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断章のセレナーデ  作者: 白鳥毘毘
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2話ー仮面の中の声

——ねえ。君は、死にたいの?

それとも、

誰かの「声」を、飲み込んでしまっただけ?

まるで、心の奥に直接語りかけてくるような、透明な声だった。

その言葉が僕に届いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

言葉の意味が分からないわけじゃない。

だけど、何を答えればいいのか、何を返せばいいのか、まったくわからなかった。

「……君、誰?」

僕がそう訊くと、その人影はゆっくりとフードを外した。

現れたのは、年齢も性別もわからないような、不思議な顔立ちだった。

大人のような落ち着いた目なのに、どこか子どものように無邪気な雰囲気もある。

灰色に近い銀の髪がフードを外した拍子に少し乱れていた。

「そうだね。初対面だったね」

彼は、ふっと笑って言った。

「“ナイン”って呼ばれてる。寿命管理局の死神だよ」

「……寿命、管理局?」

「うん。人の寿命を見て、選んで、刈り取るのが、僕たちの仕事」



「でも、僕たちが “選ぶ” のはね、もう生きる希望を、自分で手放してしまった命。

……それが、寿命管理局の “ルール” なんだ」

僕は、息をのんだ。

やっぱり、死神なんだ。

でも、これまで見てきた死神たちとは、まるで違う。

あんな風に、話しかけてきた死神なんてひとりもいなかった。

「……どうして、話しかけてきたの?」

「気になったからだよ。君のこと」

「僕の、なにが……?」

ナインは、少し間をおいたあとで言った。

「寿命管理局の選定リストに、君の名前が載ったとき、正直ちょっと驚いたよ。

だって君は、外から見れば “完璧ないい子” だったから」

そう言いながら、ナインはやさしい目で僕を見つめていた。

「でもね、僕は知りたくなったんだ。

なんで君が、“死にたい” なんて思ったのか。

……どこで、誰の声で、君の本当の声がかき消されたのか」


僕は少し、口を閉じて黙った。

ナインと名乗ったその死神は、ベッドの縁に腰を下ろした。

人間みたいな仕草だった。

「死にたいって言葉は、軽くない。だけど、それが全て本気とも限らない。

じゃあ君は、どっちかなって思ってさ。」

僕は答えられなかった。

あのとき “楽になれるかもしれない” って思ったこと。

それを本気で思ったのか、口実にしただけなのか、僕自身にもわからなかった。

ナインは、そんな僕の気持ちを読み取るように言った。

「急がなくていいよ。君の中にある “本当の声” を、少しずつ見つけていこう。

……ね、悠生くん」

そのとき、僕の名前を呼ばれたことに気づいて、心臓が跳ねた。

「なんで、僕の名前を……」

「死神だもん。君のことくらい、知ってるよ」

そう言って、ナインは立ち上がった。

フードをまたかぶり、輪郭がすこしだけぼやけていく。

「また来るね。——次はもう少し、君とちゃんと話せそうな気がする」

そのまま、ナインの姿はすっと消えていった。

夜の静けさだけが、部屋に残った。

僕は、その場に座り込んだまま、小さく息を吐いた。

本当にいた。

死神と、話をしてしまった。

でも——あれは、他の死神とは違った。

どこがどう、とかじゃない。

でも、確かに“違う”ってことだけは、わかった。

ナインと出会った翌朝、空気はひどく澄んでいて、むしろすがすがしかった。

けれど、胸の奥ではずっと、ざらざらした何かがくすぶっている。

ナインの言葉が、ずっと耳にこびりついて離れない。

授業が始まっても、教科書の内容は全然頭に入ってこなかった。

文字は目に入るのに、意味が通ってこない。先生の声が遠くに感じる。

周りは、いつも通り。僕以外は、普通の毎日を生きている。

昼休み、何人かの友達と机をくっつけて弁当を広げていたときのことだった。

次の国語の時間で班での発表があるためその準備だ。

僕の班では、テーマをまとめた原稿を僕が仕上げていた。いつものことだ。

でも、弁当を食べながら同じ班の子が言った。

「さすが悠生、まじで便利だよね。何でもやってくれるし!」

……その 「便利」 が、妙に引っかかった。

「いや、てかもう先生代わりじゃん? 悠生いれば先生いらないって!」

「わかるー! 何でもできるロボットみたい!」

「てか、いっつもニコニコしてるよね。怒ってるとこ一回も見たことない!」

その言葉を聞いた瞬間、スプーンを握る手に力が入った。

……ニコニコ?

怒らない?

そんなこと、いつ決めたんだよ。

「あのさ……」

ぽつりと声が漏れた。

「なんで、僕のことそんなふうに決めつけるの」

全員の空気が凍った。僕の声が低かったからか、静かだったからか、それとも……刺すようだったからか。

「え、別に悪口じゃないっていうか、褒めてるだけ——」

「褒められてるわけじゃない。僕は、やりたいからこんな役回りをしているんじゃない。なのに勝手に、 “便利な人” 扱いされて……それで安心してるのは、君たちでしょ?」

言いながら、どんどん自分の声が大きくなっていくのが分かった。

止められなかった。

「何でもできるって、便利って、それって僕のこと“都合のいい道具”だと思ってるだけじゃないか!」

教室の空気が凍りつく。周りが息をひそめるのが分かった。

「……あ、ごめ……」

誰かが言いかけたけど、それを待たずに、僕は席を立っていた。

ランドセルを引っ掴み、そのまま昇降口まで走った。

誰も追いかけてこなかった。

靴を履き替えて、外へ飛び出す。

頭がぐちゃぐちゃで、何も考えられなかった。

でも、もう教室にはいたくなかった。

歩道を歩きながら、少しずつ自分の中の熱が引いていく。

(どうしてあんなに怒ったんだろう……)

……いや、違う。怒ったんじゃない。

ずっと我慢していたのが、あふれ出ただけだったんだ。

気がつくと、誰もいない公園のベンチに座っていた。

制服の裾に砂埃がついているのも気にならなかった。

ランドセルを横に置いて、首をぐったりと後ろに倒す。

「……もう、いやだ」

声にならない声が、口から漏れる。

完璧じゃなきゃ意味がない。

ちゃんとしてなきゃ、誰からも必要とされない。

でもそれは、誰かの期待を満たすためだけに生きているみたいで、

本当の自分なんて、どこにもいない気がする。

(もしも、僕がいなくなったら——)

そのとき、風がそっと頬をなでた。

風の音が、どこか懐かしい音楽みたいに聞こえる。

(……あれ?)

顔を上げると、視界の先に、ひとりの少年が立っていた。

昨日見た、あの“死神”——ナインだった。

淡い銀の髪が風になびき、紺色のフードがふわりと揺れている。

肌は透けるように白く、目元は中性的で整っていた。

けれど、瞳の奥には、どこか永遠を見てきたような寂しさがある。

「……また、来たの?」

「うん。観察の続き。君の“声”が、まだちゃんと聞き取れてなかったから」

「……」

「昨日の話、覚えてる? 君は今——選定対象になっている」

ナインの声は優しいのに、逃げ場を与えない。

僕の心の中にまっすぐ入ってくる。

「……じゃあ、僕がそれに当てはまるかどうかを、君が判断するの?」

ナインは静かに、首を横に振った。

「本来なら、判断なんて必要ないんだ。

大半の死神は、ただ“傍に在る”だけでいい。

生きる希望を失った命は、それだけで“終わり”として扱われる。

……でも、僕はそうしない。したくない。

僕は、“終わりたい”っていう声の奥にある、

“それでも”を、探してみたいと思ってる」

悠生は、ナインの言葉の意味をすぐには呑み込めなかった。

けれど、その目がまっすぐこちらを見ていることだけは分かった。

「だから、君に問いかける。君の ”死にたい” は心からの本音なのか。」

ナインの声が、胸の奥に静かに沈んでいく。

まるで、言葉の形をした鏡のように、見たくなかったものを、映し出そうとする。

風が止まり、世界が一瞬だけ凪いだ。

その静けさのなかで、僕は自分の心に耳を澄ませる。

けれど、そこにはまだ輪郭のない思いがただ渦巻いているだけだった。

それが“誰の声”なのか、自分のものなのかすら、まだ分からない。

それでも——

ほんのわずかでも、この胸のざわめきを辿っていった先に

“選べる未来” があるのだとしたら。

僕はその可能性を、少しだけ信じてみたくなった。


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