第7話 「サクラと楓」
晴蘭の母親の楓が、男性から女性に変身した経緯が明らかに!
そしてまた、楓が義母サクラに対して、自責の念に苦しむ理由も・・・
文章力が無いので、もしかしたら読み辛い部分もあるかも知れません。また「紀州弁」を意識して書いたので見苦しい所もあるとは思いますがご了承ください。あえて主観「紀州弁」を設定しました。
「何ですかソレー?!」
「落ち着いて!」
「すまん! ホンマにすまん!」
「すまんって、お前・・・」
朝から、驚きにも怒りにも似た叫び声が響いた!
「いくら何でもねぇ、唐突過ぎるやろおー!」
「そうやな、まあ、そうやな・・・・」
「ごめんねぇ~楓ちゃん! 私も、まさかこんな事になるやなんて、思わへんかったんよぉ~」
「んんん~~~事情は解った! でもね、結婚して、さあ新しい生活ぅ!って時に、いきなりイギリスに行きますぅーって、何やソレ?! お前、俺が嫌いか? もう会いたくないんか? もう顔も見たくないんか? ええ━━?!」
「ちっ、違うってぇ!」
なんと、まだ結婚して1年も経ってないのに、イギリスに行かなければならなくなったって、鬼畜会社にも程があるぞ!? いったいどんな罰ゲームだ!!
直登には以前、許嫁が居たとは聞いたが、彼女はそれまでにも何度かイギリスに渡り、魔法の研究をしていたのだそうだ。
予てから彼女とイギリスのマジカル・エンジニア・グループ(MEG)が携わっていた研究が、いよいよ形になろうとしてきたらしく、だがあと一歩というところで、どうしてもダメになってしまうんだとか。
そこで、同研究で形になりかけていた彼女の力を借りようと、MEG本社がイギリスに彼女を呼んだのだが、例の飛行機事故により彼女は心に適う半ばにして、この世を去ったという事らしい。
そこで、彼女と同研究に携わっていた直登に、白羽の矢が立ったとのこと。
直登と元許嫁が研究していたのは、「着替え玉」だった。
「着替え玉」とは、あらかじめ登録していた服に、一瞬で着替えられるという便利な魔導具で、この頃はまだ具現化されていなかった。直登も、彼女が亡くなってしまったことで、研究に触れることすらしなかった。もちろん、やり遂げたい気持ちはあるらしいが。
「・・・で、どうすんの?」
「え? ああ、そうやな・・・どうしよう?」
「あ、ダメだこりゃ! あかんわコイツ!」
「「えっ?!」」
「だって、そーやろ! 悩んだ時点でアウト━━━!」
「「・・・へっ?」」
楓は、悟った! 直登は、今も魔導具の研究への熱は覚めていないのだと。
「もしね? 迷わずに俺を選んでくれたら、俺はお前を許すつもりやった!」
「え? あ、おお・・・」
「でも、お前は迷った!」
「・・・は? え? どゆとこ?」
「だから! 迷ったって事は、まだその着替える魔導具やら何やら知らんけどやな、そっちにも行きたいって気持ちがあるって事やないか? ええー違うかー?!」
「!!・・・んん~~~まあ、確かにな」
「ほれぇ!! どーなよゴラァ!! しばくぞワレェ!」
「ちょっ! 何で怒ってんのな?」
「楓ちゃん、落ち着いて?」
楓は、直登の胸ぐらを掴んで本気でめちゃバリ怒った!
俺達は新婚だぞ? 結婚してまだ1年も経たないのに、新郎が御外国へ出張?! はぁ━━?! 有り得ない! だったらもういい! 勝手にしろ! ってなもんだ!
「あーもー分かった! 好きにせーよ!」
「え? ええんか?」
「ええよ! 可愛い嫁さん放って行けるもんなら行って来いよ!」
「すまんな? なるべく早く戻れるように頑張るからな!」
「ちょっ、なにぃ?! お前、本気で行く気か?」
「ええ? 行ってもええって、今さっき言うたやんか?」
「んっきぃ~~~!! もう勝手にせぇ━━!! もう二度と帰って来るなワレゴルルァー!!」
「うわっ! 危なっ! ちょっやめっ!」
「楓ちゃん!」
ドン! ガラ! ガッシャーン!
楓は、手当り次第に物を掴んでは直登に投げつけてやった!
だが直登は防御魔法で、楓の投げつける物を完璧に防ぎやかった! 余計にムカつく!! 一発でも当たれば、やめてやろうと思ったのにこの姑息なっ!!
もう、頭に来て頭に来て仕方がなかった。ここまで言えば、考え直してくれると思ったのに、直登の奴は行く気満々だったからだ。
楓の気持ち、「行かないで欲しい」という気持ちは、直登には伝わらなかったようだ。
だが、もっと聞き捨てならない事を聞くことになる。
「ふぅー! ふぅー! ふぅー!」
「楓ちゃん、ホンマにごめんねぇ? 直登とあの子は、これまで20年も、その魔導具の完成を夢に見てたんよ! 解ってあげて?」
「ん?・・・んんっ?! なんて?! ちょっと待って? 今なんつった?」
「「なに?」」
「何? にじゅーねん? 今、20年ってゆったぁ?」
「え? ああ、うん! そーなんよ! 実は私らも、もう50年近く具現化できへんかった魔導具でね?」
「っっっはぁあああああ━━━━?!」
「「?!」」
50年近くやって?! 今50年近くって言いましたぁー?! 何じゃそりゃあ?! ってか、ならアンタら歳は幾つなんだよ?
「「ビックリしたあ!」」
「ビックリしたんわ、コッチじゃ! ごじゅーねんって、なんじゃー!!」
「ま、とにかく、10~20年くらいで片がつくと思うから、まあ~30年もかからへんと思う! だから、ちょっと待っててくれな!」
「っっっはぁあああ━━?! 正気かお前?! 頭ん中にウジ湧いてんとちゃうかえ?! ちょっと待てって言うレベルか! 10年とか20年とか、お前いったいその年数は、何基準スパンで言うてんのよ?!」
「いや、だから・・・」
有り得ない。ほんーと有り得ない。コイツらはいったい何を言ってるのだろうか? 10年や20年って、どう考えても普通の人間の感覚時間じゃないだろ!
「あんな? 普通、長期出張やゆーても、数ヶ月単位やろうし、アホげに長い出張とはいえ、1年から2年位なもんやろ! 何なん、その10年とか20年って? 俺、そんなに待ってたら、オバサンになってまうぞ!」
「えっ? いやいやいや、ないない! たった10年や20年で、オバサンになんかならへんよ!」
「はあ?! ばっ・・・」
「そうよぉ~! 長くてもたったの20年! 待っててあげてな! オバサンになんか、楓ちゃんは絶対にならへん! たったの20年なんかでオバサンになんか、ホンマ絶対ぜぇーったいにならへんから!」
「なるってぇ━━━! なりますってえ━━━!! 何なんよその自信わぁ━━━?! その自信は、どっから来るんよ~! ねぇ━━━教えてぇ━━━!!」
もう、何の話をしているのか分からなくなってきた。もし20年待たされたら、俺は40歳だぞ! そんなに待てるか! ってか、直登の奴、アッチ(イギリス)で他に好きな人できたりせんやろな? もし、そんな事になったら、ぶっ殺してやるぅ!!
「待て待て待て待てぇー!! サクラさん、アンタはいったい幾つになるんよ?」
「え? 私? えっと~~~今年で544歳かな?」
「っふぁい?! ごひゃくよんじゅうよんさぁ━━い?!」
「あれ? ゆーてなかったっけ?」
「聞いてへんわ!! んで、直登 お前は?」
「ん? お、おお・・・320・・・いや、321歳かな? はは~・・・・」
「んげぇ~~~?!」
なーんーじゃーそーりゃあ━━!!
はは~と、ちゃうわ!
聞いてない!聞いてない!聞いてなーい!
てっきり、自分と同い年だと思って、直登は20歳だと思っていたのに、321歳?! 有り得ない!
んで、サクラさんは、なんと544歳ってか?!
アンタらいったい何者だぁ━━?!
その後、魔法使いの寿命について聞いた。
「魔法使いの寿命は800~1000年」
俺をからかってるのか? 正直バカげていると思った。 直登が321歳て、江戸時代生まれの人?! サクラさんは544歳て、戦国時代生まれの人ぉ?! 冗談でしょ?
「サクラさんは戦国時代生まれで、直登は江戸時代生まれ? 何なんよそれ?」
「あ、俺らコッチに来たんは、ほんの100年ほど前やから!」
「100年? ほんの100年?! ほんのって何それ?! コッチ? どゆこと?」
「うん! 私らはね、(魔法の国)から来たんよ!」
「まほーのくにぃ━━?! げぇーほ! げほげほ! けふっ! ごふっ!」
「だいじょぶ?」
あんまり大声で吠え叫んだので、思い切り咳き込んでしまった!
ほらほらほら! まぁーた夢物語みたいなワードが出てきたぞ!! 「魔法の国」?! 正気ですか? ちと病院行ってくるかぇ? ケツにデッカイ注射打ってもらえ!! 今すぐここで、居眠りトンカチで、頭どついたろかぇ!! 頭カチ割ってストローで脳みそチューチュー吸うたろかぇ!? あ゛あ゛━━ん?!
サクラや直登の言う話は、楓には到底理解できるものではなかった。
楓は、もう訳が分からず、その場に崩れ落ちた。
「あ、おい! どうした?」
「もう、訳が分からんわ・・・」
「うーん、そーやねえ? 楓ちゃんも、魔法使いになったんやから、これからは何百年も生きることになるんやからね? 今から慣れてた方がええよ?」
「ふぁあい?!」
はい! ブブー! アウトー!! 聞こえませんでしたー! ERROR! ERROR! 頭を強制終了しまーす! すみません! わかりません! もう一度話してくださーい!
今まで、直登とサクラが意味不明な事を話していた事は何度もあったが、今回はこれまでよりも一番理解できない事だった。
えっ?! 俺も? 俺も何百年も生きるの? ってか、俺も魔法使いなの? 知らん知らん! 聞いてませんけどー! と言うより、魔法使いになったつもりはないんですけどー!
その後、「女装剤」を飲んだ人は、魔法使いと同じ身体になるんだと聞いた。 それと、楓は今までにも、知らず知らずのうちに、魔導具を使用して魔法を使っていたというのだ。 へえ~あ、そう? 知らんかったわぁ~~~
「ほら、コレよ!」
「!・・・これも魔導具?」
「そ!」
「どうりで、物がよく入るなぁ~とは思ってたけど・・・」
「あはははっ! マジック・バッグ使ってて魔法に気ぃ付かへんって、それもどーよ?」
「・・・うっさいわ」
サクラから貰った、一見何の変哲もないバッグ。実は、これも魔導具で、正式名称は、「空間拡張魔法鞄」というもので、通称「マジック・バッグ」と呼ばれる物らしい。
収納できる容量は、トレーラーが積んでいる1番大きいサイズのコンテナーほどだと言う。なんと!水だけなら80トンも入るんだとか?
うっげぇー!! しんじゅらんない!
「コレは、私の作った物の中でも、一番大きいサイズなんよ? 凄いやろ?」
「そりゃまあ、凄いですけどね? あまりに凄すぎて、ピン!ときませんわぁ!!」
「あははっ! そう? でもね、直登が今研究してる魔導具の方がもっと凄いんよ?」
「はぁ・・・ああ、そーですかー へ━━━すごぉ━━━い(棒読み)」
直登が研究してるのが、先の言う「着替え玉」の原型になるもので、もし完成したら、服だけでなく、自動車なども収納できる魔導具も作れるようになるらしく、世界中で激しく競い合うように研究されているのだとか。もちろん「精霊の倫理に反する物」を収納するのは不可能だ。(兵器など)
そりゃあ、そんな某人気アニメで登場する「ポンポンカプセル」みたいなのが作れたら、世界一の大富豪になれるだろう。
直登も研究に熱心になるわけだ。
「はいはい 直登の気持ちも解ったよ」
「そうか! ほんなら、早速イギリスに飛ぶ用意するわな!」
「なっ?!・・・コイツぅ」
こうして直登は、楓を残してイギリスへ行ってしまった。
「行かないで」と言いたかった。でも言えなかった。あわよくば、連れてってくれるかも? なんて期待した自分がバカだった。。。。
でも、この事があってから、楓とサクラとの間に、溝ができたような気がした。なにせ、騙された気分だったからだ。もちろん、騙したとしても、サクラが騙した訳ではないのだが、直登に対しての苛立ちや怒りが、サクラへ向くようになってしまっていたのだった。
「そんな事言うてかてねぇ、普通の人にとって20年は長いですよ!」
「普通の人やったらね? でも楓ちゃも今は魔法使いやないの? これから長く生きたら、10年や20年なんて、あっという間やよ!」
「いやいやいや、絶対に違うからぁ! 20年は長過ぎますからぁ!!」
魔法使いの寿命は800~1000年。
エルフかよ?! ファンタジーかよ?!
ファンタジーもので長寿種族で有名なエルフでさえ、あまりの寿命の長さに生への執着が希薄で、長すぎる人生に飽きて自らの命を絶つ者さえいると言う。
そんな寿命の話をしていたら、サクラは突然また訳の分からない事を言う。
「あ、そうそう!」
「はい? どーしたんですかー?」
「私、もう魔法使いとちゃうから」
「・・・え? それは、どういう・・・」
「私はねぇ、精霊の倫理に反する行為を3回やってしもてね、精霊に魔法使いとして相応しくないと判断されて、今はもう普通の人と同じなんよ!」
「・・・・・・・・・・・・っはあ?!」
何ですかそれ?! ぜんっぜん意味不明なんですけど?
でも言われてみれば、サクラは急に老け込んだようにも見える。 そう。あの日以来である。
サクラの見た目年齢は、以前は25~26歳に見えたのに、今のサクラは40歳代に見える。もしサクラの言う事が本当ならば、サクラはこの先数十年しか生きられないという事になる。
待て待て待て! それは聞き捨てならないぞ!
「なん、なんすかソレ?! 普通の人?!」
「うん! ほら、ここ数ヶ月で、一気に年老いたように見えるやろ?」
「え? そ、それは・・・ううむ・・・」
「ええんよ! 正直に言うても」
「あ、えっと・・・は、はい」
「うん・・・ごめんね? 楓ちゃんとは、もっと色々と一緒にやりたかったんやけどね」
「!!!!・・・・・・・・・・・・」
「ごめんね?」
なんで? なんで、そんな事を急に言うん? そんなん嫌や! お願い! 嘘ってゆって!!
「いやいや、ちょっと待って! そんな事言わんといてくださいよ! まだ大丈夫ですって! きっと、直登が、何とかしてくれると・・・」
「うぅん・・・もう、どうにもならへんのよ」
「あ! そうや! 女装剤! お義母さんも、女装剤飲んだら、また魔法使いに成れるとちゃうんですか?」
「無理よ、そんなん・・・」
「そんな・・・」
「それに、女装剤は、絶対に残しておかなあかんのよ! その子のために・・・」
「え? 誰のためにですか?」
サクラは、そう言って楓のお腹に視線を向けた。もちもん、楓には何のことなのか理解できない。
「で、でも、今使わんと、いつ使うんですか!? お義母さんが助かるんやったら、今使ってくださいよ! 俺の・・・私のためと思って!」
「ありがとう 楓ちゃん ほんま、アンタは優しい娘やなぁ?」
「くっ・・・」
楓は、自分のせいだと思った。
なぜなら、あの日 楓が無免許運転などしなかったら、サクラが直登に対して攻撃魔法を発動してしまう事になどならなかったと思っていたからだ。
楓は、自責の念に押し潰されそうだった。
「ご、ごめん・・・なさい」
「うぅん 楓ちゃんは何も悪くない それよかあの日、私は楓ちゃんを見捨てるつもりやったんよ?」
「! それは・・・」
確かに、サクラはあの日、楓を見捨てるつもりだった。と同時に助ける気持ちもあったが。でもそれは、魔法使いとしての掟であり、「魔法使いは人の人生に関わってはいけない」というのがあって、人の怪我や病気を治す程度なら良いが、必ず死ぬと判っている者の命を救うというのは、魔法使いとしての掟以前に、この世界の流れそのものに影響を与えてしまい、もし同じ事を何度も繰り返したりでもしたら、いったい何が起きるか分からないと。 だから、とても危険なんだとか。
「そんな・・・・そんな事ないから・・・グスッ」
「うっ・・・くっ・・・楓ちゃん、お願いやから、泣かんといて? 私、楓はちゃんが助かって、ほんまに良かったって思ってるんよ? ね? だから・・・」
「そんなんゆーてもよぉ! ええふっ・・・」
「泣かんといて・・・私、可愛くて可愛くて仕方ないくらい大好きな楓ちゃんが泣くと、ホンマに辛いんよ? お願いやから・・・」
「お義母さん!!」
ちきしょー! ちきしょー! 俺はなんて親不孝者なんだ?
楓は、サクラに抱き付いた。サクラも、楓を痛いくらい強く抱きしめてくれた。涙がとめどなく溢れた。
この感触、この温かさ、この香り、この優しさの塊を失いたくない。
「楓ちゃん・・・ああ、こんなに可愛いお嫁さんを貰えるなんて、私は何て幸せなんやろね?」
「いややぁ・・・」
「ふふっ・・・本音言うたら、せめて後100年は楓ちゃんと一緒に居たかったなぁ~?」
「いややぁ━━━! おがぁ━━ざぁ━━━ん!!」
「楓ちゃん・・・楓ちゃん・・・」
サクラは、楓の頭を子供をあやすように、優しく優しく撫でていた。
楓は、そんなサクラの服が涙でベタベタになるほどに泣いた。
こんなにも自分を愛してくれる人に、何もしてあげられないどころか、自分のバカな行いが原因でこんな事になるなんて。
楓は、自分に腹が立って仕方がなかった。もしあの日に戻れるなら、無免許運転なんてしないのに。でも、何が1つ違っていたなら、楓はサクラと今の関係になどならなかっただろう。
「楓ちゃん・・・私の可愛い娘」
「お義母さん・・・お義母さん・・・」
この日から楓とサクラは、本当の母娘のように仲良く暮らした。
そして時は流れて20年後。
「んぎぃひぃ~~~! 痛い!痛い!痛い!」
「頑張って楓さん! ほら! んん!」
楓は、白とピンクに飾られた分娩室にいた。その部屋のど真ん中に設置された分娩台に載せられ、年老いて白髪のシワクチャになったサクラと、夫の直登に左右の手を握られ、出産に挑んでいる。
「んん!・・・・・・痛あぃ!! 痛い痛い! もぉ〜産めへん! もぉお~~~産めへん! もう産むのやめるぅ~~~!!」
「ほら、しっかり!」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「ぴきゃ~~~! ぴきゃあ~~~!」
「ぷはぁ! はぁ・・・はぁ・・・」
「やったあ! 楓さん、生まれたで! 思ったより早かったなあ!」
「へえぇえぇ~~~? これでぇ? 長かったよぉ! めちゃ痛かったぁ~~~」
「楓さん! 男の子! 男の子やで! めっちゃ小っちゃいけど」
「うん・・・うんうんうん」
「ありがとう・・・楓、ほんまにありがとう」
「直登さん・・・こちらこそ」
楓に待望の赤ちゃんが生まれた。
ただ、早産の未熟児だったせいか、生まれたての仔犬のようにとても小さかった。でも、とびっきり元気な男の子だ。
楓はサクラと一緒に考えて、その子に「大晴」と名付けた。
「明るく暖かく幸せな未来を」と願って。
でも、サクラは、大晴の顔を見ながら、こんな事を言った。
「この子、大魔法使いになるよ」
「ええっ?! お義母さん、なんですかソレ?」
「大魔法使いって、ホンマ?!」
「うん! 私には判るんよ! それとね、この子には私の蔵の管理を引き継いでほしいんよ」
「ああ、あの蔵の?」
「ほお・・・で、なんでなん? お母はん」
「あの蔵のには、女装剤があるんよ 本当は、楓さんに任せたかったんやけどね でも楓さん、あの蔵には近付けやんやろ?」
「あ・・・ええ、まあ」
そうなのだ。楓は、女装剤こそ自分の人生を変えたそのものだったから。
もし、見たりすると思い出すから。
それに、どうしても近付けなかった。
理由は解らないが、一歩近付く度に、絶対に触ってはいけない、絶対に取り返しのつかない事になるという気持ちが強くなるようだった。
「それにね、この子の為に、その女装剤を残しておかなあかんのよ! 絶対に!」
「?!・・・それは、どういう」
「ふふふ・・・」
「「・・・???」」
サクラは、そうとだけ言って笑っていた。
今思えば、大晴が保育園のときに、道路に飛び出して車に当て逃げされたことがあったのだが、本来なら、女装剤はその時に使うつもりだった。どうせ女の子になるなら早い方が良い。
女装剤はどんな大怪我でも治せる。でも、どうしても蔵に近付けなくて、楓は「上級回復魔法薬(通称ハイポーション)」を作れるにまでになっていたので、女装剤は使わなかったのだ。
それに、使いたくなかった。
結局は、大晴は女装剤を自分で使う羽目になるのだが。
とにかくサクラは、大晴は必ず女装剤は使うと言う。その時がきたら、大晴から必ず言ってくると言う。
そして、それは現実となったのだった。
その時は、大晴の名前を「晴蘭」にしなさいとサクラに言われていた。
「雲は去り青空が広がり、この世界と皆を愛する花となれ」
と言う意味なんだそう。
楓は、この子はきっと、サクラの希望の子になるだろうと信じた。
そして、大晴が中学1年生になったその年の春。
サクラは、家族に囲まれる様に看取られ、静かに息を引き取った。
人としてなら、大往生の老衰だった。
眠るサクラの両頬には、絵に描いたような綺麗な「桜の花」の形をした、ピンク色の模様が浮き出ていた。
サクラのそれを見た家族は、大粒の涙をこぼしながら微笑んだ。
静かに眠るサクラのその顔は、とても幸せそうにニッコリと微笑んでいた・・・
サクラが亡くなったとき、頬に「桜の花」の形をしたピンク色の模様が浮き出たというエピソードは、私の曾祖母に起きた実話です。
最期にお酒を一口呑んで、「ああ~美味しいお水や~ありがとう~」と言って、ニッコリ微笑んで永遠の眠りについたそうです。
その時に、曾祖母の両頬にピンク色の桜の花びらの模様が浮き出ていたそうでず。
曾祖母の静かに眠る顔は、ニッコリと微笑んでいたと言います。