスニーカーが玄関にあった。
(ん? このスニーカーは白木か?)
それは紗江さんの思いつきで作る事になった彼女の食事。
彼女と交流して、普段と異なる彼女を見てみようとの提案だった。
提案を受けた時の俺は「本人の意思を尊重する」と返して風呂に入った。
寝る前に返答した時も喜んでいたっけ?
俺は靴を脱いで水分補給のためキッチンへと向かう。
リビングには灯りが点っておらず無人だと分かった。
(白木は……紗江さんの部屋か)
どういう訳か飲兵衛の部屋にお呼ばれしているようだ。
いつもなら帰った事を伝えるが、込み入った会話が聞こえたため、自室に入って着替えを取ってきた。
(なんか、さーちゃん、さーちゃんって言っているな。別人相手に……いや、似た名前だからそう呼んでいるだけか。気にしすぎるのは俺の悪い癖だな)
俺が好きだった女の子も咲という名前だった。
偶然なのか知らないが同名が身近な場所に居るんだなって興味を持った程だ。
ただ、興味を持っても普段から塩対応なので別人と思っても不思議ではないな。
憎まれ口を叩きつつも泣きながら付いてきた女の子。
最後は俺が折れて物理的に尻に敷かれれる事が多かった。
父さんからも尻に敷かれる方がいいぞと言われて育ってきたので、俺が気を許した女性に甘いのはそれが原因のように思える。
叔母相手ですらそういう対応に出てしまうもんな。
(あれは甘え上手なだけだと思いたいけど)
そんな中、意味深な会話が廊下まで響いてきた。
『単純に言うと子供と大人』
『子供と大人?』
『思春期に入った頃合いが抜けているから、頭の中で繋がっていないだけなのかもね。時々垣間見えるさーちゃんの笑顔と仕草が当時を彷彿させるからポロッと言葉に出たのかもね、きっと』
『そ、そ、そんなのって無いよぉ!』
白木の絶叫と慰める紗江さんの声音。
『明君にとって、さーちゃんとのビデオレターが唯一の繋がりだったのだもの。途中抜けした原因が掴めるまでは耐えるしかないわね』
『つらい』
会話を最初から聞いていないので状況は読めないが……、
(思春期? ビデオレター? なんで白木がそれを? そういえば……)
俺の家に届いていたビデオレターの封筒。
それは一度開封されたような跡があったな。
その時は俺が受け取った。
開けてびっくりしたのはケースはあるのにメディアが無かった事だ。
(あれは確か、俺の部屋に保管していたよな?)
不意に気になった俺は自室に戻って封筒束の入った箱を開けていった。
数年分の封筒束だから見つけ出すのは苦労した。
しばらく漁るとビニール袋に入った封筒が見えてきた。
「これか。不審な封筒だったから受け取りはしたけど、手袋をつけて取り出したんだっけ……」
それで中身を見たらメディアの無いケースだけが出てきて宛先は俺宛だった。
この事を父さんに問うと「ド忘れしたんだろう」と言っていた。
女の子の母親はともかく父親は割とポンコツらしいから。
「今思うと……紛失事件だよな。これ?」
受け取った時の俺は外国に居た関係で日本の司法。
警察当局に被害届を出す事が出来なかった。
そもそもの話、未成年で小四の年齢だ。
届けたとしても請け負う警察官など一人も居ないだろう。
「でも今は国内に居るから出そうと思えば出せるよな?」
そう、呟きつつ自室から出て紗江さんの部屋の扉を叩く。
「紗江さん。今、帰った」
本当はもっと前に帰っていたが、余計な事は言わなくてもいいだろう。
『はーい』
返事の後にスウェットを着た紗江さんが顔を出したので、
「これの被害届、頼む。過去の被害だから受理されるか不明だがな」
「はぁ? ひがい、とどけ?」
チャック付きのビニール袋に収めておいた封筒を手渡した。
直後、半べその白木が指をさして突然叫んだ。
「あ! あーっ!? それ、それぇ!? わ、私の、絵!」
「はぁ? 白木の絵だと? このサクラの絵が、か?」
「そ、そう! 私が描いた! コンクールで入賞した時の絵だよ!」
な、なんだ、と?
じゃ、じゃあ、何か?
(白木が、あの子……なのか?)
俺の動揺を余所に紗江さんは如何ともしがたい困り顔になった。
「ああ、こんなところに証拠品があるなんて」
「証拠品? 俺は中身の無い封筒を持っていただけだぞ?」
「証拠品で合っているわ。入賞した本人に覚えがあるのだし」
「懐かしい……これは私のおっぱいが育つ前に描いたものだね」
「きゅ、急に生々しい話をするなよ。想像してしまうだろ」
「想像していいよ? 明君ならいつでもウエルカムだし」
そんな笑顔でどうぞって胸を両腕で持ち上げなくても。
「い、意外とある?」
「意外とあるよ。最近測ってないけどDはあるかも」
「そうなのか」
「こらこら。そこのバカップル、急にイチャつかない」
いや、だってな。
他人と思っていた白木がさーちゃんだったんだぞ。
若干の動揺もあるが、面と向かってウエルカムと言われたら信じてしまうだろう。
普段の行動とは真逆だし……つか、冷静になってみると俺ってチョロすぎでは?
白木と目配せした俺はツッコミに対して反論した。
「イチャついてない!」「イチャついてもいいじゃん!」
ん? 言葉は被ったが、若干違った?
「し、白木、そんなギラギラした視線を向けないでくれ」
「ちょっと! 私だって気づいたなら、さーちゃんって呼んでよね?」
「い、いや、いきなりは無理だろ……塩対応の白木さん」
「うっ」
これには流石の白木も気まずい表情になった。
(こうやって見るとこちらが素なんだろうな)
昨日の事もそうだが本音で語りたいとしたのも。
だからと言って学校での反応を思うと少しキツい。
それが彼女の処世術だとしても……ま、分かるけど。
(感情と思考は別、なんだよな)
俺は苦笑する紗江さんを一瞥しつつ暫定名を提示した。
「ま、あれだ。昔の呼び名は幼いから……人前以外では咲、と呼ばせてもらうよ」
「!? う、うん! 咲でいいよ! どうせならずっとがいいけど」
「無茶言うなよ。学校での周囲の反応が恐いんだから」
「あ、やっぱり気にしていたの?」
「俺だって人間だぞ。我慢にも限度がある」
俺個人を狙ったものなら普通に耐えられる。
「大切な人を傷付けられて怒らない者は居ないだろ。そうなると理性が飛んだ俺が何をするか分からないんだ。それの所為で噓から出た誠になってしまう事は出来る限り避けたい」
「ああ、それで……でも、ありがとう。心配してくれたんだね」
「そんなの、当たり前だろ?」
この子の泣き顔を見たくないのが本音だ。
憎まれ口を叩く泣き方は本物ではない。
ガチ泣きの時は俯いて沈黙するからな。
俺は無意識に頭を撫でたのであった。
「あ、悪い」
「いいよ。気持ちいいし」
「そうか」
「なんだかんだあったけど、無事に着地したようね」
「着地って」
どういう意味で着地って言ったんだか。
俺は呆れ顔のままジト目を向ける。
だが、俺のジト目は通じなかった。
「はいはい。明君はさーちゃんを辛い目に遭わせたんだから、今日一日は存分に甘えさせてあげなさいな。叔母さんはコレ持って真相究明に勤しむから!」
甘えさせるって。
いや、まぁそれは必要だけど。
現にやりたくない事をやらせてしまったしな。
俺への塩対応が処世術だとしても本音は違うから。
だが、ツッコミだけは入れておく。
「こ、こういう時だけ」
叔母さんって言うか? 普通。
「何か言った?」
言外の言葉なのに言った事にされた件。
勘だけは無駄に鋭いんだよな、この人。
「なんでもないです」
「ふふっ」
一先ずの俺は忘れていた風呂に入った。
今日が休みだから出来た事だが、平日だったら何が起きたのやら。
風呂からあがった俺は部屋着のスウェットに着替えてキッチンに向かう。
朝食の準備だけはジョギング前に終わっていたので温めるだけだった。
すると白木もとい咲がキッチンに顔を出す。
「何か手伝おうか?」
お客様として黙って待つのは好まないらしい。
昨晩は借りてきた猫だったが、これが本性と。
「じゃあ、ご飯を注いでくれるか」
「うん! ところで量は大盛りがいい?」
「いや、大盛りは自室に居る飲兵衛だな」
「え?」
「酒盛りも好きだが大盛りも好きなんだよ。あの人」
俺がそう言うと自室の飲兵衛が反応した。
『ご飯は大盛りね! お味噌汁は普通で!』
「な?」
「そ、そうなんだ」
「俺は普通で」
「わかった」
飲兵衛が自室から出てくるとキッチリとしたスーツ姿だった。
化粧の所為か本当の意味で化けていた。
「す、凄い化けましたね」
「私をお化けみたいに言わないで!」
「いや、実際……これで行き遅れってのが」
「信じられないよね」
咲も考える事は同じと。
ご飯をモグモグしている飲兵衛が物申す。
「言っておくけど、私は一度、離婚してるから」
「「ふぁ?」」
き、既婚者だったと?
嘘だろ? 誰と結婚していたんだか。
「五才の子供も居るからね。相手に取られたけど」
「そ、それなんて」
「お気の毒さま?」
「うっさいわね! まぁいいわよ。その分、テキパキ働いてもらっているから」
この言い草は何かあるな。
まぁ下手に詮索はすまい。
「今日も元旦那にこれを渡しに行くし。あの子を一人にする時間が減るから助かったわ」
「元……旦那。あっ、探偵!?」
「そ。帰りは夕方になるからノンビリしていいわよ」
詮索すまいと思った矢先に暴露したし。
探偵が元旦那で嫁が弁護士かぁ。
良い組み合わせではあるのかね。
姑が苦手で別れてそうだけど。
ともあれ、朝食を食べた飲兵衛は元気一杯のまま仕事に向かったのだった。
家に取り残された俺と咲。
とりあえず午前中は外出する事にした。
午後は昼食後に勉強をする予定だ。
外出先は咲の行きつけの美容室だった。
「あら? 咲ちゃんいらっしゃい」
「どうも、店長」
「ん? 今日は一人じゃないの?」
「はい、私の婚約者を連れてきました」
「「は?」」
おい、店長の目が点だぞ。
って、待て!
「誰が、婚約者だ、誰が?」
「明君」
「マジで?」
「マジで」
「そんな笑顔で」
「ふふっ」
父さん、母さん!
これは聞いてないぞ!