<プロローグ>
強風が吹き付けるビルの屋上。そこに佇む青年の足元には雨粒が落ちていた。顔は暗闇に隠れているが、その手は震えている。彼の視線の先には夜の闇に煌めく街のネオンがあった。
「...ない。もうどこにも....ない。」
覚悟を決めたような顔をし、青年は柵に手を掛け、一度だけ深く息を吸った。
その瞬間ーー
背後に突如として黒ずくめの男が現れた。全身を黒いコートで覆い、顔はフードに隠れているが鋭い目がただひたすらに冷たく光っている。
ただ、“そこにいる”という圧だけが、青ざめた青年の背に突き刺さる。
そこには慰めも、悲しみも、何もなかった。
それは一歩ずつ青年に近づき、手がゆっくりと伸びる。
それに呼応するように男の胸元から淡い光がふわっと抜けた。
黒尽くめの男は一瞥もせず背を向けてその場から闇に溶け込むように消えた。
【寿命管理局:選定記録】
選定対象ID:00037-NZ
選定者:イデル
選定実行時刻:2048年3月15日 22:42
選定結果:完了
本来の残寿命:56年8ヶ月21日
寿命保存:回収済み
備考:ビル屋上にて選定。対象は選定直前に自死を試みていたと推測される。