外出―失敗
三題噺もどき―よんひゃくご。
やけに重い扉を押し開く。
開いた隙間から冷たい風が入り込む。
「っ―……」
思わず身が竦み、出かけるのをやめようかと思いかけた。
が、そういうわけにもいくまいとなんとか踏みとどまった。
扉が変に重くかんじたのは、この風のせいか……今日はかなり強く風が吹いているようだ。
「……」
大きな音が鳴らないようにゆっくりと扉を閉じる。
手に持っていた鍵を穴に差し込み、くるりと回す。
実はカードキーという便利なものもあるが、あまり使わない。失くしそうなもので。
「……ふぅ」
吐く息が白い……はず。
マスクをしているので、分からないが、感覚的にそれくらい寒い。
指先は外に出ただけで、冷え切っているし、足先もほとんど痛いくらいだ。
どれだけ防寒したところで、すべて無駄な努力に終わるのはなんでなんだろう。
「……」
まぁ、いいか。
ここでこうして、じっとしている方がよくない。
さっさと動いて少しでも温まるとしよう。
車は持っているが、最近の外出は徒歩移動が基本だ。第一目的が運動をすることと体力をつけることだから仕方ない。
「……」
こういう時、それなりの距離に店や病院があるのはありがたいものだ。
これがあと少しでも遠ければ徒歩での移動はしないし、近ければ意味がない。
「……」
階段で下に……と思ったが足はエレベーターの方へと向かう。
こう寒いと……これぐらいは許されて欲しい。それなりの階に住んでいるので、体力もつくし運動にはなるし、体も温まるだろうが。
「……」
エレベーターを呼びながら、ぼんやりと外の景色に眼をやる。
昨日は気持ちがいいほどに晴れていたのに……時間的には青というよりは群青の色が広がっていたのだけど。昨日のそれとは程遠い、重たい灰色が広がっている。
そりゃあ冷えるし、風も冷たいだろう。風が冷たいのは時期的には当たり前か。
「……」
低い音と共にエレベーターが到着した。
誰もいなかった空っぽの箱の中に、静かに乗り込み、一階へと進める。
この時間はあまり人の利用は少ないのでありがたい。
「……」
あっという間に一階にたどり着く。
―と。
珍しく待ち人がいた。
いや、私にではなく、このエレベーターに。
ケータイをいじっていて、こちらが見えていないのか危うくぶつかる所だった。
ギリギリ気付いたようで、驚いた顔をしながら思いきり避けられた。
「……」
いや、驚くのはこちらなのだが。
そんなに避けなくともいいだろう。
まぁ……うん。もう何も言うまいよ。
ここまで来ただけなのに、なんだかやけに疲れている。
やっぱり今日は帰ろうかな……怒りにまわす気力すら残っていないのは。
でもまぁ。
「……」
とりあえず、外に出る。
住宅街の端の方に立つこの建物は、少し道を外れると大通りに出る。
その道へ出てから、歩けば目的地にたどり着く。
「……」
肩にかけた鞄の中身を、今更確認をしたのち、歩を進める。
最悪財布さえ入っていれば、良いのだ。
スマートフォンは手放せと言われている以上、持っては来てないし。
財布の中身は昨日確認したから平気だろう。
「……」
ときおり強く吹く風に身をすくませながら、歩いていく。
ほんの数十メートル歩けば大通りへとでる。
都会に比べれば田舎だが、それなりに車通りは多い。
何とも運転の荒い人ばかりのようで、定期的にサイレンの音が聞こえるのがこの町だ。
「……」
それはさておき。
とりあえず、目的地へと急ごう。
特に時間に迫られているわけではないが、さすがに冷えてきた。
これ以上風にさらされるのは、少しきついものがある。
そう思い。
本格的に気分を入れ替えたところで。
「……?」
何かの声が聞こえた。
心霊的なそれではなく、人の声。
誰かの、笑い声。
私の嫌いな。
他人を嘲笑うような。
不愉快な笑い声。
「……」
ちらりと、その声の音の方を見てみる。
そこには、制服に身を包んだ人間が立っていた。
1人はスカートを身に着け、もう1人はズボンをはいている。
この辺りにある学校の生徒だろう。カップルか何かだろうか……やけに引っ付いて歩いている。いや、まぁそうとは限らないか。
「……」
そのうちのスカートを履いているこの方が。
楽し気に笑い声をあげている。
きゃらきゃらと。
何とも……何が愉快で楽しんのか分からないが。
周りの事など気にせず笑っている。
「……」
その声は酷く耳に響く。
本人にその気はなくとも。
高飛車で高慢な、訳の分からない自信に満ち溢れた、人の上に立つことが当たり前だとでも思っているような、人間の笑いかた。
―いっそ悪魔の笑い声だった方が、マシだと思っていしまう程に。
その声は、今の私には凶悪なものに思えてしまう。
「――」
それが私に向けられたものではないとしても。
こちらに向いていると思ってしまう。
それに引きずられて思いだす。
苦いモノや嫌なもの。
「――」
仕事も出来ないくせに倒れて休んでいると後ろ指を指す人間。
その程度でと笑う身内。
バカにされ裏切られ人が信じられなくなった出来事。
ぞわりと背筋を走る何か。
「――」
響く笑い声。
重くなり始める足。
苦しくなる呼吸。
震えはじめる手のひら。
―ぁ。
―倒れなかっただけ褒めてほしい。
急いで踵を返し、玄関前まで帰ってきた。
これまで誰ともすれ違わなかったのは不幸中の幸いだ。
「――」
仕方ない。
今日はもう。このまま大人しく部屋にいよう。
この状態では何もできまい。
病院には後で連絡をしておこう。
お題:スカート・悪魔・群青