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自分参り

作者: 星燈 紡

絶望の中でも伸ばされる手の暖かさを思い出して――。


壁にぶつかって、嫌なことに巻き込まれて

人生から抜け出したくなる瞬間って誰にでもくる

そんな時こそ、思い出してほしいことがある。


この作品は下記サイトにも投稿しております。


■#カクヨム



■#note

https://note.com/hearty_moose5124/n/n72ae574cba45?sub_rt=share_pw


■#ノベルアップ+



■#小説家になろう


「もういい...死んでも...頑張ったって...どうせ...どうせ......無駄なんだ」

 肌をチクチクと棘で刺されるような凍てついた風が吹き、立ち上がる気力もない。ただただ寂れた神社にあるブランコに座っているはずなのに、風で体が揺らされるほどだった。

「どうして生きてるんだろう...」

 凍るように冷たいチェーンを必死に掴んで、風で揺らされないように握る手を見てぼやく。

――カァ、カァ

 カラスの羽音と鳴き声で空を見上げる。木々の隙間から木漏れ日が差し込むものの、冷たい風によって暖かさは微塵も感じない。一枚の枯れた葉が降ってくるのを見て手を伸ばすが、いたずらに吹き荒れる風によってどこかへ吹き飛んでいってしまった。

「そう...いつも掴めないんだ...頑張ったのに否定されるし...もういい...」

 ブランコのチェーンを握る手に力が入る。次第に瞼にも力が入り、目尻から涙があふれ出て、頬を伝い零れ落ちる。凍てついた風が涙の道にあった傷口に吹きつけ、チクチクと痛み、僕に追い打ちをかけているようだった。チェーンから手を離し、傷口を人差し指で撫でながら俯き、人はもちろん、自然からも目を反らして、現実を見ないようにした。


 あれからどれだけ俯いて、現実から逃げたのだろう。時計はもちろん、周りも見ていない。

――…ギィ...ギィ...

 ふと隣のブランコから音がした。風で揺れたのだろうか。重い瞼を開けようとしたが、朧げな景色が写りこんでくることに嫌気がさして瞼を閉じる。誰にも邪魔されない独りの空間が僅かながらの居場所をくれた。落ち着かせるために呼吸をすると、ふと力が抜けて倒れこみそうになった。その時。

「あぶない」

 腕で上半身を支えられた。

「...あ、ありがとうございます」

「おうよ」

 マスクをつけた目上の男性が膝についた砂を叩いて落とし、隣のブランコへ戻っていった。ゆっくりとブランコを漕ぎだし、ギィギィと音を立てる。

「もう随分と遅い時間だが、帰らなくていいのか?」

 僕は小さく頷き返した。

「そうか」

 男性は僕の傷のある頬を見て目を丸くしたが、それから口を開くことはなかった。ただただ、ブランコに座り、ゆっくりと漕いで遠くをぼうっと見つめている。あっという間に時間は流れ、空がどんよりとした雲に覆われ、辺りは静寂の闇に包み込まれた。それでもギィギィと鳴るブランコの音で互いがいることを認識していた。

「......あなたこそ、こんなところで時間を潰してていいんですか?」

「そうだな。ここには話をしにきただけだからな。まあ、仕事はなんだかんだ上手くいってるし。人生は楽しい。そんな寄り道するくらいの時間はあるさ」

「そうだったんですか。つまり、どんよりしている僕がいて、話の邪魔だって言いたいんですね」

 目線が合うこともないが、僕は隣のブランコのほうをキツく睨みつける。見も知らない人からでさえ拒否されたような感覚になり、眉間にしわを寄せた。

「そんなつもりで言ったわけじゃない。きっと君と同じだと思うが、感傷に浸り、誰からも見てもらえず寂しい時期に生きることさえ辛くなったことがある。気持ちがわかるから隣にいるだけだよ」

 僕は心の臓を鷲掴みにされたような、核心を突かれたような感覚だった。まさに、思っていることを見透かされたかのようだった。睨みつけた視線は徐々にもとに戻り、俯いてしまう。

「そう...でしたか...。すみません」

「謝らなくていいさ」

「どんなに頑張ってもうまくいかないし、人間関係だって...」

 語気が強まり、涙が自然と溢れてくる。傷口が痛みだして、人差し指で撫でる。

「居場所がなくなって全てイヤになったってところ?」

 僕はゆっくりと頷いた。

「そっか」

 男はゆっくりと言葉を返すと、ギィギィと軋む音が止まり、ザリザリと砂を踏む音が聞こえた。ふと顔を久しぶりに上げると、先ほどまでどんよりと曇っていた空は開け、星明りで澄んだ夜空が男を照らす。逆光で顔がしっかりと見えないが僕を見ているのはわかった。

「少し話に付き合ってくれ」

 僕がぽかんとしていると男は話し始めた。

「昔、自分も勉強が上手くいかなかった。時間を増やして勉強したとしても点数が伸びなかった。点数が取れないが故にどれだけ頑張ろうとも認められず、怒られてばっかりだったんだ」

 僕はまるで自分のことを言われているかのようで俯いてしまう。男は僕のことをよそに話を続けた。

「親とも最初は仲良くできてると思ってた。でも、それも長くは続かなかった。両親は喧嘩が絶えなくなり、テストの点数が悪い自分にもそのツケは回ってきた。頑張っても結果が出なければ怒られ、殴られ、勉強が嫌になった」

「...同じだ...」

「さらに追い打ちをかけたのは友人関係。そう、いじめにあった。今日の友は明日の敵とは言いえて妙なんだよね。昨日まで遊んでいた友達が、翌日から一変した。頼る先も居場所さえも失ったことが自分にはあった」

「同じだよ...!僕は...僕は...もう何もないから...何も残ってないから...死んだってそれでいいんだ...名前を呼ばれることもない、誰の記憶にも残らないんだよ」

「そう。自分もそう思った。だから、誰にも見られずにひっそりと死のうと思った。こうやって」

 男はマスクを取って顔を見せるなり、僕は目を丸くした。男が人差し指でなぞる頬には全く同じ傷と同じ仕草だったからだ。

「刃で手首はおろか頬まで傷つけてしまったんだ。それでもこうして生きている」

「どうして...」

 スッと僕の前に手が差し伸ばされる。

「こうやってな、辛いときに手を伸ばしてくれた人がいたから。その人のために生きようと思えたからだよ」

 僕はゆっくりと瞼を閉じた。苦しいときに話を聞いてくれた人たちが浮かぶ。そっと傍にいてくれて、ゆっくりと話を聞いてくれたあの暖かい時間たちが目頭を熱くする。ふうっとゆっくりと呼吸をし、男の手を取って立ち上がり、瞼を開けた。そこには固唾を飲むほど美しい月が僕を照らしていた。握っていた手には掴み損ねていた葉が一枚入っていた。僕は胸元に近づけてぎゅっと握りしめた。

「......ありがとう」


――ザリザリ

 砂を力強く踏み、僕はあの時のブランコへ向かった。ゆっくりと腰を落とすとギィギィと軋むチェーンの音が周りに木霊する。首元のきっちりしたネクタイを緩めて、ふうっと息をついてから口を開く。

「ただいま。昔の自分」

 少し照れくさそうに隣のブランコ、そうあの夜座っていたブランコのほうを見つめて語りかける。あの時止まりそうになった自分を励ますように、時間が動き出すように、死ぬという選択をせず、支えてくれた人たちを、未来に伸ばした手を、信じたあの時の自分に今の自分を見てもらうかのように。寒い風は相も変わらず吹きつけているが、そこには泣き顔ではなく暖かくも誇らしい笑顔が溢れていた。

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