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女装剤  作者: 嬉々ゆう
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第6話 「結婚」

何処にでも居るような「お母さん」だと思っていた晴蘭の母親の楓は、昔はそれはそれはヤンチャなDQN野郎(どきゅんやろう)だった?!

親友と遊びに行った時に、大バカな事をしてしまい、一生後悔することに。

いったい、過去に何があったのか?



文章力が無いので、もしかしたら読み辛い部分もあるかも知れません。また「紀州弁」を意識して書いたので見苦しい所もあるとは思いますがご了承ください。あえて主観「紀州弁」を設定しました。

 



 俺の名は、白鳥(しらとり) 晴蘭(せいら)。身長130センチ、体重23キロ、中学1年生女子。

 だが!! こう見えても、3週間前までは、身長148センチ、体重40キロ、名前は大晴という「超イケメン紀州男子きしゅうだんし(()())」だったのだ。


 あれは、夏休みの暑い日のことだった・・・(今もまだ夏休みちぅ)


 サクラ婆ちゃんの遺言で、蔵の管理を任された俺は、親友の相良(さがら) 義斗(よしと)と蔵を秘密基地にしようと片付け(ただ物色)をしていた。

 だが、そのときに見付けた「玉手箱」みたいな木箱の中に入っていた「魔法薬」を飲んでしまい、俺と義斗は女の子に変身してしまったのだ。

 その魔法薬は、どんな怪我も、どんな病気も、一瞬で治してしまうという、とんでもない魔法薬だったのだが、呪いで「女の子に変身」してしまうという、大昔の魔法使いが作ったという「浮気男を戒める」と言われる「呪いの薬」だったのだ。

 その魔法薬は、「女装剤」と呼ばれているらしい。

 そしてなんと! 女装剤を飲んで女の子に変身してしまうと、もう元には戻れないのだという。

 俺達は、女の子として生きることになる。


 それからと言うもの、信じられない事ばかり起きた! 実は我が白鳥家と親友の相良家は「魔法使いの家系」だと知らされ、俺達2人も魔法使いに覚醒しちゃったりして、人生180度ひっくり返るほどに変わってしまった。

 でも! 俺はくじけない!! どうせ魔法使いになったのなら、世界最強(?)の魔法使いになってやると決めた! なにせ俺は、「大魔法使い」の素質があるらしいからな。絶対に大魔法使いになって、いつか「女装剤」の解毒剤みたいなのを作って、男に戻ってやる!


 魔法使いになってから今日まで、俺達は幾つかの「魔法」を覚えた。見た目より多くの物が入る「空間拡張魔法鞄(通称マジック・バッグ)」や、一瞬で着替える事ができる「着替え玉」や、骨折から内臓破裂でも治せる「上級回復魔法薬(通称ハイポーション)」も作れるようになったんだ。

 既に大魔法使いの片鱗が見えてきたんじゃね?


 そして母親から、サクラ婆ちゃんの話を聞いた。

 サクラ婆ちゃんは、魔法使いにしては若くして、この世を去ったのだが、実は俺が生まれる前は、立派な魔法使いだったのだとか。

 そんなサクラ婆ちゃんから、俺は蔵の管理を託されていた。だから俺が蔵の中を片付ける事になったのだが、その時に蔵の中で「女装剤」を見付けたのが事の始まりって訳だ。

 本来なら、我が白鳥家では、蔵の管理は、女性が引き継ぐものらしい。ではなぜサクラ婆ちゃんは、蔵の管理を俺に任せたのか?

 それよりなぜ母親は、サクラ婆ちゃんの残した蔵に近付くのも嫌がるほどに、サクラ婆ちゃんの遺品の整理を拒むのか?

 今回は、サクラ婆ちゃんと、父親の直登と、母親の楓の複雑な関係について話そうと思う。



 元々、父親の直登なおととは親友だった母親は、実は元は男性で、名前も「牧野(まきの) 光星(ひかり)」だったとのこと。


 だが光星は元々、その名とは裏腹に、なかなかのDQN(どきゅん)だったのだ。


 先ず口が悪い。目つきが悪い。態度が悪い。(この時点で既にDQN三拍子揃ってる)年上に対しても態度を改めない。借りた物は返さない。知り合いの自転車を借りては移動先に放置。中学の女性担任を何度も泣かせた。母親も何度も泣かせた。髪は色抜き天草金髪(てんくさきんぱつ)(染めない)。通うのが面倒と言って1日だけ登校して高校中退。お金を貸してと言わない「頂戴!」と言う。仲間内で食事をすれば会計時に姿をくらます。引越しの手伝いに付いて来ても偉そうに指示だけしてほとんど何もしないくせに弁当と謝礼はシッカリ頂く。他人の家に裸足で上がり込む。何日も知り合いや直登の家に厄介になる。サクラに対しても「婆ちゃん」呼ばわり。約束を守らない。ドタキャン常習犯。とにかく礼儀がなってない。

 ・・・と、今の楓とは思えないほどのDQN振りだ。

 こんな奴なのに、なぜ直登は付き合いをやめなかったのか謎である。


 そんな光星が19歳のときのある日の夜、直登と光星は2人して直登の車でドライブに出掛けた。だが、当時DQNだった光星は、夜も遅くなったので人目も少ないからと、まだ無免許(仮免ちぅ)だったのにも関わらず、無理やり運転させろと直登にせがみ、絶対にキーを貸さなかった直登から、強引にキーを奪い取ると、運転席から降りようとしない光星に根負けして、直登は渋々助手席に乗り込み、ドライブからの帰り道で光星が運転してきたのだ。



「光星! シートベルト!」


「んなもん、ええわいしょ! 邪魔邪魔!」


「アホォ! 死んでも知らんぞ! ってゆーか、いつまで2速で走ってんのな! シフトアップせーよ!」


「何ゆーてんな? 2速やったら、ほんなにスピード出ぇへんから怖くないやろ?」


「こんっ! なんっ! 乗り心地っ! 悪るっ! ってえ!!」



 直登の車はマニュアル車。スピードが出ると怖いからと言って、2速からギアを上げない光星。必要以上にアクセルを踏んだり離したりする光星。そのせいか、車は前後へゆさゆさ揺れまくりで、乗り心地なんてあったもんじゃない。

 光星は、自動車学校には通ってはいるが、まだ仮免中なので、いつも直登に運転の練習に付き合ってもらっていた。

 この時、直登の実年齢は300歳を超えていたのだが、光星と同い年という設定だったので、免許を取ってまだ2年目という事になっていた。免許取得2年目だと、本来なら仮免の運転の練習の付き合いなんて運転歴が足りないのだが、本当はもう10年以上前に免許は取得していた。

 それは良い。それは良いのだが、シートベルトは着けていない、「練習中」の表示も無い、運転助手の言うことは聞かない、そもそも仮免中の光星に運転させたのは失敗だった。


 後悔あとに立たず・・・

 直登には、嫌な予感、胸騒ぎが収まらなかった。


 そして、交差点に差し掛かったとき!



「おい! 一旦停止!!」


「あ! そうか・・・うわっ! 危な!!」


 パパァ━━━!!


「「うおおおおお━━━!!」」



 交差点で一旦停止を忘れた光星は、優先道路からやって来た高級外車と接触寸前のニアミスを起こしてしまった。

 それに怒った高級外車にクラクションを鳴らされ、追いかけ回され煽り運転をされてしまう。



「なんじゃアイツ?! まだ追い掛けて来るぞ!」


「あーもーまた面倒な事に・・・」


「とにかくこのまま逃げるぞ!」


「アカンて! 止まって謝ったら・・・うわー!! ブレーキブレーキ!!」


「んんん~~~曲がる━━━!!」


 キキキイィイィイィ━━━!! バン!!



 ビビって逃げるためにスピードの出し過ぎでカーブを曲がりきれずに、ガードレールに突っ込んでしまった。当然煽り運転の高級外車には逃げられてしまった。

 その時、シートベルトを着けていなかった光星は、ハンドルとフロントガラスに強く身体をぶつけ、肋骨骨折(ろっこつこっせつ)による肺と内臓に致命的な損傷を受けてしまった。割れたガラスで顔も傷付きズタズタだった。たぶん片方の目は失明だろうと思われた。

 明らかに救急車を呼んでも助からない可能性が高いと、誰が見ても思うほどの最悪な状態だった。時刻は、深夜0時を回っていた。



「光星!! シッカリせえ!! おおい!」


「・・・」


「ああ~すまん! 俺のせいや! もっと強く運転止めとったら・・・」


「・・・・・・」


「こ、こらあかん!! ヤバいヤバいヤバい! こんな山ん中に公衆電話も無いし! ああーくそー!! ヤバいヤバいヤバいー!! 絶対助けちゃるから、し、しん、死ぬなよ!!」


「・・・・・・・・・・・・」



 直登はポケベルしか持っていなくて、携帯電話も広く普及していない時代。

 すぐに救急車を呼ぶ事は出来なかった。


 光星を止められなかった直登は責任を感じて、警察も救急車も呼ばずに、そのままボロボロになった車をなんとか運転して家に帰り、母親のサクラに魔法で治してもらおうと考えたのだった。


 帰宅後。


 突然夜中に、白いシャツを所々真っ赤に染めて、頭から血を流しながらギャン泣きする直登に叩き起されたサクラは、これは只事では無いと血相を変えて庭にでると・・・



「ひゃあ! 何よこれ!! 何したん?!」


「お母はん! 光星を助けてくれ!」


「?!・・・」



 サクラが見た光景とは。

 車の後ろは無傷なのに、フロントはボンネットがへの字にへしゃげ、片方のヘッドライトは潰れ、フロントガラスには大穴が開いていた。助手席には頭から顔から酷い出血で虫の息の光星の姿が。上半身血だらけで糸の切れたマリオネットの様にグッたりした光星の、その見るも無惨な有り様に、サクラは愕然として言葉を失った。

 サクラが見ても、光星はたぶん救急車を呼んでも間に合わないと思った。

 直登は、サクラに魔法薬で光星の怪我を治して欲しいと必死に懇願する。

 だがサクラは、「魔法使いは如何なる場合も人を傷付けるのは御法度」として、自業自得だと首を縦に振らなかった。それに直登は魔法使いとして、罰を受けなければならないと言う。

 それと魔法薬など使ってしまうと、光星がその対価を払えるのか?とも言う。なにせ「魔法薬」はとても高価な物だ。


 この世界では、怪我を簡単に治してしまう「魔法薬」というとても便利な物が有るにも関わらず、医療界や製薬界の技術は、晴蘭が元居た世界と略同等に発達している。その理由は、魔法薬が余りにも高価すぎて、一般人にはとても手が届かないからだ。下級魔法回復薬(通称ローポーション)でも1本5万円もする。まして何処の店にも売っていない。普通の人は、知る魔法使いが居たとしても、何処の魔法使いが、魔法薬を売ってくれるかさえ知らないのが当たり前だった。だいたい魔法使い達は、自ら「私は魔法使いです!」なんて言う者なんて居ないのだから。その理由は、魔法薬を量産できるような魔法使いが居ないのと、「魔法使いは人の運命に関わってはいけない」という掟染た言い伝えがあるからだった。



 ☜━━━⋯☜━━━⋯☜━━━⋯


「魔法使いの掟のおこり」


 むかしむかし、人々も魔法使いに普通に頼り関わっていた時代のとある頃、ある国に大飢饉が起きた。

 人々は、当然魔法使い達に助けを乞うた。だが、魔法使いも正直なところお手上げだった。なぜなら、魔法薬の精製に必要な「魔女の3大ハーブ」さえ、大飢饉により手に入らなかったのだ。

 なにせ「大飢饉」だ。農作物どころか、他の作物などの草花や薬草となるハーブさえも育たないのだから。魔法薬を精製できるはずがない。

 そこで、魔法使い達は、権力者や豪商に、他国から食料の支援もしくは、物資や薬草などのハーブの仕入れを願い出た。もし魔法薬の原料が入ったなら、直ぐに魔法薬を魔法使い達総出で精製すると話したのだ。

 ところが、人々は魔法使い達の言葉を信じす、不審に思った。なにせ魔法使い達は、人よりも長生きであり、いつまでも若々しく健康に見えるため、魔法薬を独占していると思ったのだ。


 そんな事していないのに・・・


 やがて、他国からの支援物資などで、なんとか飢饉を乗り越え、被害は大きかったものの、次の次の年には例年並みの農作物の収穫量を確保できた。

 だが人々は、魔法使いへの見る目が変わった。

 もちろん魔法使い達も大いに頑張った。

 1日に、数万人の食事を用意するなんてこと、ハッキリ言ってバカげている。魔法使い達は、無理だと思いながらも、なんとか乗り切った。

 魔力量を測る魔法で、穀物やら、キノコ類やら、果物まで、毎日魔力が空っぽになる苦痛に耐えながら人々に与えたというのに、それでも足りないと人々は押し寄せた。そのうえ魔力が枯渇した状態で、魔法薬も作れだの、無茶ぶりも甚だしいものだった。それでも魔法使い達は、対価など求めなかったし、できる限りを尽くした。それがいけなかったのかも知れない。


 魔法使い達は毎日が限界だった。


 なのに人々は、魔法使い達が出し惜しみをしていると言って、魔法使い達の頑張りを認めなかった。

 なかには、倒れる魔法使いも居た。なのに・・・


 その後、魔法使い達は人々に関わる事を控えた。それでも人々は魔法使い達に依存した。人々から見れば、魔法使い達の魔法は、とても便利で万能に見えたのだろう。

 だが、魔法にも限界がある。数少ない魔法使いが、1人で一度に100人以上の面倒なんて見れる訳が無い。しかも理不尽な要求までしてくる。それが聞き入れられなければ、罵詈雑言を投げ付けた。


 そんな時、今度は新型感染症が蔓延した。


 流石に、医療の知識も無い時代に、感染症の病原菌の特定など出来るはずもなく、魔法使い達は為す術が無かった。

 それでも人々は、魔法使い達は出し惜しみをしていると悪口雑言を叩き付けた。


 魔法は万能ではない。


 そんな時、精霊と意思疎通できる魔法使いが現れた。


 その魔法使いは、自分の知識や経験や意志を載せた魔力とを引き換えに、精霊から膨大な魔力を借りる事で、複雑でより大きな魔法を発動できるようになった。そして、「全にして個 個にして全」である精霊は、過去の魔女や魔法使い達から得た知識や経験から、新型伝染病を撃退する術を導き出した。

 その事により、魔法使い達は、人々を新型伝染病から救う事ができたのだった。


 だが、これでは終わらなかった。


 人々は、「やはり魔法使いは何でもできる」と思い込み、病気や怪我はもちろん、戦争などにも魔法使い達の力を借りようとした。何も対価も無しに無からポン!と出せると考えていたようだ。そんな訳が無い。

 だが、戦争や争いなどは、「精霊の倫理」に反する行為なので、魔法使い達は何もしなかった。いや、何もできなかったのだ。

 それでも人々は、魔法使い達に戦争の協力を願い出た。魔導具の知識や生成技術のある者、魔法薬の知識や精製技術のある者には、精霊の倫理ぎりぎりの「悪意ある魔導具や魔法薬」を開発させたりもした。ときには、魔法使いの家族や友人を人質に取り、無理やり従わせた。仕方なく言い成りになった魔法使い達は、あっという間に精霊の倫理に反するためにペナルティは3つを数え、次々と魔力と記憶を失い、廃人となる元魔法使い達が増えていった。

 人々は、それを知ったにも関わらず、魔法使い達を消耗品のように使い捨てた。


 魔法使い達は、人が怖くなった。そして、人々から離れるようになった。森の奥など人目に付かない所で、ひっそりと暮らすようになった。

 やがて人々の前から、魔法使い達の姿は消えた。


 この事があってから、魔法使い達には、「人の運命に関わるべからず」と、後の世の魔法使い達に、「掟」として語り継がれるようになったのだった。


 ⋯━━━☞⋯━━━☞⋯━━━☞



 もちろん、直登は、「魔法使いの掟」については知っていた。魔法薬が店に売っていない理由も知っていた。魔法薬の存在自体が都市伝説のようになっていた。それでも人である親友を見捨てる事はできなかった。

 直登は借金してでも払うと言うが、元はと言えば光星の愚かな行為が原因だ。それに光星ほどの重体ともなれば、たとえ「ハイポーション」でも命を助けられるかも分からない。薄情なようだが光星のことは諦めて、警察に出頭し本当の事を話して、光星には救急車を呼んで病院に搬送してもらい、後は運に任せろと言う。

 だが直登は、病院に搬送したとしても、光星は絶対に助からない、もし助からなかったら、一生後悔すると訴えるも、「魔法使いは人の運命に関わってはいけない」と、サクラはガンとして聞かなかった。

 そこで直登は、以前からサクラから聞いて知っていた魔法薬(女装剤)なら、光星を助けられると考え、蔵の中へ入ろうとするも、サクラに邪魔をされる。

 罰も受けるから、どうか女装剤を使わせて欲しいと訴えるが、やはりサクラは聞いてはくれなかった。

 でも、その時、サクラの手の中には、「女装剤」が握り締められていた。

 初めからサクラは、女装剤を使おうとしていたようだった。だが・・・


 そして、とうとう直登は激怒!


 魔法でサクラを攻撃しても精霊に止められるのは判っていたので、「拘束のイバラ」という魔導具を使って、サクラを簀巻(すま)き状態にした!


 が、そのとき!


 サクラは、咄嗟に直登に向かって、攻撃魔法を放とうとしてしまった! この瞬間サクラは、今回で3回目の精霊の倫理に反する行為をしてしまうこととなり、精霊に「魔法使いとして相応しくない」と判断されて、「魔法使いとしての魔力と記憶」を消されてしまい、普通の人に戻ってしまう。サクラは、その反動と衝撃で気を失い倒れてしまう。


 直登は、そんなサクラに近付くと、サクラの手に女装剤が握り締められていた事を知る。

 直登は、気を失い眠るサクラに向かって、泣いて謝った。そしてサクラの手から女装剤を取り出して、光星に飲ませた。そして光星は、瀕死の大怪我が一瞬で完治して命は助かったものの、女の子に変身してしまったのだ。奇しくもその日は、光星の二十歳の誕生日だった。


 それからの後、魔法使いとしても、直登と光星の事故の記憶も失ったサクラは、光星が直登の彼女だと勘違いして、快く招き入れていた。

 たが、光星が本名を告げると、サクラは光星を思い出し、あの日の記憶も戻るのではないかと心配した直登は、光星のことは、咄嗟に思い付いた名前、「(かえで)」だと伝えたのだった。

 光星は仕方なく直登に話を合わせて「楓」と名乗り、今まで通り変わりなく直登の家に通っていた。

 楓は、直登に大きな仮がある。自分が直登の計らいに合わせるだけで、今まで通りに接してくれるなら、それならそれでいっか!程度に思うのだった。



 そして、半年が過ぎた頃。



 楓は、原付免許を取得していた。自動車の免許の取得は、直登に強く反対されたので仕方なく諦めた。

 バイクはもちろん中古だ。スターターは壊れててキックでエンジンをかけるのだが、これがまた、まぁ~なかなか、かからない! 特に今は季節は夏だから、エンジン始動だけでも汗だくだ。それに、一旦かかったエンジンでも、今にも止まりそうなポンコツバイクなのに、5万円もしたらしいのだ。しかも、ヘルメットも7千円もしたと。万年貧乏の楓はバイクを所有する前は、ヘルメットなんて、千円くらいで買えるものと思っていたらしい。その当時、MAYAHAのGJOって新車のバイクでも、9万五千円で売ってたし。

 楓の頭の中では、バイクも中古なら2~3万で、ヘルメットは千円くらいであると思っていたのに、親から借金したぜ!の痛い出費だと言っていた。


 それでも楓には、無理をしてでも、バイクに乗る理由があったのだ。


 楓がヘルメットにフルフェイスを選んだのは、見た目年齢14~5歳の女の子に変身したせいか、人に顔が見られるのが恥ずかしかったからだ。だが、身体は見られるのは、それほど恥ずかしくないらしい。楓は女の子に変身してから、やたらと野郎共にナンパされる。


 だが、ナンパで収まらない事も・・・


 ある野郎には、夜間のコンビニ店員バイトしていたら、朝まで付き纏われ、直登の助けを呼ぶ羽目に。

 またある野郎には、路地裏に追い込まれて壁ドンされ、思わず野郎の「象さん」を思い切り掴んでやったら野郎は逃げた。

 またある野郎には、熱烈な「お願いします!」攻撃され、また直登の助けを呼ぶ羽目になり。

 またある野郎には、直登の友達だと嘘をつかれ付いて行くと、ホテルに連れ込まれそうになるもなんとか逃走。

 またある野郎には、突然後ろから羽交い絞めにされ象さんを押し付けてきたから、カエルを踏み潰したような叫び声を出したら野郎は逃げてった。

 またある野郎には、自宅から直登の家に向かって歩いているときに車で連れ去られそうになるが警察の御用となりお持ち帰り未遂。

 またある野郎には、自宅団地の玄関前で待ち伏せ拉致されたが、迎えに来た直登に間一髪救われ・・・


 こんな事があまりに続きすぎて、直登は楓が心配だからと、買い物にすら車で迎えに来る始末。

 まあ、普通にナンパされる事の方が多いのだが、もちろん断る。なぜこんな自分をナンパするのか理解できない楓だった。


 今の楓は、眉毛を細く吊り上がり風に剃って「チョン眉」になっていて、髪を金髪に染めて、散髪代をケチったせいで髪は伸び放題でポニテ、伸びた髪の頭の天辺は黒くなって犬みたいな頭だ。勝ち気でチョン眉なルックスなのに瞳は大きいのであどけなさが残る。女の子としては、ちょいワルっぽくて、硬派なヤンキーJKみたいで可愛くなっていた。


 また、服装もラフ過ぎでは?と思うほどで、Gカップの胸なのにブラを嫌い、ノーブラに半そでTシャツの上にデニムのベストを羽織り、下はデニムの短パンだ。しかも履物はプールサンダルときた! スカートは穿かない、ブラは着けない、俺は男だ女の子の服なんか着ないぞコンチキショー!ってのがポリシーな楓だったが、反って女の子らしさを強調するボディーラインをボン!キュ!ボン!とバシバシ出していた。


 バイクに跨り颯爽と走る楓の姿を見た者は皆、ベストが風になびいてGカップのパンパンの胸にノーブラだから、男も女も振り向く目で追う凝視する! しかも身体は魔法使いだから若々しいし、夏でも日焼けしないから真っ白! まぁ~目立つし男共は目が釘付けになるし、いつも直登から、「人には優しく、いつも笑顔で」と言いつけられていたので、楓は健気にもそれを守り、人に話しかけられるとニッコリ笑って快く返答してくれるもんだから、そりゃあ誰でも勘違いするわな。


 原付免許の取得のときに、バイクに乗る時は、「長袖を着て長ズボンを穿くように」と習わなかったのか?と聞きたくなるルックスだ。

 一見、「誘ってるの?」みたいな痴女風な格好だが、本人はまったくの無自覚だ。


 なので、特に学生のヤンキーや、中年のリーマン風のオッサンなんかによく声をかけられる。可愛くなった自覚がないようです。

 なぜか直登は、楓が直登の家に遊びに行くと言うと、必ず車で迎えに来るのだ。だから、バイクに乗るのは、なるべく直登の足を煩わす事の無いようにとの楓なりの配慮だ。ただ今回は、アポ無しだったので、行き違いになったようだ。



 ベベベベバビブビブボベベベ~ブルブル・・・パン!パーン! プスン!


 ガッチャン!・・・


「ん?・・・・」



 楓が、愛車の「メイプル・バックファイヤー号」から降りてスタンドを起こすと、玄関の引き戸の向こうに、サクラのシルエットが動く様子が透けて見えた。楓がバイクでやって来るのが分かって、出迎えに来たのだろう。



 ガラガラガラ・・・


「こんちゃ~っす! 直登ーおるかー!」


「はいはいはい! 楓ちゃん、いらっしゃい!」



 楓が玄関の引き戸を開けると、サクラが玄関の上框(あがりがまち)まで来て待っていた。



「あ、どうも 直登います?」


「ごめんねぇ? 今ちょーっとね、用事で出て行ってるんやわ~」


「あ~ そーですか」



 実は直登はこの日、許嫁だった女性の墓参りに行っていたのだ。

 直登の許嫁の女性も魔法使いだったのだが、当時その頃の数年前に、魔法の修行のために、魔法の本番イギリス行きの飛行機に乗ったとき、不幸にもその飛行機が墜落して、彼女は帰らぬ人となってしまったのだ。

 もちろん楓は、直登にそんな人が居たなんて知る由もない。



「んじゃ、一旦帰ろかな?」


「あ、楓ちゃん、ちょっと待ってくれる?」


「はぁい?」



 サクラは、楓を家に招き入れた。楓はヘルメットを脱いで、玄関の下駄箱の上にポン!と置いた。

 そして、サクラに茶の間に通された。予め敷いてあった座布団に正座する楓。それはあたかも、最初から楓と話をするようにと、サクラが準備していたことを物語る。

 いつもと雰囲気の違うサクラに、何の話をされるのだろう?と少しソワソワする楓。

 するとサクラは、突然なにを言うかと思ったら、楓に直登の嫁になって欲しいと言う。



「はぁい?! い、今、何て・・・」



 楓は、サクラの言った言葉が理解できなくて、目をパチクリしていた。なにせ楓は、元は男だったのだから、まさか自分が誰かの嫁になるなんて考えた事もなかったし、一生縁の無いものだと思っていた。でもサクラは、真剣な眼差しで楓に迫るように顔を近付けてくる。



「うん だから、楓ちゃんには、直登のお嫁さんになってもらいたいんよ」


「!!・・・いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! そんな、いきなり・・・それに俺は、元々・・・」



 楓は、「俺は元々男だ」と言いかけたが、はっ!と思い言葉を飲み込んだ。なにせ、自分が元男だと話すと、サクラが魔法使いだったことも、あの日のことも思い出すのではないかと考えたからだ。

 だが・・・



「ほやね! いきなりは難しいわな? ほやけどね、楓ちゃんは直登に命を救ってもらってること、まさか忘れた訳じゃないわな?」


「んなっ?!・・・な、何でそれを?」



 なんと! サクラは思い出していた! 半年前の楓の誕生日のあの日、楓のバカな行いで楓は瀕死の重体となるが、病院に運ばれていたとしても助からないことを理解していた直登が、楓に女装剤を飲ませた事により、楓は命が助かったことを。



「もしあの時、直登が楓ちゃんに女装剤を飲ませんかったら、楓はちゃん・・・うぅん、光星君は今頃ここには居らんはずやった!」


「んっ!・・・・・・」



 楓は、思わず唾を呑んだ。

 ダメだ! 反論なんてできない。確かに、サクラの言う通り、直登が女装剤を飲ませてくれなかったら、今頃自分はここに居るはずがないのは間違いはなかった。薄れゆく意識の中、「確実に死ぬなこれ」と、覚悟したのを覚えている。

 そしてサクラの話を聞くうちに、サクラや直登が、魔法使いだという事も知ることになるのだった。

 もちろん、直登には感謝している。出来ることなら、一生付き合って助けになろうとも考えていた。でもだからと言って、直登と自分が結婚?! 何でそうなる?! いくら何でも恩着せがましいのも程がある! 話が飛躍し過ぎないか? 考えた事もなかったし、想像もできない!

 サクラは、怖いくらいにグイグイくる。



「ねえ、頼むわ光星君! いや、改めて楓ちゃんと呼ぶわな? ねぇ、楓ちゃん!」


「んぐっ・・・」



 サクラはまた、グイッと顔を近付けてくる。思わず顔を仰け反る楓。



「ほんーまに頼むわっ!! あの子、一言も言わんけど、楓ちゃんのことを本気で好いてるんよ!」 


「っはぁい?! そんなアホなぁ!! 有り得へんってぇ!! ないないないないないないっ!! ぜぇーったいにないから!!」



 楓は、両手をパタパタ振って否定する。瞬きひとつしないでグイグイ迫ってくるサクラに恐怖すらする。



「うぅん! 私には判るんよ!! あの子は楓ちゃんのことを、女の子として見てる! 本気で好いてるんよ! それも、恋愛感情でね!」


「恋愛感情でって・・・いやいやいや、で、ですから、ないですってぇ・・・」


「うぅん! ちゃんと証拠もあるんよ!」


「証拠?!」



 証拠だと?! そんな物があるなら出してみろ! 楓にはまったく検討も付かなかったので、証拠となる物など有るはずがないと思った。いい加減な事を言うと、本気で怒るぞと思っていたが・・・



「じゃ、じゃあ、その証拠ってヤツを見せてくださいよ!」


「うん じゃあ、コレ見てん?」


「ん? 何すかコレ? って・・・指輪?」



 サクラが出したのは、ふたつのペアシルバーリングだった。これが、何だというのか?



「そう ほら、中をよく見てん?」


「・・・ん? あ、何か書いてる N、A、O、T、O、なおと?」


「そう! もう一つも見て?」


「うん?・・・」



 このとき楓は、サクラの言い聞かせるような眼差しに、漠然とした不安と胸騒ぎがした。もう何が書かれているのかなんて嫌でも想像が付く。


 まさかね、まさか、そんな事など有り得ない。 


 もう一つのリングに書かれている文字が、まさか自分の名前だなんて、絶対に有り得ない。

 でも、漠然とした不安が一気に確信へと変わる。

 どうか違って欲しいと思いながら、その指輪にローマ字で自分の名前「KAEDE」と、書かれていない事を、目をギュ!と瞑って心の底から願った。まるで神様にお願いするかのように。



『違ってください!違ってください!違ってください!違ってください!違ってください!違ってください!違ってください!違ってください!違ってください!・・・』



 なのに、目を開けると・・・



「んんん・・・・・・あっ」 


「どう? 判った? ちゃんとローマ字で「KAEDE」って書いてるやろ?」


「!!??・・・・・・・・・嘘やろ?」



 楓は、信じられなかった。

 一つのリングの内側には、「NAOTO」と彫られていて、もう一つのリングの内側には、なんと、「KAEDE」と彫られていたのだ。

 それは、いわゆる「エンゲージリング」だった。

 頭から身体中に、ビビビッと電気が走った!



「そんな・・・何で?」


「うん 私も最初は信じられへんかった」


「んんん・・・ちょっ・・・なん・・・」



 楓は、両手を組んで もそもそと揉んだり、頭を掻きむしったり、両手で髪をかき上げたり、正座した太ももを撫でたりして、何とか気持ちを落ち着かせようとしていた。

 でも、まったく考えがまとまらない。直登の顔が浮かんではかき消すように頭をブルブル振って、今のこの状況を把握しようと思うが、もう何が何だか訳が分からなくなっていた。



「ね? 直登の気持ち、判ってくれた?」


「こんなん、しょ、証拠になり、なりませんよ! だ、だ、だって、だって・・・」


「うぅん 直登は、こんな事も言うてたわ」


「・・・・・・え?」


「楓の誕生日プレゼントを事故の時に無くしてしもたから、思い切ってコレ買うてきた」


「!!・・・・・・」


「・・・ってね!」


「んんっくっ?!・・・・・・・・・」



 マジか・・・そんなバカな!

 そんな事を本当に言っていたのなら、それは間違いなく俺のためじゃないか? 現に「KAEDE」と彫られたリングがソレだと物語っている。

 って事は、コレは本当に俺と直登との婚約指輪って事になる。アイツ1人で、何を勝手なことをしてるんだ! 帰って来たら、問い詰めてやる!

 と、思っていた矢先、直登が帰って来た。



 ガラガラガラッ!


「ただいまぁー!」


「きゃああっ!!」



 思わず、女の子のような悲鳴をあげてしまった! 女の子だけど・・・

 直登の声を聞いて驚き、思わず正座した姿勢のまんま飛び上がる楓。



「お帰りぃ~! 直登、ちょっとコッチ来てー!」

 ちょっとイタズラっぽく、笑顔で直登を呼ぶサクラ。


「あわわわわ・・・」


「んー? はいはい ん? 楓、来てんのか」


「ひゃあっ!!」



 きっと、楓の靴とヘルメットを見たのだろう。当たり前だが、楓が居ることを悟る直登。

 そんな直登に、恥ずかしさの余りに合わせる顔がなくて、アタフタする楓。



 トットットッ・・・

 近付いてくる直登の足音。


「?!・・・ひぃいぃいぃ~~~!」 


 バタバタバタバタッ! ササッ!


「えっ?!」



 楓は慌てて立ち上がる。でも逃げ場も隠れる場所などもない。茶の間から逃げようにも、直登と鉢合わせになるのは必至!! 思わずテーブルを回って、サクラの後ろにしゃがんで隠れる楓。



「ぷぷぅっ! 何してんの楓ちゃん?」


「な、な、な、なに、なに、何って・・・」



 心臓がバクバクして、恥ずかしい程に手足が震える。どもってしまって、上手く舌が回らない。

 帰って来た直登が、サクラに呼ばれて何も知らずに2人の居る茶の間に向かって歩いてくる。

 近付いて来る直登の足音から逃げるように、楓はまた立ち上がって茶の間の中を、アタフタと走り回っていた。



 パタパタパタパタッ!


「いやっ・・・いやいやいやいやっ」


「クスクスクス・・・w ちょっと楓ちゃん、落ち着いて! 誰も取って食ったりせーへんから!」


「いやっ、そんな事ゆーたかてっ ああ~もぉ~あっあっあっあああ~~~」


 ガバッ!


「ぷぶぅっ~! あはははははっ! 何してんの?」


「んー? なんやぁ~どしたぁ~?」


「いやあぁあぁあぁあぁ~~~」



 楓は、堪らずうつ伏せになり、座布団を頭から被った! そんな事しても無駄なのに。 頭隠して尻隠さず? 自分でも何をしているのか分からなかった。とにかく、直登と顔を合わせるのが恥ずかしくて堪らなかった。



「よ! いらっしゃーい! ・・・って、何してんの?」


「・・・・・・・・・」


「クスクスクスクス・・・w」


「・・・おい、楓?」


「・・・・・・・・・ばあ?」


「はぁ? 何じゃそれ?」


「・・・・・・・・・別に」


「あははははははははwww」



 とりあえず、頭から座布団を下ろして、おどけて「ばぁ」と言ってみる楓。

 そんな様子の楓を、少し困った表情で見る直登。

 楓が何でそんな事をしていたのか理解できないが、なにやら必死になって顔を真っ赤にして照れてる、そんな風な楓が可愛く見える直登だった。



「クスッw・・・どした?」


「うぅん! な、なん、何もないよ! じ、地震・・・・そう! 地震!!」


「へっ? 地震?」



 苦しい言い訳だとは理解しているが、もう言ってしまったら後に引けない。



「そう! お前の足音が地震やと思て、思わず座布団被ったんよ! うん!」 


「ふふ そうか? 俺の歩く振動で、地震きたと」


「そ、うん そう! じ・・・じし、地震が・・・」


「それは、すまんかったなぁ? 今度からは、そぉ~っと歩くわよ!」


「いやいや、かまへんよぉ! ホンマにかまへんからなぁ~」


「でも、お母はんは平気な顔してるけど?」


「うっ・・・」 


「クスクスクス・・・w」



 楓は、この場から逃げ出したかった。でも、帰るにしても、どう言い訳して帰ろうか、考えがまとまらない。そんな楓の様子に不信感を抱いた直登は、茶の間で何が起きたのか把握しようと見渡す。

 そしてその時、ある物に気付いた!



「あっ!」


「にゃ!?」


「お母はん! それ、楓に見せたんかぇ!?」


「ああ、うん! どうせ、いつかは話すつもりやったんやろ?」


「それはそーやけどよ・・・」


「あああうううう・・・」



 とうとう、直登が指輪に気付いた! その瞬間、直登は楓に自分の気持ちを知られた事を悟った。もう、楓の様子を見れば、そんな事は疑う余地はないが、直登もどんな態度を示せば良いのか分からなかった。



「ああー・・・あははっ そっかぁ~ソレ見てしもたんかぁ~~参ったなぁ いやぁ~~はっはあ!」


「・・・・・・」



 直登は、精一杯平常心を装っているようだが、気が動転しているのは隠せていない。なにせ、今まで見た事がないほどに顔が真っ赤と言うか、全身の血が顔に集まってるんじゃないか?と思うくらいに、顔が赤黒くなっていたからだ。顔だけでなく、耳から首まで真っ赤になっている。ギューっと握り締めた拳は、ブルブルと震えている。

 そんな直登を見ていた楓は、直登の気持ちが本物なのだと理解した。

 そんな2人の様子を、黙って見守るサクラ。



「・・・」


「・・・・・・・・・お前」


「え? うん? なんや? 聞くぞぉ! 楓の言うことやったら何でも聞くぞぉ? 言うてみぃ? うん?」


「・・・」



 直登は照れ隠しなのか、精一杯平常心を装っているようだ。無理して笑うが、その表情は引きつっていて、唇を噛んでいた。恥ずかしさをふざける事で隠しているようだった。



「・・・お前、本気なんか?」


「え? 本気? 何のとこや? うーん?」


「誤魔化すな! 俺は真剣なんやぞ!!」


「!!・・・・・・」



 もうこの時の楓は、覚悟を決めていた。

 顔を真っ赤にして焦っている直登を見て、さっきとは違い、まるで嘘のように冷静になれた。

 自分でも不思議だった。


 楓は、背の高い直登を見上げて睨みつける。その表情は、硬く意を決したようだった。

 そんな楓にさとされるように、ビシッ!と直立して、真面目に応える直登。



「お、おう! 本気や!」


「?!・・・そっか」


 スッ・・・・トットットット・・・


「ん?!・・・楓? え? ちょっと何処に・・・」


 ガラガラガラ・・・・ピシャン!


「・・・・・・・・・・・・・・・は?」



 楓は、何も言わずに背を向けると、そのまま無言で直登の家を出て行ってしまった。

 豆鉄砲を食らったかのような表情でポツンと佇み、状況が呑み込めない直登。

 暫くの沈黙の後に、直登は、思い出したかのように、食ってかかるようにサクラに問いただす。



「お母はん!! コレ、どーゆーことなよ?!」


「どういうも何も、いつまで経っても、アンタがグズグズして何も言おうせんから、アンタの気持ちを、私が代わりに楓ちゃんに言うたったんやないかぇ?」


「んなっ?! ちょっ、そんな勝手なこと、すーんーなーよお━━! 楓、怒って帰ってしもたやないかぇ!! どーしてくれんのよコレー!?」


「落ち着きいなあ! だいじょぶやから!」


「だいじょぶって、何がよぉ?! 現に楓は帰ってしもたぞお!!」


「・・・」



 直登は、楓は自分の気持ちを知ったことで、きっと怒って帰ってしまったんだと思った。

 だから、もう楓は自分には会いに来ないだろうと思った。


 絶望感に打ちのめされた。


 ただ、勝手に自分の気持ちを楓に話したサクラを許せなくて責め続けた。

 直登の怒鳴り声にも震えが入り、いつしか直登の顔は涙と鼻水でいっぱいだった。直登の足元の畳は、直登の流した涙と鼻水と唾で、ベタベタだった。

 こんなにも、子供のように大声を出して泣いたのは、いつの日以来だろうか?

 直登は、楓を失ってしまったと思った事で、心にポッカリと穴が空いたようだった。胸がギューっと締め付けられるように苦しかった。とにかく、この怒りをサクラにぶつけるしかなかった。



「何て事してくれてんじゃあ! おおいっ! お母あ━━は━━ん! 何でぇ━━よぉ━━! 何で、そっとしててくれんかったんよぉー! 物事には順序ってもんがあるやろがぇ!! ホンマに、ええ加減にせぇーよぉー!! おいっゴルゥア! 聞いてんのかよぉ━━━!!」


「・・・」



 直登の怒鳴り声は夜まで続いた。窓ガラスが直登の怒鳴り声で、ビシビシと鳴っていた。それでもサクラは、一言も何も言い返さなかった。

 外はすっかり暗くなっていて、直登の気持ちも暗かった。完全に嫌われた。もう楓は戻って来ないと、男なのにこんなにも泣けるものなのか?と思うほど泣いた。声も枯れてハスキーな声になっていた。


 やがて直登は泣き叫び疲れて、胡座をかいて座り込み、額を壁に当てた姿勢で完全に思考停止していた。もう、喉がガラガラだ。呼吸をする度に、喉がヒューヒューと鳴る。もうサクラに文句を言う気力も無い。直登は畳の隅のただ一点を見つめて、まるで魂が抜けたかのように、ボォーとしていた。

 そして、時計が9時を回りかけた頃だった。



 ガラガラガラガラ・・・


「はっ?!」


「来たね!」


「え?・・・」



 不意に、玄関の戸が開く音が聞こえた。そして、その音を聞こうと息を殺し黙り込むと、誰かの歩いてくる足音が聞こえる。誰だろう? どうか、楓であって欲しい! それは、直登の素直な気持ちだった。

 そして・・・



「よっ!」


「?!・・・か、楓? ずびびっ!」


「ふっ・・・」



 そこに立っていたのは、髪を解いて下ろした、とても可愛らしい女の子の服を着た楓だった。楓は、優しい表情で直登を見つめていた。直登には楓が天使にも女神にも見えた。すんごく可愛かった。楓から、いつものように笑顔で、「よっ!」と声をかけられる。

 直登は、慌ててシャツを捲りあげて、顔の涙と鼻水をシャツで拭う。



「か、楓、かぁ~えぇ~でぇ~グススッ」


「ぷぷっ! 何してんのよそれ? シャツで顔を拭くってお前、子供かよ! ってか、何じゃその声! 声かすれてるやん! すんごいハスキーボイスぅ!」


「っへ・・・あはっ、うん! あははっ! そーやな! 子供みたいやな? うわ! きっちゃなあ!」


「ふふふ・・・お前の気持ち、受け取ったから」


「・・・へっ?」


「ほらね!」



 直登は、一瞬何を言われたのか理解できなかったが、しばらく置いてから、楓が自分を受け入れてくれた事を悟り、一気に喜びの感情が爆発した!

 そんな直登の横で、サクラは勝ち誇ったようなドヤ顔でほくそ笑んでいた。



「ぃやったぁ━━━━!!」


「きゃあ! ちょっ、うわわっ!」


「うふふ」



 直登は、楓を思い切り抱き締めて叫ぶ!



「んひっひっひっひっひ! いやったぁー!」


「おわっ! ちょお! お前っ、シャツに鼻水がっ! っておい、うわあ!! 危ない! 危ないってぇ!」



 直登は、嬉しさのあまり、子供を「高い高い」するかのように楓を両手で抱えて上げて、グルグルと何度も回った!



「ちょおーっと待って! 危ない! 危ないって! 下ろしてぇ!」


「ああ、すまん」


 ストン!


「・・・なあ?」



 直登は、楓を下ろした。すると楓は、直登の胸に両手を当てて、見上げた顔をクイッと傾ける。



 『うおおおー! コイツこんなに可愛かったっけ?』



 直登は、心の中でそう叫んだ。



「んっ・・・ん? なんや?」


「着けてくれるか?」


「へっ?・・・なにを?」


「俺に言わせるんかぇ?」 


「・・・・・・え?」


「こんのアホぉ!!」


 バキッ!


「あだぁっ!!」



 楓は、直登の弁慶の泣き所を蹴った! 堪らず飛び上がって痛がる直登。 



「痛いなぁ! いきなり何すんじゃよぉ!」


「ほんーまに、鈍感やなーお前!」


「ほえ?」


「アホぉ! 楓ちゃんは、指輪を着けてって、ゆーてんの!」


「ああ! そうか! あ、え~と、うん わかった」



 直登は、楓の左手の薬指に、シルバーリングを着けてあげた。楓は、その手を蛍光灯に向けて伸ばし、嬉しそうに眺めている。

 そして、こう言った。



「へへへ・・・もう後戻りはできへんぞ?」


「ん? ああ、解ってるよ」


「ホンマかぇ? よろしく頼むで! ちゃんと俺をやしのうてよ?(養う)」


「うう・・・・う~~~わかってるって!」


「ほん~まにやで!? 俺をこんな身体にしくさってからに! ちゃんと責任とれよ!」


「わ、わかってるってぇ~!」


「絶対やで!」


「おう! まかいとき(任せとけ)!」


「ふう・・・やれやれやな」



 サクラは、楓と直登が仲直りし、そしていい雰囲気なので安心した。

 だが、「ここでもう一押し!」と、思ったサクラは・・・



「ほな、良い事は早い方が吉やね!」


「「え?」」


「なんすか、サクラさん?」


「なんのこっちゃ?」


「そりゃあ、結婚ってなったら、次は赤ちゃんやん!」


「「えええええ~~~?!」」



 突然何を言い出すんだこの人は?!

 確かに、確かに、うん! 確かに! 結婚の覚悟というか、承諾はした。

 でも、いきなり赤ちゃんって・・・



 流石に、「赤ちゃん」と、急に言われても、そこまで楓には覚悟ができていない。



「あれぇ? まさか、さっきのは嘘でしたぁ~なんて言わへんやろねぇ?」


「うぐぐっ・・・」


「え?・・・そーなんか?」


「へえ? ああ、いや・・・えっと」


「・・・・・・楓?」


「んんん・・・あああーもぉー!!」



 この時、楓は覚悟を決めた!



「おおーっし! わかった! 赤ちゃんでも、なんでも作ったらやなぃかぇ!」

 顔を真っ赤にして、両腕をブンブン振る楓。


「ホンマっ?! わぁ~嬉しいわぁ! ありがとー楓ちゃん!」


「ふ、ふふん! お、おおぅ! ま、まかぃとけ! 男に二言は無い!!」


「楓ちゃんは、女の子やろ?」


「え? あ~ん~お、おう! お、おお、おと、おん、女に二言は無い!!」


「か、楓・・・ええんか?」


「ええんも、なんも、こーなったら、やる事はやらな、しゃーないやろがえ!!」



 目に涙をいっぱいにして、真っ赤な顔して叫ぶ楓。



「お、おう」



 そんな楓が可愛すぎて、今すぐ抱きしめたい気持ちを押し殺す直登。



「毎日シッカリ、やってもらおぅやないかぇ!! そん変わり、『今日は疲れてるんや~』とか、絶対言わせんからなぁー!! 覚悟せぇーよワレゴラァ━━━!!」



 更に真っ赤な顔になり、目をギューっと瞑って、スカートをギューっと掴み、恥ずかしさを紛らわすかのように叫ぶ楓。



「毎日て・・・お、お、おおぅ が、頑張るわ」



 同じく真っ赤な顔で、(うつむ)きかげんになる直登。



「直登━━! 俺を貰ってくれ━━━!!」



 もうヤケクソで悲鳴にも似た声で叫ぶ楓。



「はあぁあぁい! 頂きまあぁあ━━す!」



 同じくヤケクソで声が裏返る直登。



「あはははは! たのもしわぁ!」


 パチパチパチパチ!


 

 ぎこちなくも力任せに抱き合う2人の前で、大粒の涙を流しながら、いつまでもいつまでも手を叩くサクラ。



「ありがとう! おめでとう! ありがとう! おめでとうー!」


 パチパチパチパチ!


「・・・・・・直登、痛い」


「・・・・・・すまん でも、もう離さん」


「・・・うん 離さんといてくれ」


「・・・誰がこんな可愛い()を離すか!」


「!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あほ」


「ふはは・・・・・・」

 

「ありがとう! おめでとう! ありがとう! おめでとう!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!




 この日の夜、サクラの感謝と祝福の言葉と拍手喝采に後押しされ、2人は夜の街へと消えて行った。





 こうして、直登と楓は結婚した。





人は、衝撃的な何かがあれば変わるものです。

変わりすぎか?

楓も、男として生まれて暮らした年月よりも、もう女として生きた年月の方が長くなりまして、しかも一児の母ですか。

しかも、背負っているものも大きいようです。

でもきっと、いつかは乗り越えて、幸せになってもらいたいものです。そうしたい。

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