コスモスを君へ
鬱蒼と生い茂る森の一角にその花畑はあった。
花畑が広がる一帯だけ陽の光が満遍なく照らされており、様々な種類の花が色とりどりに咲き乱れ、鮮やかに世界を彩る。その光景はまるで桃源郷の如く、現世ではない何処かだ、と錯覚させられるほどだった。
ある日、その花畑に一人の少女が姿を見せた。少女は美しい光景に目を奪われたように、じっと立ち尽くして花畑に見入っていた。そしてややあって、何かを思いついたかのように花畑の中に足を踏み入れると、手近にあった大ぶりの花を一本だけ摘み取った。そして花畑を後にした。少女の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
それから毎日のように少女は花畑へとやって来た。晴れの日も、雨降る日も、強い風が吹き荒れる日も。そして、必ず少女は花を一本だけ手折って帰っていく。ある日は黄色の花を、またある日は真っ赤な花を、ある日は青色の花を摘んでいく。
僕はその様子を影ながら眺めるのが日課になっていた。彼女が花を選ぶ姿を、ただ遠くから見つめる毎日。いつか終わってしまうその日常が僕は好きになっていた。
そうして幾何かの日が過ぎ去ったその日、花畑に現れたのはあの少女ではなかった。
男だった。頭に包帯を巻き、松葉杖をつき、酷くおぼつかなく歩く男だった。
男は呆気にとられたように花畑を凝視したが、すぐにゆっくりと花畑に足を踏み入れた。何かを探すように、花々を一つ一つじっくりと観察しながら練り歩く。その様子は真剣そのものだったが、どこか楽しむような安らかな雰囲気があった。
男の姿をじっと眺めていると、ふと彼の視線が僕の方へ向けられた。どうやら僕の存在に気がついたようだった。歩み寄って来た男が、僕の隣へ膝をつくと、僕の身体へ手を伸ばした。次の瞬間、ちりっという痛みと衝撃が走ったかと思うと、僕の目線が急に高くなり視界が開けた。
男は僕を抱え上げたまま、花畑を立ち去っていく。
森を抜けた先にあったのは、古ぼけた教会だった。男がその教会の裏手に回り込むと、そこにはいつも花畑に訪れる少女が座って洗濯をしていた。が、すぐに男に気がついたようで顔を上げた。少女は作業の手を止めると、小走りで駆け寄ってきた。
「やっぱり君にはコスモスの花が良く似合う」
朗らかに笑う少女に手の中の僕を差し出すと、少女の頬がほんのりと色づいた。
彼女はコスモスのような清純で、まっすぐで、美しい人で。
彼女を彩れるコスモスで僕は幸せだ。
コスモスの花ことば:乙女の真心